第26話 遠いあの日、もうすでにいない
「これ面白いよ歩夢君! プロの作家さんみたい!」
「そ、そうか? ま、まぁそれなりに自信はあったからな。当然だ」
「んふふ~ほんと面白かった」
それはまだ俺たちが異性としてお互いを意識する前の、幼い頃の話。
確か小学校四年生くらいだったか。俺と茜はいつものように家で遊んでいた。
だけど今日はいつものようにゲームするのではなく、俺が書いた物語を読んでもらっていた。
「こんな面白い物語をタダで読めるなんて、幼馴染は得だなぁ」
「褒め過ぎだって。さすがにそろそろ恥ずかしい……」
「だって事実なんだもん。ほんとに、面白いよ」
俺の物語が綴られた自由帳をぎゅっと抱きしめる茜。
その姿に「やれやれ」という表情を浮かべながらも、内心は天にも昇る気持ちだった。
「歩夢君はさ、将来プロの小説家になるの?」
そう聞かれるが、即答できない。
なぜならそんなこと考えたことがなかったから。
「どうだろう……考えたこともなかった。その物語だって、茜ちゃんのために書いたやつだし」
「歩夢君なら絶対なれるって! カッコいいなぁ、プロの小説家」
この頃から意識していなかったとはいえ、『好き』に似た感情を茜に抱いていた俺はその言葉に反応してしまって。
やけくそに近い形で言葉を言い放っていた。
「なってやるよ、プロの小説家」
そう言うと、茜はぱーっと顔いっぱいにひまわりみたいに元気な花を咲かせた。
その花の名前は、笑顔という。
「ほんとに? それは楽しみ!」
「おう」
この笑顔が昔から好きだ。
この笑顔を見るためならどんなことだってできる気がする。
「私は女優になりたいからさ、もし歩夢君の小説が映画になって、私が出れたら幸せだろうなぁ」
「大丈夫だよ、きっと実現する。実現させてみせる!」
「んふふ。だね!」
そんな約束よりももっと結束力の低い未来への願い。
だけどそれは、俺の手でいつしか叶うことのない夢になっていた。
「あっ」
たまたま見つけた、ネット小説のページ。
俺はこれを見つけた瞬間、これしかないと思った。
すぐに執筆を始めた。朝起きたら登校のギリギリまで書いて、学校でも休み時間に話の流れを考えて。帰ってきたら茜ちゃんと遊んで、その後に夜遅くまで書いて。
そうやってできた小説を、俺は自信満々にネットに投稿した。
茜ちゃんに見せるのは、これが本になってからにしよう。
そんなことを漠然に思いながら、小説を書く日々を過ごす中、ある日それは唐突に終わりを迎えた。
「あっ、感想来てる! やった!」
初めてきた感想。
俺はどんな風にこの作品を絶賛するコメントだろうと期待しながら赤文字をクリックした。
しかし、
『はっきり言って、つまらない。作者がつまらない作品を自信満々に書いてる姿が容易に想像できる。こんな駄作見たことがない。こんな独りよがりな作品を投稿しないで欲しい。自分一人で楽しんでくれ。一生読まない』
この感想を見て、小四の俺の心が折れるのは当然のことで。
俺は小説を書くのはやめた。
確かこの頃だった気がする。
茜が、女優になりたいと言わなくなったのは――
***
「俺は……小説が、書きたかった。小説家になりたかった」
気づけば俺は、茜にそんなことを言っていた。
たぶん昔のことを思い出して、思わず言ってしまったのだろう。
あの夢にも似た憧れが実現すればいいと、心底思ったから。
「だけど、俺の心は折れちまったんだ。全く、情けない。それで俺は、勉強に逃げた」
「……」
茜の前で、決して弱音は吐かないと決めていた。
だけど、俺の弱音は出始めたら止まらなく、俺は手で顔を抑えた。
「俺は知ってる。なんでいつしか茜が女優になりたいと言わなくなったのか」
気づいてないふりをして、でもどこか気づいていた。
だって茜は――優しいから。
「俺に気を遣ってくれたんだろ? 小説を書くのをやめた俺だけが取り残されないように。あの願望から、置いていかれないように」
その言葉に、茜は頷いたりもしない。
「ありがとな。だけど、もういいんだ。置いていくなんて思わなくていい。そもそもあの日から俺は――あそこにはいなかった」
そう言って、俺は唇を噛んだ。
こんなこと、ほんとは言いたくなかったから。
すると茜は、俺の手を優しく包み込むように、手を繋いできた。
そして確かに、言うのだった。
「歩夢の……大バカ野郎!」
その言葉に、俺は「へっ?」と言うアホ面を浮かべるしかなかった。
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