19話 魔術師向けの特別任務
「エルレイン。ちょっと来い」
「………………」
朝、職場に到着してすぐ、副団長からまさかの呼び出し。こいこい、と副団長室の扉から顔を覗かせて手招きする姿を見て、私の心は一気に落ち込んだ。
(昨日提出した書類に不備でもあったのかな……。しんどいわ……)
もう帰りたいなぁ、と思う今日この頃である。
「どれくらい間違いあった……?」
副団長室に入って、執務机の傍に立っている副団長にげんなりしながらそう尋ねると、怪訝そうな顔で首を傾げられる。
「何言ってんだ、お前」
「え? 昨日提出した書類に不備があったんじゃないの?」
「ねぇよ。誤字脱字以外は」
「………………」
それも立派な不備じゃん! と内心ツッコミを入れる。あえて声に出さないのは、「じゃあ、全部直せ」と言わせないためである。
しかし、書類の不備がないというのなら、副団長がここに私を呼んだ理由とはなんだろう? 最近は割と大人しくしている方なんだが。
うーん? と腕を組んで首を傾げる。
「エルレイン」
「ん?」
「喜べ。お前向けの特別任務だ」
「へ?」
ニヤリと笑った副団長に押し付けられるように渡されたのは、中型の箱いっぱいに入った見覚えのある魔道具。
「これって……」
「去年、お前が俺に押し付けた魔道具だ」
「捨ててなかったの?」
「使われた素材全部がタダってわけじゃねぇんだ。そんな勿体ねぇことできるかよ。アホ」
「痛ッ!!」
ベチンッ! となかなかの音を立てる攻撃的なデコピンに襲われ、ぎゅうっと目を瞑って痛みに悶える。持っていた魔道具を落とさなかった自分を褒めてやりたい。
「暴力反対!」
「それで行き先だけどな」
「聞けよ!」
「黒牙騎士団が討伐任務中の“八両の森”な」
と言われて、副団長を蹴ろうとした足が止まる。
「その魔道具、アラームケロンの鳴き声を多少なりとも緩和できるんだろ?」
「まぁ、広範囲は無理だけど……」
「そんだけ数があれば、管理棟の各部屋に1つは置けるだろうから問題ねぇよ。……それに、実際どんなもんか知らねぇが、そいつで少しでも騒音がマシになるなら、黒牙の奴らの寝不足問題も少しはマシになるんじゃねぇの」
「そんなにひどいの?」
「俺が思う限りでは、やべぇな」
他人に関することで珍しく同情するかのように、口をへの字に曲げた副団長の情報によると、今年の繁殖数はかなり異常らしい。そのせいで、アラームケロンの鳴き声の音量もその数に比例しているようで、ほぼ徹夜状態なんだとか。
(ユリウスさん、大丈夫かなぁ)
前に「数日寝なくても大丈夫だ」みたいなことを言ってはいたが、騒音の中でとなるとまた少し違うのでは……。
ユリウスさんの場合、徹夜で倒れるというよりは、逆に荒ぶりそうなので少し怖い。部下の人たち大変だな〜と思う。
「じゃあ、すぐ出発した方がいい?」
「あぁ、早い方がいいな。あと、この件に関しては黒牙の奴らも知ってるから、到着した後は管理棟で待機してる奴に声かけろよ」
「うん。……あ」
大事なことを思い出して、はっとする。
「どうした?」
「いや、この魔道具なんだけど……」
「おい、まさか使えねぇとか――」
「“ケロッとストッパー”って名前……どう思う?」
「………………」
名前つけるの忘れてたわ〜、と笑ってそう言えば、なぜかスンと目が据わる副団長。そして、流れるような動作で私の顔前でデコピンサインをすると……。
「もう1発、いっとくか」
「なんでよ!?」
魔道具を持っているせいで上手く動けないのをいいことに、二度目の追撃がすぐそこまで迫っていた。
◇ ◇ ◇
「くそー。2回もデコピンされたー」
少し痛む額を指先で撫でながら、ぶぅーとむくれる。
(なんで魔道具の名前について聞いただけなのに怒られるのよ)
解せぬ、と呟き、むむむと唸る。
「どうしたんですか、先輩? 顔が大変なことになってますよ」
コテンと首を傾げながらそう尋ねてくるのは、同僚であり後輩のリル・メロー。
肩ほどの長さのパステルピンク色の髪に、緑色の瞳をした、私より頭ひとつ分ほど低い身長の可愛らしい女の子だ。
「大変って……。それどんな顔なの?」
