第ニ話 百四十五人のAV女優を愛した男 宮田 広斗

 八月一日。

 床に横たわる父親は絶命していた。背中に突き刺されていたナイフから目を離さず、俺は電話をかけた。

「もしもし。警察ですか?」

 ごめんよ父さん。悪意は、無かったんだけども。

 もし言い訳をするとしたらそうだな、多分、いや間違いなく、俺が父さんを殺したのは、遠山紗月のせいだ。そう、紗月が悪いのだ。


 七月一日。

 学校から帰ってきてパソコンの電源を付け、イヤホンを装着する。これから寝るまでエロ動画を見て、見終わったらデートをする。これが俺の習慣だ。ジャンルは女子中学生モノか女子高生モノ限定。それ以外は見ない。

 今日の相手は愛華ちゃん。黒髪セミロングで胸はDカップ。体は白く細く、笑うとえくぼが出来る。エッチは静かにゆったりとしたプレイを披露する。

 愛華ちゃんのエロ動画を見終わり、俺はさっそくワードを立ち上げてデートを始める。


 学校帰り。俺と愛華は公園のベンチに並んで座りお喋りしていた。もちろん手を握り合いながら。

 愛華は色々な話をしてくれた。家族の事、友達の事、最近観た映画の事、将来の事。くだらない話から悩み相談まで、良い話も悪い話も全て包み隠さず話してくれる。強さも良さわさも吐き出してくれる。それがどんなに心地良い事か。もちろん俺だって何でもかんでも愛華に話せる。辛い事があっても、愛華が側に居るという事実だけで、生きていける。愛華がいればそれだけで世界が完結するのだ。

 公園の近くをアイスの販売トラックが通りかかった。

「アイスだって」

「アイスだな」

「あぁいう所で買うと高いのかな?」

「多分。でも、普通の店よりも美味しそうに感じる」

 俺達は財布を開いた。愛華の財布には五百円。俺の財布には四百八十円。

「買うか」

「うん!」

 俺達はトラックを呼び止めてアイスを買った。またベンチに座ってアイスを舐めた。

「そうだ。ねぇこれ聞いて」

 愛華はブレザーのポケットから音楽プレイヤーを取り出して、突然顔を近づけてきた。イヤホンの片側を俺の耳に刺した。自分でイヤホンを耳に刺しても何とも思わないが、愛華に同じ事をやられると死ぬほど気持ち良いし、くすぐったい。良い匂いもした。

 イヤホンからは愛華が最近ハマっているという音楽が流れていた。曲名はスティル。意味は分からないけど、良いタイトルだと思った。愛華の口から「スティル」と発音されるだけで頭がぶっ壊れそうになる。良い感触だ。

 愛華はもう片方のイヤホンを耳に刺した。アイスを食べ終えると、頭を俺の肩に置いた。心臓の鼓動が早くなる。俺は首を少し曲げて愛華の方を見た。愛華も首を曲げ、上目遣いで俺を見た。顔を近づけ、俺達はキスをした。


 ワードを閉じる。楽しいデートだった。家の近くを、焼き芋の販売トラックが通りすぎて行った。いーしや~きいもぉ~。おいもっ!


 七月二日


 俺の父親はIT系企業の社長をやっている。高校生になったら父さんの会社でバイトを始めて、卒業と共に入社する事になっている。学生時代からバイトをしていれば社員と馴染む事が出来るし、仕事をする上で必要な知識を得る事が出来る。例え親の七光りであっても、高校生の頃から努力している姿勢と知識を見せれば社員も息子を受け入れてくれるだろう。父親はそう考えているらしい。

 宮田家では二十歳になったら家を出て自立する事になっている。つまり俺は高校生から父さんの会社でアルバイト、卒業と同時に正社員へと昇格、二年間実家でのんびり暮らし、二十歳で一人暮らしを始めるという人生がもう決まっている。言い方を変えるなら、俺は既に就職、自立という人生の終着点が決まっているという事になる。会社が倒産する可能性だってゼロではないが、それは全ての人に言える事だから、気にしていてもしょうがない。

 そんな俺が毎日する事は何か? 答えは簡単だ。どこでもいいから高校に通えるくらいの学力を保つ事、会社で必要なパソコンの知識を得る事、つまり勉強。そして何より、エロ動画を見る事である。特別な鍛錬や夢を追いかけるような事をする必要はない。

