第2話 言い忘れたっていうレベルじゃない

「うわぁ~美味しそう!」


「それはよかったわぁ~。茜ちゃんが来るって聞いて、お母さん頑張っちゃった☆」


「……はぁ」


 食卓に並べられている、いつもより豪勢な食事を見ながらため息をつく。

 隣の席に座る茜はばくばく食べているのだが、俺はさっきから一口も食べれていなかった。


「ちょっと歩夢どうしたの? ため息なんかついちゃって。幸せが逃げるぞ~」


「逃げちゃいねぇよ。逃げちゃいないんだけどさ……とりあえず、しれっと俺の家で食事してるところからツッコみを入れたいんだけど」


「私が歩夢の家でご飯を食べるのは普通。むしろ歩夢の家は私の家」


「……そうなんですか?」


 目の前で年甲斐もなく若々しい笑みを浮かべている母親に視線を向ける。

 茜が来てから実に楽しそうである。


「そうねぇ~……もう茜ちゃんは私の子供みたいなところあるし、無罪!」


「おい母さん!」


「ふふふ~すでに百合さんは私の手の中にあるってもんよ……」


「恐ろしい仲の良さ……」


 母さんと茜は幼い頃から母親と娘のように仲が良かった。

 茜の家は基本的に両親が仕事でおらず、よくうちに来ていたのでその影響だろう。


 だが時にこの女だけの同盟に痛い目を……。


「全く……歩夢は、私が帰ってきて嬉しくないの?」


「……う、嬉しいに決まってんだろ」


「……歩夢ってほんと、私のこと大好きだなぁ」


「……うっせ」


 やけくそでから揚げを口に放り込む。

 うまい。


 ちなみにこういう会話をしているとき、母さんは「あらあら~」と言いたげに俺たちをじっと見つめていた。

 

「孫ができるのも、時間の問題かしらね?」


「そういう話を本人たちの前でするんじゃない!」


「……えへへ~」


 おい茜。そのまんざらでもないような顔やめろ。

 全く、茜はどこも変わってない。


 だけど俺はやはり四年ぶりの再会とあって、どこか緊張している。

 ふと、テレビから流れるコマーシャルが目に入った。


「あっ」


 茜が出ていた。

 気持ちのいい汗をかいて、スポーツドリンクを一気にぐびっと飲む、ただそれだけのコマーシャル。


 隣を見れば、本人が美味しそうにから揚げを頬張っている。



「やっぱりお前、大人気モデルになったんだな」



 気づけば俺は、そう呟いていた。


「なりましたとも」


「……そうか」


「だから私は――帰ってきたんだよ?」


 その言葉の意味を俺は知っている。

 あの日交わした、もう一つの約束。

 それを茜は果たしたのだ。


「俺も、順調に進んでる」


「……そっか。嬉しい」


 視線が合って、でも照れくさくなって二人してそらす。

 そんな俺たちの様子を見ていた母さんが一言。


「なんか……付き合いたてのカップルみたいねぇ」


「「っ……‼」」


 さらに恥ずかしくなる俺たち。

 視線を下げてて見えないけど、たぶん母さんは「してやったり!」という顔をしていたと思う。


 ほんと、からかい上手の百合子さんすぎる。


『ピンポーン』


「はいはーい」


 インターホンが鳴る。

 母さんが玄関に向かったのを確認してから「ふはぁー」と一気に脱力する。


「茜ちゃんー例のやつ来たわよ~」


「おっ、ようやく到着か。今行きます~!」


「……」


 一人取り残された俺。

 正直、例のものが気になって仕方がない。


 そのため俺も玄関に向かう。

 するとそこには――大量の段ボールがあった。


「やったーこれで私の部屋が作れるっ!」


 ……。


 ……。


 チョマテヨ。


「あっそういえば言い忘れてたけど、茜ちゃん今日からこの家に住むから」


 ……。


「そんな大事なこと言い忘れるんじゃねぇッ!」


 人生最大の、綺麗なツッコみだった。


 

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