8.zoo

「今回の報告書です。」

純鋭と清晴は先日の3人の高齢者の事件の報告書をまとめて里京に提出した。

「…今回はあて名が2つ…か。」

里京が報告書に目を通すと純鋭と清晴の各々からカードを受け取った。

清晴から受け取ったカードには、



―Dear Rukia―



とだけ書かれていた。


「殺害現場から一先ず屡鬼阿さんを遠ざけていたときに、勝手口の宅配用ボックスに入っていたとのことです。」

「僕の方は、二瓶という刑事から受け取ったんですけど、カルボナーラの家の冷蔵庫から回収したそうですよ。」

「二瓶?二瓶とは二瓶道宏のことか?」

里京は純鋭から受け取ったカードを開いた。





―Dear my joker―

前菜 人肉スープ

主菜 ブレインホワイトソース煮

主食 ブレインナーラ

ご賞味ください。




と、書かれていた。

里京も先日の純鋭と同じように「うへぇ」と反応を示した。

「里京さん、あの刑事のことをご存じで?」

純鋭は一通り報告の義務を終えたため、ソファーに戻り座った。

「二瓶か…懐かしいな。あの人とは昔一緒に仕事をしたことがあったんだ。」

里京はカードを閉じると、報告が終わったにもかかわらず、清晴が険しい顔で立っていた。

「どうした。萩原。何か気になることでも?」

清晴は、ジッパー付のビニール袋に入った異物を里京に渡した。

「こ、これは!?」

ビニール越しに見えた異物に純鋭は再び里京のデスクまで体を乗り出した。

「屡鬼阿さんと、3件目の民家の浴室排水溝で見つけた指です。…遺伝子レベルで調べましたが…ありえないっ!症例報告を捜すと、接続を遮断されるんです。」

「どういうことだ?わかっている範囲でいい。この指から何がわかった?」

清晴は一枚の数値データを里京に渡した。

「それは、この指から出てた細胞や成分情報です。あの現場にあったので、被害者3名の細胞などはもちろんあります。…が、見ていただくと分かる通り、記載の動物の遺伝子情報が出てきたんです…。」

「これらの動物の遺伝子情報は確かか?」

「いやだなぁ、里京さん。動物には種類によって染色体の数が違うんですよ。人間ならば1細胞に46本…本来なら46本以上の染色体の数があっちゃいけないはずなんですよ38本や64本なんてあっちゃいけないんですよ。」

