―38― 暗号

「今日は遅いですし、もう解散しましょうか」


 作戦は固まったとはいえないが、十分煮詰まったとはいえた。

 細かい調整は必要だが、方針はすでに決まった。


「そうか、なら俺はもう帰るぞ」


 ビクトルはぶっきらぼうにそう口にすると席を立つ。


「また、作戦会議開きますので、よろしくお願いしますね」


 ビクトルは返事をしなかったが、かすかに頷くと食堂を出ていってしまった。


「あと、シエナちゃんをどうしましょうか?」


 結局、シエナは最後まで寝ていた。

 シエナがどんな魔術を扱えるのかさえ、わからずじまいだ。


「部屋まで運ぶなら手伝うが」

「そもそもシエナちゃんの部屋がどこなのかわからないですし」

「それなら起きるのを待つしかないか」


 ふと、俺は食堂を確認する。

 途中、作戦を開きながら夕食を食べていときは混み合っていたが、今はほんの数組が残っているだけだ。

 この調子なら、会話を誰かに聞かれるってこともないだろう。


「暗号について聞いてもいいか?」


 小声で俺はそう尋ねる。

 瞬間、ミレイアの目つきが変わった。


「答えられることなんて、ないと思いますけど……」

「別に質問に答えたくないなら黙ってくれてかまわない。なんで、暗号を俺に渡したのか、その意図を教えてくれないか?」

「どうせあなたに解けるとは思っていませんし」


 質問の回答としては少々ズレているような気もしたが、深く追求しても答えてくれないと思ったので、ここは一旦追求しないでおく。

 本当に聞きたいことは他にもあるしな。


「そういえば、一番最初に会ったとき小説が好きだと言っていたよな」

「覚えていたんですね。てっきりあなたのことだから忘れているかと……」

「あぁ、ぶっちゃけ忘れていたが昨日思い出してな。それで今日、この本を図書館で借りたんだよ」


 そう言って、俺は一冊の書物を机に出した。


「好きな小説だと言っていただろ?」


 そう言うと、ミレイアはまじまじと本を観察して、こう口にした。


「『ホロの冒険』ですか。てっきりアベルくんは小説に興味ないと思っていましたが……」


 そう、机に出した書物は以前ミレイアが好きだと言ったいた小説『ホロの冒険』だ。


「何事も経験だと思ってな。それに、ミレイアが好きだと言ったものに俺も興味を持った」


 俺はミレイアの反応を注意深く観察しながら、そう口にする。


「ちなみに、『ホロの冒険』のどこがおもしろいのか、聞いてもいいか?」

「ホロが盗賊団を倒すシーンです。涙なしには読めませんよ」

「へぇ、それは楽しみだな」


 俺はミレイアの答えに満足していた。

 思った以上に質問に答えてくれた。


「それで、他に質問はありますか?」

「いや、これ以上は特にないな」

「そうですか。アベルくん、ちゃんと読んでくださいね。あとで感想を伺いますからね」


 そう言って、ミレイアは意味深に微笑んだ。


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