第42話 自由奔放なキス魔

 その後、すこぶる体調を回復して元気になった茜と二人で映画を見ていた。

 俺たちはどっちかと言えばインドア派で、一緒に家で映画を見ることが多い。


 それにしても、いつもよりテレビが大きいからか迫力がすごい。

 思わず見入っていしまう。


「茜いいのか? 寝てなくて」


「大丈夫大丈夫。私もう元気だから。それに、寝たかったら歩夢の膝で寝ればいいしね」


「そうか」


 茜は俺の腕に抱き着きながら映画を見ている。

 確かに映画もすごい。だが、腕にある柔らかい感触の方がもっとすごい。

 

「んふふ~」


 やけに上機嫌なお姫様。

 正直なことを言えば、男の本能が発動する前に離して欲しいのだが……無理そう。


 ここは心を無にするんだ俺っ!

 意識を多世界へと飛ばし、無になる。

 見事、成功した。


「むむっ。なんか歩夢が死んでる……」


「……」


「歩夢さん。ねぇ」


 俺の腕を引っ張ったりするせいで、余計に感触が明確に……。

 俺はひたすら無を貫く。


 そんな俺の様子に茜さんは少しご不満そうに、


「むぅ~歩夢が構ってくれない……じゃあ、こうだ!」


「っ……」

 

 茜が俺の正面から抱き着いてきた。

 茜のいい匂いが鼻孔をくすぐり、体全体が温かなぬくもりに包まれる。


 色々と……ヤバい。


「歩夢温かい~」


「……」


 俺はそれでもなお無を貫いた。

 だが、両腕が今にも動こうとプルプル震えている。


「むぅ~歩夢がこれでも反応しないとは……やっぱり、こういうときはキスが一番だよね」


「っ……」


 もう一歩踏み込んで茜が近づいてくる。

 依然として茜は俺に抱き着いていて、体のほとんどの部分が密着していた。


「ん……んぅ」


「っ……」


 茜が小さな唇を俺の唇に寄せてきた。

 最初は優しく、軽くタッチする感じ。

 でもそれは腕の閉まりと同様に、激しくなっていった。


「んぅ……」


「……」


 俺は降参の意を込めて、茜の背中に手を回す。

 するとすぐ近くに、茜のトロンとした顔があった。


「歩夢ぅ……私を無視するなんてひどいじゃないかぁ……」


「いや、これは男の尊厳を守るための……」


「だったら男の子からしてきてくれてもいいんじゃないの?」


「……お前、病み上がりだろ」


「病み上がりだからだよぅ」


「……」


 茜の暴走は止まりそうにない。

 それにちょうどこの家は茜と俺しかいない。そしてこの先、あの時みたいに続きを遮る人が入ってくる可能性もない。


 つまり、暴走状態の茜を止めるものは何もない。


「……キス、だけだぞ?」


「それだけ?」


「……キス、いくらでもしてやるか――」


「んっ!」


「ん⁈」


 茜の唇が俺の唇に触れる。

 突然のことでびっくりしたが、俺はゆっくりとそれを受け入れ、程よく茜を抱く。


「ん、んぅ……」


 甘い声が漏れる。

 あの時と同じ感じだ。


 体に熱が灯っていって、感覚が蕩けてしまいそうになる。

 茜の体も、同様に熱かった。


 唇がゆっくりと離れる。

 キス魔の茜は心底満足したように顔を離して、俺を押し倒すようにまた抱き着いてきた。

 

「歩夢ぅ~!」


「ちょおい……!」


 カーペットの上に、二人転がる。

 俺を抱き枕にするみたいにして、茜はそのまま寝息を立ててしまった。


「ったく……自由な奴だな」


 そう言いながら、茜の頭を撫でる。


「んにゃあ……むにゃむにゃ」


 まるで猫みたいに、撫でられて気持ちよさそうな表情を浮かべる。

 茜は昔から撫でられるのが好きなのだ。


「まぁ、元気になってくれてほんとよかったよ」


「むにゃむにゃ」


 やはり茜はこんな風に自由奔放で、最高の笑顔を浮かべている方がいい。

 それを守るのが俺の役目なのだと、この時俺は思った。

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