 俺は頭悪いし、運動神経悪いし、顔はブスだしニキビだらけだし、体は細いしスポーツに興味の無い完全なインドアだし、趣味はゲームくらいしかないような男。早々にして就職先が決まり未来が確定している俺は勝ち組だが、こんな人間だから唯一手に入れられない事はもちろん多々ある。

 その中の一つが、そう、女。俺みたいな男が可愛い女の子と仲良く出来る日は永遠にこない。だから俺はパソコンの中で学生モノのエロ動画を見て、妄想でデートをするのだ。大人になったら多分、OLモノに手を出すだろう。


 学校ではおとなしくしている。中ニの夏は静かに過ぎていた。俺のまわりで静かじゃないのは遠山紗月くらいのものだった。遠山は中一の春頃から援交を始め、気が向けばタダで同級生とエッチをするようになり、夏頃からはいじめっ子グループと仲良くなって強烈ないじめっ子になった。最近はいじめがエスカレートしてきて、昼休みにとつぜん地味系男子の携帯電話を奪って床に叩きつけたりする。ビッチにも歯車がかかり、クラスの童貞率をどんどん低下させている。

 朝のホームルーム。俺の後ろにはいじめの先頭集団がたむろっていて、ゲスな笑い声をあげながら遠山自慢をしている。遠山とこいつらが仲良くなったのもやはり最近の事だ。

「昨日、紗月の家に行ったんだ」

「へぇ」

「紗月の奴さ、なんかセンチメンタルになっててな、ベランダの柵に寄りかかってぼんやりしてるの。俺の事無視して。だから後ろから近づいて胸鷲掴みにしてやった」

「紗月ってやっぱ胸でかいのか?」

「まだ中学生だからなぁ。でも高校生になればDくらいになりそう」

「食っちゃえば?」

「は? 食ったに決まってるだろ。あいつ部屋にコンドーム常備してるぜ」

 ビッチとしかエッチできない可哀想な野郎達だ。今日は早く帰って、俺だけを見てくれる女の子とデートをしよう。


 昼休み。遠山紗月がキレた。遠山はルイヴィトンの財布を開いてお金を数えていた。教室の後ろでは地味系軍団がじゃれあっていた。地味系の中でも特に地味な男子が走りだした。遠山にぶつかった。財布が落ちた。もう人地の地味男が追いかけてきた。財布を踏みつけた。遠山を噴火させるには十分な行動だった。

 遠山は財布を拾うなり罵詈雑言を浴びせた。それに応じてクラスの奴らも暴言の嵐を浴びせた。遠山は調子づき、教科書やノートで地味男の頭を八十回くらい叩いた。昼休みに登校してきた佐伯可奈子が遠山を止めるまで、暴言と暴力は続いていた。

 羨ましかった。あぁやって人に暴言や暴力を浴びせられるような立場に、俺もなりたい。早く家に帰ってデートがしたい。


 七月五日。

 今日の相手は由実ちゃん。見た目は中学生にしか見えないけど、これでも立派な高校生。丸顔童顔。幼児体型。そのくせエッチはなかなか激しく、攻撃的だった。リスみたいな瞳をこちらに向けてキスをせがむ様子は、本当に、見てるだけで幸せで、温かい気持ちになれる。

 再生が終了すると、俺はすぐにワードを開いた。


 海辺の町。穏やかな日々。長くは続かなかった、幸福の日々。

 俺と由実は住宅地の道路を歩いていた。坂をゆっくりと下っていく。坂の向こうには海が見え、青空では太陽が輝き、色々な方向から蝉の声が聞こえ、潮風がふんわりと立ち込め、熱気に汗をかき、元気よく自転車を漕ぐ小学生やアイスを食べながら歩く女子高生とすれ違う。

