飢えた少女~腐乱~
永遠の文芸部
プロローグ 処女膜貫通/第一話 うんこ野郎
プロローグ 処女膜貫通 遠山 紗月
中学生になった。入学してから二週間で私はレイプされて処女を失った。
しばらく日が経ち深刻な問題も発生した。両親に全てを話した。面倒だから出て行けと言われ、家から追い出された。叔母さんの家に行った。また全てを話した。叔母さんは言った。
「家に金を入れるなら、飼ってやるよ」
私は言った。
「お金はちゃんと稼ぐし、自分の事は全部自分でやります。高校を卒業するまで、よろしくお願いします」
「分かったよ。ただし、少しでも変な事したらぶっ殺すからね」
叔母さんとの二人暮らしが始まった。そして私の援交人生も始まった。
第一話 うんこ野郎 桐崎 玲治
中学一年生の六月。期末試験中にうんこ漏らした。大多数の予想通り俺は引きこもりになった。両親は困った。そして、「引きこもるのならば更に引きこもらせてやろう」という逆転の発想の元、俺を部屋の押入れに閉じ込めた。
押入れの扉は木製。固い。殴って穴を開ける事は出来ない。扉には分厚い木の板を打ち付けられている。どうあがいても破壊する事は出来ない。押入れの中は真っ暗。扉の中央に直径十センチほどの穴が開けられており、その穴からペットボトルやおにぎりが支給される。
ここまで本格的な引きこもりになるつもりは、なかった。
引きこもりを始めてから多分一ヶ月が経った夏のある日、遠山紗月が部屋に遊びに来た。紗月はビッチになったとか援交しまくってるみたいな噂が絶えないが、俺は信じていない。
穴の向こうに紗月の顔が見えた。長い黒髪に大きな目。紗月が叫んだ。
「玲治くーん。遊びに来たよー!」
「うんこ野郎になんの用だ」
俺は真っ暗な押入れの中で膝を抱えた。わざわざ家までやって来て、笑いに来たのか。
記憶が頭に突き刺さる。大事な期末試験。突然お腹が痛くなる。なんてこった。トイレに行きたいですが言えなかった。カンニングに間違われたらどうしよう。問題が全く分からない。焦る。腹痛い。脳みそフル回転。腹に力を入れて踏ん張る。青ざめる。脂汗が出てくる。何も考えられなくなる。頭が真っ白になり、うんこ漏らした。
クラス中が爆笑と悲鳴に包まれる。俺は教室から飛び出した。廊下で崩れ落ちた。罵声が飛び交っていた。悪口が怒涛の勢いで聞こえてきた。俺はまるでノーガードのボクサーのようだった。一部の生徒たちが教室から溢れ出てきた。大勢の顔が俺を見ている。幼い顔にへばりついた強烈で不敵な悪意満点の笑顔。罵詈雑言。あの光景は忘れられない。
罵詈雑言くらいなら、時間が経てばある程度は忘れられる。傷もそれなりには癒える。数年も経てば言われたセリフも忘れるだろう。
でも。
俺を見ていたあいつらの、あの、悪意に満ちた笑顔が頭から離れない。怖かった。人はあそこまで悪意に満ち溢れた笑い方が出来るのかと。
もう見たくないのだ。あの笑顔を。
「玲治くん。外に出る気はないの。お母さんに言わないの。学校に行きます。外に出ます。だから、押し入れから出してくださいって」
「押入れからは出たいけど、外には出たくない。外に出るくらいなら、押入れに居た方がマシだ」
「なんで」
「うんこ漏らした」
「転校すればいい」
そういう問題じゃない。どこの世界にも俺が見たあの笑顔をする人間は腐るほどいる。それが問題なのだ。
「なんか食べたいものとかあるー? 買ってきてあげるよー」
紗月の声につい反応する。
