―02― 勘当

 魔力がゼロと判明した俺はそれからどうなったのか……。

 結論から言うと、俺は引きこもりになった。


 なぜ引きこもりなのか?

 それは学校へ行く時間が無駄だからだ。魔力がない俺は、非魔術師用の学校に行くことになる。けど、〈賢者の石〉の研究をしなくてはいけない俺にそんな学校に行く余裕はない。


「流石に何度も読んだせいでボロボロだな……」


 魔導書を手に、そんなことを呟く。

 部屋にある魔導書は何度も読み返しているため、どれもボロボロ。〈賢者の石〉の研究には魔導書を熟読することがなりより基本だからな。

 ドン、ドン、ドン――と足音が聞こえた。駆け足なのか、足音が大きく床が軋む音まで聞こえる。

 俺の部屋に来るのは、決まって一人だけ。


「アベル兄! ご飯! 早く来て!」


 必要な事項のみを端的に述べるのは、俺の愛しき妹だ。

 扉をあけると、そこには華奢な体躯の妹の姿が。


「プロセルぅうう、元気にしていたかぁあああああああ」


 かわわい妹に出会えたので、俺はとりあえず抱きつこうとダイブした。


「〈土巨人のピューノ・ギガンテ〉」


 突如、空中に魔法陣が現れ、そこから巨大な拳が這い出るように出現する。

 俺を殴りつけるために、発動させた妹の得意魔術だ。


「ぐはっ」


 殴られた俺はうめき声をあげながら床を転がり回る。

 非魔術師に魔術を放つのは何事だ、と思わないこともないが口にしない。俺は優しい兄でいたいからな。


「きもい。次、同じことやったら殺す」


 殺気放った目で、妹がそんなことを口にする。

 マジで次やったら殺されそうだな。


「元気かどうか、お前の体温に触れて確かめようとしただけじゃん」

「だから、それがキモいって言っているんでしょ」


 そんなふう拒否しなくたっていいじゃん。ただの兄妹のスキンシップだというのに。


「なぁ、妹よ。元気にしていたか?」


 せめて空気を変えようと、別の話題を提供してみる。確かこうして会うのは三日ぶりだ。三日間、寝食もせずに俺は部屋にこもっていたからな。


「私のことなんかより、自分のことを心配しなさいよ」

「そうか? 俺は体調に不自由ないが……」

「体調の心配じゃなくて、将来の心配よ。いい加減引きこもるのやめたら?」

「そう言われてもな。俺にはやらなきゃいけないことがあるし……」


 と俺が言うと、妹は「はぁ」と重めのため息をついた。

 露骨に呆れられた。

 妹の目には、俺がただ魔術師の夢が諦めきれず、未だにしがみついているように見えるのだろう。


 妹は俺が〈賢者の石〉を生成しようと思っていることを知らない。

 しかも、自分が短命の呪いに冒されいることにすら気がついていない。

 あの日見た、妹の体に描かれた黒い紋様は数時間後には消え失せていた。しかし、消えたからといって呪いが解けたわけではない。

 そう断言できるのは、過去の文献から同様の事実があったから。

 再び、黒い紋様が現れたとき、それは妹が死ぬ瞬間だ。

 しかも、ただ死ぬわけじゃない。

 もがき苦しみながら死ぬ。

 この事実を知っているのは、直接この目で呪いの証である黒い紋様を見た俺のみ。

 下手に妹に知らせて、不安を煽る気にはなれなかった。

 それに呪いが発動する前に、俺が〈賢者の石〉の生成に成功すれば、全てが解決することだしな。

 呪いが発動するのは、過去の事例から判断すると妹が三十代のときだと予想される。

 そう考えたら、非常に時間が足りない。


「ねぇ、食事中のとき魔導書を持ち込むのやめてよね」


 食堂へ向かおうとした途端、妹に指摘される。妹の視線は俺が手に持っている魔導書に向かっていた。

 食事中の時間も無駄にはできないため、食べながら魔導書を読もうと考えていたのだ。


「なぜだ?」


 と、俺は疑問を口にする。


「父さんが怒るからよ」

「父さんが怒るのはいつものことだろ。今更気にしても仕方がない」

「だからって、わざと怒らせるようなことをするのは違うと思うんだけど。それに、私そろそろ受験が近いのよ。あんまり家の空気悪くしないでほしいの」

「受験? どこを受けるんだ?」

 受験という言葉に思わずひっかかる。そうか、そろそろ受験が控えている年頃だったか。俺自身が学校に通っていないため、どうもその辺りの知識が疎くなってしまうのは仕方がない。

