第33話 これ、ラブコメだよなぁ

 ベッドが俺と茜で沈む。

 静けさが染み渡る夕方の部屋には間もなく夜を迎える太陽の今にも消えそうな光が入ってきていて、微かに映画の音が聞こえた。


 ロマンチックと言えば、ロマンチックだろう。


「……」


「……」


 茜は何も言わないで俺の目をじっと見つめるだけ。

 ただ頬が真っ赤になっているあたり、恥ずかしいんだろう。


 目と鼻の先に、最高に可愛い彼女の顔がある。

 茜が目をゆっくりと閉じた。

 その意味を俺はもちろんわかっていて、俺は決意を固めて茜にキスをした。


「ん……」


 茜が甘い声を漏らす。

 今日でキスをしたのは何度目だろうか。もう覚えていない。


 脳が蕩けていく感覚があった。

 そして茜の意識と同化していくような、そんな不思議な感覚もあった。


 体が熱い。

 もう冬でだいぶ冷え込んでいるはずなのに、体が熱を持っている。 

 茜も同じようで、繋がれた右手が熱を宿していた。


 さらに意識が蕩けていく。

 


 ――なるほど。こうして人は、理性を失っていくのか。



「茜……」


「あ、歩夢……」


 すべてのストッパーが解除された俺は、もう止まることができなかった。

 名前を呼んでさらに蕩ける。


 もう一度キスをしようと顔を寄せる。

 茜はそんな俺を受け入れるように、キス顔を作って待った。


 間もなく唇が触れ合うその刹那――



「お二人とも~ただいま~」



 開け放たれた扉。

 そこにはサングラスをかけて、たくさんの荷物を抱えた母さんの姿があった。


「……」


「……」


「……」


 思わず二度見してしまう。

 体は一瞬にして正常に戻り、景色が当たり前の日常と化していく。


 母さんは「あらあら」と言った感じで口を押え、ニヤニヤしていた。

 そして俺たちを見て言った。


「……孫の姿を見れるのは早そうね♡」


「おいぃッ‼」


 思わずそうツッコんでしまう。


 そうだよな。これ、ラブコメだもんな。


 俺は無性にそう思ったのだった。




   ***




「……はぁ」


 お風呂の浴槽に浸かりながら、私はため息を吐く。

 そんなため息はたくさんの湯気に連れられて上に上がっていったような気がした。


「あ、歩夢ぅ……」


 その名前を口に出すだけで、私の体に熱が灯る。

 愛に発熱反応でもあるのだろうか。あるとしたら、冬は余裕で越せそうだな。


 そんなことを考えつつ、私の意識は常に数時間前の出来事にいっていた。


「……」


 自分でも顔が真っ赤になってることが分かる。

 だけど、あんなにカッコいい歩夢の姿を見せられたら、顔が真っ赤になるに決まってる。


「私、もしかしたら……攻められるの好きなのかな……」


 私のドM説が浮上する。

 でも、あの時歩夢に体を委ねた時は抵抗はなかった。

 むしろ私はあの時をずっと望んでいたのだ。


「えっちな子……でもあるのかな?」


 年上の先輩に相談したときは、女性が引っ張っていってもいいって言ってたけど、どうなんだろう。

 私にとっての答えはまだわからない。


「まぁ、歩夢から来てくれるなら、嬉しいことこの上ないけど」


 でもこれでわかった。

 歩夢はどうやら、理性を働かせて我慢しているようだ、ということに。


 これから色々と攻め甲斐がありそうである。

 ……でも、その分私も恥ずかしいし照れるんだけど。


「……」


 また体が熱くなって、私はお風呂から出た。

 そのまま体を軽く拭く。


 すると突然脱衣室のドアが開いた。



「あっ」


「あっ」



 棒立ちする歩夢。

 それを見る全裸の私。


 少し時間が止まる。

 そして歩夢が真顔で脱衣室のドアを閉めた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 そんな声が聞こえてくる。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 同様に、私も悲鳴を上げた。



 今夜はいつもより五割増しで、騒がしい夜だった。

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