第三話 負け組 西羽 光輝
中学三年生になった。一年生の秋頃に入部した野球部では敬語しか使えない。例え相手が後輩でもタメ口は許されない。
「おい西羽(にしぱ)。ボール持ってこい」
一年生の佐藤が俺を小突いた。
「分かりました。今持ってきます」
「急げよ」
「はい」
佐藤は金属バットで俺の腰を殴った。俺が激痛に耐えかねて座り込むと、バットの先で顔面を突かれ、砂をかけられ、耳を蹴られた。
「返事してる暇があったらさっさと走れ! 骨折るぞボケ!」
理不尽だ。
俺はグラウンドを突っ走って倉庫を目指した。
入部したタイミングが悪かったのだ。俺は中学生になってすぐいじめられた。だから野球部でもいじめられた。いじめられる前に野球部に入っていれば状況は変わっていたかもしれない。運動部に入っているというブランドと積極的な交流関係。春頃に築くべきものを俺は秋頃手に入れようとした。時既に遅しであった。
でも部活を辞める気はない。二年の頃に金を払って童貞を卒業させてくれた遠山紗月が全てだった。金さえ払えばいつでもやらせてくれる女子中学生は魅力的で貴重だった。遠山に恋をしている訳ではないけど、遠山から離れたくはなかったし、遠山に逃げたと思われたくなかった。
それに、俺は小学生の頃までは遠山とそこそこ仲が良かったのだ。また昔みたいに、まともな遠山と会話がしたい。金を払ってエッチしたくせにそんな事を思うのは矛盾してるし下衆だと思うが、性欲には勝てなかった。
グラウンドに戻り、ボールが入ったカゴを地面に置いた。ジャージ姿の遠山がカゴを蹴飛ばした。ボールが辺りに散らばる。
「拾えよ」
俺は無言でボールをカゴに入れた。遠山はまたカゴを蹴った。せっかく入れたボールが地面に散らばる。
キャプテンの北条が近づいてきた。
「おい西羽」
「はい」
「態度が生意気だ」
北条が転がっているボールを拾い上げ、俺の顔面にぶつけた。それを皮切りに他の部員たちも一斉にボールを投げつけてきた。軟球とは言え体にモロに当たれば激痛が走る。俺はうずくまり頭を抱えて、攻撃が終わるのを待った。頭に何度もボールが当たって、意識が吹っ飛ぶかと思った。
やがて攻撃が終わると、北条が言った。
「今から試合だ。お前審判な」
「分かりました」
涙と鼻水が口の中に入って気持ち悪かった。
「お前、今日授業中に寝てただろ」
「寝てました」
「つまり体力は十分にある訳だ」
「はい」
「お前さ、はいしか言えないのか?」
「体力は十分です」
北条はニヤニヤ笑っている遠山の頭を撫でた。
「安心したよ。俺、今日ストレス溜まってるんだ」
部員たちが守備位置についた。マネージャーの遠山はグラウンドの隅っこに座り込んで試合を見ている。
ピッチャーの北条がへなちょこカーブを多投してあっという間にアウトを二つ取った。そして二年生の三番打者がバッターボックスに入った。一球目。久しぶりのストレート。バッターは何故かバッターボックスの外に逃げた。キャッチャーも逃げた。何も装備していない俺の顔面にボールが直撃した。その場に倒れこんでもがき苦しむ。
大爆笑。
三番打者の山崎がバットで俺の腹を突っついた。
「西羽。痛いか?」
「い、痛いです……」
「どうして逃げなかった?」
「た、球が速くて……」
「あ?」
「た、たた、た……。球が速くて、逃げられませんでした」
レフトの栗山が走り寄ってきた。こいつは一年生で一番下手くそな奴だ。
「西羽! 早く立て! 試合ができねーだろ!」
栗山は俺の顔面を蹴飛ばした。
「いてぇ! ……や、やめてください」
「うるせーよクズ! お前のそのぐちゃぐちゃのきたねぇ顔見てるとぶっ殺したくなってくるんだよ! 死ね! 死ねよ! キモいんだよ!」
他の部員たちも集まってきた。一年生のリーダー格の山野が提案した。