「プラム魔術学院よ」

「最難関のところか」


 妹が優秀なのはなんとなく耳にしていた。ならば、最難関の学校を受けるのは当然のことだろう。

 俺も魔力があれば、ぜひとも通いたかったな。


「がんばれ」


 と妹に発破をかけた。


「だから、魔導書は置いていけって言ったでしょ!」


 例え妹のお願いでも、これは聞けない約束だ。


 

「おい、アベル! 食事中ぐらい本を読むのをやめないか!」


 案の定、食事中に魔導書を読んでいたら、妹の忠告通り父さんの怒鳴り声が聞こえた。

 父さんの真っ赤になった顔を見て、昔のような優しかった父さんはどこにいってしまったのだろう、とか俺は思ってみたり。

 悲しい、と嘆きつつ、俺は魔導書を読み進めていた。

 中途半端に言い訳するよりも無視をしたほうが効果的なのは経験から学んでいた。無視を続けていたら、そのうち父さんは呆れてなにも言わなくなる。


「あのさぁ、ちょっとは父さん言うことを聞いたらどうなのよ」


 父さんに変わって、妹がそう苦言を呈する。まぁ、妹は父さんに比べて冷静に会話ができるからな。だから俺は返事をすることにした。


「俺は研究に忙しいんだよ。食べている時間も惜しいぐらいにはな」

「研究ってなんの?」

「当然、魔術の研究に決まっているだろ」

「お兄ちゃん、魔力ゼロなのにホント馬鹿よね」


 別に魔力がなくたって魔術の研究はできるのだが、なぜか俺の周りの人たちはそれが理解できないらしい。


「なぁ、アベル」


 ふと、父さんが怒気を含んだ声でそう言った。


「はぁ、なんでしょうか?」


 俺は投げやりに答える。魔導書は広げたままだ。


「この前、なんの仕事をするか決めろと言ったよな。それで決めたのか?」


 そういえばそんなことを、この前言われた気がする。

 今の今まで忘れていたが。


「前にも言いましたが、俺は魔術の研究者になります」

「ふざけるのもいい加減にしろ」

「ふざけてなんかいませんよ。現に俺は魔術に関する論文を発表したでしょ」


 そう、俺は引きこもってはいるものの堕落した日々を送っているわけではない。ちゃんと実績は残している。


「お前の送った論文がどうなったか知りたいか?」

「それはぜひ……」


 そういえば、論文を出版社に送ったものの、出版社からはなんの返事もない。どうなったかずっと気になっていた。


「お前の書いた論文は破り捨てられていたよ」

「は?」


 思わず口を開けてしまう。


「魔術師ですらないお前の論文がまともに読まれるわけがないだろ。しかしも内容はなんだったか? 魔力がゼロでも魔術を使う方法だったか? バカバカしいにもほどがある」


 正確なタイトルは『魔力がゼロでも魔術を使える可能性とそのリスク』だ。タイトルからわかるとおり、魔力ゼロでも、魔術を使えない可能性はゼロではないってことを示した論文だ。中々な完成度の高い論文だが、なるほど、読まれる前に破り捨てられたか。


「アベルお兄。まだ魔術師になることを諦めてなかったわけ……」


 横から妹が呆れていた。


「これでわかっただろ。アベルがどれだけ魔術の研究をしたって意味がないってことが……」


 と、父さんはトドメを刺すとばかりにそうに口にした。


「だが俺には世界の神秘を解き明かす義務がある。そのためにも魔術の研究を続けていかなくてはいけない」


 もちろん本気だ。

 俺の進もうとしている道がひどく険しいことも理解している。それでも俺にはやらなきゃいけいな使命がある。


 次の瞬間。

 ドンッ! と父さんがテーブルを盛大に拳で叩いた音が聞こえた。


「ちょ、お父さんっ!」


 妹の焦った声が聞こえる。


「決めた」


 そう言うと父さんは立ち上がってこう叫んだ。


「お前はこの家から勘当だ! 今すぐ、この屋敷からでていけ!」

 

 それから数分後、俺は屋敷の外にいた。

 最低限の荷物を持たされた上でだ。


「これだけあれば3ヶ月は暮らしていけるだろ」


 父さんは貨幣の入った袋を俺に放り投げる。

 ゴンッ、と頭に当たった。めちゃくちゃ痛い。涙がでてきた。


「それまでに職を見つけることだな」


 そう言って扉をバタンッ! と閉めた。

 どうやら俺は家を追い出されてしまったらしい。


「マジか……」


 呆然と俺はそう呟いていた。


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