「ややおブス、みたいな?」
「………………」
えへっと可愛い笑顔の後輩は、素直すぎるのがたまにキズ。
――私とリルは現在、黒牙騎士団が任務中の“八両の森”に向かって移動中だ。
副団長室でこの任務を託された時は私しかいなかったので、てっきり1人で向かうものと思っていたのだが。
『リルと一緒に行けよ。荷物運搬頼んであるから。絶対に1人で行くなよ』
と、副団長室を出る寸前で言われ、「今思い出したんだろ」とジト目を向けたら、「そんな日もある」と適当な感じで返され、部屋を追い出された。相変わらず、飄々としていた。
「それにしても、先輩と一緒の任務って初めての時以来ですね」
ちょっと緊張します、と笑うリルを見て、首を傾げる。
「そうだっけ? なんか割と一緒にいる気がするんだけど」
「それは任務じゃなくて、魔法訓練の方ですよ」
と言われて、あ〜そうだったと納得する。
リルは、約1年ほど前に魔術師団に異動してきた団員で、元は“
「最近、私が勝手にバタバタしてたから訓練の方はみれてないけど、どんな感じ?」
「………………」
「リル?」
「……すみません。まだ基礎訓練中です……」
「え? なんで落ち込むの?」
「だって……あんなに教えてもらってるのに、わたし……全然ダメだから……」
そう言って悲しそうな顔をするリルを見て、そんなにひどかったっけ? と首を傾げる。
魔獣荷車隊は文字通り運搬職であるため、基本戦闘には参加しない。仮にそういう場面に遭遇したとしても、前衛は相棒の魔獣に任せ、本人は後衛で援護する程度だ。そのため、魔法を使う人よりも武器を手にする人の方が多いとは聞く。実際、リルも魔獣荷車隊にいた時は、魔法を一切使わず、
なので実質、魔術師団に来てから魔法を学び始めたようなものだ。
「うちに来るまでは魔道具とか魔石に魔力流す程度だったんでしょ? それならまだ基礎訓練中でもおかしくないって」
慰めるというよりも事実を口にすれば、何か言いたげな顔でこちらをジッと見つめてくるリル。
「えっと、どした?」
「皆さん……基礎訓練は半年もかからなかったって……二足歩行が完璧になる頃には終わってたって…………幼児が半年でマスターするレベルを1年経っても終われないわたしは一体なんですかッ!?」
わたし本当に全然ダメ子ッ!! と悲痛な声を上げ、両手で顔を覆うリルだが。
(……なんで本気にしたかな)
私は呆れた。
からかわれているのだと、なぜ気が付かないんだろう。
二足歩行前のほぼ赤ちゃんが魔法の基礎訓練なんて出来ていたら、それはもはや神童なんてレベルではない。ただの化物である。
(まぁ、基礎訓練に半年かからなかったっていうのは本当だろうけど)
しかし、それは得意分野だからというのもある。
逆に、魔術師団の団員たちに今から運搬職の基礎訓練をやらせたら、魔法訓練中のリルと同じくらいか、またはそれ以上の時間がかかるはずだ。ちなみに私はやらされる前に逃げる。
「得意分野ってわけでもないんだから、時間がかかるのは普通のことだよ。そこに子供とか大人とかは関係ないから」
「そう、ですか……?」
「そうです」
「…………取り乱したりして、すみません。皆さん、雑談しながら難しい魔法もポンポン使うから、ちょっと焦っちゃって……」
本当にごめんなさい……と、リルは力なく笑う。
そして私は思った。
(『自分はこんなこともできますけど?』……って、自慢したかったんだろうなぁ)
アホすぎて呆れる。
実のところ、魔術師団の任務において上級魔法以上はそうそう使う場面がない。魔物魔獣討伐は主に騎士団の仕事でうちの師団はそうそう呼ばれないし、対人戦闘に関してもそれ専門の部隊がある。
そして、私たちが普段請け負っている任務は大体が戦闘に関係のない類いのものなので、周りから『何それ!! すごい!!』なんて言われることもない。ちなみに同僚同士だと、『すごい! 天才!』と言われる以前に、『それどうやってんの? 教えろ』が先にくるのが常である。
(リルはいい意味で素直だから、無意識に
調子に乗りまくった奴らの姿が容易に想像できる。ほんと、アホ。
