18話 終わりの見えない討伐任務



「…………鬱陶しい」



 微かに殺気のこもった声色でそう呟くのは、黒牙騎士団団長――ユリウス・フォーゲル。

 彼は今、過去最高に荒ぶっていた。

 その理由というのも、ここ最近ようやく距離が縮まりつつある可愛い新妻との時間が、まったくと言っていいほど取れていないからである。

 この任務につく前は、どれほど仕事が溜まっていようとも、口うるさい副団長見張りの隙をつき、必ず会いに行っていた。なんせ、それが唯一の癒しだったからだ。

 それなのに……。

 ここ数日、そんなささやかな時間すら取れないほど、弱いカエルの魔物――アラームケロンの討伐任務に追われている。


(エルレインは元気だろうか。早く会いたい)


 最後に会ったのはもう遠い昔のようだと、いつもの無表情ながらどことなく哀愁を滲ませる。

 しかし、アラームケロンを狩る手の速度が落ちないのは、さすがといったところか。ユリウスが通った後には、鳴かなくなったただのカエルが仰向けで転がっている。



「ちょっと団長!! 勢い余ってあちこちに飛ばさないでくださいよッ!! 拾いに行く手間が――」

「ん?」

「アアアァァ!! 言ったそばからッ!!」



 森の中に、部下の悲痛な叫びが木霊する。

 そしてその言葉の意味を理解せず、不思議そうに首を傾げながらもユリウスは手を止めない。部下の叫びも止まらない。さらに、アラームケロンの大合唱も止まらないので、最早カオスである。



「苛立ちすぎだ。少し落ち着け」

「それは団長がカエルを吹き飛ばすから――」

「………………」

「あ……。すんません……」



 冷え冷えとした無言の圧力が効いたのか、部下は顔を青くしながら体を縮こませる。その姿を見て、ユリウスは呆れたように溜め息をつくものの、まともな睡眠が取れていないせいでもあるかもな、と呟く。

 実際のところ、日夜関係なく永遠に鳴き続けるアラームケロンのせいで、任務中はほぼ徹夜続きに近く、ゆっくり眠れるのは交代で王都に戻った時だけ。そのため、妙に苛ついてしまうのも仕方がないことなのかもしれない。


(しかし、過去の討伐で部下たちがここまで疲弊していたことはあっただろうか?)


 目の前の部下然り、他も者たちもまた、寝不足からきているのだろう苛立ちがよくわかる。平常心を保てているのは、ユリウスと副団長、他数名程度。副団長に至っては、



『日々の訓練では精神力まで鍛えられませんからね。何かいい方法がないか考えておきましょう』



 と、謎にイキイキするほど余裕たっぷりであった。部下たちの未来は地獄一択。

 しかし、精神的に未熟な部分はあっても、討伐能力に関しては許容範囲だ。例年通りであれば、目に見えて数の減少がわかるはずなのだが。


(変わらないどころか、若干増えているような……)


 例年通りではない異常な繁殖。

 気のせいという可能性ももちろんあるが、もしそうではなかった場合、早く手を打たねば任務期間はずるずると延びていく。

 ということは、つまりだ。エルレインとの時間もそれだけお預けとなるわけで――。


(明日から討伐隊とは別に、調査隊も組み込もう)


 本来であれば、副団長と相談して決めるところだが、これはもう決定事項だろう。ユリウスの表情がそう告げている。


(そうと決まれば、今日はいつも以上に狩るか)


 殺伐としたオーラを纏いながら、森の中をゆっくりと進んでいく。それでいて、アラームケロンを仕留める剣さばきは一切目で追えず、1秒ごとに数体と転がっていく死骸。



「だ、団長?」

「その辺にいる奴らを引っ張ってこい。少し本気を出す」

「え? 本気? い、今までのは……?」

「お前のペースに合わせていただけだ。徹夜で死骸を拾い続けたくなければ、早く他の奴らを連れてこい」

「い…………今すぐにッ!!」



 ダダッ! と全力で駆け出しながら、部下は思う。

 ――オレ、今日こそ過労で倒れるかも……。あ、でもそれって逆に……熟睡できるってことでは? もしかすると、ラッキーなのでは?

