魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜

北川ニキタ

第一部

―01― プロローグ

 六歳のときだ。

 賢者パラケルススという偉人の存在を知った。

 千年前現れた世紀の魔術師。

 最大の功績は、それまで曖昧だった魔術という概念を体系化させ、学問と呼ばれるものへと昇華させたこと。

 だからこそ、魔術の祖でもあり、至上最高の魔術師ともされている。

 その賢者パラケルススは7冊の魔導書を遺した。

 原初シリーズと呼ばれるそれら魔導書は魔術にとって必要な理論すべてが残されている。

 そして、原初シリーズすべてを理解すれば真理に辿りつけるとも。


 俺は最初、これらを知ったとき思ったのは、


「俺も賢者パラケルススになりたい」


 ということだった。


 子供なら誰もが抱くような夢物語。

 ただ、俺は他の子供に比べて、その夢を実現するにはどうすべきか、本気で考えていた。

 賢者パラケルススが遺した魔導書、原初シリーズ。これらをすべて解明し俺も真理に辿り着けば、それは賢者パラケルススになることと同じことだ。

 これまで、あらゆる魔術師が原初シリーズの解明に挑んでいる。すでに解明されている箇所も多く、それらは一般的な魔術師も魔術として扱うことができる。

 だが、大部分が未だ謎のままだ。

 特に七つの難問というのが有名であり、その一つでも解明できれば後世に偉大な魔術師として名が刻まれるのは確実。

 だから、俺も七つの難問に挑むことを決意した。


 とはいえ、いきなり七つの難問すべてに挑むわけにもいかない。一つに目標を定める必要がある。

 七つの難問の一つに、〈賢者の石〉と呼ばれる霊薬がある。

 その霊薬はあらゆる難病を治すことができる万能の霊薬。

 千年前、賢者パラケルススは〈賢者の石〉をもって、多くの人の病を治しながら旅を続けたという伝説がある。

 これまで多くの魔術師が〈賢者の石〉の生成を試みた。だが、誰一人として生成に成功したものはない。

 俺は〈賢者の石〉の存在を知ったとき、すぐその魅力に取り憑かれた。

 〈賢者の石〉にまつわる伝説を片っ端から調べ、今まで〈賢者の石〉を求めて失敗した数々の魔術師についても調べあげた。

 そんなことを続けていくうちに、知らずして俺はこんなことを思うようになっていた。


「〈賢者の石〉を生成の成功させるのは、この俺だ」と。


 それは天命のようなもので、理屈で説明できるようなものじゃなかった。

 それから俺はかじりつくように勉強した。

 基礎がわかない状態で、いきなり〈賢者の石〉の研究を進めても仕方がない。

 それに原初シリーズは難解な暗号で埋め尽くされていおり、読むだけでも非常に困難な書物だ。だからこそ原初シリーズだけを読んでも遠回りになる。原シリーズを補足した魔導書が世には大量に出回っており、まずそれらの魔導書から理解することが必要だった。

 

 そんなわけでは、俺は幼いながらも魔導書を読み漁る少々変わった子供になった。

 とはいえ、それは魔術師の家系である我が家において、非常に喜ばしい傾向だった。


「アベルはきっとすごい魔術師になるわね」


 魔導書ばかりを読み漁る俺のことを母さんはそう言ってよく褒めてくれたし、


「そんなに魔導書が好きなら、アベルにはもっと魔導書を買ってやろう」


 父さんは俺に魔導書をたくさん買い与えてくれた。


「よく見てろ、アベル。これが〈火の弾ファイア・ボール〉だ」


 それに父さんは俺のために、得意な〈火の弾ファイア・ボール〉を披露してくれた。俺は魔術を見るのも好きだったので非常に喜んだものだ。

 と、こんな環境だったのもあって、俺はますます魔導書の勉強にのめり込んだ。

 

 だが、7歳のとき転機が訪れる。


「君、魔力がゼロだね」


 たまたま家に他人の魔力を感知できるほどの高名な魔術師が来たので見てもらった日のこと。

 高名な魔術師に言われたのだ。


「魔力がゼロだから、君は魔術師になれないよ」


 そう、魔術師になるには、魔術を発動させるのに必要な魔力を体内に保有していなくてはならない。

 その魔力が体内に発現するのは6歳から7歳頃と言われている。同い年の妹はすでに魔力を発現させており、俺は少々焦っていた。


「今は魔力がないだけで、今後魔力が発現する可能性はありますよね?」


 俺はすかさず反論した。


「確かに魔力の発現が遅い子もいる。けれど、そういった子でも微かな魔力を感じることができるんだ。君の場合、全く魔力が感じない。だから将来、魔力が発現する可能性はゼロだよ」