この一ヶ月、まともな食い物を与えられていない。おにぎり、菓子パン。キュウリ丸ごと。人参丸ごと。いやでも。
「俺にたらふく食わせて、ここでクソ漏らせるつもりだろ」
「なんでも買ってきてあげるのに」
「……ハンバーガー」
紗月が「はー?」と呆れた声を出した。
「うな重とかさー。もっと何かあるじゃん。私お金結構持ってるよ」
「お小遣いそんなにもらってるのか」
「ハンバーガーでいいの? 他に何か食べたいものあるでしょ」
「入らない」
「は?」
「直径十センチ。ハンバーガーが限界だ」
「穴から箸伸ばして食べさせてあげるよ」
「……ハンバーガーでいい」
紗月は部屋から出て行き、二十分ほどで戻ってきた。ほのかにハンバーガーの匂いが漂う。
「投げるよー」
穴の向こうからハンバーガー、ポテト、ドリンクが次々と飛んでくる。匂いを嗅ぐだけで失神しそうだった。俺はあっという間に全て平らげた。
穴に顔を近づける。紗月は床に座ってタバコを吸っていた。紗月がこちらを見る。俺は慌てて穴から顔を離し、あぐらをかいた。
紗月が言った。
「玲治くん。どうしたら外に出てくれるの?」
「俺が外に出たら、お前らにメリットはあるのか?」
「お母さんが言ってたよ」
「ん」
「家があるから引きこもるんだわ。だから家燃やしちゃいましょう。引きこもる場所がなければ引きこもれない。アンタのお母さんならやりかねないよ」
「親は俺がうんこ漏らした事、知らない」
「そうだね。確かに玲治くんが引きこもってるのはうんこのせいだ」
「そう、うんこのせい。人はトイレする場所を間違えただけで、人生が終わる。俺は犬になりたい」
「でもね、玲治くん。トイレ行く時しか押入れから出してもらえないんでしょ? それじゃ玲治くん、ある意味では今もうんこ野郎だよ」
「それは、俺もちょっと思ってた」
「明日も来る。考えておいて」
紗月は部屋から出て行った。
冷静に考えてみた。クソ漏らして引きこもりになり、あろう事か押入れに閉じ込められている俺は近年稀にみる人生の堕落者だろう。まさにクソ野郎だ。しかしそんな俺に構ってくれる同級生の女の子が居るというのは、恵まれた事ではないだろうか?
そう、俺は恵まれている。まだ可能性は残っている。前に進んでいいんじゃないか。そんな気がしてきた。
翌日も紗月はやって来た。長々と説得された。転校して新しい人生を歩めばいい。親にはいじめられたとか、適当な理由を言えばいい。俺は紗月に感謝しながらも口では反抗ばかりしていた。人間が怖い。
「玲治くん。このまま人生を押入れの中で過ごすの? なんのために生まれてきたの?」
「うんこ漏らすような人間が、この先楽しい人生過ごせると思うか? 俺みたいな奴はどうせ、受験失敗して底辺の高校行って、就職出来なくて、フリーターになって、三十歳ぐらいになってもまだフリーターで、皆にバカにされて、結婚して子ども産んで幸せな人生送っていく周りの人間を指くわえて見てるだけ。気づいたら、事故かなんかで死んでるさ」
「うんこくらいで絶望しすぎだよ、玲治くん。むしろこう考えるのはどう? 学校でうんこ漏らしたのにも関わらず、挫けず踏ん張って立ち直れるような人間は、この先どんな事があっても挫ける事はないだろう……。ほら、そこんちょそこらの人間よりもタフな人間に思えない?」
「踏ん張る力が無かったから、俺はうんこ漏らしたんだ」
「ねぇ玲治くん。まさか本当にさ、一生そこにいる気じゃないでしょ?」
「紗月」
「なに」
「俺は劣等感のカタマリなんだよ。お前、うんこ野郎と付き合いたいと思うか」
