第17話 二人の親友のラブコメは
氷見との帰り道。
何となくお互いにまだ話をするだろうなと思ってて、散歩みたいに遠回りで家に向かう。
と言っても、俺にとっては真逆の方向だが、時には息抜きも必要だと思うし、こうして二人で話す機会もそう多いわけではないから。
だから俺は暗黙の了解で、氷見の隣を歩いていた。
「いやぁほんとに、歩夢にあんなに可愛い彼女いたんだねぇ」
「その言い方だと、今まで俺の痛い妄想だと思ってたってことになるけど、それはマジ?」
「さぁ?」
眉を上げて誤魔化す氷見。
真相は彼女のみが知る、というところだろうか。
でも、いつものからかいだとは思うけど。
「私、ほんと嬉しいよ。あんなに素敵な彼女が歩夢にできて」
「……そりゃどうも」
「……私も、頑張ろうと思った」
突然氷見はそう言った。
茜という普段は関わることのない人間と関わったことで、氷見の中で何かが変わったのだろう。
何はともあれ、氷見がよかったのなら呼んだ意味があった。
「あいつは、なかなか強敵だからなぁ」
「そりゃ、半年以上ずっといるのにわからないくらいに鈍感な奴だからねぇ」
「そうだな」
「……だから、もう待つのはやめたよ。茜さんの言う通り、積極的になってみる」
「……そうか」
茜のアドバイスはなかなかに感覚的で、正直俺にとっては何のこっちゃだったのだが。
氷見には伝わるものがあったようだ。
氷見は拳をぎゅっと握って、胸にそっと置いた。
「いい意味で気を遣わない。欲望に忠実に……よしっ! ばっちり!」
「……ぷっ」
純朴な氷見の姿に、思わず笑ってしまった。
「い、今笑うところ⁈」
「いやなんつーかさ、こういうのいいなって」
「……全く意味が分からないよ」
「そりゃ、完全にただの直感で思っただけだからな。それに、これを表現できる語彙力がない」
「全国屈指の頭脳の持ち主がそう言うんだから、ほんとに無理なんだろうね。おっかし」
今度は氷見まで笑い始めた。
それにつられて俺ももう一度吹き出した。
しばらくの間意味もなく、理由も特になく俺たちは笑っていた。
なんだか最近、こういうことが多い気がする。
幸せなことだ。
「まぁ大丈夫だ。氷見なら、あいつなんて簡単に落とせるよ」
「えへへ、そうかな?」
「あぁ、間違いない。親友の俺が保証する」
立ち止まって、氷見に向かって右手を差し出した。
少し気恥ずかしいが、こういう時にすべきだろうと前々から思っていたのだ。
「……そっか。なら安心だ」
ノリがいい氷見は予想通り俺の手を握ってきた。
青春感が、ラムネのように爽やかに落ちていく。
俺はそれを感じながら、二人の親友の恋路を密かに見守ることにしたのだった。
***
「――それで、従妹の子供が生まれてさ、俺おじさんになっちまったよ」
「大丈夫大丈夫。似合う似合う」
「すげぇ嬉しくねぇんだけど……」
そんな会話をしていると、いつものように氷見が俺たちの席にやってきた。
だけど、いつもよりも俺たちの席にやってくる氷見への視線が鋭い気がする。
俺と正弘が同時に顔を上げると、そこにはいつもと違った氷見の姿があった。
「ん? どうしたの?」
「いや、どうしたって……なぁ?」
「……髪型、変えたんだな」
「あっ分かる? 今日は気分がよくってね?」
ちらりと俺の方に視線をやる氷見。
なるほど。やはり昨日のことが氷見にとって刺激になったようだ。
そのまま視線を正弘にやる。
すると「うんうん」と頷いた正弘が言った。
「氷見はポニーテールも似合うのな。ってか、いつもと印象がらりと変わってびっくりだわ。可愛くなりすぎ。さすが、俺の……いや、俺たちの氷見だな!」
あくまでもいつも通りの正弘の発言。
が、しかし。昨日のことで余計に正弘のことを意識してしまっていた氷見にはクリティカルヒットだったようで……。
「……そ、そんなダイレクトに言わないでよ……ばかぁ」
すぐさま顔を隠して、そっぽを向いてしまう氷見。
――あぁもったいない。
せっかく正弘が、珍しく顔を真っ赤にして見惚れていたのに。
「はぁ」
この二人の親友のラブコメは、まだまだ続きそうだ。
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