「こいつがトロいせいで試合出来なくなった。これは罰を与えるべきだ。北条先輩、どう思いますか?」
「賛成だ。こいつには躾をする必要がある。西羽、立て」
鼻の辺りを触ると、手が血で汚れた。感覚は無かった。
俺は無理矢理立たされ、倉庫にぶち込まれた。扉が閉められる。
突き飛ばされ、俺は暗闇の中で二十三人の部員たちを見つめた。三年生が八人、二年生が七人、一年生が七人、いつの間にかちゃっかり倉庫の中に入ってきている遠山紗月。二十三人が敵で、味方はいなかった。
栗山が俺の顔面に唾を吐いた。
「脱げよ」
北条が腕を組みながら頷いた。
「そうだ。脱げ」
「いやーもうめっちゃ恥ずかしー!」
遠山が体をくねらせながら甲高い声をあげた。俺はユニフォームを脱いでパンツだけの姿になった。
一年生軍団が「脱げ脱げー」と騒いだ。二年生と三年生は無表情で俺を見ている。
遠山が一歩進み出た。
「私が脱がしてあげる」
遠山が俺の前に座り込み、パンツを脱がせ始めた。
「もう西羽君赤ちゃんみたーい。きもーい。死んでほしーい」
遠山はパンツを脱がせると、靴でめちゃくちゃに踏みつけた。もうこのパンツは履けないだろう。
俺が裸になっても騒ぐのは一年生たちだけで、二年生と三年生はニヤニヤ笑っているだけだった。北条がわざとらしく咳払いをして、言った。
「一人ずつ唾をかけろ。西羽、お前は唾をかけられたら「ありがとうございます」って礼を言うんだ。分かったな? お前は今日体力あるんだろ? だから耐えられるよな。ん?」
意味不明な理屈だった。全員が「イエーイ!」と叫んだ。
先頭バッターの一年生が勢い良く俺の腹に唾をかけた。
「ありがとうございます」
二番バッターは俺の顔。三番バッターは俺の股間。四番バッターは目、五番バッターは足。体の至る所が唾だらけになった。六番バッターの遠山は一味違った。
「西羽の……。バカヤロー!」
と叫んでまず頭。
「買春野郎!」
鼻に直撃。その後も目、足、腕、背中、首、数えきれないくらいに唾をかけられた。
「喉カラカラになっちゃった。北条君、水分補給させてー」
遠山が笑顔でそう言うと、北条は遠山を抱きしめて唇にキスをした。遠山はトロンとした表情で強く北条を抱き返した。俺はこの時やっと涙を流した。
タダでキス出来るなんて。やっぱり俺は、皆と違う世界で生きている。
パンツは諦めて、ユニフォームだけ着て家に帰った。時刻は午後六時半。空腹で倒れそうだった。
台所に行くと食事の準備が進んでいた。米、味噌汁、サンマ、枝豆。
母親は麦茶の入ったグラスをテーブルに置きながら言った。
「あら、お帰り」
俺は食卓テーブルに並んでる食器を全て手で薙ぎ払った。食器が床に落ちて皿は木っ端微塵に割れた。
「ふざけんなよクソババァ! なんだよこの晩飯は!? 朝飯か? 刑務所の飯か? いや刑務所の飯以下だね! なんでお腹空かして帰ってきてこんなブタのエサみてーな飯食わなきゃいけねーんだよ! ていうかどう考えても量がすくねーんだよ量が! おめーみてぇなクソババァはもう胃袋枯れてるからこんな飯でも十分に足りるかもしれねーけどよ、俺は十五歳なんだよ十五歳! こんな飯じゃ足りねーんだよ! 喧嘩売ってんのか? あ? なんか言ってみろよボケ! あぁ分かってるよこういう事を言うと主婦は忙しいのよとか言うんだろじゃあ主婦の仕事ってなんだよ! 飯まともに作らない主婦なんかニートと大して変わらねーだろ! 主婦の忙しいアピールほどうざいものはねーんだよ! こんな飯食えるか! 仕事サボってんじゃねーよぶっ殺すぞ!」
母親は泣きそうな顔で割れた皿の残骸をかき集め始めた。
「ご、ごめんね。お金、あるから。何か買ってきていいよ」
俺はリビングへ行き、テーブルに置いてある財布から千円札を抜き取った。そしてジャージに着替えて外へ出た。
