―03― 実験

 家を追い出された俺は途方に暮れていた。

 持っているのは3ヶ月は暮らせるだけのお金と最低限必要なものが入ったカバンだ。

 カバンの中には服が入ってるだけで魔導書は入っていなかった。

 追い出すならせめて魔導書も一緒に追い出してくれ。

 まぁ、魔導書はまた買えばいいかと思いつつ、ひとまず優先すべきは宿の確保だろう。

 もう夜も遅いので今日寝るためにも必要だ。

 できる限り安い宿だとなおよしといったところ。


「悪くない部屋を見つけたな」


 と言いつつ俺はベッドに腰掛けた。

 狭いが小綺麗な部屋だ。


「さてと――」


 そう言いつつ、俺はいつものくせで魔導書を探してしまう。

 そうだ魔導書は持ってくることができなかったのだ。

 まぁ、家にある魔導書はほぼ頭に入っているので今更読む必要もないんだが。

 仕方ないので俺はベッドで大人しく寝ることにした。


 

 ◆


 

 目を覚ますと、もうお昼を過ぎていた。

 いかん、つい寝過ぎてしまった。

 俺は慌てて着替えると、外へ出た。

 とはいえ、仕事を探すために外に出たわけではない。

 魔術の研究をしようと思った次第だ。


 俺は今、ある研究に取り掛かっていた。

 それは〈火の弾ファイア・ボール〉を魔術を使わないで再現できるかどうかというものだ。

 〈賢者の石〉の生成を成功させるには、四大元素の理解が必須だ。

 あらゆる物質は火、風、水、土の4つの元素で構成されている。

 それは〈賢者の石〉も例外ではない。

火の弾ファイア・ボール〉を魔術を使わないで再現できれば、四大元素の一つ、火の元素に対する理解が深まると俺は考えたのだ。

 そのためには火に対する理解がより必要だと考えて、そのための道具を揃えるために店を回っていた。


 

「よし、準備できたな」


 用意したのはマッチ棒とろうそく、ガラス瓶だ。

 俺はこれらを用いてある実験をしようとしていた。

 魔導書には、火の元素とはこのような説明がされている。

 火の元素とは、非常に軽い物質であり、上へと向かっていく性質がある、と。

 そしてあらゆる物質には火の元素が含まれており、それが外へ出て行こうとするとき火として発現する。

 つまり、わかりやすく書くとこういうことだ。

 

 木炭 → 灰+火の元素

 

 これが火の仕組みである。

 このように我々が通常、火を見る際には火はなにかを燃焼させている。

 対して、火のファイア・ボールは純粋な火の元素そのものだ。

 俺が実験にて叶えようとしているのは、火のファイア・ボールのように純粋な火の元素を魔術を用いないで生み出そうというわけだ。

 そんなわけで俺は引きこもり生活をしながら、火の研究をしていた。

 具体的な手法としては、色んな物質を燃やしては観察していたのだ。

 そんな中、ある異変に気がついた。

 金属を燃やした場合に限って、燃えた後の金属のほうが重たくなるってことに。

 まとめると、


 金属 → 火の元素 + 金属灰

 

 こういうことだ。

 金属灰というのは、金属が燃えた後に残る黒焦げた物体のことだ。

 魔導書によれば、火の元素というのは元々金属に含まれており、燃える際に外に出ていくとされている。

 ならば、火の元素が外に出ていった分、残った金属灰は軽くならなくてはならない。

 現に、石炭なんかは燃やしたら灰となって軽くなる。


「火の物質が負の質量を持っているということか?」


 もしそうなら金属灰が重たくなっているのも説明できる。

 が、なぜ金属灰に限って重たくなるのか説明ができないし、それに負の質量というのはいまいち納得できない。


 と、まぁ疑問は尽きないわけだが、今日は別のアプローチから火を実験を行うつもりでいた。

 火の実験を繰り返す中で、燃焼後に金属が重くなるってこと以外にも俺は気がついたことがあった。

 箱に閉じこめられた火はすぐ消える。

 なぜ、こんな事象が起きるのか俺は悩んだ。

 そして、ある仮説を立てた。

 火には空気が必要不可欠なんじゃないかと。

 しかし、どう必要なのかまではわからない。


 そこでこんな実験を思いついた。

 活躍するのは特殊な形をしたガラス瓶だ。

 俺は追放される前にガラス細工を作ってくれるお店で、ある注文をしていた。

 それを今日受け取った。

 俺は学校も行かなければ仕事もしない引きこもりではあったが、必要とあれば外には出る活発的な引きこもりではあった。

 ガラス瓶はろうそくが入る程度の細い形をしている。

 そこに俺は4分の1いかない程度の水とろうそくを入れる。

 そしてろうそくに火をつけた上で蓋をする。

 ちなみにガラス瓶に入っていない状態のろうそくも用意し、火をつけた。

 そして思惑通り、ガラス瓶の中で密閉されたろうそくはすぐに火が消えた。

 まだ密閉されてない方のろうそくは火が爛々と輝いている。

 やはり閉じ込められた火はすぐに消えることが立証された。

 しかし、この実験の真骨頂はこれからだ。


「水面の高さが上にあがっている」


 そう、俺は事前にガラス瓶の中に水を入れていたわけだが、その水面のところに印をつけていた。

 それが今確認すると、水面の高さが印より上にあった。

 それが意味すること。

 ガラス瓶の中の空気が減っている。

 つまり――


「燃焼をすれば空気が消費されるってことか」

 

 金属 + 空気 → 金属灰 + 火の元素

 

 式に表すとこういう感じか。


 しかし空気というのは風の元素が集まって作られているとされている。

 風の元素が火の元素に変換されたということか?

 あり得ない話ではない。

 4つの元素はお互いに流転するとされているからだ。

 ちなみに、そのことを中心に取り扱った理論を錬金術と呼んだりする。


「しかし、金属灰が金属より重い理由が説明できないな」


 それから俺は火を扱った様々な実験を行った。

 木炭や油を燃やす。

 金属は値が張るので今回は諦めた。

 やはり木炭や油でも密閉された空間ではすぐに火が消えた。

 やはり同様に空気が必要なんだろう。


「けど、木炭の場合は燃やすと軽くなるんだよな」


 パラパラになった灰を見て、俺はそう言う。

 魔導書にも書かれていた。

 木炭にはたくさんの火の元素が含まれているため、よく燃えると。

 その証拠に木炭を燃やした後に残った灰は火の元素が出ていってしまったので、木炭に比べ軽くなっていると。


 実際、金属以外のほとんどの物質が燃やしたら軽くなる。

 しかし、金属だけは違った。

 燃やすと重たくなる。

 魔導書には金属の燃焼のことまでは書かれていなかった。


「そういえば秤を実家に置いていったままだな」


 準備する暇もなく追い出されたもんだから、必要なものを持っていくことができなかった。


「一度、家にこっそり戻るか」


 そう俺は決めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る