―12― 金が尽きた

「金が尽きた……」


 ある昼下がりのことだった。

 俺は自室のベッドで呆然としていた。


 ぐぅ~とお腹が鳴る。

 ここ5日ぐらいなにも食べていない。

 それでいざ、食べ物を買おうと財布を見たら、金が一銭もなかった。

 家を追い出されて、2ヶ月が経とうとしていた。

 魔術が成功してから、新しい魔術の開発や科学的な実験を次々と行ってきた。

 それらに必要な道具を揃えたりして少々お金を使いすぎてしまったわけだ。

 別に後悔はしていない。

 だが、困っているのは事実だ。

 こうなったら本屋の店主に頼るしかないか。


 

「よぉ、アベル。例の本の件どうなった。内容わかったか?」


 本屋の店主に言うと開口一番、そう言われる。

 そういえば、そんな話だったな。

 すっかり忘れていた。


「て、店主、うぐ……」


 俺は地面に倒れた。

 もうお腹が空きすぎて限界だった。


 

「はっはっはっ、アベルが腹減って倒れるとはな! おもしろいこともあるもんだ!」


 俺は店内の片隅で、ご飯を食べていた。

 店主に奢ってもらったのだ。


「ホント、ありがとうございます」


 そう言いながら、俺は恐縮で肩を丸めてしまう。


「別にいいってもんよ! けど、なんで腹なんて空かしたんだ?」


 飯を奢ってもらったんだ事情を話さないのは失礼だろうと思い、俺はこれだけの経緯を話すことにした。


「まぁ、いつまでも親のスネかじって生きていくわけにいかないしなぁ」


 説明を終えると、店主は父さんの考えにも一定の理解を示したようだった。

 俺としては魔術の研究で生計を立てるつもりではあったんだけどな。


「だったら、うちで働いてみないか!」


 と、店主から提案される。


「アベルの魔導書の知識量が半端ないのは知っているからな。うちでも魔術師相手に魔導書を売る機会は多い。俺だとどうしても魔術の知識がないからやりづらくてよ。アベルならその点安心できる! まぁ、働いてもらうなら魔導書以外の本に関する知識もつけてもらわないと困るがな」

「なるほど……」


 確かに悪くない提案だと思う。

 この俺が働くとするならば本屋以上に適した場所もないだろう。それに店主とは気心知れた仲だ。店主が頼りになる人なのは俺が一番知っている。


「けど、遠慮しておきます」

「お、おい! なんで断るんだ? 他にやりたい仕事があるのか?」

「俺にはやらなきゃいけないことがあるので」

「やらなきゃいけないことって……」


 店主はそう言うと、「ふぅ」と肩でため息をついた。やらなきゃいけないことがなにか、すぐに察しが付いたのだろう。


「なぁ、アベル。いい加減、現実を見るべきだと俺は思うけどな」


 現実を見ろ。最近、他の人にも言われた言葉だな。


「お前が魔術を誰よりも好きなのは知っている。だがな、お前は魔力ゼロなんだ。人には、どうしたってできないことがある。それをいい加減理解すべきだと思うけどな。それに、お前の妹さんもそろそろ受験だって言うじゃないか。しかもあま難関のプラム魔術学院ときたもんだ。お前も兄なんだから、妹なんかに負けていられないんじゃないか」

「プラム魔術学院……」


 そうだ。

 今の今まで忘れていた。

 この前話したとき、妹がプラム魔術学院の受験があると言っていたじゃないか。


「店主、プラム魔術学院の受験っていつでしたっけ?」

「確か明日だと思ったが」

「まだ間に合うな」


 思わず俺は立ち上がる。


「お、おい、どうしたんだ、アベル?」

「俺、プラム魔術学院に入学します」

「はぁ!?お前、なにを言っているんだ? お前は魔力がないはずだろ!」

「店主、実を言うと俺、つい最近魔術を使えるようになったんですよ」

「な、なにを言ってるんだ……」


 困惑した様子で俺のことを見つめている。

 魔力がゼロなことを店主は知っているからな。困惑するのは仕方がない。だから魔術を使えることを証明しようとこう口にした。


「まぁ、見ていてください」


 ここ5日ほど、俺はほとんど寝ないでひたすら魔術の可能性を探っていた。

 俺はポケットからあるものを取り出す。


「魔石をどうするんだ?」


 と、店主が口にする。

 通常なら、魔石に含まれた魔力は微量なため、この魔力を使って魔術を発動することはできない。

 だが、俺の新しい科学に基づいた魔術なら、この微量な魔力でも十分問題ない。


「〈氷の槍フィエロ・ランザ〉」


 手に持った魔石を中心に魔法陣が展開される。

 そして、〈氷の槍フィエロ・ランザ〉が生成された。


「こんなぐあいで、魔術を使えるようになったんですよ」

「ま、マジかよ……」


 店主は口をあんぐりと開けて呆然としている。


「信じられないがアベルが魔術を使えるようになったのはわかった。だが、プラム魔術学院は難関校だぞ。受かる自信はあるのか……」

「それに関しては大丈夫だと思うんですよね」

「まぁ、アベルが言うならそうなんだろう。だが、プラム魔術学院に行く


 交通費はどうする? 今、金がないんだろ」


「あ、そうか」


 忘れていた。

 プラム魔術学院はここから歩いていくには遠い場所にある。

 行くためには魔導列車を使わないといけない。魔導列車とは魔術的なエレルギーを元に走る列車のことだ。


「よし、俺が金を工面してやるよ!」

「え? いいんですか?」

「ああ、ほらお前に古代語で書かれた本の解読を頼んだだろ。その依頼料だよ」

「そういうことなら、ありがたく受け取ります」

「で、あの本の内容はわかったか?」

「原書シリーズを批判する内容でした。恐らく見つかったら禁書扱いとして処分されるかと」


 嘘はついていない。

 実際に見つかったら、あの本は処分される。


「あー、そうだったのかぁ。うーん、残念だなぁ」

「あの本は俺が処分しておきます」

「おっ、いいのか」

「ええ」


 まぁ、処分するってのは嘘だ。

 俺が大事に保管しておこう。

 そんなわけで交通費も手に入れたし、プラム魔術学院の受験に向かうことになった。


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