―39― 錯綜

 ――魔術は人殺しの道具だ。

 魔術師とただの人では圧倒的な戦力差がある。

 魔術を使えない人々がいくら優秀な武器を揃え集まったとしても、相手が魔術師なら一方的に蹂躙されるだけ。

 だから戦争は魔術戦であり、戦時には多くの魔術師が集まり命を落としていった。

 プラム魔術学院に限らず多くの魔術学校では魔術戦がカリキュラムの中心だ。

 それは結局のところ、優秀な兵士を育てたいという魂胆に過ぎない。



 だから、私は魔術が嫌いだ。

 未だに脳裏にこびりついている。

 七歳の時、「必ず帰ってくるからな」と言って頭をなでてくれたパパの手を。

 そして、家に帰ってきたのは黒焦げたペンダントのみだったことを。

 激しい魔術戦に巻き込まれたせいで、遺体は残らなかったらしい。

 それを見て私は思った。

 この世界から魔術をなくそう、と。

 そうすれば、世界に平和が訪れる。

 そう信じて――。

 だけど、それが裏目に出てしまった。

 偽神アントローポス。

 そう呼称される偽神に魅入られてしまったのだ。


『おもしろそうな催しが開かれるようだな』


 深夜。

 すでにパジャマに着替え寝ようとしていたときだ。

 内に潜んでいる偽神に話しかけられた。

 偽神が自分に話しかけてくるのは稀だ。

 一ヶ月以上話しかけてこないこともザラにある。

 だから、話しかけられるときはいつも唐突で、思わずビクリと反応してしまう。

「な、なんのことですか?」

 呼吸を落ち着かせ、できるかぎり平静を装ってそう聞き返す。


『学院の生徒たちと戦うのだろう?』


 そう言われて、あぁチーム戦のことだと得心がいく。


「それがなんだと言うんですか?」

『いい機会だ。一五人全員、我に捧げよ』

「……は?」


 言った意味がすぐ理解できなかった。

 なにを言っているんだろうか? この偽神は。


「捧げるってどういうことですか?」

『言葉通りの意味だ。生贄だよ、生贄。我の力が万全でないことは何度も言っているだろう? 一五人の魂を喰らえば、完全な実体化も可能だ。そうすれば、貴様の夢の実現に一歩近づくであろう』

「どういうことですか……? あなたが強くなるのにそんなに生贄が必要だなんて初めて聞きました。私の魂を喰らえば十分だと前におっしゃっていたと思いますが……」

『あぁ、そうだったか? 覚えてないな』

「ふ、ふざけないでくださいッ!」


 つい反射的に怒鳴ってしまう。


『なにがそんなに気にいらないんだ?』


 そう言った偽神の口調はどこか楽しげだ。

 それが余計に気に障ってしまう。


「全てですよ。全て。私はあなたが憎くて憎くて仕方がない」

『だが、我を呼んだのは貴様自身だろうに』


 確かにそうだ。

 魔術がこの世からなくなればいい、そうずっと願った結果がこれだ。

 けど、こんな方法は望んでいない。

 なんでこんなことになったんだろう?

 何度もした後悔が胸中を駆け巡る。

 異端者なんて本心でやっているわけじゃない。

 偽神に無理やり従わされているだけだ。

 動悸が荒くなる。

 偽神の目的がなんなのか、自分にもよくわからない。

 けど、この偽神をこのまま野放しにしていたら、とんでもない火種になることは容易に想像がつく。

 もしかしたら自分のせいで、戦争が起きるかもしれない。


「あった」


 ふとしたときには、机の中を漁っていた。

 そして、ペティナイフを手に握っていた。

 恐怖はない。


「あ、あぐっ……」


 刃先を首に押し当てようとした瞬間――。

 全身に激痛が走り、体が床に転がる。


『一七回目か。貴様が自殺を図るのは。何度失敗すれば気が済むんだ』


 体が動かない。

 同時に全身にビリビリッと激痛のようなものが走る。


「絶対あなたの思惑通りにさせない……っ」

『くっはははっ、おもしろいことを言うな。だが、どうやって我を阻止するというのだ?』


 ギリッ、と奥歯を噛む。

 すでに布石は打っている。

 あとは思い通りになればいいのだが……。

 アベルくん。

 一人の少年のことが頭に浮かぶ。

 さっき見ていないと嘘をついたが、受験時に彼の戦いぶりはちゃんとこの目で見ていた。

 普通の魔術師では偽神に勝つことはできない。

 だが、アベルくんのような特別な存在なら、そうとは限らない。



 だから、お願いだから私を殺して――。


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