「宮田くん」

「うん?」

「結局、泳がなかったね」

「あぁ」

 俺は札幌から由実が住む九州の海辺の町に転校してきた。それが中学二年生の四月の事。俺と由実はすぐ恋に落ちた。でも俺は夏の終わりと共にまた転校する事になっている。

「札幌に帰るんだよね」

「ん」

「冬休みとか……。いや、無理か。九州まで来るなんて」

「さぁ」

「宮田くん」

「なに?」

 駅前に到着したところで、由実が立ち止まる。

「元気でね」

「由実」

「なぁに?」

「俺の事は、忘れた方がいい。他の男を作れ」

「そんな……」

「本当はもっと長い間九州に居る予定だったんだ。でも、予定が変わった」

 せめて高校卒業まで九州に居られれば、九州の大学に行くとか、なんとかして由実と過ごす事が出来たのに。

「由実、じゃあな」

 俺は駅へ向けて歩いた。後ろで由実の泣き叫ぶ声が聞こえた。俺は駅の中に入った途端、泣いた。もう、由実と会う事はないだろう。そしてたった少しの時間が経てば、由実は俺を忘れて他の男を好きになる。この海辺の町での記憶も、ただの淡い思い出となって、胸の底に沈んでいく。


 俺は涙を流しながらワードを閉じた。由実、さようなら。

 人はたまに辛い恋を経験する。でもそれは人として当たり前の事である。常識といってもいい。それに人間は一人で生きていけないから、どんなに傷ついても悲しくても、また懲りずに恋をする。それが、人として当たり前の人生。

 携帯のバイブが鳴った。クラスの地味男子からメールが来ていた。

『ついに買ったぞ!』

 添付されていた画像を開く。美少女アニメのフィギュアだった。


 七月八日。

 遠山紗月は最近金遣いが荒くなった。同じクラスの佐伯可奈子は「親に虐待されてるのかも」とか根も葉もない噂を口にしていた。遠山の体に傷は見当たらない。佐伯は遠山紗月と幼稚園時代からの付き合いらしいが、最近二人が仲良さそうに話してる所は見た事がない。

 遠山は最新の携帯ゲーム機を両手に持ち、必死に手を動かしている。佐伯可奈子が遠山に近づき、言った。

「金持ち」

 紗月がバカにしたように笑った。

「悪い?」

「援交ばっかして。いつか病気になる」

「いいよ、別に」

「なんか、悩みとか、あるのか」

「ねーよ。死ね」

「あ? 目ん玉えぐるぞ」

「やってみろよ」

「その口ホチキスで綴じてやろうか」

「だからやってみろよ」

「今日お前んち遊びに行くわ」

「は? 私ん家知らないでしょ」

「中学生になるまでに何百回も言った。記憶力はいい」

「あの家はね」

「お前なに言ってんだ」

「可奈子」

「なに」

「近寄んな」

 なぜ遠山は幼馴染の佐伯を拒否するのだろうか。なんとなく、わざと拒んでいるように見える。まぁ、どうでもいい。俺は遠山みたいに頭のおかしな女とは絶対に付き合わない。


 七月九日。

 遠山紗月と似ているAV女優を見つけた。身長は百五十五センチほど。後ろ髪はケツまで届くほど長く、もみあげもやたらと長い。前髪は目にかかるくらいまでに垂れている。

 女優の名前は未月。名前も似ている。

 二時間近い動画にくぎつけとなり、時が過ぎるのも忘れて鑑賞した。未月はなかなかエロい女だった。清純そうな顔とギャップのある子は好きだ。

 鑑賞が終わるなりワードを開く。毎日デートで忙しい。


 俺は未月の膝の上に頭を置いて寝転がっている。最近嫌な事が沢山あって甘えたい気分だったのだ。未月は俺の愚痴をなんでも聞いてくれる。愚痴や弱みを全て聞き、受け入れてくれる女の子と付き合っている事がどんなに素晴らしいか。世の童貞共に語って聞かせてやりたいものだ。

「大体さ、髪が長い長いっていうけど、俺はそんなに長くないんだよ。担任はいつも言うんだ。私のようにスッキリした髪型にしなさい。短い方が良いに決まってるわよって」

 未月は優しく俺の頭を撫でる。

「担任の髪型ウケるぞ。ほんの僅かな髪の毛が頭に張り付いてるだけなんだ。あれは短すぎてキモい。あんな髪型にしたらいじめられるよ。あいつは年寄りのクソババアだから、考え方が古いんだよ。髪型は短くあるべきだと思ってて、少しでも長い髪型が嫌い。それに年寄りでオシャレなんかともう無縁だから尚更、髪型に関して興味がないから、他人にも自分の価値観を押し付けるんだ。髪を切らないと親に言うとかほざきやがる。で、しょうがなく髪切ったんだけどこんな髪型じゃあ未月、俺は落ち武者だよ」

