6.断罪
「最悪。」
相も変わらず屡鬼阿は埃っぽい資料庫に引きこもっていた。
「俺も最悪。」
「できれば現場に行かないときは一人にさせてほしいのに。教育係か上司か知らないけど、一緒に仕事するなんて。」
屡鬼阿は不機嫌そうにバレッタを気にしながら純鋭に文句を垂れた。
「社会人がそんな甘いこと言ってんじゃない。これは仕事なんだから。俺だって、お前なんか放置して、カニバリズムの仕事で和気あいあいと表の世界でゆっくり過ごしたいよ。お前になんかあったら、あの禿に俺がドヤされるんだよ。」
純鋭は屡鬼阿の向かっているデスクの上に里京から渡された山の書類を荒々しく置いた。
「なにこれ?」
屡鬼阿は適当に書類を数部目を通した。
「人探しの依頼?」
「人探しは警察の仕事なんだけどな。」
「ここに依頼されている事件ってDearのメッセージがあった場合なんじゃないの?」
「最近警察がお手上げ事件はこっちに回ってきている内容も多いように思えるな。」
屡鬼阿は書類の山から直感的に書類を選別し始めた。
「何してんの?」
「え?」
屡鬼阿は純鋭の言葉にハッとした。
「…何となく、何となくだけどこっち、(選別して引き抜いた資料)が気になるというか…」
純鋭は選別された資料に目を通した。
「捜索依頼があるが、依頼者関係が不鮮明な人たちか。目の付け所いいな。」
純鋭は屡鬼阿の方向を向くと窓から差し込む風と日差しで屡鬼阿の茶色い髪が靡いた。
「どれか、捜査にあたる?」
屡鬼阿の雰囲気に違和感を感じながらも純鋭はもう一度資料を見た。
「って言っても、ここから一番近いのはこの親子で行方が分からなくなっている流川親子なんだよな…母子家庭で住んでいたアパートからいなくなって半年。現在は住んでいたアパートは家賃滞納、音信不通で強制退去扱い。家賃支払いのための訴訟を起こされたが、裁判所からの出廷命令にも反応なし。自宅もそのままになっており、法的手続きを取ったうえで、自宅に入ったところ、食品の腐敗と虫も発生していたため、清掃会社にて部屋にあった全ての家財は処分されている。裁判の際に管理会社から捜索依頼があったが、見つからず。夜逃げだろうと推測される。一度区役所に生活保護申請のため母親の恵美子は足を運んでいるが、支給の審査のための調査の際、ワーカーが本人の携帯や自宅にアプローチをしても不在だった。そのため生活保護受給もされず。ポストには、管理会社・裁判所と行政からの書類であふれていたそうな。母親は無職。3歳の娘を育てながら…、きついよな。兄弟も他界しており、親とは金銭的なトラブルもあり、音信不通。身寄りがないと。子供の父親も別の家庭を持って海外で過ごしている。…現代の日本って感じな生き方だな。」
屡鬼阿はじっと純鋭を見つめた。
「なんだ?」
純鋭の淡々と資料を読み上げるその光景が当たり前になっていることに屡鬼阿も納得はいかないが、慣れてきてしまった。
「…今から、その親子を捜すなんて…言わないわよね?」
純鋭はその言葉にほほ笑んだ。
「そうかそうか、屡鬼阿はどうしてもこの親子を捜したいのかー。仕事にも積極的姿勢で成長したなぁ。」
「ちょ、私はそんなこと言ってない!」
「いやー、若いとやる気に満ち溢れているねぇ。さ、行こうか。」
純鋭は先程まで屡鬼阿が読んでいた別の資料を取り上げると少し違和感を感じたが、そのまま手を引っ張り車に乗せた。
「捜索って言っても手当たり次第探したって見当たらないでしょ。」
屡鬼阿は純鋭の強引さに助手席で不機嫌にバレッタを気にしていた。
「人探しの鉄則としては、対象者の生存確率の予測値で探す場所を検討していくんだ。生存確率が低ければ、人気のない場所…例えば、廃墟や森、ダム。生存確率の高い人を探すときは大都市や、ライブや祭りとかの集会の場を探す。今回は…いろいろな状況から前者の可能性が高いと、里京さんが送ってくれた推定場所によるとこの辺…って資料にはあるんだよな。」
「って言ってもこんな山奥なんて肝試しで来る、怖いもの知らずの馬鹿くらいしか来ないと思うんだけど…周りからしたら私たちが不審者ね。」
純鋭が運転する車は本部から二時間走った、都市近郊の山だった。
「日当たり最悪。ジメジメしてる。山籠もり、もしくはキノコ映えているか腐敗しているか、微生物に処理されて白骨化か。女、子ども二人でハイキングコースに向いてない山に行くっていう時点でまともじゃないな。」
純鋭は車窓から挙動不審にあたりを見ている屡鬼阿の違和感に気付いた。
「ジメジメした、山の臭い。なんだろうこの不快感。なんか嫌な空気が肌に付くような…」
「…この上に廃墟があるんだ。」
「廃墟?あぁ、だから扉の軋む音がするのね。」
「え?」
純鋭は屡鬼阿の発言に耳を疑った。
ここはまだ、廃墟の建物から200mほど手前であり、ましてや車内。
建物から発せられる音なんて聞こえるはずがないのだ。
純鋭が、違和感を感じる時、屡鬼阿の瞳はどこか、この世のものではないものを見ているような雰囲気を漂わせていた。
「ははは…耳鳴りとか幻聴じゃねぇの?そもそもそこはもう、古くて入口の扉はないんだよ。」
「幻聴?幻聴なのかな…なんかやっぱりこういうところ、肝試しに使われるだけあって昼間でも気持ち悪い。」
屡鬼阿は自分の腕を擦り、進行方向を一転に見つめた。
道を進むたびに木々の隙間から見える人工物。
コンクリートの灰色の壁面に、肝試しで調子に乗って書かれた、赤色スプレーの文字。
「“夜露死苦”だって。何十年前の暴走族の落書きだよ。ま、Dearじゃないだけいいか。」
純鋭はため息をつき車のエンジンを切った。
助手席では屡鬼阿が目を瞑って震えていた。
「外に…」
「やだ!」
屡鬼阿は恐怖に怯えるように黒い髪を振りかざし声を荒げた。
その取乱れように、純鋭は少し戸惑った。
「まさか…お、お前、ここまで来てお化け無理。とか言わないよな?」
「ここ…隔離病院だった…?」
純鋭は資料を確認すると屡鬼阿の言う通り、結核者の隔離病院として数十年前に利用されていた場所だった。
「…廃病院でもまぁ、行かないと何も報告できないからな。」
そういうと純鋭は車から降り、長い年月で朽ち果てた入口の前に立った。
屡鬼阿もそれに続くように車から降り、耳を塞ぐように純鋭の隣まで歩いた。
純鋭は屡鬼阿が隣に来たことを確認すると、中へ足を進めた。屡鬼阿も純鋭から離れないよう薄暗い屋内を進んだ。
薄汚れたコンクリート
タイルで埋め尽くされた部屋が老朽化し床に散在している。
足元に散らばる天井の資財
埃かぶった鉄パイプ
むき出しになった土壁
苦しみもがくうめき声
壁に自分の血液で遺書を綴る
今、目にしている風景と過去の状況が屡鬼阿に大量に流れ込んでくる。
自分たちの足音
床が軋む音
鉄の配管が壁に当たる音
動物の鳴き声
金具の扉がすれる音
うめき声
容赦なく屡鬼阿の耳に入り、今にも発狂しそうになっていた。
屡鬼阿の耳に聞こえてくる声は、病に苦しむだけではなく、何かに抵抗するようなもがき苦しみ憤りに満ちたもの
が何重にも重なり、一つ一つの言葉はかき消されながらも騒音として聞えていた。
自分の意識を途絶えさせないよう注意しながら廃墟の奥に進むと純鋭が奥の部屋の手前で立ち止まった。
他の部屋と比べ瓦礫ひとつない、一部屋にぽつんと真ん中に現代風のコインロッカーが置いてあった。
「レイアウト最悪だな。」
純鋭はため息をついてロッカーの一つに手をかけたが扉はあかなかった。
「な、なんで鍵がついてないところをわざわざ開けようとするのよ?コインロッカー使ったことないの?」
屡鬼阿は唯一鍵の刺さっているロッカーの扉を開けた。
純鋭と屡鬼阿が同時に中を覗き込んだが何も入っていない。
が、屡鬼阿は何かに違和感を感じ、すぐさま後退りをした。
「屡鬼阿?何に気付いた?」
「…嫌よ…」
屡鬼阿は泣きべそをかきながら純鋭に首を振った。
「ほんと、コインロッカー使ったことないの?そのロッカー…外観と比べて1マスの奥行きが浅いと思わないの?」
純鋭は再度、ロッカーに振り返り、ロッカーの中を確認した。
「まさか…」
純鋭はひやりと冷たいロッカーの奥板を押した。
「な…」
奥板はそのままはずれ、床に打ち付けられた金属音が廃墟全体に響き渡った。
―Dear Rukia―
その刻まれた字を見て純鋭は目を見開いた。
「子どもの…腹部…」
純鋭は慣れたように本部に連絡をした後、持っていたカメラでこの異様な空間を撮影した。
屡鬼阿は、もう一度ロッカーを調べた。純鋭が外した奥板の隙間から隣のロッカーの奥板を触ろうとしたとき、手に痛みが走った。
「いっ…。」
屡鬼阿の腕に、じわじわと血が滲む…
もう一度ロッカーに手を触れようとしたが、駆けつけた処理班が到着し、屡鬼阿は純鋭の横に避けた。
「あれね、親子の遺体の取り出し方残酷なの。」
先程の屡鬼阿の黒い髪の毛とは違う色に純鋭は目を疑った。
そんなことお構いなしのように屡鬼阿は話を続けた。
「なんでこうもひどい殺し方ばかりするのかしら。」
ロッカーの開け方に手間取っている処理班。
「純鋭…また清晴さんに謝ってくれる?」
屡鬼阿は凛とした表情で純鋭を見ていた。
「あ、あぁ。」
純鋭が返事をするのを確認すると屡鬼阿は再びロッカーの前に立った。
「本当に後悔しない?」
「あぁ」
屡鬼阿は純鋭に再度確認を取ると、あいてるロッカーの淵に足をかけた。
「…ごめんなさい…」
そう呟くと、屡鬼阿はロッカーの淵を躊躇なく思い切り踏みこみ、ロッカーの淵は下方へとスライドした…バキバキと鈍い音と金属音が廃墟内に響き渡った。
と同時にロッカーは肉片とともに崩れた。
屡鬼阿の足元には斬首された親子の首が足元に転がってきた。
純鋭は二人分の升目状の肉片をみて、やり場のない憤りを感じた。
二人は車に戻ると、しばらく無言になった。
瞳に光がなく爪を噛みイライラしている屡鬼阿に純鋭はどうしていいかわからなくなった。
「…さっきまで怖がっていたのに、案外すごい大胆なこともするもんだ…」
屡鬼阿は運転する純鋭の顔をみた。
「あなたほど平然とはしていないわ。」
『……』
長い沈黙が続きながらも二人は本部へと戻った。
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