第25話 安っぽい蛍光灯で、最高級の時間を
「いやぁーマジで歩いたな。運動不足には厳しい戦いであった……」
「戦い⁈ 歩夢の中ではデートがそんな認識に⁈」
「あそこどう見たって戦場だろうが」
「普通にただの楽しい場所だと思うけど……」
茜がまだ開けていないココアの缶を手の上で転がしながらそう言う。
俺はその隣に座って憔悴していた。半端なく疲れた。
俺たちが今訪れているのは、家の近くの公園。
俺と茜が放課後に待ち合わせしている公園である。
すっかりと日は暮れてしまって、蛍光灯の安い明かりだけが俺たちを照らしていた。
「それにしても、久しぶりにこんなに遊んだなぁ~」
「だな。俺も最近家に引きこもって勉強しがちだったから、ちょうどいい気晴らしになったわ」
「それはよかった。あと、家で気晴らしがしたいならぜひ私を呼ぶといいよ」
自信に満ち溢れた顔でそう言う茜。
どうやら「私なら歩夢の気晴らしいくらい余裕でできるよ」と言いたいらしい。
間違いなく、気晴らしになるとは思うけど、そのまま永遠と気晴らししそうな気もするけど。
「まぁ、そうさせてもらおうかな」
「うん! えへへ~」
結局茜は甘えたいだけなんだろうなぁなんて思いながらも、それに目を瞑る俺。
やはり欲には抗えない。
「そういえばさ、茜は役者したいのか?」
思い出したように、というよりはずっと頭の中にあったことをようやく言えた感じ。
茜は返事をする前に、ココアの缶のプルタブを起こした。
「してみたいよ、ずっと前からしてみたいと思ってた」
「……そうか」
やはりか。
だって茜は昔、夢はモデルではなく――女優だったから。
「実は、私に映画のオファーが来てて……」
その言葉に思わず立ち上がってしまう。
「マジか! それはすげぇな! マジですげぇよ!」
「んふふ、ありがと」
興奮が止まらない。
俺の幼馴染は、二つ目の夢を叶えようとしているのだから。
夢はいくら持ったっていい。そして何度も叶えたっていい。
茜は夢をたくさん持つ。
だって夢は、いくら持ったっていいのだから。
だけどあいつは大きな夢を、二つも叶えようとしているのだ。ほんとにすごい。
「主演とかじゃないんだけど、それなりにセリフもあって……」
「そっか。ほんと、良かったな。頑張れよ」
「……実は、まだその返事してないの」
「……えっ?」
茜は視線を手元の缶から離さず、心底悩んでいる様子だった。
「もし私がこのオファーを受けたら、きっとこれまで以上に忙しくなる。今よりももっと、歩夢とイチャイチャできなくなるかもしれない」
「……」
そうか。茜はこのことを気にしていたのだ。
ただ自分のやりたいことに従うのではなく、二人の問題として扱ってくれている。
決定を俺にも委ねてくれる。こんなにも嬉しいことはない。
だけど、俺の答えはもう決まっていた。
「受けて来いよ、そのオファー」
「えっ?」
「映画、出て来いよ。今よりもっと会えなくなっても、一回一回の会う時間の密度を上げればいいだけの話だ。それに……俺たちは約四年も会ってなかったのに、心は通ってたんだぜ? ちょっとくらい全然平気だ」
「……やっぱり、歩夢は歩夢だね」
――茜がそう言った刹那、俺の頬に柔らかい感触が伝わった。
それが茜の唇だと気づくのには時間がかかって、気づくまで茜は俺の頬に唇を寄せていた。
ゆっくりと茜が唇を離していく。
そして一瞬照れたようにそっぽを向いた後、いたづらをした子供のようににっと笑って見せた。
「やっぱり歩夢は私の彼氏で、幼馴染なんだね」
「……な、何を当たり前のことを……」
「当たり前のことが幸せだと気づけたときが、私は一番幸せだと思うよ」
「……」
何も言い返せるわけがない。
俺は茜の次の言葉を待つしかなかった。
「受けるよ、映画のオファー。自分のできること、探してくる」
「……おう」
茜は立ち上がって、ココアを一気に飲み干した。
そして空き缶を狙いすましてゴミ箱にシュート。
見事な放物線を描いて、空き缶はゴミ箱に収まった。
「歩夢は、さ。やりたいこと、しないの?」
その言葉が、俺の胸の奥深くに突き刺さる。
やりたいこと……。
それは確かに、昔俺の中にあった――
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今回は一話に盛り沢山な内容でした。
加えていつもよりサブタイトルをおしゃれにしていて、気合が入っていることが分かると思います。
そうです、ようやくこの物語、動いていきます。今ようやく、序章が終わったみたいな感じです。
きっと、甘い二人のラブコメだけではなくなるでしょう。衝突もすれ違いも、きっと起こると思います。
だけどその先に待つハッピーエンドを描くために、私はこの先もこの物語を書いていこうと思います。
だからどうか、この物語の登場人物たちの行く末をこれからも見ていただけたらなと思います。
よし、書くか。
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