 未月は俺のはげ落ちた頭を何度も撫でる。こんな気色悪い髪型になっても未月は俺を好きでいてくれる。

「でもさ、こんなくだらない愚痴を言っても皆相手にしてくれない。未月が居てくれるだけで俺は幸せだよ」

「その髪型も、カッコイイよ」

 未月は人差し指で俺の唇を撫でた。幸せだ。現実の遠山も、彼氏と二人で居る時は普通に戻るのだろうか。それとも、変わらないのか。


 七月十一日。


 自慢の長髪をばっさりと切った落ち武者の俺は、教室の隅でおとなしく椅子に座っていた。今日は朝からワカメと昆布とひじきを食い過ぎたせいでお腹が痛い。

 今日は席替えが行われ、遠山紗月が前の席になった。授業中に遠山が突然振り向き、右手を伸ばしてきた。手には丸められた紙切れが握られていた。俺はとりあえず受け取り、開いた。紙切れには『好きな体位はなに?』と書かれていた。いきなり後ろの席に座っている佐々木という男子に背中を蹴られた。

 昼休み。俺は佐々木に張り倒された。起き上がるとまた突き飛ばされ、俺は壁に背中をくっつけて震えていた。佐々木は相当キレていた。

「紗月がお前に手紙なんか渡すわけねーだろ。アホか」

 佐々木は何度も何度も俺を小突いた。どうせなら思い切り蹴り飛ばしてほしい。幼稚な攻撃をしつこく繰り返される方がムカつくしなんか悔しいのだ。

「おい」

 漫画のような事が起きた。佐伯可奈子が俺の正面に立ちふさがったのだ。

「お前らがそういう事すると、紗月がつけあがる」

 遠山は遠くで俺達の事を見ていた。佐々木はものすごい形相で睨んでいた。そして近くに置いてあった椅子を掴んだ。その瞬間、佐伯は身をかがめてタックルを食らわせた。佐々木は吹っ飛んだ。もちろん佐々木は発狂した。

「てめー殺されて―のかー!」

「おう殺されてーよ。ほら、殺してみろ」

 佐々木は勇敢にも仲間の援助を求めず、一人で佐伯に突進した。いつも紗月にお金の援助をして、エッチしてもらってるくせに。

 佐伯は佐々木の顔面に唾を吐きかけた。佐々木が立ち止まり、叫びながら腕で目をこする。その隙に佐伯が渾身の右ストレートを顔面に八発叩き込む。佐々木、ノックアウト。

 いじめっ子の奴らは憐れむような目で俺を見ていた。

 おかしい。

 なぜ自分たちで俺をいじめておいて、女の子にかばってもらった俺をそんな目で見るのだ。それはあまりにも、理不尽だ。


 七月十四日。

 遠山沙織に似ている女を見つけた。俺はクラスメイトのブログをこそこそ読む事があるのだが、遠山紗月のブログにはよく姉の遠山沙織が登場する。だから遠山の姉の顔はよく知っている。リオというAV女優は遠山沙織と瓜二つだ。

 名前だってサオリから取ってリオにしたのではないか? 俺は画面を凝視した。似ている。めちゃくちゃ似ている。

 遠山のブログに掲載されている遠山沙織とリオを見比べてみた。そして気がついた。頬の同じ位置にほくろがある。去年の七月二十五日の記事では、沙織の後ろ髪は背中まである。しかし九月二日の画像では肩までになっている。リオが去年リリースした作品を調べた。九月までに発売された作品では沙織と同じくらいの長さだが、十一月に発売された作品では沙織と同じくらいの短さになっていた。

 もちろんAVは撮影してすぐにリリースする訳じゃない。作品を世に出すにはそれなりに時間がかかる。だから少しくらい髪型が変わるタイミングに誤差があるのは不自然じゃないし、むしろタイムラグがあるのが当然だろう。

 これは、やはり。

 頭がおかしくなりそうだった。遠山紗月の姉ちゃんがセックスをしている。同じクラスの女の子の姉がAV女優をやっている。

 やばい。これは、かなり、やばい。

 俺の妄想世界に現実世界が入り込んでくる。マジでそういう気がした。


 リオのAV動画はなかなか良かった。リオは百四十五人目の女だった。何故だか知らないけど、もうリオ以外のAV女優は見られない気がした。

 恐る恐るワードを開く。俺は、リオと、デートが出来るのか?