「物心ついた頃から魔法一筋の変態たちは置いといて。――魔獣と絆が結べるリルも充分すごいからね」
にこっと笑いかけて、王都を出発した時からずっと荷車をひいてくれている存在に視線を向ける。
そこには、魔獣荷車隊時代からのリルの相棒である、“プン”という可愛い名前のレッドアイズベアーの姿。黒い毛並みに赤い瞳が特徴的な、大型の熊系魔獣だ。ぱっと見は怖いと感じる人がほとんどだろうが、実際はハチミツと撫でられることが大好きな、とても可愛らしいクマさんなのである。
(そういえば、リルがうちに異動してきたのって、プンのためだったっけ)
リルが異動してきたばかりの頃、魔術師団と関連性のない部隊からやって来たという物珍しさに、それとなく理由を聞いてみたことがあった。
リルとプンは、王都からそう遠くない街へと向かうその道中、運悪く魔物の異常発生に出くわしてしまったのだそう。
通常、遠方であれば騎士団が護衛につくか、同部隊の隊員数名と向かうらしいのだが……。リルとプンが向かっていたその街は、魔獣荷車隊ほどの動力があれば、その日のうちに往復できる距離であり、また、整備された比較的安全な道だったことも相まって、他に同行する者はいなかったそうだ。
押し寄せる魔物を前に、リルは荷を守りながらプンを援護し、プンはリルと荷を守りながら魔物を薙ぎ倒していく。しかし、たった2人では体力的な限界がくるのもあっという間で――。
(偶然通りかかった冒険者に助けられなかったら……2人とも危なかった、と)
だからリルは、魔法を身につけるために魔術師団へやって来た。
(リルからは、“攻撃”と“退避”を使えるようになりたいってことだったけど)
退避系の魔法に関しては、基礎訓練が終わり次第、そんなに時間もかからずに使えるようになると思う。
しかし、攻撃系の魔法に関しては、前衛にプンがいる分、威力よりもコントロールが大事になるので、時間がかかりそうだ。
(まぁ、特に期限はないみたいだし、地道に頑張ってもらうしかないなぁ)
そう思いながらも、今これを言ってしまうとまた落ち込みそうなので黙っておこう。
「プンがいると進みが速くて助かるわ〜。もっふもっふで可愛いし」
「ふふ。ありがとうございます」
「あとでハチミツあげるね。――そういえば、プン大丈夫かな? 目的地、騒音の発生地なんだけど……」
「あ、聴力的なことですか?」
「そうそう。私たちよりも耳いいでしょ? 今さらなんだけど、つらいよなと思って」
王都から八両の森まで、プンの速度でだいたい3時間ほど。極力早く帰ろうとは思っているが、王都を出発したのは昼過ぎだ。日が落ちてからの移動は色々と危ないので、もしかしたら泊まりになる可能性もある。
それにプンは、もふもふした動物になぜか嫌われまくるこの私でも撫でられる貴重な存在だ。良い関係性は築いておきたい。
「お気遣いありがとうございます。でも、レッドアイズベアーは嗅覚がとても優れている分、聴力は人より少し良いくらいなので大丈夫です…………“おまんじゅうポーズ”にならないかぎりは」
「おまんじゅうポーズ?」
「耳を手で隠して体を丸くするポーズです。うるさいから早く帰りたいっていう最大級の訴えで……。その見た目が大きなおまんじゅうに見えるので、わたしは“おまんじゅうポーズ”って呼んでます」
「なるほど」
「でも、めっちゃ機嫌悪くて、ずっと低く唸ってるので、普通に怖いです」
ふふふ、と笑いながら、なぜか遠い目。
(……ちょっと見てみたい、なんて言わない方がいいな、これ)
相棒が魔獣というのも、私ではわからない苦労があるらしい。
「あ、そうそう。先輩っていえば」
「?」
「新婚生活はどうですか? ラブラブ?」
「ごふぅッ!!」
ちょうど飲んでいた水を吹き出した。えげつないタイミングの悪さだ。
「先輩……。一応、貴族なんだからそこはむせるくらいにしておかないと」
「誰のせいだッ」
「わたしはただ新婚生活について聞いただけじゃないですか」
「だから、なんでそんなこと聞くのよッ」
「だって、魔法に関しては先輩、誰よりも“ド変態”じゃないですか。任務先でもいきなり突っ走って、わたしたちの静止も無視するし」
