第41話 おかゆを冷まして

「……ん、んぅ……」


 食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐる。

 私はその匂いにつられて、深い眠りの海からだんだんと引き上げられていった。


「んぅ……んにゃ」


 目覚めた時、真っ先に飛び込んできたのは最愛の人の顔。

 今日も相変わらず気だるげで、でも最高にカッコいい。


「茜?」


「すき」


「んぁ?」


 最近私の愛の告白に嬉しい反応を見せてくれない。

 そんな歩夢はちゃぶ台の上に何かを置いた。


「何それ」


「おかゆ。こういう時はおかゆが定番だろ?」


「もしかして……歩夢が作ったの?」


「まぁな」


 照れくさそうに頭をかく歩夢。

 これは照れているときに歩夢が見せる癖の一つだ。


 それにしても、歩夢がおかゆを作れたなんて知らなかった。

 私はおにぎりでさえまともに握ることができないのに……頑張らないと。


「おかゆ、食べれるか?」


「うん」


 布団の中からむくりと起き上がって、布団から出る。

 そしてベッドに座って、私は歩夢をじーっと見つめた。

 たぶん、これで歩夢に私の思いは伝わると思う。


「…………食わせろ、と?」


「うん♡」


「……ったく、しょうがねー奴だな」


 なんだかんだで私の願いを叶えてくれるところが、私は好きだ。

 ほんと歩夢は、私に対して甘い。


 歩夢はちゃぶ台をベッド付近に寄せて、おかゆをすくう。

 そして私の口元に持ってきた。


「私、猫舌だって知ってるよね?」


「そ、そうだった……くそうこのわがままお嬢様め……」


「さぁ食事なんてやめて、私のことを食べちゃいなさい!」


「誰が熱出してる奴を食べるか」


 歩夢のガードはほんとに固い。

 男の子は野獣なんだと先輩から聞いていたのに、歩夢はむしろ真逆。穏やかな草原で暮らす牧場の牛さんだ。



「じゃあ、熱が引いたら私を食べちゃうっていうの……どうですか?」



 私の言葉に、おかゆを冷ます歩夢が静止する。

 そして何も言わずにスプーンを皿に置き、無表情で私に迫ってきた。


「あ、歩夢?」


「…………」


 私がそう言っても、歩夢からの返答はなし。

 歩夢は相変わらず無表情で私に迫ってきて、顔と顔がくっついてしまうくらいまで近づいてしまった。


「…………す、するの?」


 私の言葉に、またしても歩夢は答えない。

 なるほど。沈黙が答えというやつか。


 私は歩夢の表情から察して、ゆっくりと目を閉じた。

 

「いい……よ……?」


 すると、歩夢が私の前髪を上げた。

 そして露出したおでこに、何かが当たった。


「ん……ん?」


「熱はなさそうだな。じゃあこいつ平常運転でこんなこと言ってんのかよ。体力底なしか」


「いたっ」


 去り際にデコピンを食らった。

 私は頬を膨らませて、欲求不満さと期待させた恨みを込めた視線を歩夢に向ける。


「むぅ~」


「病人は病人らしくしとけ?」


「じゃあ病人を労わった方がいいんじゃないんですかね?」


「食べちゃったらそれ労わったことにならなくない?」


「私がそうして欲しいんだけどなぁ?」


「……そういうの、俺が本気で受け取ったらどうすんだよ」


「本気なんだけどなぁ~」


 実際、八割がたは本気だったりする。

 でもきっと堅物の歩夢には、こういう流れじゃなくてもっとムードがあるときにちゃんと言わないとダメなんだろうけど。


「ったく……お前は冗談が好きだな」


「むぅ~冗談じゃないのに~」



「――だったら、あと少し待ってくれ」



「へ?」


 おかゆを冷ましながらそういう歩夢。

 冷まし終わったのかスプーンを私の口元まで寄せてきて、私はぱくりとおかゆを口に入れた。


「お、美味しい……」


「だろ?」


 歩夢はドヤ顔で「してやったり」という表情を浮かべた。


 ――そういえば歩夢の手……絆創膏だらけだな。


「ほんと、美味しい」


 私はそうひたすら呟いた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その言葉……どっち?

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