コンビニの前に行くと、同じクラスの佐伯可奈子が灰皿の横に座り込んでタバコを吸っていた。上は黒色のカットソー。下は白色のフリルのスカートを着ていた。外は真っ暗だったけど、ひと目見てすぐに佐伯だと分かった。
ボブカット。童顔。大きな目。幼く可愛らしい印象があるが、実際は教師嫌いでガラが悪くて口も悪くて遅刻サボりの常習犯で、香連中学ナンバーワンの問題児だった。でも性格は悪くなく、友達思いの良い奴だというのが俺の持っている印象だ。
「あれ、お前……。西羽だっけ。隣のクラスの」
「あ、どうも。えっと、こんにちは」
佐伯と話すのは始めてだった。もちろん存在は知っていたけど、佐伯可奈子みたいな可愛くて皆のリーダー的な人間とは無縁なのだ。
佐伯はタバコを一口吸い、しかめっ面で俺を睨んできた。スカートの中のパンツは丸見えだった。
「おい」
「なんですか」
「なんでお前、敬語なの」
「いえ、その……」
癖になってるんです。
「タメ口使えよ。ほら、隣座れ」
俺は言われるがままに隣に座った。
「吸う?」
「……吸ったことない」
佐伯はまたタバコを一口吸い、地面に置いていた缶コーヒーを一口飲んだ。
「アンタが皆に好きなようにされてる所、よく見かける」
いじめという表現を使わない所に、佐伯の優しさを感じた。俺は大きく頷いた。
「一つ質問がある」
「なに?」
「なんで部活辞めないの? アンタさ、クラスでも部活でもヤられてるんでしょ? クラスでの生活は辞められないけど、部活は辞められるじゃん」
「……」
「教えてよ。なんで辞めないの」
「遠山が気になる」
誰にも言った事のない本音をあっさり言ってしまったが、驚きはなかった。
「紗月とヤったの?」
「うん」
「紗月の事好きなの?」
「そうなのかもしれない」
「違うね」
「え?」
「紗月の事が好きだから部活に残ってるんじゃなくて、悔しいから残ってるんじゃないの? 違う?」
俺が部活を辞めないのは悔しいから。そして、最後の意地だから。それは多分、当たってる。
佐伯はタバコを地面に捨てて靴で押しつぶした。
「で、アンタここに何しに来たの?」
「え……。飯、買いに来た」
「お母さんご飯作ってくれないの?」
「……」
佐伯は鼻で笑った。
「一応、紗月とは幼稚園からの友達なんだ。昔はあんな病的な人間じゃなかった」
「うん」
「だからさ、私がちょっくら叩きのめしてやるよ。紗月の事」
「……は?」
佐伯は立ち上がって大きく伸びをした。
「久しぶりに面白くなってきたぞー!」
コンビニで焼き肉弁当とジュースを買って家に帰った。食卓テーブルにはケンタッキーの箱が置いてあった。母親は椅子に座ってニコニコ笑っていた。
「ケンタッキー買ってきたよ。好きでしょ、ケンタッキー」
久しぶりに訪れた最高潮の幸福感が一気に破壊された。水を差されたってもんじゃない。
俺はケンタッキーの箱をゴミ箱に放り込んだ。
「そういう問題じゃねーんだよ! これじゃまるで俺が好き嫌いしてるみたいじゃねーか! 俺はな、お前がなぁ! 手抜きしてる事にキレてるんだよ! なんで飯まともに作らねーんだよ! それにアイロンがけだってやらねー! パートにも出ず毎日ワイドショーばっか見てよー! なんなんだよお前は! いや自覚があればいいんだよ自覚があれば。でもお前は自分がニートだっていう自覚がねーんだよ! 何もしてない! 何もやらない! 全てが手抜き! なのに事あるごとに主婦は忙しいのよとかたまには休みがほしいのよとか言い出すのが死ぬほどうぜーんだよ!」
我慢できず、俺は母親が座っている椅子を蹴飛ばした。
「死ねよー! クソババァ! 死ね! 死ね! 死ね! 気持ち悪いんだよ! さっさと死んじまえー! 失せろ! 地獄に落ちろ! 頭から道路に突っ込んで死んじまえ!」
母親は泣いていた。