 ……なんて、ぶっ飛んでいる彼の思考が正常に戻る日は果たしてくるのだろうか。





 ◇ ◇ ◇





「アラームケロンの繁殖期ねぇ。そりゃまぁ、忙しいわな」



 ついさっき、ようやく仕事を終わらせたエルレイン(半泣き)が持ってきた書類に目を通しながら、魔術師団副団長はぼそりと呟く。そして、それとほぼ同時に思い出したのは、つい最近廊下ですれ違った、黒牙騎士団に所属している友人の不穏な微笑み……。



「あれは、かなりいい感じのストレス発散先を見つけた顔だ。……あいつの部下たち、マジ可哀想だな」



 とは言いつつも、ペラペラと書類を確認しながらの独り言には、当然、気持ちなどこもっているはずもなく。完全に他人事である。

 しかし、アラームケロンの鳴き声のうるささは知っているため、それを日夜耳にしながら仕事をしなければいけない彼らに対し、一応、同情心はある。可哀想だな〜、くらいだが。


(まぁ、あのカエルは魔法耐性あるからな。どのみち、魔術師団うちには関係のねぇ話だ)


 翻訳すると、『うるせぇから行きたくねぇ』が正解である。



「仕事は静かに限る…………んん?」



 突如、副団長の眉間にシワが寄る。

 しかしこれは、エルレインの書類に不備があったとかではなく。



「今の騎士団が泣いて喜びそうなモン……持ってんな、俺」



 机の引き出しの奥深くに仕舞い込んでいた“とある魔道具”を思い出したが故の、眉間のシワであった。


 ――それは、今からちょうど1年前のこと。



『これ、タダでいいからあげる』



 と言ってエルレインが渡してきたのは、中型の箱いっぱいに入った、手のひらサイズのシンプルな四角い魔道具。



『大量にあった素材を消費したくて造ったんだけど、性能がイマイチで売れそうにないんだわ』

『押し付けじゃねぇか』

『いやいや。エルさん印の魔道具よ? 性能はイマイチなんだけど』

『どう考えても押し付けだろ』



 エルレイン曰く、大量に手に入ったアラームケロンの素材をどうにか使い切りたかっただけで、他の素材はあまり使いたくなかったらしい。そのせいか、完成した魔道具の出来栄えは、エルレインからしてみると“やや失敗作”とのこと。



『一応聞くけどよ。これ、どういう魔道具なんだ?』

『ちょっとだけ音消せるやつ』

『ちょっとかよ』

『うん。でも、効果が出るのはアラームケロンの鳴き声だけで、他は全然ダメだったけど。……まぁ、そんな時もあるよね!』



 満面の笑みでポジティブにそう語るエルレイン。

 しかし、副団長からしてみれば、そのイマイチな魔道具に使われた素材(アラームケロン以外)が無駄になっているとしか思えない。特に、小さいながらも魔道具の動力として使われている魔石がどうにも気になる。



『当然、魔石も使ってんだよな?』

『使ってるよ。小さいやつだけど』

『無駄使い……』

『い、いや、小石くらいしかないから使い道なんて――』

『砕いて粉状にすれば?』

『つ、使えま……す……』

『来月の給与から天引きしとくからな』

『いやあああ!! ローン返済もあるのにぃぃぃ』



 あるのにぃぃぃ、あるのにぃぃぃ、あるのにぃぃぃ――と、頭に鳴り響く鬱陶しいエコーをBGMに、当時のことを思い出した副団長。

 そして、その魔道具を仕舞ったであろう引き出しを開けると、箱に詰められたまま一度も使われていないそれが確かにそこにある。



「……これもいい加減、在庫処分してぇし? あいつも一旦戻ってきてるみてぇだし? 面倒くせぇけど…………交渉してきてやるか」



 心底面倒くさそうに溜め息をついて、椅子から立ち上がる。



「あん時、天引きしちまった分、どうすっかな〜」



 今回の交渉費ってことにはならんだろうか、と思案しながら、北棟の黒牙騎士団へと向かう副団長であった。




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