「思わない」
「そうだろ? 思わないだろ? 俺はもう、ダメだ」
「だから、転校すればいいじゃん。相手が何も知らなければなんて事ないよ」
「何度言わせるんだ。相手がどう思ってるかって話じゃない。俺の気持ちの問題だ。俺はこの先ずっとうんこ野郎として生きていくんだ。転校して、好きな女の子が出来ても俺は絶対まともに話せない。告白なんて論外。事あるごとに思い出すんだ。あぁ俺は、うんこ漏らしたんだって」
「いやだからもうしょうがないでしょ。生きてりゃ一度くらいはハンパじゃない失敗するもんだよ」
「人生は一度の失敗で終わる事がある。例えそれがクソもらしでも」
「だから、終わってないってば。アンタが出てくればまた始まるよ」
「これも何度も言ったけどね、紗月。俺はあの皆の顔が頭から離れないんだ。なぁ、人間ってさ、あんなに不気味な顔が出来るんだな」
「玲治くん」
「なに」
「私は、貴方よりも人の怖さとか、知ってるよ」
紗月は帰っていった。いきなり何を言い出すのか。紗月が俺よりも人の怖さを知っている? そんな訳、ないだろう。
次の日は紗月と、紗月のお姉さんがやって来た。沙織さんに会うのは始めてだった。沙織さんは高校三年生の十八歳だ。
穴の向こうを覗くと、沙織さんが頭を下げていた。
「玲治くん、はじめまして」
「はじめまして。うんこ野郎です」
沙織さんが穴に顔を近づけてきた。年相応のあどけない顔をしているが、どことなく色っぽい雰囲気もあった。紗月と同じ綺麗なまっすぐ黒髪ロングヘアーだった。
「ねぇ玲治くん。私の友達の親がね、カウンセラーやってるんだ。どう? 会ってみたい?」
「カウンセラーにうんこ野郎の気持ちが分かるんですか?」
「でもね、玲治くん。このまま永遠にドラえもんみたいに押入れで寝起きする訳にいかないでしょ。転校して、楽しい学校生活送りたくないの? もしかしたら可愛い女の子と出会って、付き合って、エッチ出来るかもしれないんだよ。そういう可能性を追いかけてみたくないの?」
「みんな同じ事言う。どいつもこいつもうんこだ」
紗月が怒り気味に言う。
「せっかくお姉ちゃんまで連れてきたのに……。ねぇ、お姉ちゃんに頼んでカウンセラーの人、紹介してもらおうよ」
「カウンセラーって占い師みたいなもんだろ。俺は皆が嫌いなB型だ」
沙織さんがため息をついた。
「ダメね。完全に自分の殻に閉じこもってるわ。精神的にも、物理的にも」
うんこは放出しましたけどね。
俺はもう出るに出られない状況だった。ニ人の女の子に心配され、説得されている。俺は落ちる所まで落ちた。恥ずかしい。とにかく、恥ずかしい。
紗月がひときわ大きなため息をつき、呟いた。
「ねぇ」
「なんだ」
「もうめんどくさいから、ぶっ壊すね」
「え?」
何やらガチャガチャと物音が聞こえてきた。紗月の楽しそうな声が聞こえる。
「実はこのギターケースの中にねー。凄い物が入ってるんだよー」
沙織さんがワクワクした様子で言った。
「へぇ。何入ってるの?」
「えへへ。えっとね……」
俺は唾を飲み込んだ。何をする気だ? すぐに沙織さんの悲鳴が聞こえた。
「うわ、マジでー!? これどこから持ってきたの?」
「技術室から盗んできた」
「さっすが紗月! やっちゃえやっちゃえ!」
俺の心拍数は最高潮に達していた。マジで何をする気なんだ?
「いくよー! 電源オン!」
キュイーン! というものすごい音が響いた。この音はまさか……。
電動ドリル?
