17話 魔術師と騎士団長の今



「あー……。全然やる気が出ないー……」



 山積みの書類を尻目に、机に肘を立て頬杖をついて不満をもらす。

 ここ数日、こんな不真面目な態度が目立つからか、


「サボんな」

いてッ」


 上司である副団長から、強めのデコピンをおみまいされた。

 けれど、そんなことでは当然私のやる気に火がつくはずもなく。痛むおでこをさすりながら、深い溜め息を吐くだけとなった。訝しげな副団長の視線が痛い。

 ――私が、副団長からデコピンをかまされるほど不真面目になっているのには、深い理由がある。

 それは、夫であるユリウスさんがここ2週間ほど、屋敷へ帰ってきていないから。もっと正確にいうと、私が屋敷にいる時間帯に帰ってこられないため、会えていないからだ。



「ユリウスさん働きすぎッ」

「ついこの前まで離婚がどうとか言ってた奴のセリフじゃねぇな」



 呆れ気味にそう言われ、「そんな過去の話は忘れた」と吐き捨てる。



「そんなに会いてぇなら北棟行ってこいよ。そして仕事しろ」



 私の机に書類を積みながら副団長はそう言うけど、これはそんな簡単に解決できる話じゃない。



「任務先と王宮を行ったり来たりしてるから、適当な時間に会いに行っても全然会えないのッ」



 私にしては珍しく、恥を忍んで北棟の黒牙騎士団まで会いには行った。けれど、その時だってユリウスさんはやっぱりいなくて、彼と入れ違いに戻ってきた黒牙の副団長に



『戻ってくる時間が決まっているわけではないので難しいと思いますよ』



 と申し訳なさげに言われてしまったのだ。


(数打てば当たるかな〜、とも思ったけど……)


 そんな頻繁に北棟へ行っていたら目の前の副団長上司から、「仕事しろッ!」と確実に怒られると思ったのでそれはやめた。一応、理性は働いた。



「行ったり来たりって……。何がそんな忙しいんだ?」



 心底わからんといった顔でそう言って、私の机に追加の書類を積んでいく。

 ……なんで勝手に積むかな。

 もういらないと牽制しつつ、騎士団が忙しくしている理由をすっかり忘れている副団長には、呆れしかない。毎年のことなのに。



「“アラームケロン”の繁殖期でしょうが」

「………あぁ。もうそんな時期か」



 言われてようやく思い出したのか、嫌そうに目を細める。

 ――“アラームケロン”とは、その名の通り、目ざまし時計のアラームが如くけたたましく鳴く、カエルの魔物だ。大きさは、成体でだいたい大人の膝下くらい、色はグレー系の濃淡さまざま。特殊個体になると1メートルは越し、特異個体だと通常サイズで色がグリーン系。

 基本臆病な性格なので人を襲うことはないけど、とにかくうるさいのでものすごく不快にはなる。


 そして毎年この時期は、アラームケロンの繁殖期。

 発情鳴きと求愛鳴きの大合唱で、酔っ払いの大イビキが仔猫の鳴き声に聞こえてしまうくらいのやばさ加減。それが日夜関係なく続くので、精神崩壊も待ったなしである。

 というわけで、アラームケロンの繁殖期には翌年のことも見越して、数が増えすぎないよう調整するために騎士団が派遣される。

 ただし、この任務は大騒音の中、圧倒的な数の、しかもまるで手応えのない討伐………駆除であるため、かなりストレスが溜まる。さらに可哀想なのは、このカエルが魔法に強く物理に弱いこと。どれだけ足掻こうとも、この任務に騎士団以外のその他師団が、派遣されることはないのである。

 ちなみに、何度か冒険者ギルドに依頼として出した時には、低ランクの冒険者しか集まらず。しかもその全員が必ず情緒不安定になって途中退場していくため、もう依頼を出すのは諦めたのだとか。

 まぁ、アラームケロンの素材はその名の通り、目ざまし時計のアラーム部分に使われたり、外玄関の呼び鈴や、子供向けの玩具に使われる程度。なので、レア素材を求める高ランク冒険者に人気がないのは、仕方のないことかもしれない。



「つーことはあれか。今年は黒牙騎士団がカエルの担当してんのか」

「そーですー」



 副団長の言う通り、今年のアラームケロン討伐任務は黒牙騎士団の担当。

 一応、アラームケロンの討伐任務は精神を摩耗するということで、毎年違う騎士団が担当していて、だいたい4、5年に1回のペースで回ってくるらしい。



「でもよ、まったく会えねぇのもおかしくねぇか? 普通、数日に1回くらいは休みあんだろ」



 と言う副団長の言葉に、



「“例年通り”だったらね……」



 溜め息と共にそう返す。

 というのも、運が悪いことに、例年稀に見る繁殖数の多さで、団員ですら丸1日休暇がない状態らしい。ユリウスさんと副団長にもなると、王宮へ報告のため戻る移動時間が唯一の休憩なのだとか。



「マジかよ。ウチじゃ考えられねぇな」

「でしょ……」

「そんなんなったら、お前を筆頭に全員泣きながらボイコット始めてるわな」

「…………否定はできん」



 魔術師団うち、戦闘要員っていうより独自の方向性極めてる人、多いからね。私含め、他の師団より変人多いからね。



「はぁ……。何かいい解決策はないですかね……」

「今は思いつかん」

「うわ、適当――」

「とりあえず、お前はこの積み重なった書類を早急になんとかしろ」

「え? …………なんで増えてんの!?」



 どどーん! と今まで見たこともないほど積み重なった書類の山に絶望する。気付かない間にどれだけ積んでるのよ、こいつ……。

 すると、口を開けたまま呆然とする私を見た副団長が、



「旦那も帰ってこれねぇことだし、ちょうどいいだろ。これ全部終わらせるまで帰んなよ〜」



 と、ニヤニヤ笑いながら丸めた書類で私の頭をぺしぺし叩き、去っていった。



「…………ユリウスさん、早く帰ってきてッ!!」



 このままじゃ、明日もまた書類の山を築かれそうですッ!!




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