「それは…………うん。ゴメン」
思い当たる節が多すぎて言い訳すらなく素直に謝れば、「だから、余計に気になるんです」とリルは言う。
「わたしは忘れてませんよ。フォーゲル団長が乗り込んできて、うちの団長が威圧負けしたあの事件を」
「あれは私が悪かった……」
「こっちに被害がなかったので大丈夫です」
「………………」
何気にひどいな……と思いながら、笑顔のリルを見る。副団長のみならず、団員にまでこんな扱いとは……。私のせいではあるが、ますます団長が不憫に思えてきた。
「今回は大丈夫なんですか? 着いた途端に威圧なんてされたら、わたしとプンは泣きますよ」
「そこまで制限されてないから大丈夫だって。八両の森なんて近場だし、そもそもユリウスさんがいるところに行くんだし。アラームケロンもうるさいだけだし」
「そうですか。それなら、安心です。……一応、副団長からチラッとは聞いてますけど、遠方の任務はもう受けないんですか?」
「絶対ってわけじゃないけど、“私じゃなきゃダメ”とか“すっごい行ってみたい”とかじゃないかぎりは受けないかなぁ。団長にも『ぜひ、そうして! お願い!』って言われちゃったし」
「なるほど!」
と、嬉しそうにするリルを見て、他の団員も皆こんな反応してたなぁ……と少しへこむ。
(……いや。あいつらはもっと露骨だった)
てっきり『1人だけずるい!』と非難されると覚悟していたのだが。
実際のところは……。
『遠方の任務は自分たちに任せてください。…………よっしゃァァァ!! 自由だァァァ!!』
なんかめっちゃ喜んでた。本人を前に、ウソだろってくらい喜んでた。
(傷ついたなぁ、あれは……)
今思い出しても、ウソだろって思う。
とはいえ、彼らは彼らで私という“問題児”の監視がかなり負担になっていたらしい。近場ならともかく、遠方ともなると道中の安全など気を遣う場面も多い。それにプラスして私の監視ともなると、なかなか気を抜くタイミングもなかったのだとか。
『なんていうか、監視っていうよりもお守りですよ。小さい子のお守り』
親戚の子供みてるより手がかかる、なんて言われた日にはもう……恥以外の何ものでもなかった。
「ほんと、迷惑かけたわ……」
「大丈夫ですよ。今ではいい思い出…………笑える思い出です!」
「ハハ。悪意のない素直さって怖……」
今となっては、ユリウスさんの提案を素直に聞いておいてよかったなと思う。
「まぁ、遠いところに行かなくなったらなったで、いいことも増えたし」
「……あ、なるほど。いつでもあの理想の肉体美をガン見できますもんね!」
「…………はぁ!?」
リルの口から飛び出した言葉に混乱する。
確かに、確かに、ユリウスさんの体はどこに出しても恥ずかしくない見事な肉体美だ。
だが…………だが、しかし……。
(そんな、そんなこと……誰かに言った覚えは――)
「いつだったか、訓練中の黒牙騎士団を見ながら『うわぁ、あの体いい。すごくいい。ちょっと服脱いでくれないかなぁ』って、虚ろな目でフォーゲル団長ガン見しながら言ってましたもんね」
「………………」
「マジなトーンでちょっと引きました」
「………………それは、あれだ。3日以上徹夜してた時だよ。うん。きっとそう。色々と限界だったんだよ。絶対にそう」
口早にそう言いながら、両手で顔を覆い隠す。
(恥ずかしーーー!!!)
心の中で、叫び散らした。
意識が朦朧としている自分はなんと恐ろしいことか。最悪だ。
「先輩、耳と首まで真っ赤ですよ」
「見ーるーなー」
「ふふふ」
と楽しげに笑うリルの肩をバシバシ叩く。
「忘れろ。今すぐ忘れろ」
「生の肉体美は拝めましたか?」
「話を掘るな」
「あ、それとももう接触済みですか?」
「だから掘るな」
「まさか……すでに
「ないッ!! 破廉恥かッ!!」
と怒るものの、なぜかリルは楽しそうに笑っていて。
その後も、なぜかひたすらに新婚生活について質問攻めされたが、適当なことを言って半分以上は誤魔化しておいた。
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