俺は驚いて出来るだけ後ろに下がった。直径十センチの穴の近くに新しい穴があいた。電動ドリルが貫通して目の前に現れる。やめてくれと叫んでもやめてくれる訳もなく、あっという間に新しくあいた穴と最初からあった穴が繋がった。そしてどんどん穴が大きくなっていく。
どんどん穴が拡張していく。穴が広がるにつれてニ人の姿がよく見えるようになっていく。やがて人間が一人通れるくらいの大きさにまで穴が広がった。俺はもう呆然と座り込んでいた。紗月が言った。
「引っ張るよ。いい?」
もう、好きにしてくれ。
俺は二人にずるずると引きずられて、乱暴に床に投げ出された。俺は仰向けになり、泣いた。
「俺は外に出ないぞ。絶対出ないぞ」
沙織さんが頭をかきながら言った。
「そしたらまた押入れに閉じ込められるよ」
「それでいい。もう、どうでもいいんだ」
俺は無理矢理立たされた。紗月が俺の手を握る。
「まずは外を歩く練習しよう」
階段を降りて玄関まで行った。俺は駄々っ子のようにまた座り込んだが、無理やり靴を履かされた。紗月がドアを開いた。
「ほら、行くよ」
こうして俺は一ヶ月ぶりに外へ出た。まぶしかった。風が気持ちよかった。でも、怖かった。
紗月と沙織さんに両側から支えられながら歩く。奇妙な集団だ。俺はもう空っぽだった。人にどう見られても気にしない。どうでもいい。もうどうにでもなれ。
公園で休憩する事になった。俺はベンチに寝転がった。ずっと押入れの中にいたから筋肉がおかしくなっている。少し歩いただけで体が痛くなった。
紗月と沙織さんはジャングルジムの上に座って缶ジュースを飲んでいる。楽しそうに何か話してる。俺は何故だか、小さく笑っていた。二人を見ているとほんわかした気持ちになった。沙織さんは「私はもう、いいよね」と言って帰っていった。
しばらく俺達は黙っていた。しかし近くからざわめきが聞こえ、缶ジュースを口から離した紗月が舌打ちした。紗月の視線を追いかけて、俺は絶望した。
公園の出入り口に同じクラスの奴らが群がっていた。八人もいる。俺達を見て何か騒いでいる。いつも偉そうにしている奴が叫んだ。
「さつきー!」
紗月が叫び返した。
「なにー?」
「お前ら何してんのー?」
「な、なんでもないよ!」
同級生たちは公園に入ってきた。俺は起き上がった。心臓がバクバクと跳ねた。恐怖以外のなにものでもなかった。何をされる? 近づかないでくれ。こっちに来るな。
同級生たちは俺の前で立ち止まった。紗月は慌ててジャングルジムから降りようとしていた。そして紗月が地面に降りた瞬間、同級生たちは大爆笑を始めた。そしてまた罵詈雑言が飛び交った。頭を蹴られた。腹を殴られた。ベンチから引きずり降ろされ、砂をかけられた。
紗月は震えていた。ふと思った。なぜ、紗月は俺を助けたのだろうか。昔からの友達だから? それだけの理由でお姉さんまで呼んでくるか? 電動ドリルまで持ち出すか?
もしかしたら。
紗月は俺に気があるんじゃないだろうか?
同級生たちはリンチをやめ、バカにしたように笑いながら紗月を見つめていた。八人の同級生に見つめられ、紗月は完全に動揺していた。また偉そうな奴が口を開いた。
「紗月。ここで何してんの?」
「え?」
「だから、ここで何してんの?」
「え、えっと……」
紗月はしばらく考え込んだ後、俺に近づいてきた。
あぁ、そうか。
うん。そうだよな。
紗月が俺を見下ろしてきた。俺は笑ってやった。紗月は唇をかみしめた。
そして。
紗月は俺の腹を、踏みつけた。
同級生たちは歓声をあげた。紗月は勢い良く何度も何度も俺の腹を踏みつけた。腹の次は腕、足、首、そして顔を踏みつけられた。最初は辛そうな表情だったが、次第に歪んだ笑顔に変わっていった。
紗月は、みんなに受け入れられた。多分、援交のお客さんも増える事だろう。
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