翌日の朝。俺は教室でいつものように自分の席に座っていた。朝のホームルームが待ち遠しい。なるべく先生に早く来てほしかった。ホームルームが遅れれば遅れるほど、攻撃の時間が長くなる。
「なぁ西羽」
クラスで一番目立っている木村が話しかけてきた。木村の横にはクラスで一番性格が悪い後藤が立っている。
「お前の顔見てるとさ、ムカつくんだよな」
木村はそう言って、俺の頬を拳で殴りつけてきた。続いて後藤も同じ所を殴ってきた。俺は何も言えず、ただ黙っていた。
クラスの皆が俺を見ていた。男子はクスクス笑い、女子は「やだー」とか「いたそーう」とか言いつつも顔に感情はない。
「あーなんかやってるー」
遠山の声が聞こえた。ドアの方を向くと、楽しそうに笑っている遠山がいた。笑顔を崩さず教室の中に入ってくる。そして俺の前に立つと、人差し指で俺のおでこを突っつき、髪の毛を思い切り引っ張ってきた。
「あははっ。痛い? ねぇ痛い? 痛いよね? あはっ。おもしろーい」
「おいさつきー。オモチャ独り占めすんなよー」
木村が俺の体を蹴飛ばした。床に崩れ落ちた。遠山に頭を踏みつけられた。
後藤が手を叩いて笑う。
「もっとやっちまえよー! 殺せ殺せー!」
クラスはざわついていた。そのざわめきに気づいた他のクラスの連中が廊下から様子を見ていた。野次馬たちの目は好奇心でギラついていた。心底楽しそうだった。
立ち上がろうとしたが、後藤に背中を踏みつけられて俺は毛虫のように蠢くしかなかった。誰かが近づいてくる。視界にローファーが入り込んできた。背中の痛みが消えた。顔を上げると、目の前に佐伯可奈子が立っていた。
俺はのろのろと立ち上がった。俺の前に佐伯が立ちはだかり、遠山、木村、後藤の三人を睨みつけている。
やめてくれと叫びたかった。そういえば中ニの頃、佐伯にかばってもらってる男を見た事がある。あれは惨めな光景だった。見ていて辛かった。それにあの男は父親を殺して逮捕された。あんな奴と同じシチュエーションを味わいたくない。
佐伯が遠山のむなぐらを掴んだ。
「紗月」
「なに?」
「目覚ませ」
「は?」
佐伯は遠山の腹に右ストレートをぶちこんだ。野次馬たちは歓喜の声をあげた。俺の全てが終わった瞬間だった。
遠山がよろめく。すかさず佐伯の膝が遠山の顎に直撃。間髪入れず顔面に拳を叩き込み、髪の毛を掴んで顔面を机に叩きつけた。鮮やかにノックダウン。
木村と後藤が佐伯に襲いかかろうとしたが、佐伯が木村の顔に唾を吐き、後藤の鼻に頭突きを食らわせた。ひるんだ木村と後藤に向かって、佐伯は椅子を幾つもぶん投げた。二人はあっという間に床に倒れ、沈黙した。しかし佐伯は暴走をやめない。既にKOされている遠山を床に押し倒し、めちゃくちゃに顔面を殴った。
やっと先生がやってきた。佐伯達は教室の外に連れて行かれた。教室の中央に立ち尽くした俺はクラス全員の視線を浴びていた。誰かがボソリと呟いた。
「女の子に助けてもらってやんの。だっせぇ」
また誰かが言った。
「しかも見てるだけ。なさけねーな」
俺は泣いた。大声で、泣き叫んだ。もうどうでもよかった。
家に帰り、まっすぐ自分の部屋に入った。そして呆然とした。テーブルの上にゲームのコントローラーの箱が置いてあった。
なんだこれは。俺は急いでリビングへ行った。母親はソファーに座ってワイドショーを見ていた。
「あのコントローラー、なに」
「この前ゲームのコントローラー壊れたって言ってたでしょ。だからね、買ってきてあげたんだよ」
全身がカッと熱くなった。
「ふざけんじゃねーよクソ野郎!」
