―25― 生徒会長
さて、寮に戻って魔術の研究でもしようかと思いカバンを手にする。
チーム作りに苦戦しているらしく俺以外に帰ろうとする者は見当たらない。
だから、バタンッ! と強引なドアの開閉音に皆が反応した。
俺が教室を出たのではない。
誰かが教室に入ってきたのだ。
入ってきたのは一人の女子生徒だった。
「おい、なんで生徒会長がこの教室に!?」
教室の誰かがそう言葉を漏らしていた。
なぜ、彼女が生徒会長とわかったのだろう。疑問だ。
そう言えば入学式のとき生徒会長が壇上で喋っていたような、気もしないでもない。記憶があやふやだけど。
「俺聞いたことがある。この学院では初日に生徒会が教室に入ってきて、優秀な生徒を招くのが伝統らしいぞ」
「でも優秀な生徒ってAクラスのことだろ! なんでDクラスに!?」
「いや、そこまでは知らねぇけど」
貴重な情報をありがとう誰かさん。
恐らく間違ってDクラスに入ってきてしまったのかな、と勝手に推測する。
生徒会長らしき人物は教室をキョロキョロと見回してから、こう言った。
「アベル・ギルバートって生徒はどなたでしょうか~?」
ふむ、なぜ俺の名前が?
「アベルって誰だよ?」
「いや、知らないけど、うちのクラスか?」
「リスト表に乗っている! 一番の下のやつだよ!」
「えぇ!? 魔力がゼロって! どういうことだ?」
「なんで、生徒会長がアベルって生徒を探しているんだ?」
教室中がざわざわする。
生徒会長は「あなたがアベルさんですか~?」と生徒たちに聞いて回っていた。
これは厄介なことに巻き込まれるような気がする。俺の危機管理能力がそう言ってた。
まだ顔と名前が一致していない教室。
ここは知らないフリをして退散しても誰も気がつかないだろう。
そう決意し、カバンを持って教室を出ていこうとする。
「あいつがアベルですよ」
教室の扉に手をかざしたとき、誰かがそう言った。
誰だよ、密告した野郎は。
確か、俺がリスト表を見ていたとき隣に立っていた男だ。
「あなたがアベルさんですかー。名乗ってくれたらよかったのに」
生徒会長が一瞬で俺の元まで近づいてくる。
生徒会長はニコニコと笑顔を浮かべていた。
なんだか顔に笑顔が貼りついているようで気味が悪い。
「俺じゃないですよ。あいつがアベルです」
最後の手段。
近くにいたやつを指差してアベルってことにする。
「なんで俺!?」
指を差されたやつは素っ頓狂な声をあげていた。
「なんだ、あなたがアベルさんだったんですね~」
と、生徒会長はその男子生徒の元に向かう。
その隙に俺は教室を出た。
ふぅ、無事穏便に済みそうだ。
教室を出た俺は寮に戻ろうと思っていたが、ふと行ってみたい場所を思い出した。
それは図書室だ。
学院の図書室なんだから、恐らく魔導書で一杯なんだろう。
魔導書が好きな俺としてはぜひ、行ってみたい。
だが、どこに図書室があるんだろうな?
この学院はけっこう広いみたいだし探すのに苦労しそうだ。
探し歩くのもまた一興かと思い、歩を進める。
「やはりあなたがアベルさんだったじゃないですか~」
後ろから手首をガシッと握られる。
振り返ると生徒会長だった。
マジか……。
「いえ、俺はアベルではないです」
「なんで嘘をつくんですか~。嘘はよくないと思いますよー」
生徒会長はニコニコと表情を崩さないまま、そう口にする。
これ以上、誤魔化すのは難しいようだ。
ひとまず話を聞いてから、断る理由を考えようか。
「えっと、なんで生徒会長が俺に用があるんですか?」
「この学院では入学式の日に、生徒会が優秀な生徒を生徒会室にお招きする仕来り《しきたり》があるんですよ」
「俺はDクラスですし、残念なことに優秀ではないですよ。他をあたってください」
「ふふっ、では言葉を言い換えましょう。個人的にあなたに興味があるから生徒会室にお招きします。ぜひ、来てください」
「お断りします。別に生徒会に入りたいみたいな野心はないので」
うん、生徒会とか面倒なこと多そうだしな。
〈賢者の石〉の研究に忙しい俺としては入るわけにいかない。
「別に生徒会に入ってほしいという思惑があるわけではありません。ただの交流会です。もっと気軽に構えてください」
「だとしたら、行くメリットがわかりません」
「ん~、生徒会とお知り合いになれるんですよ。普通なら、そんな機会逃さないと思いますが……」
「あまりそういうの興味がないので」
俺は学校にほとんど通ってないので生徒会がどういう組織か知らないが、俺は魔術の研究がしたいだけだ。
生徒会と関わることにメリットを感じられない。
「ん~、困りましたね~。あなたはなにがお望みなんでしょう」
そう言いながら、生徒会長は俺の手を両手を握って、指の隙間をペタペタと触ってくる。
なんの意図があっての行動だろうか?
