第11話 マネージャー来訪

 休日。

 

 今日は茜が東京の方で仕事があるので、マネージャーさんが家まで迎えに来てくれるらしい。 

 さすが大人気モデルだなぁと感心していると、膨れっ面の茜が俺のことをじーっと見ていた。


「歩夢も一緒に東京にくればいいのに……」


「社会科見学じゃないんだから。それに茜の仕事の邪魔になっちゃうだろ?」


「いやいや、むしろ俄然やる気が出るんだけどなぁ」


「ダメだ。そういうところはしっかりしようぜ? な?」


「むぅ~。私たち恋人なのに~」


 その言葉には正直弱い。

 そう言われてしまったら、何でもしてあげたくなる。 

 だがここは俺が大人になって我慢だ。


「むぅ~」


 だけど茜の不機嫌は直らなそうである。

 これは困った。


 壁にかけられた時計を確認する。

 現在九時。確かマネージャーさんは十時に来ると言っていたので、まだ一時間ほどある。

 ここはサービスしてやろうと、腹をくくった。


「しょうがないなぁ……今、存分に甘えていいぞ」


「……マジ?」


「マジ」


 餌をもらう前の犬みたいに目を輝かせて、尻尾を振る茜。

 こいつほどわかりやすい人はいないと思う。

 ……なんだかほんとに犬に見えてきた。


「ベッドに押し倒すのは……アリ?」


「そんな真顔で言わないでくれます? ってか楽しんでるよなお前」


「私は至って真剣に言ってるんだけどなぁ」


「だったらもっと問題だ」

 

 軽く茜の頭に手刀を入れる。

 最近頭がぶっ飛び始めた幼馴染にお仕置きである。


「いて。DV男だ~」


「これはれっきとしたしつけだ」


「……なんか私犬みたいじゃん」


「ようやく気付いたか。そうだ、犬だ」


「うがぁぁぁぁ‼」


 俺の頭をくしゃくしゃにしてくる茜。

 別にくしゃくしゃにされてもいいかなと思って、無抵抗でくしゃくしゃ攻撃を受ける。

 それが気に食わなかったのか、さらに膨れっ面になった茜が俺の頬を引っ張ってきた。


「もう倦怠期に入ったの?」


「なわけあるか。いつもこんな感じだろ?」


「いつもはもっと……なんていうか、好き好きオーラが出てたと思うんだよね」


「なんだその頭悪そうなオーラ。俺出してたかな?」


「もうバンバン出してましたよ。誘ってんじゃん!」


「そのネタ知ってる人、たぶんあんまりいないぞ……」


 サッカーのある意味名言なのだが、詳しい詳細はグー〇ルへ。

 

『ピンポーン』


 不意にインターホンがなる。

 母さんは今パートに出ているので俺たちしかおらず、俺が出た。


「はい」


『茜のマネージャーの樋ノ口です。お迎えに来ました』


「は、はい。今出ます」


 目を擦って、もう一度時計を見る。

 まだ十時どころか九時半すら回っておらず、不審に思う。

 だけど茜が言っていたマネージャーの名前だし、早めについたってことなのだろう。


 ソファーでぐだーっとなっている幼馴染に視線を向ける。


「なんかマネージャーさん来たっぽい」


「えぇ⁈ は、早くない⁈」


「まっ、とりあえず出るか」


「えぇ~まだ歩夢とイチャイチャしてたいんだけど~‼ やだぁ~‼」


 子供のように駄々をこねる茜を無理やり抱き起して、外に連れ出す。

 するとそこには、スーツをビシッと着こなした、いかにも仕事できる人! みたいな人が背筋をピンと伸ばして立っていた。


「初めまして、八朔歩夢(はっさくあゆむ)さん。茜がお世話になってます」


 一挙一動が洗練されていて、俺は思わず背筋を伸ばした。


「いえいえ、こちらこそお世話になってます」


「……何私子供? 子供扱いされてない?」


 不満そうにそう言う茜を横目に、マネージャーさんが会話を続ける。


「早めに来たのは理由があってですね……」


「は、はい……」


 何やら緊張感が漂ってきた。

 俺は思わず拳をぎゅっと握って、死の宣告を受けるばりに覚悟を決めた。



「私と、少しお話しませんか?」



「へっ?」


 力んでいた分、めちゃくちゃアホな声が出てしまった。

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