思いつく限りに暴れた。テーブルをひっくり返し、ソファーをなぎ倒し、テレビを壁に放り投げ、台所の食器棚の扉を開け、目に入った食器を次々に床に投げつけた。壁に飾ってある額縁を自分の頭に叩きつけ、炊飯器を叩きつけて破壊し、ポットを両手で持って窓をかち割り、パソコンの画面に拳を叩き込み、和室に飛び込んでばあちゃんが入っている仏壇の扉を蹴飛ばして穴を開け、玄関に行ってタンクに入っている石油をまき散らし、冷蔵庫に駆け込んで扉を開き中に入っている物をゴミ箱に突っ込みゴミ箱を蹴り飛ばし、階段を駆け上がって自分の部屋に行きパソコンを窓から投げ、ノートパソコンを踏み潰し、小学校の時に遠山にもらった未使用の鉛筆を半分に割り、壁に頭を何度も叩きつけ、ずっと集めてた野球カードを破り、ボールペンで腕を引っかき、拳で何度も頬を殴り、こめかみを殴り、何度も殴って、そこで母親に止められた。俺はベッドの中に入っていつまでも泣き続けた。
翌日の朝。起きてリビングに行くと、母親が天井からぶら下がっていた。見た瞬間死んでいると分かった。色々な液体が床に染み渡っていた。臭かった。俺は自分の部屋に戻り時間割を確認して教科書とノートをカバンに入れて学校へ行った。
校門に佐伯可奈子が立っていた。俺に気づくと彼女はこちらに歩み寄ってきた。
「ごめん。やりすぎた」
「ん」
「アンタの事考えてなかった」
「ん」
「紗月に我慢出来なかった」
どうしていいか分からなかった。出来ることなら、ありがとうと言いたかった。佐伯には感謝してる。でも、皆が、俺に感謝をさせてくれないんだ。
教室に行っても遠山は居なかった。無性に腹が立ったから帰った。そして遠山の家に行った。
ドアは開いていたから勝手に中に入った。二階に上がり遠山の部屋のドアを開けた。遠山はベッドで漫画を読んでいた。
「お邪魔します」
「……何してんの?」
「話がある」
遠山は起き上がって俺をじっと見つめた。
「なに?」
「付き合ってくれ」
「無理」
「どうして」
「いじめられっ子と付き合うなんて、ありえない」
「そういうもんか」
「漫画では自分を好きな女の子が助けてくれるけどね」
「現実はそうじゃない」
「アンタ、わざわざいじめられてる奴と付き合いたいと思う? 惨めにリンチされてる奴の事好きになれる?」
「俺も一度でいいからいじめる立場になりたかった」
そして皆と一緒に楽しみを分かち合いたかった。一体感を共有したかった。
「小学生の頃までは、アンタの事嫌いじゃなかったよ。もちろん好きでもないけど」
「俺が嫌われたのは俺のせいか」
「そういう事。いじめられっ子は嫌い。キモいから」
「遠山」
「ん」
「母親が死んだ」
「あら」
「母親が死んだのも俺のせいか」
「いや、知らないけど」
「俺のせいだろう。遠山、明日は学校に来るのか」
「多分」
「また皆と楽しく生きてくのか」
「あの三人が邪魔だけどね」
「あいつらは俺を助けてくれた」
「でも可奈子、先生にめっちゃ怒られてたよ」
「じゃあ佐伯が怒られたのも俺のせいか」
「うん」
「どうして俺はいじめられるようになったんだ?」
「なんか弱そうだし、おどおどしてるし、ブサイクだから」
体が痙攣を起こしそうだった。
「俺がいじめられっ子になったのは俺のせい。母親が死んだのも俺のせい。遠山に嫌われたのも俺のせい。佐伯が怒られたのも俺のせい。全部俺のせい。遠山は何も悪くない。俺をいじめた奴らも悪くない」
「うん」
「俺をいじめてきた奴らも遠山も、この先楽しく生きていく。大人になって丸くなって、何事も無かったかのように学校で勉強して友達と思いで作って、立派に就職して、それなりに恋をして結婚して子どもを作って、良い両親になろうと努力する」
「全員がそういう人生を送る訳じゃないとは思うけど。大多数の人間はそうでしょうね」
「俺は?」
「え?」
「俺はどうすればいい?」
「知らねぇよ」
「遠山」
「あ?」
「そういうもんか」
「そうだよ」
「分かった。もういい」
俺は線路に身を投げた。電車が近づいてくる。皆、迷惑かけっぱなしでごめんなさい。
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