―08― 科学

『科学の原理』を読み終えるのに一週間もかかった。

 それは古代語を読み慣れていないってのもあったが、たとえこの書物が現代語だったとしても読むのに苦労してたといえるほど難解な内容だった。

 一応読み終わったが、それは表面をなぞるようなもので全てを理解したとは言い難い。

 そして読み終えた俺はぐったりと天井を仰ぎ見ていた。


 なんともいえないな。

 それが本に対する感想だった。

 もし『科学の原理』に書かれていることが全て正しいとするならば、俺が今まで読んできた魔導書が間違っていたことになる。

 しかし魔導書が間違っていると断言はできない。

 というのも魔導書に書かれた理論に基づいて現に魔術が行使されているからだ。


 

 そもそも魔術とは。

 古来より人間は魔術を行使してきた。

 けれど、それらはもっと曖昧なもので到底学問と呼ばれるものではなかった。

 魔術が学問として体系化されたのは千年前。

 魔術師の祖、賢者パラケルススによってなされたものだ。

 賢者パラケルススの元に神が訪れ、魔術について教えを説いたという伝説が残っている。

 そして賢者パラケルススが残したのが原書シリーズと呼ばれている7冊の魔導書だ。

 そのため原書シリーズは一部を除き、神との対話という形式で書かれている。

 魔術師というのは、例外なく最初は原書シリーズを読み理解するところから始まる。

 もちろん俺が初めて読んだ魔導書も原書シリーズだ。

 そして今、出回っているあらゆる魔導書は原書シリーズの発展であったり解説であったりするものがほとんどで原書シリーズを否定する内容のものは一切ない。

 そう魔術師にとって原書シリーズは絶対的な真実である。

 だが、俺の手元にある『科学の原理』は原書シリーズを真っ向から否定する内容だった。

 原書シリーズが間違っているなんてあり得るのか?

 いや、原書シリーズは完璧な理論だ。

 間違っているとは思えない。


 だが――

 俺は思い出していた。

 現実の火と魔術の火が異なるものだと実験で証明したことを。

 だから俺はある一つの可能性に行き当たった。

 原書シリーズもこの『科学の原理』もどちらも正しくてもおかしくないのかもしれない。

 それは一見矛盾しているような結論だが、今の俺にはそれしか思いつかなかった。


「まず、この『科学の原理』に書かれていることが本当なのか証明するのが先か」


 そう言って俺は立ち上がる。

 幸運なことに俺は様々な実験道具を持っている。

 実験するのは得意分野だ。

 まず『科学の原理』に書かれていたことで最も目を引いたのは酸素と呼ばれる空気だ。


「水銀を加熱すると水銀灰が生成される。その水銀灰をさらに加熱すると酸素が発生する」


 と、本には書かれていた。

 そんなわけで貴重な水銀を調達してくる。

 水銀は魔術がまだ錬金術と呼称されていた時代に、当時の錬金術師たちによって見つかった代物だ。

 ちなみに、今では錬金術といえば、金属の生成やポーションの作成といった魔術の特定分野のことを指す。


 そんな水銀をガラス瓶に入れ、火で熱していく。

 そして発生した空気を水上置換と呼ばれる方法で集めていく。

 酸素は水に溶けない性質を持っているため、一度水を通したほうがより純度の高い酸素が手に入ると本には書かれていた。

 これを水上置換というらしい。


「そんで、これが酸素か」


 書物によると酸素は燃焼に必要な空気であり、火を近づけるとその火は激しく燃えると書いてある。

 本当かどうか実際に酸素に火を近づける。

 ボッ、とマッチの火が激しくなった。

 本の内容は正しかった。


 さらに書物には興味深いことが書かれていた。

 酸素と水素という空気を混ぜると水が生成されると書かれていたのだ。

 そんな馬鹿なことがあるかと俺は疑っているわけだが、ひとまず試してみる。


 そのためには、まず水素という空気を作る必要があるな。

 水素を生成するには鉄に硫酸をかければいいと書いてあった。

 硫酸をなんとか調達して実験を開始する。

 すると空気が発生した。

 それを水上置換を用いて、より純度の高い水素にしていく。

 そして水素と酸素を混ぜて、火を近づけると水が発生するらしい。

 やってみる。

 水素と酸素の入ったガラス瓶をそれぞれ近づけ、マッチの火を近づける。

 瞬間、ボッ、と大きな音を立てた。


「うわっ」


 思わず驚いた俺はマッチ棒を床に落としてしまう。

 やばっ、床に火が燃え移る。

 俺は慌てて靴で踏んで火を消した。

 そして肝心の水の生成の方だが、


「水滴がついているな」


 一応、実験は成功した。

 

 さて、発見したことをまとめるとこんな感じだ。

 まず、

 

 金属 + 酸素 → 金属灰

 

 これが燃焼の仕組みだ。

 本には火とは急激な酸化に伴う現象と記されている。

 火の元素なんてもんは存在しないということらしい。

 ともかくこの理論だと、金属灰が金属より重たい理由が説明できる。

 結合した酸素の分重たくなったのだ。


 そして、

 

 水素 + 酸素 = 水

 

 つまり水の元素も存在しないってことだよな。

 しかも空気にも酸素や水素といった具合に、様々な種類があるとわかった。

 風の元素もないってことになるよな。

 さらに俺は二酸化炭素の確認も行った。

 石灰石を熱することで確認することができた。

 本によると石炭なんかも燃やすと二酸化炭素が発生するらしい。

 

 木炭 + 酸素 → 灰 + 二酸化炭素

 

 という具合だ。

 二酸化炭素が排出されるため、その分灰は木炭より軽くなるってことらしい。

 次に成功したのは窒素という空気だ。

 密閉された空間の中で火が消えるまで燃やし続ける。

 すると、空間の中には二酸化炭素が充満する。

 二酸化炭素は水に溶けやすい性質を持つため、何度も水の中に空気を入れ、そして残ったのが窒素と呼ばれる空気だ。

 書物には窒素が空気の大部分を占めているだろうことが書かれている。


 ちなみに、窒素が充満した空間で火がつくか確認してみたが、やはり火はつかない。

 さらに書物には動物が生きていくうえでも酸素が必要と書かれていた。

 そんなわけでネズミを使って実験をする。

 すると書物通り酸素のない空間ではネズミは生きることができず、すぐ死んでしまった。


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