 

 神社で行われる夏祭りも終わりが近づいてきた。俺とリオは階段に座って休んでいる。リオは俺が買ってあげたりんご飴を舐めている。どことなく寂しそう。

「宮田くん」

「なに?」

「もう終わるねー」

「あぁ」

 今日は食って食って食いまくって、笑いまくって、本当に楽しかった。でもお祭りはもう終わる。盆踊りのも終わってしまい、子どもたちは親に連れられて帰っていく。人並みは消え、さっきまで呆れるほどに賑わっていた神社は閑散としていた。残ってるのはごく少数の人たちだけ。店じまいをしている屋台の人もいる。

 夏とはいえども夜の風は冷たい。暗闇の中で俺達は肩を寄せ合い、ただぼんやりしていた。

 明日は学校。それが信じられなかった。年に一回の神社の方が現実的で、明日学校があるという事の方が、非現実的に思えた。

 リオが唐突に、ぼつりと言った。

「明日さ」

「うん」

「学校、サボろうか」

「サボって何するの?」

「んー。分かんない。でも、明日学校に行くのは、なんかやだ」


 私の家に来ない? そう言われてリオの家にやってきた。

「親が居るから、バレないように」

 リオは玄関から家に入った。すぐに一階の部屋の電気が付いて、窓からリオが顔を出した。俺は靴を脱いで窓から部屋の中に入った。窓際にはベッドが置いてあるからベッドに着地する形になる。リオがふざけて俺を受け止める。そのまま勢い余ってリオを押し倒し、ベッドに倒れこむ。

 誰よりも幸せな夏を送っていると、強く感じた。


 七月十八日。


 遠山紗月の事が頭から離れなくなった。十四日以降、俺はエロ動画を見ていないしデートもしていない。理由は分かっていた。

 俺にとってセックスとはAVの中の出来事であり、現実のものではなかった。しかしリオの登場で現実となり、始めてデートでエッチをしてしまった。

 同級生の女の姉がAV女優をやっている。身近にいる人間と血の繋がりのある人がエッチをしている。これは衝撃的だった。ありえない事だった。もうエロ動画を見ても楽しくないと思うし、デートするのもくだらないだろう。

 俺も本物を体験したい。そう思うようになった。貯金箱を叩き割った。一万五十二円入っていた。迷う必要はなかった。


 遠山紗月に一万円を渡し、俺は童貞を卒業した。素晴らしかった。ハンパじゃなかった。死ぬほど気持ち良かった。それだけじゃない。ビッチないじめっ子として君臨してる紗月と寝たという事実は圧倒的な優越感を俺に与えた。女と一度寝ただけで、真っ白だった人生に色が付いたような気がした。これまでの人生がクソに思えた。俺の人生が始めて輝いた。これから先も輝きたいと思った。でも女の子と楽しむため、輝き続けるためにはそれ相応の努力がいる。少なくともエロ動画を見る毎日じゃ光は見えない。というかそもそも、どうして俺は毎日エロ動画を見ていたのだろうか。

 何故か? 理由は簡単だ。考えるまでもない。

 中学ニ年生にして、俺の人生の終着点が決まっているからだ。人生の終着点が決まっているのに夢を見るバカはいない。

 でも、父さん。

 俺は、夢を見たい。もっと、輝きたい。


 八月一日。

 俺は背後から父さんに近づき、背中にナイフを突き刺した。父さんはよろけて床に倒れた。俺はずっと父さんを見下ろしていた。やがて父さんは息絶えた。

 携帯電話を手に取り、電話をかけた。

「もしもし。警察ですか?」

 ごめんよ父さん。悪意は、無かったんだけども。

 もし言い訳をするとしたらそうだな、多分、いや間違いなく、俺が父さんを殺したのは、遠山紗月のせいだ。そう、紗月が悪いのだ。


 俺の人生の終着点は崩れ落ちた。父さんが居る限り、俺は約束された未来に頼ってしまうだろう。安心して何もしない人間になるだろう。未来に行き詰まっても「父さんの会社に入ればいい」の一言で解決出来てしまう。

 でも、父さんはもういない。だからもう大丈夫。出所したら夢を追いかける人間として人生を送る事が出来るだろう。

 紗月が人生の素晴らしさ、夢を追いかける素晴らしさを教えてくれた。

 ありがとう、紗月。

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