第32話 お前がその気にさせたんだ

 その後、俺と茜は何となく映画を見ることになり、俺の部屋で二人座って映画を見ていた。

 今日は茜は寝ることはなく、俺の横でじっと映画を見ている。

 そんな茜に気を取られて、また俺は映画に集中できそうになかった。


「……」


「……」


 俺たちの間に会話はなかった。

 それは気まずいからというわけではなく、単にこの静けさを楽しんでいるから。

 今日母さんはまだ帰ってこないので、この家には二人しかいないし。


 茜が俺の手を撫でるように触れる。

 そして徐々に強くなって、やがて指を絡ませ合った。


「んふふ。歩夢の手、あったかいなぁ」


「体温高いからな、俺」


「冬は即戦力だねぇ」


「カイロとかの方が有能」


「私は歩夢が好き」


「あんがと」


 茜の言葉を軽くあしらうと、茜が頬を膨らませて拗ねた。

 抗議したそうな視線を俺に送ってくる。


「むぅ~私の愛の告白を無下にした~。倦怠期?」


「んなもんこないって。俺の相手が茜じゃなかったら訪れてたかもしれないけど、茜だから倦怠期なんて来ないよ」


「ど、どういうこと⁈」


「茜自身倦怠期なんて来ないだろ?」


「私は年中無休で歩夢にマックスフルラブラブだけど」


「ネーミングがダサすぎるだろ」


「それ思った」


 思ったんかい。

 思わずツッコみそうになるけど、堪えて別の言葉を紡ぐ。



「それに、俺はちゃんと――茜のこと、好きだから」



 そう言うと、顔を真っ赤にした茜が俺から決して目をそらさず、幸せそうな表情を浮かべて俺をじっと見つめてきた。

 これを見たかったのだ。


「んふふ。歩夢大好きだよぅ!」


 そう言いながら俺に飛びついてくる茜。

 色々と柔らかいものの感触が生々しく感じられてドキッとしたけど、何とか堪えて茜の背中をポンポンと叩く。


「そんな俺から質問なんだけどさ、お前――熱愛報道が出るの狙ってただろ」


「へっ?」


 幸せの絶頂な時、俺はずっと思っていたことを口にした。

 あの時の茜の態度や、珍しく余裕な感じからどこかそうではないのかと思っていたのだ。


 茜はあまりのも意表を突かれたのか、驚いた表情で固まってしまう。


「わざと人通りの多い道とか通ってたよな? あの時」


「……そ、そんなことないよ?」


 嘘だ。

 だって、嘘をつくときの茜の癖が出ているから。


「嘘をつくとき前髪を触る癖、まだ直ってないんだな?」


「うぐっ! そ、それはち、違うよ?」


「……」


 すかさず無言の圧力。

 もう黒であることは分かりきっているけど、分かることが目的ではない。

 自白させることが目的なのだ。


「……」


「……はぁ、わかった。分かりましたよ! 私は熱愛報道待ってました! はいはい!」


 無言の圧力に耐えきれなくなった茜が遂に本当のことを暴露した。

 わかってたけど。


「ったく……どうしてそんなことを?」


「だ、だってぇ……もし世間に認められればこれからもっとデートできると思ったしぃ……彼氏いること自慢したかったんだよぅ……」


「……アホか」


 予想していたものよりもアホな答えが返ってきた。

 世間の反応によっては仕事に影響が出る可能性だってあったのに……ファンの人をどれだけ信じてるのやら。


「ご、ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに頭を下げる。

 でもちゃっかりと茜の頭が俺の肩に乗っていて、やっぱりブレないなと思う。


「……はぁ、しょうがいなぁ。今回は許す。それに、こういうのは結果論だしな」


「あ、歩夢ぅ……」


 顔を上げて目を輝かせる茜。

 

「お詫びと言っていいのかわかんないけど……私のこと、好きにしていいよ?」


 ベッドを指さしながらそう言う茜。


「百合子さんは今日いないし、絶好のチャンスだよ、歩夢?」


「……あのなぁ」


「あっでも下着替えたいなぁ。これお気に入りじゃないし。歩夢はえっちぃやつがきっと好きだろうし……」


「誤魔化してるのバレバレだぞ。ってか、この話なかったことにしようとするな」


 そう言うと、またさっきの顔をした。

 分かりやすい奴だ。


「そ、そんなことはないよ? 私は歩夢と初めてを――」


「チョップ」


「いたっ!」


 すかさず手刀をお見舞いしてやる。

 暴走を始めた茜に対する罰である。


「調子に乗るな」


「むぅ~私は真剣に歩夢との将来を~……」


「ほんと、俺がその気になったらどうすんだよ」


「ウェルカム」


「ウェルカムじゃねぇ」


 もう一度手刀をくらわせようかと思ったがやめておく。

 あれは実は、する側も痛いのだ。


「あぁいうのは順序を踏んで――」



「あんなに私に熱いキスをしてきたくせにぃ~」



「うっ……」


 それを言われては正直キツイ。

 俺は目をそらして、茜と目を合わせないようにした。


「もういっていい段階だと思いません?」


「……」


「さぁさぁ」


 止まらない茜。

 言葉ではもう何も言えないと分かった俺は、意を決して立ち上がった。


「ん?」


 きょとんとした表情を浮かべる茜を無言でベッドに押し倒す。

 ベッドが軋む音がした。

 茜のさらさらした髪の毛がベッドに広がる。


 俺は茜の上に覆いかぶさるようにして、茜のことをじっと見た。


「あ、歩夢……?」


 俺をこうさせたのは、全部茜のせいだ。

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