「男の子にしてはあまり手は大きくありませんね~」
「えぇ……まぁ、そうかもしれません」
手の大きさとか気にしたことないから知らないが。
「んー、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくしユーディット・バルツァーと言います。気軽にユーディットと呼んでください」
「あの、会長」
「ん~、つれないですね~。なんですかー?」
「この後、用事があるので手を離してくれませんか?」
「そうですか。なら、わたくしもつきあいますよ~」
なぜか彼女は俺の手を握ったままだった。
「あの、手を離してくれませんか?」
「なんでですか~? このままでいいじゃないですか~?」
家に引きこもっていたせいで、異性と接する機会といえば妹のみだったからよくわからないが、初対面の異性と手を繋いで歩くのって普通なのだろうか? まぁ、俺も妹に抱きつこうとすることは多いからな、意外とそうものなのかもしれない。
結局、手は繋いだ状態で歩いていくことになった。
「そういえば、さっき俺に興味があると言っていましたよね。どうしてですか?」
「それはあなたの魔力がゼロだからです」
生徒会長は俺のほうを見て、そう言う。
やはりか。
心当たりといえばそれぐらいしかなかった。
「なら、残念です。俺の魔力はゼロではありません。魔力を測定したとき、体調不良だったのか正しい数値がでなかったんですよ」
下手に魔力ゼロと肯定して、異端に繋がると困るしな。
「そうなんですか~。ですが、あなたへの興味は変わりません。あなたの受験での戦いぶりは見ました。大変興味深いものでした。そよ風が吹いたと思ったら、急に人が倒れました。あれはどういう魔術なんでしょう?」
そうか、受験での戦闘も見られていたか。
困ったな。受験時は合格することを優先して、手札を隠さなかったが、今後も同じような魔術を使い続けていたら、いつかは異端の疑いをかけられるかもしれない。
俺専用の魔術は控える必要がありそうだ。
「機密事項です。あまり自分の手の内は晒したくないので」
「ん~、残念です」
そう言いつつも、生徒会長の表情から笑顔が崩れないので残念がっているようには見えない。
「それに俺は一度負けています。そう注目に値すると思えませんが」
「それは仕方がないと思いますよ~。なにせ、相手はあのプロセルさんでしたから。そういえばアベルさんってプロセルさんと姓が同じですよね。もしかして親戚とかでしょうか?」
「いえ、心当たりがありませんね。たまたまかと」
「そうでしたか~」
妹に言われたとおり赤の他人と説明しておく。それより、生徒会長の言葉一つ気がかりなことがあった。
「プロセルって有名なんですか?」
生徒会長の物言いがそう思わせたのだ。
「そりゃあ彼女は首席ですし大変有名ですよ」
へー、それは知らんかった。
「魔術の天才というより戦闘の天才ですよね。相手の急所を的確に判断し、自分の戦闘スタイルを即座に変える。何度見ても彼女の戦い方は惚れ惚れします」
流石、俺の妹だ。誇らしい。
「なら、俺ではなくプロセルを生徒会に招いたほうがいいんじゃないですか?」
「ええ、すでに副会長が向かっているはずですわ」
つまり、このまま生徒会室に素直に行けば妹と出くわすとこだったのか。
行かない理由がひとつ増えてしまった。
「それに私としてはプロセルさんよりあなたの方が興味ありますし」
そう言って彼女は俺の顔をじっと見る。
「それはありがたいですが……」
厄介なのものに絡まれてしまったな。
「そういえばアベルさんは今どこに向かっているんですか?」
ふと、思い出したかのように彼女はそう言った。
今、俺は生徒会長と手をつないで歩いていた。
会話をしていたせいで頭から抜け落ちていたが、そもそもの目的は――
「図書室に向かっているんです」
そう、俺は図書室に行きたかったのだ。
「だったら反対側ですよー」
そう言って生徒会長は後ろの方を指差した。
「マジか……」
最初から聞いておけばよかった、と今更ながら後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます