5.まだら

「最悪。こんなの休みじゃない。」

屡鬼阿は隣にいる純鋭を睨んだ。

「いやいや。普段は跡形もない遺体が多いんだからこうやって遺族に戻るのは貴重なんだよ。俺もこういう機会じゃなきゃどうやって家族のもとに返されるか学んでおきたかったっていうのもある。」

自分の住んでいた警察署に佳代の遺体は移されていた。

署内に佳代の母親と、父親でもある松平グループの代表取締役が入って行った。

「挨拶はできないぞ。遠目から。見るだけだ。」

「わかってる…。」

屡鬼阿は閉まった自動ドアを見つめていた。

「実感がなかった。」

「?」

「佳代が死んだ日は噂だけで、亡くなったなんて。私は、人と相いれるのが難しい性格で、本当の友人なんてできないと思っていた。だから佳代も都合のいい付き人のような感覚で私と一緒にいるんだと思っていた。上辺で一緒にいるって…それでも、中学で一緒のクラスになった時から、ずっと、あの日まで懲りずに私の傍で笑ってくれた。佳代といて、とても楽しかった。昨日まで笑っていた。次の日も笑って迎えに来てくれると思った。…そんな佳代は私の何かを知って殺された。…」

屡鬼阿の唇に薄く血が滲んだ。

「親もいない、近寄る者もいない私は佳代に出会うまでは無だった。佳代がいたから、笑えた。楽しめた。そして悲しくなって、怒りというものを感じた。」

屡鬼阿が押し殺す殺気に純鋭は中てられそうになった。

風になびく髪は赤毛をおび、逆光から見えた屡鬼阿の姿は鬼のような形相のように見えた。

「怒り狂いそうになる気持ちとはこういう感情なのね。」

屡鬼阿は、眼を瞑り気持ちを落ち着かせた。


「○○さん、見つかってよかったです。ご連絡ありがとうございます。」

屡鬼阿達の脇を走り抜けた女性が、警官と一緒にいる高齢者に話しかけた。

「認知症の人の捜索も大変だな。表も表で苦労なこった。」

純鋭はその一部始終を眺めていた。一生懸命に高齢者に話しかけ、帰宅を説得する支援職員であろう女性に、高齢者は杖を振りかざそうとする。それを、警官がとめに入る。

そんな日常のどこかで繰り広げられるような状況が、なぜか別世界と二人は感じた…。


そんな一コマを見終わる頃には、両親と、葬儀屋と警察と思われる人々が佳代の両親が手配していた霊柩車に佳代の棺を乗せていた。

「親父さん号泣だな。」

「そうね。…自分の娘だもの。」

屡鬼阿は瞬きをせず、佳代の出棺を見つめていた。それは霊柩車が見えなくなるまで…


「さよなら。私の最後の…最高の友達…」


屡鬼阿の乾いた唇から再度鮮血が滴っていた。

屡鬼阿はしたたる血液を手の甲で拭い、歩き出した。

「屡鬼阿?どこに行く?」

「河原。」

そういうと屡鬼阿は佳代が亡くなった現場の河原へと足を向けた。



河原


「ちょ、お前、高校の近くなんだから、同級生に鉢合わせしたらどうするんだよ。」

「こんな昼間に鉢合わせたらそいつは学校をさぼってるわね。」

屡鬼阿は佳代の遺体があった高架下で立ち止まった。

「あの時は、雑草もこんなに背丈ほどじゃなかったし、生暖かいけど爽やかな風が吹いていた。今は熱風ね。」

少し悲しげで笑う屡鬼阿は、亡くなった友の場所をぐるりと見回した。

「いくら高架下でも熱中症になっちまうな。もう少し時間かかるなら、俺飲み物買ってくるわ。」

純鋭は手で仰ぎながら、屡鬼阿に話しかけた。屡鬼阿は静かに頷くと。そのまま、その場にしゃがみ込んだ。


眼を閉じ、あの時と同じように目に浮かびそうな情景を模索する。

純鋭の遠ざかる足音と蝉の声が鳴り響く…

「ダメね…流れた」

そう呟いて目を開けた瞬間、屡鬼阿の頭に衝撃がはしり、その勢いで尻餅をついた。

「ボールが逃げた。ごめんなさい。」

声がする方を向くと、白髪で緑の瞳の青年がボールを追いかけながらも屡鬼阿に謝った。

屡鬼阿はその声に聞き覚えがあった。

「お姉さんも、もう何も感じ取れない?」

ボールを拾った青年は屡鬼阿と同じ姿勢を取った。

「僕、眼と鼻。お姉さんは…耳と触感。あ、僕とは違う六感的なものも持ってるんだね。」

屡鬼阿は青年の突拍子のない会話に驚きを隠せなかった。

「髪、眼、心、まだらなの見えてるよ。お姉さん…もしかして迷ってる?それとも本当の姿じゃない?」

青年は緑色の目で屡鬼阿の肌に触れそうな位置で、屡鬼阿を凝視した。

「…お姉さんの匂い、落ち着く。」

屡鬼阿はその青年の行動を拒否することが出来なかった。

「き、君の眼の色もすてきね。」

屡鬼阿がそういうと、青年は、にこっと笑って立ち上がった。

「よかった。お姉さんがお姉さんで。またね。」

そういうと、青年に立ち去って行った。

純鋭は去る青年と通り過ぎた時に、違和感を覚えた。


「なんで、お前尻餅ついてるんだ?」

「え?」

屡鬼阿は立ち上がりズボンについた砂を手で払った。

「お前、兄弟いる?」

純鋭は飲み物を屡鬼阿に渡す際に何となくきいた?

「え?」

「あ、いねーよな。あの寺にいたわけだしな。」

屡鬼阿は純鋭がかって来たスポーツドリンクを開封した。

「…私、なんか変なところある?」

「何が?その質問以外変なところはないが…」

「髪も?目も変じゃない?」

「お前、ヘアセットも、化粧もまともにしていないのを自覚してないのか?普通のおしゃれ好きのギャルじゃあるまいし。」

「じゃあ、臭い?汗の臭い強い?」

「もー!なんなんだよ。その質問以外は外見からは変なところはないって!」

屡鬼阿はその言葉を聞くと、ようやく胸をなでおろした。

「…」

純鋭は屡鬼阿の何かには引っかかっていた。それを言葉に表す言葉が見当たらなかった。


本部に戻る帰り道、特に何でもない日常。大きな事件もなく過ぎた。

純鋭は屡鬼阿が本部の敷地にたどり着くのを確認すると、カニバリズムの仕事へと出かけた。




特安本部


「不発―。」

里京の部屋で悲しそうな音を奏でる。

「その日、屡鬼阿に接触したのはその白髪の青年か。」

「そうですね。その飲み物を買う5分の間で、その青年ひとり。サッカーの練習をしてたみたいで現場でしゃがみ込んでいた屡鬼阿の頭に不可抗力か故意かはわからないけどボールをぶつけただけ。何をするわけでもなく、謝って去ったそれだけ。俺みたいに勝手に学生手帳を持ってくってこともしてませんよ。」

純鋭は以前、屡鬼阿の学生手帳を無断で持ってきてしまったとき、里京に手柄として認められるとともに忠告されていたのを覚えており嫌味を言った。

「それより、屡鬼阿にはこの仕事…大丈夫っすかね?」

里京はその言葉に反応して眉間に皺を寄せた。

「17歳の女の子が突如、友人と日常を奪われた。数か月の間に多くの死体を目の当たりにした。それも、すべて変死体。おまけに24時間見張られての仕事。なんて言うかその、僕もここに入った当初は何回もバックレようとしたくらい…結構辛くないです?その、何か失っていくというか…」

「何が言いたい?」

純鋭はギターをケースにしまった。

「いや、いくら鬼の家系といわれる血筋でも昔と今では時代も違えば人物も違うわけですし…その、彼女にカウンセラーが必要になる…かなーって思って。」

里京は少し考えるそぶりをし、ため息をついた。

「捜査に関係ない人物なら使い捨てのようにカウンセラーでも、休業、休暇でもなんでも用意する。…だがここは裏の組織…彼女が置かれている立場を改めて実感してもらわないと困るのだ。彼女は捜査員でもあるが、命を狙われているということも実感してもらわないといけない。自分の命くらい自分で守れると云ったのは彼女自身だ。」

「それでも里京さん。もし、彼女が精神的に害をなして、障害を負うようなことがあった際は…どうしますか?最初のであった冷静な状態の彼女に比べて、現に、今の彼女の心の状態は正常ですとはっきり言えないですよ。」

「…」

「彼女は人ということをお忘れなく。」

そういうと、純鋭はモヤッとした気持ちでカニバリズムの仕事に出かけて行った。



資料庫


屡鬼阿はこの本部に来てからずっと資料庫の主といわれるほどに、この部屋に入り浸っていた。

資料庫に置いてある大鏡に自分の姿が映る。

「目と鼻…耳と触感…第六感…」

先日会った白髪の青年の言葉と緑の眼を屡鬼阿は忘れることが出来なかった。

「心がまだら…」

手を胸にあて、ざわつく何かを落ち着かせようとした。

「あの声…」

屡鬼阿の一つの予感が、確信に変わる。

「もしかして…普通の人と違う…?」

屡鬼阿は職員の健康測定一覧を広げた。

「…あ。少しだけ、周波数拾うのがほかの人と違う…。なんであの人はわかったんだろう…」

屡鬼阿は測定一覧を棚にしまった。ふと見た鏡に自分の姿が映る。

「あれ?髪留め、はずれてる…」

屡鬼阿は髪留めを手に取った。

「留め具が緩くなってるのかな?ま、保育園のころからずっとつけてるもんね。仕方ない。…気に入ってるんだけどな…。」

屡鬼阿は部屋にあったドライバでねじを締めた。

「うーん、一応留まるには留まる。でももう金具が曲がってきちゃったなぁ。」

屡鬼阿は髪飾りを気にしながらももう一度髪につけた。


髪も、眼もまだら…


あの青年の言葉に恐怖を感じていた。心が揺れていてまだらになっているのは屡鬼阿も納得できた。

髪は…

屡鬼阿は恐る恐る鏡にゆっくり振り返ろうとした。


…pipipipi


資料の上で、里京から渡された通信機がなり、驚いた。

非通知と表示であらわされていた。



「はい。」


『…。…。』

何かが受話器の向こうで穏やかに呼吸をする息遣いだけが聞こえる。

「もしもし?」

屡鬼阿は眉間に皺を寄せた。


『…DEAR my precious 元気かい?』

「!!」

屡鬼阿は変声機で変えられた声のその言葉に目を丸くした。

画面をもう一度確認するが“ヒツウチ”と表示されている。

里京に一刻も早く知らせようと資料庫から飛び出し、広い館内を猛スピードで走った。

「あなたは誰?何が目的?」

屡鬼阿の反応に声の主は笑った。

「第一声がそれかい。まぁいいさ。君の声が聴きたかっただけだ。その様子では元気みたいだね。」

通話相手はそういうと通信をそのまま切ってしまった。

「切れた…」

丁度、屡鬼阿が里京の部屋の前にたどり着いた時のことだった。

屡鬼阿はそのまま里京の部屋をノックし、入ろうとしたが、留守だろうか鍵がかかっていたため、踵を返し資料庫へと戻った。


その矢先に屡鬼阿には鼓膜が破れそうな高音の音が響き渡った。

「何の音?」

ふらつく屡鬼阿を近くの職員が支える。

「大丈夫ですか?」

「あなた聞こえないの?」

「え?」

他の人には聞こえない領域の周波数のようだ。

数秒その音が続き、しばらくして静かになった。

屡鬼阿はこの高音の何かは、過去に聞き覚えがあった。

だが、どこで聞いていたか思い出せずにいた。


「お姉さん!こんにちは。今日は蕎麦野郎は不在?」

純鋭の妹の美衣奈が敷地の出入り口付近から屡鬼阿のいる窓に向かって叫んだ。

「ええ。今日はいないけど…。待って言伝とかあるなら聞くから、そこで待ってて。」

屡鬼阿は窓から返答すると、入口へと向かった。



「これ、手紙が届いたの。」

美衣奈は純鋭宛ての手紙を受け取った。

「美衣奈ちゃん、こんなところに来て怒られない?」

「あまり来ちゃいけないんだけどねー。なんか、よくわかんないけど国家機密守ってるんだもんねー。お父さんといい、お兄ちゃんといい、国に仕える仕事好きだよねー。明石家の運命なのかなー」

「え?お父さんも?」

「そ。うちのお父さんは政府を護っているSP専門の鬼教官。代々道場もやってるの。今ね、門下生の最強が最近入ったばかりの女性なの!しかも剣道未経験者!すごいんだよー。」

美衣奈はニコニコと舞い上がるように話をした。

「へー。美衣奈ちゃんもやるの?」

「そんな、やるわけないじゃーん!こんなーにか弱くて、白くて細い腕であんな物騒なもの振りかざせないよー。美衣奈は友達と一緒に買い物してる方が好きなのー。お姉さんももう友達だYO!」

「え、えぇ。そうね。」

屡鬼阿ははしゃぎながら手を取る美衣奈に困惑しながらも、返答した。

「美衣奈!お前また来たのか!」

「やっべ!禿典だ…お姉さん。手紙頼んだYO!」

そういうと里京を避けるように、美衣奈は去って行った。


「…ったく。兄妹揃って…。」

「純鋭宛てに手紙だって…。差出人不明。国際便ね…」

「…。」

里京は純鋭の言葉を思い出しながら屡鬼阿を見下ろした。

「少し…やつれたか…」

「え?」

「いや、なんでもない。」

屡鬼阿は純鋭の手紙に気をとられ、先程の内容を報告し忘れていた。

「そういえば、先日の白髪の青年とやらだが、見覚えはないのか?」

屡鬼阿が純鋭専用宅配ボックスに手紙を入れるのを待ち、里京は尋ねた。

「初対面ですよ。あんな印象的な人今まで見たことない。」

屡鬼阿は里京を見つめた。

「私よりも、あなたの方が隠し事が多い…」

その瞳の色は気のせいか赤みがかったように見えた。

屡鬼阿もその言葉を自分で放って我に返った。

唖然とする里京に慌てて屡鬼阿は訂正した。自分の部屋へと戻って行った。



里京は自室に戻り、考えを張り巡らせた。

屡鬼阿と話をするとどこか、気を遣っている自分がいた。

屡鬼阿の反応や対応が日々まだらになっていく。

病院で診察するべきかどうするべきか。

やり取りをする機関と接触するには屡鬼阿もいてもらった方がいい…

里京の中で考えがグルグルとめぐる。



里京のパソコンに通知ランプが光る。

日本国内での不可解な事件の報告が次々と寄せられる。

毎日、何通も、何通も…

「この件数をたった4人で捌くにも限界があるな…大本を捉えれるのが一番手っ取り早いんだが…やはりしらみつぶしに行うしかないのか…。どんな情報があれば進展するのだ…」


日が暮れる街並みを見つめ、里京はまたため息をつく。

西の空の茜色が青のグラデーションに飲まれている。



里京は送られてきたメールに目を通した。



何となく気になる概要の事件を出力した。



「The 俺 帰りましたー。」


純鋭はギターケースと昼間、美衣奈が持ってきた2通の手紙を持って、我が物顔で里京の部屋のソファに座った。


「……………」

「……………やだもう。いくら僕がかっこいいからと言って、そんなに見つめないでくださいよー。中年男性からの熱い視線は勘弁っす(^_-)-☆」


里京は無言で左ポケットからハンドガンを出し純鋭に向けた。


「や、やだなー。冗談っすよー。里京さんが見つめてくるからー。」

「空砲だ心配ない。」

「空砲でも至近距離では部位によっては死にますって。」

「…が、次やったら実弾を込めてやろう。」

純鋭は里京の冗談に背筋が冷たくなった。

「やけに上機嫌だな。」

「そうですか?いやーなんというか、また新曲ミリオン達成しちゃいまして上機嫌⤴。」

ニコニコ顔で純鋭は、そういいながら封筒を開封した。

「だったんですけどね⤵。たった今不機嫌になりました。」

手紙の内容を見た純鋭は先程の笑顔が一変し、苦虫を潰したような表情で便箋を人差し指で刎ね捨てた。

「あ⤵嫌だ嫌だ。俺よりイケメンはみんな滅べ。」

里京は純鋭のブラックな一面に呆れながらコーヒーを淹れた。

「友人からの手紙か?」

「友人でもないし、悪友なんてもんじゃないですよ。宿敵。悪魔。意識高い系。」

純鋭は手紙を拾い上げて汚いものを持つように封筒へ戻した。

「大学のころの学友なのだろう?」

「学友というか先輩。いけ好かないやつ。」

純鋭はコーヒーを一気に飲み干すと、またその場にうなだれた。

「そういえば、今日屡鬼阿大丈夫でした?なんかさっきそこ歩いてた職員が、美衣奈が来た昼間に頭押さえてふらついてたって言ってましたけど。」

「そんな報告は聞いてないな。その時に会ったが、特に体調不良な様子は見られなかったが…」

「そうですか…。気のせいかな。」

里京はそんな様子をよそにうなだれた純鋭の横に出力した事件の資料の山を置いた。

「精査して調査、頼んだぞ。」

純鋭は目を見開いてゆっくりと里京に目線を向けた。

「ブラックな職場…」


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