清晴はうつむきながら唇をかみしめた。

「この結果というのは、本来倫理的に絶対タブーとされていたことを裏付ける結果かもしれないんです。」

里京は顔をしかめた。

「人間を含めた生物実験…ということか…」

「本格的に裏って感じですね僕たち。本当に足突っ込んでいいんでしょうかね。」

純鋭は、再びソファーに項垂れた。

「そもそも、この38本の動物は日本には繁殖してない動物です。唯一遺伝子を得ることができるのは…」

「動物園…か。」

清晴は純鋭の言葉に頷いた。

「もしこの国の何者かがこんな存在を生み出しているならば、動物園での生体サンプル回収をしたか死体を引き取ったか…。」

里京は純鋭の顔を見た。

「えー、人遣い荒いー。こんないい歳のギタリスト様が動物園に行くなんて恥ずかしいよぉー。」

『…』

「お前でいい歳って…電話でもなんでもいいから問い合わせてみろ。妖しい動きをしている人物がいるかいないかそれだけでいい。」

里京は純鋭に指示するとメールの画面を開いた。

「屡鬼阿さんには…この内容はどうしましょうか…。」

清晴が里京に聞くと、一瞬黙り込んだ…。

「いや、情報が多すぎると、彼女の精神もキャパオーバーになるだろう。彼女がこの仕事にもう少し溶け込めたらにしよう。」

「それが賢明ですね。たぶん彼女半分壊れてますよ。」

里京の判断を聞くと純鋭は呟いて里京の部屋を出ていった。







「さいっこう!」

屡鬼阿はまだ赤ん坊で小さいライオンを抱えモフっていた。

平日のため、ひと気はあまりなくほぼ貸切状態の関東圏の動物園。

「はわわ、かわいいっ!」

屡鬼阿は久々の日常を取り戻した感覚になった。

「獣臭い」

純鋭はあくびをしながら屡鬼阿のはしゃぐ後ろ姿を見ながらベンチに座っていた。

「やばいっ!草食べてる草。流石雑食動物。」

ウサギやモルモットなどの触れ合いコーナーで動物をを撫でながら恍惚な表情で楽しんでいる屡鬼阿にため息をついた。

「何か所も訪れてよくも飽きないよな。まぁ少しは精神が落ち着いてくれるといいんだけど…」


「お互い大変ですな。」

いつの間にか隣に杖をついた老人が座っていた。

「彼女さんは一人で楽しめるタイプみたいじゃの。」

老人はほほえみながら屡鬼阿の後姿を見ていた。

「わしの友も、動物好きでな。あそこでカメラマンをしておるわ。」

老人は杖で連れの男性老人を指した。その老人は小柄で帽子で顔は見えなかった。

「全国津々浦々と行くんじゃがの。わしの友人も君の彼女さんと同じじゃよ。」

「あの…おじいさん全国の動物園にも行くんです?」

「まぁ時間があれば、仕事の合間に行くこともあるのぅ。」

「…変なこと聞いてもいいですか?」

「なんじゃ?」

「動物園で動物…特に肉食動物の研究をしているところとか知っていますか?」

老人は笑顔を崩さず純鋭の顔を見た。

「それは動物園での研究所ということかの?各研究所や大学は動物園で観察し研究はするじゃろうが…動物園併設のところは知らんのぅ…どうしてじゃ?」

「あ、いや、彼女が動物の研究を将来したいと…」

純鋭は咄嗟にうそをついた。

「…そうか。彼女おもいじゃの。」

老人はその言葉を聞くと立ち上がり友人と言った男性を杖を使って移動させていった。

心なしか最後純鋭を見る目が氷のように冷たいような視線のように純鋭は感じた。

スマホに表示される動物園や水族館などの動物がいる施設に電話をしても、清晴が言っていた可能性にはまらなかった。




「やば。こんなに時間たってるじゃん。屡鬼阿いないし。」

独りで園内を歩き回っている屡鬼阿をやっと探し出し、純鋭は声をかけた。

「るーきあー。帰るぞー。」

西日が屡鬼阿を照らす。

茜色に染まった羊たちの群れと、赤く染まったように反射する屡鬼阿の姿が異様に見えた。

「あー、楽しかった。」

その笑顔が、純鋭には美しくも不気味に見えた。





「そうか。不発か。」

本部に戻り、当てはまるような要件がないことを純鋭は里京へ報告した。

屡鬼阿の西日に照らされた姿が、純鋭の脳裏から離れなかった。

「ほーんと、屡鬼阿のためのアニマルセラピーをしただけでしたよ。あいつ髪の毛ぼさぼさになるまで一日中はしゃぐんです。そんな姿を見るとまだまだ高校生だと思ってしまいますね。」

「…」

里京はその言葉に少し罪悪感が沸いた。

「本当は、こんな世界に巻き込みたくなかったんだ。」

里京の拳に力が入る。

「幾人ものルキアを捜していたが、どのルキアも救うことが出来なかった。今回は…どんな形でも救いたいのだ。」

里京の視線の先にはテディベアがあった。

「里京…さん?」

「いや、すまない。仕事と私念はわきまえないといけないな。」

里京は拳の力を抜いて、メールを開いた。

「あぁそうだ。例の国際機関。近いうちに来日する。先方の都合でここに直接来るそうだ。」

「その国際機関は何の機関なんですか?例の指みたいな実験をしている組織とかですかね?」

純鋭はそういうと自分のスマホを見た。

「げ、手紙だけじゃ懲りずメッセージでも送ってきた。…

あー、スティーブっていうんですけどね。こいつも近々来日するんですって。なんとタイミングが悪いやつだ。日本の土地に足を踏み入れないでもらいたいんですけどね。本当は。」

純鋭は少し不機嫌になりながらも、返信を送った。







「あれ?バレッタすごいヒビが入っちゃってる。」

屡鬼阿は入浴後、自室でバレッタをながめていた。

「どこで割れちゃったんだろう…ダチョウにつつかれたときかな?前も留め具がおかしくなっちゃってたし…」

姿鏡に濡れた髪の自分が映る。

自分が自分じゃない感じがした。

自分を見つめれば見つめるほど虚しさ焦燥感が襲う。

自分を見ないようにベッドに仰向けに倒れこみもう一度バレッタを見つめた。

「今日は楽しかったなー。」

楽しかった分、捜査での恐怖や罪悪感が込み上げた。



ぐちゃぐちゃになった死体

死体の部品を組み合わせたり

バラバラにしたり…

血液

内臓

死んだ人の冷たさと触感も

人の体を砕いた感覚と音も

鼻を衝く臭いも

何もかも脳裏に刻みこまれている。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…。」

屡鬼阿はうつ伏せになり、枕で視界に移るものを消した。

自分は怖い筈なのに、平気でいる自分もいる。

考えたくなくても、あの清晴みた爪が気になってしまった。

「あれは…何だったのかな。明らかに清晴さんは焦ってたけど……書庫にないかあるかな…わからなかったら誰かに聞いてみよう。」

屡鬼阿はそう呟きつつもモヤモヤとした感情となぜか苛々とした感情が沸いた。






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