―18― ミレイア

 寮にいるのはどうやら俺だけらしい。

 俺のように特殊な事情がなかったら、学校が始まっていないのに寮にいる理由がないか。

 そんなわけで俺は寮での生活を一人で満喫していた。

 まぁ、やることは魔術の研究以外にないのだが。

 そんな寮生活、三日目のことだった。

 俺は食堂で一人寂しくご飯を食べていた。

 ちなみに『科学の原理』を読みながら。


「え? 私以外にも人がいたんだ」


 声が聞こえた。

 どうやら食堂に俺以外にも人がいたらしい。

 とはいえ、今の俺は読書に熱中している。


「あ、あの……っ」


 それにしても『科学の原理』は難解な内容だよな。

 何度も読んでもすべてを理解できる気がしない。

 まだまだ俺の知識は浅いってことだ。


「し、新入生の方ですか?」


 特に雷の理論が難しすぎる。

 一応、雷を放つという魔法陣の構築には成功したものの、あれは偶然できたものにすぎない。

 まだまだ改良の余地があるはずだな。


「あれ? 聞こえていない……?」


 それに雷を理解する前に、まず原子というのを理解する必要がありそうだ。

 その原子にも種類があるらしく、それらの組み合わせにより物質の性質が決定するとのことだ。

 ただ『科学の原理』には曖昧にしか書かれておらず、恐らく著者も全てをわかっていないのだろう。


「よし、もっと大きな声を出さなくちゃ」


 雷より先に磁石について知るのが近道だろうか?

 どうやら雷と磁石にはなんらかの関係があるらしいし。


「あのっ!」


 キーンと耳が響いた。

 は?

 見ると、そこには一人の少女がいた。

 銀色の長い髪。目が垂れ目なのが大人しそうな雰囲気を醸し出している。


「やっと、こっちを見てくれた。新入生の方ですよね!」


 彼女は嬉しそうに微笑んで、俺にそう語りかける。

 この女のせいでさっきまで考えていたことが全部吹き飛びやがった。


「確かに俺は新入生だが……」


 仕方なく俺もそう答える。


「あの、私も同じ新入生でして、てっきり他に新入生いないと思っていたから、あなたを見て驚きました。あ、自己紹介が先でしたね。私、ミレイア・オラベリアと言います」

「アベル・ギルバートだ」


 仕方なく俺も自分の名を名乗る。

 早く読書に戻りたいんだが。


「それじゃあ、アベルさんって呼びますね。えっと、アベルさんはどちらの中等部出身なんですか?」


 出身の中等部を聞くのは、知り合ったばかりの新入生同士の定番トークといったところか。


「中等部には通っていない」


 まぁ、正直に言うしかないよな。


「えっ? 中等部行かれていないのにプラム魔術学院に合格されるなんて、すごい優秀なんですね」


 てっきり中等部を通っていないことを馬鹿にされるかと思ったか、なるほど、そういう解釈もあるのか。


「まぁな、優秀である自覚はある」

「そ、そうなんですね……」


 なぜか、少女は微妙な顔をしている。


「あ、私はアストリオ魔術学校出身なんですが……有名なので聞いたことあると思うんですけど」

「いや、ないな」


 中等部行っていない俺が知っているわけないだろ。


「そ、そうですか……。あ、その本随分と分厚いですが、なに読まれているんですか?」

「あー、これは、古代語で書かれている本だな」

「こ、古代語読めるなんてすごいですね。ちなみに、どんな内容なんですか?」


『科学の原理』をあまり他人に知られるわけにいかないな。

 原書シリーズを否定する内容が書いてあるし。


「まぁ、実用書だな」

「へー、実用書なんですか……。あ、私もけっこう読書家でして、特に好きな本が『ホロの冒険』という小説でして。もしかしたらアベルさんも読んでたりして。けっこう有名な本ですので」

「あー、俺小説みたいな通俗的な本は読まないから」

「そ、そうなんですか……」


 彼女は頷くと、なぜだか気まずそうに目を反らした。

 思えば、家族と本屋の店主以外の人とこんなに会話したのすごい久しぶりだな。


「なぁ、ミレイア」

「な、なんでしょうか?」

「俺、本の続きを読みたいんだけど、あと他に俺に聞きたいことあるか?」

「いえ、特にないです……」


 彼女は消え入りそうな声でそう口にした。


「そうか」


 俺はそう頷くと読書の方へと意識を移したのだった。




 

「全く、仲良くできませんでした……」


 アベルと別れたミレイア・オラベリアはそう言ってため息をつく。

 今まで初対面の人と何度も会話をする機会があったが、ここまで手応えがなかったのは初めてかもしれない。

 わざわざ仲良くなるために、入学前に入寮したのに。

 これでは意味がないではないか。


「まぁ、焦る必要はないですよね……」


 同じ学校に通うのだ。

 仲良くなる機会はいくらでもあるはずだ。


「えー、わかっていますよ」


 ミレイアは誰かに話しかけるようにそう口にする。けれど、他に人がいる様子は見られない。


「受験時の彼が扱った魔術はあなたの言う通り確かに奇妙ではありました」


 また誰もいないはずなのに、ミレイアは語りかけるようにそう口にする。


「アベル・ギルバートが異端者かどうか私が確かめればいいんですよね」


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