9.規制

相も変わらず屡鬼阿は資料庫にこもり、先日から気になっていた指の資料を捜していた。

「おーい。ってお前散らかしすぎだろ。こんなに生き物の資料ばかり出して何しているんだよ。」

純鋭は床に散らばった動物図鑑を拾っていく。

「清晴さんから報告貰ってないの?前の3件目の高齢者の浴室に人間のものじゃない指があったの。その指は何かって調べようと思って。」

純鋭は屡鬼阿のやっと捜査に積極的になっている状況を見てやりきれない気持ちになった。

「清晴さん、鑑定の結果なんか言ってなかった?」

「さぁ…」

とぼけるような純鋭の返答に、屡鬼阿は違和感を感じた。

「うそ。何か知ってるでしょ?」

「知らない。それにあの事件はしばらく捜査禁止だ。」

純鋭は屡鬼阿にあたる様な口調で伝えた。

「え…なんで?」

「…あの事件は直前まで、高齢者の問題がメディアに取り上げられていた。そのせいか、今回の事件は一般人の興味関心を引きすぎたんだ。このまま捜査を続けてしまえば関係ない一般人を巻き込む可能性がある。実際あの地域の住人同士の噂では、カニバリズムの凶悪犯があの団地にいると、噂立っている。ったくカニバリズムで噂になっていいのは俺らミュージシャンの噂だけにしてくれよ。」

純鋭はため息をついて図鑑をデスクに置いた。

「そんな…じゃぁほかの事件をあたって…」

「それもだめだ。お前が思っている以上にあの事件は野次馬が多すぎたんだ。表の警察がマスコミに目を着けられてしまった。残虐死体連続事件として…。裏に回る事件まで踏み込まれたらこの国の住民は混乱するだろう。…だから特安は今動けない。」

屡鬼阿はその言葉に立腹した。

「じゃぁ…じゃぁなんで私はここにいるのよ。捜査もしないなら私はここにいる必要ないじゃない。」

「屡鬼阿お前は、一応国の保護対象なんだ。」

「協力しろって言ったり、慣れろって言ったり、隠したり、閉じ込めたり…なんなのよ。」

屡鬼阿の中に沸々した感情があふれてきた。

屡鬼阿は持っていた資料を純鋭に投げつけ、そのまま特安を離れた。

殺気立っていたいた屡鬼阿に何も言えず、純鋭は床に散らばった資料を再度集めデスクに置いた。

特安から支給されたスマホがデスクの上に置きっぱなしになっていた。

「…あいつ…。」






「最悪。」

屡鬼阿は自分が怒りに任せて出てきたことを後悔していた。

「財布も携帯も忘れてきた。」

自販機の前に佇んだ屡鬼阿は、少し冷静さを取り戻した。

飲み物を諦めて歩こうと自販機に背を向けると、ゴトンと飲み物を買う音が聞こえた。

「おねーさん。これあげる。前、ボール中てたから。」

その声の主を確認すると以前河原であった白髪の青年が立っていた。

「え?」

「おねーさん。髪の色変えた。僕はそっちの方が好き。いい色だね。」

白髪の青年は屡鬼阿にお茶を渡した。

「おねーさん、迷いは取れたの?」

青年は、屡鬼阿の髪の毛に触れた。

「まだ茶色なんだね。僕は真っ赤の方が好き。」

「あなたは…誰?なんで髪のこと…」

青年は悲しそうに笑った。

「やっぱり、僕のこと知らないんだね。…。」

青年はそういうと屡鬼阿に背を向けて人ごみへと紛れてしまった。

青年の距離感に違和感を感じたが、すごく嫌だという気持ちはなかった。

貰ったお茶を飲みながら見慣れた河川敷を通る。ここを通るたびにいろいろな感情があふれる…。

割り切ったはずなのに…

目頭が熱くなり、空を見上げた。







「屡鬼阿がいなくなった?」

「携帯。わざと忘れたのか、たまたまなのか、わからないですけどね。」

純鋭は里京から通達された内容を屡鬼阿に伝えた後のことを里京に報告した。

「この状況下で派手に捜索はできない。今日中に屡鬼阿が帰ってくればいいが…」

「いやー。すいません。あの殺気、本当に殺されるかと思いまして―。」

純鋭は口では棒読みのように伝えたが腕には鳥肌が立っていた。

里京はその様子に仕方なく心を落ち着かした。





「で、抜けてきたんですか。遮那様。」

屡鬼阿は本堂の縁に座りため息をついた。

「あんなところ戻ってやるもんか。」

住職は屡鬼阿が戻ってきたとき驚いていた。

「また、ここを脅されて戻る羽目になりますよ。…その髪は染められたのですか?」

「いんや、じっちゃん。これは自然となったんだよ。ストレスかな?」

屡鬼阿は取り繕うように笑った。

住職は一瞬この世の終わりのような表情で屡鬼阿を見ていた。

「じっちゃん?大丈夫?」

「あ、えぇ。まぁ。そうですね。そろそろ法事に呼ばれていまして。少し出ますので。遮那様も罰が軽いうちに特安に戻られた方がよいかもしれませんな。なんにせよ、お元気そうでよかった。」

作り笑いをし、そそくさと出かけた住職に、ふて腐りながら屡鬼阿は本堂に寝そべった。


「私ったらご本尊様の前でだいたーん。…ん?」

寝そべった視線から本尊の手前の台の下の床に、木目とは違う切れ込み線が入っていた。

屡鬼阿は体を起こし台をずらした。

「なにこれ…知らなかった。RPGゲームみたい。」

屡鬼阿の視線の先には、地下へと続く階段があった。

ワクワクした感覚で屡鬼阿は地下を下りた。

生活感もあり、書物と医療道具がそろっていた。

机の上には、幼い自分が誰かと一緒に移っている写真が飾られていた。

「…う、そ…。」

部屋から得られる全ての情報が屡鬼阿には衝撃的だった。

屡鬼阿は事実を受け入れれないまま後退りをした。肘が何かにあたり一冊の古びた本が落ちた。

表紙には黒の翼が描かれていた。裏を確認すると赤のスタンプで禁書と書かれていた。

「禁書…?」

屡鬼阿は本を小脇に挟むと、地下から駆け上がり台を元通りにしたのち、寺院をあとにした。

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