第16話 夫婦漫才と真剣
ある日の放課後。
氷見のために呼びたかった人はなかなかに多忙で時間が取れなかったのだが、たまたま空いてる時があったので俺たちのホーム、ファミレスに来てもらっていた。
その人物とは、言うまでもなく……。
「ほ、本物だ……」
「本物だよ。ってか今日でそれ何回目」
「四回目」
「数えるほどの冷静さは持ち合わせてるのね。さすが学級委員」
俺と氷見の真正面に茜と茜のマネージャーさんが座っている。
どうやらこの後に仕事があるらしく、そのまま行きたいのでマネージャーさんも来ていたのだ。
それと、歴戦の強者感があったので助言をもらいたいなと思ったのだ。
「どうも初めまして、明理川茜です。私の夫がお世話になってます」
結婚挨拶をしに来た人かのように丁寧にお辞儀をする茜。
今は仕事用の、教科書通りの微笑みを浮かべている。
「おい夫じゃないぞ? いや、行く行くは夫になるけど」
「あらやだあなたったら……他の人がいるんですよ?」
「敬語気持ちわりぃな」
「ただの悪口ぶっこまれた⁈」
ふと、残りの二人が置いてきぼりになっているのが分かった。
いつもの調子で言ったらこのまま後二時間はいきそうなので、話を戻すために咳ばらいをする。
すると氷見が、
「……歩夢が堂々とイチャイチャしてる」
「普段からそうやって公衆の面前でイチャイチャしないでくださいよ? ある程度は仕方がないですけど」
「「……ごめんなさい」」
これから場所も考えずにリミッターを解除するのは控えよう。
話を戻して、本題に入ることにした。
「それで、この氷――」
「ちょっと待って」
俺の口を手で軽く抑えた氷見。
俺を見る眼差しには真剣さが確かにあって、俺は口をつぐんだ。
「茜さんみたいに好きな人に対して積極的になれる方法が知りたいんです。教えてもらえませんか?」
自分でしっかり言うあたり、やはり氷見らしい。
茜はふふっと笑って答えた。
「私がそんなちゃんとしたアドバイスできるかわからないけど、いいよ」
「ほ、ほんとですか⁈ ありがとうございます!」
「私は、恋する乙女の味方なのよ」
えっへんと胸を張る茜。
横でマネージャーさんは微笑まし気にそんな茜の姿を見ていた。
「そういうわけらしいから、氷見。いいアドバイス期待しといてくれ」
「ちょっと歩夢⁈ そうやって私のハードルを上げて、私をいじめて楽しい?」
「楽しい」
「このド変態野郎! 私の下着を洗濯するときに、見ないようにしてるけどちょっとちらちら見てたこと二人に言うぞ!」
「ちょっ、お前見てねぇから! ってかそれもう言ってんじゃねーか!」
「歩夢のばーかばーか!」
「……くそう……」
茜に言い負けた感じがして悔しがってると、またしてもふとため息をつく二人の姿が目に入った。
氷見は「またかよ……」と呟きながら、頭を押さえている。
……またやってしまった。
「んんっ! 茜、アドバイス頼んだ」
「んえ? あ、あぁうん」
茜も今ようやく気付いたようで。頬を少し赤くしながら咳ばらいをした。
そして今日の主役である氷見の方に体を向ける。
「積極的になる方法って、正直ないと思うの」
「……そうなんですか」
少し落ち込んだように肩を落とす氷見。
だが、
「だけど、私が歩夢と関わる上で意識してることはある」
「意識してること……」
「そう。それは——気を遣わないこと」
「えっ⁈」
俺も茜の言葉に思わず「えっ?」と返してしまいそうになった。
俺は意識的に気を遣われていないのか。
「と言っても、遣わないといけないところは遣う。けど、そんなんじゃ相手の奥深くにはいけないんだよ。だからそこに行くために、時には図々しく、自分の欲望に忠実になった方がいい」
「……なるほど」
「だから、何も考えずにその人に対して行動を起こしてみるといいよ。何でも考えればいいってわけじゃないと私は思うから」
「……そうですね。ありがとうございます。なんだか、モヤモヤが晴れた気がします」
澄み切った表情を浮かべる氷見。
相談前よりも確実に表情がよくなっていた。
「んふふ。頑張って!」
「はい!」
茜と氷見は二人して顔を見合わせて笑っていた。
俺は茜のマネージャーさんと視線で「よかったですね」という会話をし、マネージャーさんは立ち上がった。
「じゃあそろそろ仕事なので、ここらへんで失礼します」
「あっはい。茜のこと、よろしくお願いします」
「はい。任されました」
にこやかな表情でそう返す茜のマネージャーさん。
やっぱりこの人も美人だ。
「じゃあ歩夢。少しの間だけど、私の枕を私だと思って寂しさを紛らわしてね」
「んなことしねーわ」
「氷見さん。これからも歩夢のこと、よろしくお願いします」
今度はふざけとか一切なしで、ぺこりとお辞儀をする茜。
慌てて氷見も立ち上がって、お辞儀を返した。
「こちらこそ、歩夢のことよろしくお願いします」
「ドーンとこい!」
「……なんだこの挨拶合戦。新年の親戚の集まりかよ」
俺はそんな悪態をつきつつ、店を出ていく二人を見送った。
そして残った俺と氷見。
「帰ろっか」
「そうだな」
結局茜たちに続いて、俺たちもファミレスを出た。
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