「う、嘘だろ……」


 絶望した声色が響く。

 俺の家系は代々魔術師の家系で、両親共に魔術師であり、兄も学生ではあるが魔術師。それに同い年の妹も魔力を発現させている。

 魔力は遺伝するのが一般的なため、俺も魔術師になるのが当たり前だと思っていた。

 なのに、俺の魔力はゼロだった。


 

 けれど、本当の事件はこれからだった。


「アベル兄、早くこっちに来てよー!」


 俺の数歩先前で、妹がこっちを振り向きながら手を降っていた。

 その日、俺は妹のプロセルと二人で買い物にでかけていた。

 魔力がゼロだと判明して落ち込んでいる俺を励ますために、気を利かせた妹が俺を外に連れ出してくれたんだと思う。


「おい、少し待ってくれ……」


 そう口にした俺の表情は固かった。

 いくら買い物とはいえ、魔力ゼロと判明して数日しか経っていない。まだ心の整理ができていなかった。


「もうアベル兄、遅いってばー!」


 それでも妹が無邪気に笑うのは少しでも俺に楽しんでもらおうという気遣いなんだろう。


 そんな折――唐突に災厄が訪れた。

 偽神ゾーエー。

 8つの災厄と呼ばれる、その一角。

〈生命〉を司る偽神とも呼ばれている。

 偽神を崇拝する異端者共が街を襲ってきたのだ。

 異端者は偽神の手によって異能の力を手に入れた者たち。彼らは、人外へと変貌しては、無尽蔵に人を襲い、侵略していった。

 その現場に俺たちは偶然居合わせしまったのだ。

 そんな渦中、俺はなにもできなかった。

 俺は非魔術師であり、妹はすでに魔力を発現させた魔術師だった。

 さっきまでただの兄妹だった俺たちは守られる者と守る者へと立場が二分されてしまったのだ。


 ――お前だけでも逃げてくれ。


 俺を守るように立ち塞がる妹を見て、俺はそう言いかけた。足手まといの俺なんかここに置いて魔術師の妹が一人で逃げれば、妹は助かるんじゃないか。そんな予感がした。

 だけど、いざ言おうとしても言葉にはならなかった。

 恐怖で唇が震え、うまく喋ることができなかったのだ。


「アベル兄は安心して。私が守るから」


 そんな俺の恐怖を察知してか、妹が背中ごしにそう言う。

 あぁ、俺はなんて情けないんだろう。

 自分の無力さが嫌というほど苛立った。その苛立ちを地面に拳をぶつけて解消しようとするが、情けない音が俺を余計虚しくするだけ。

 

「あっ……」


 目を開け、自分が横たわっていることに気がつく。

 いつの間にか俺は気を失っていた。

 辺り一帯は嫌になるぐらい静寂で、戦闘がすでに終結したんだってことがわかる。


「おい、プロセルっ!」


 慌てて起き上がり、妹の姿を探す。

 妹は見るも無残な姿で横たわっていた。


「大丈夫か!?」


 死んでいるんじゃないか、という予感が頭の中をよぎり、それを取り払うようにして妹の様態を確認する。


「生きている……」


 命にかかわる状態とはいえ、生きてはいた。生きているならば、治癒魔術さえあれば治る可能性は高い。

 よかったぁ、そう思い俺は安堵しつつ気がつく。


「なんだ、これは……」


 妹の胸に刻み込まれるようにして、黒い紋様があった。

 見慣れない紋様。

 だけど、普段から魔導書を読み込んでいるせいだろう。

 その正体にピンときてしまう。

 偽神ゾーエーによる呪い。

 この呪いをかけられたものは寿命が減る。

 いわば、短命の呪い。

 現時点の魔術では、この呪いを解く方法は存在しない。

 唯一可能性があるとすれば、〈賢者の石〉のみ。

 ガチャリ、と歯車が噛み合う音がした。

 人間誰しも人生で成し遂げなくてはいけないことが1つはあるはずだ。

 それが、俺の場合、これだったというわけだ。


「魔力がゼロだから、君は魔術師になれないよ」


 ふと、この前言われた言葉が頭の中で反芻する。

 だから、なんだよ。

 魔力ゼロだから魔術が使えない。

 そんな常識があるなら、その常識ごと変えてしまえばいい。

 妹の寿命が尽きる前に〈賢者の石〉の生成をする。

 それは俺にとって、未来の決定事項だ。


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