第3話 寂しさの呟き
「これをそっちにつけて……ちょっとそこ押さえててくれない?」
「あいあい」
「それでここをこうして……おっけい」
「ふぅ」
夕食を食べ終えてゴロゴロタイム……とはいかず、茜と二人で先ほど届いたものの一つであるベッドを組み立てていた。
組み立て式ベッドはなかなか根性がいるもので、めんどくさい。
「あとはマットレスをここに……ポイ。歩夢シーツとって~」
「ほいよ」
「ありがと。それで布団に枕を持ってくれば……完成!」
「……や、やっとか」
ようやく完成したベッド。
だがまだ部屋には組み立てられていない家具がたくさんあって、正直見たくもない。
完成したベッドに飛び込む茜。
トランポリンで遊ぶ子供並みのはしゃぎようである。
「うひゃーふかふか! こりゃいい夜が過ごせそうだなぁ」
「それはよかった。あとは茜一人でできるだ――」
「か弱い女の子一人じゃ絶対に無理だなぁ~危ないなぁ~?」
「……わかったわかった。手伝いますよ」
大人気モデルになった茜の上目遣いは強力だ。
何かを頼まれたら迷わずイェスと答えてしまいそうだ。
ひとまず休憩としてどこかに腰を掛けようとしていると、茜が自分が寝っ転がっている隣をぽんぽんと叩いた。
そして俺の方に笑みを向けてくる。
「一緒に休憩しよ?」
「……さすがにベッドはなぁ」
「何? えっちなことでも想像してるの?」
「⁈ ち、ちげぇから! そのベッド新品だし! ちょっと俺汗かいちゃったからさすがに悪いかなぁって思っただけだから⁈」
嘘である。
バキバキに考えていた。
だって夕食のときに孫の話なんてするから。
普段の俺だったら絶対に想像なんてしなかった。いやほんとに。
「今もう十月で、ほとんど冬なんだから汗あんまかかないでしょ。見苦しい言い訳だったねぇ」
「……新陳代謝がいいんだよ、俺は」
「ふーん、それは知らなかった。歩夢が新陳代謝がいいことはよくわかったから、早く来て欲しいなぁ?」
「……はぁ、分かりましたよ分かりましたよ」
渋々、ほんとに渋々俺は茜が寝転がる隣に腰を掛けた。
マットレスが軋む音がした。
「……歩夢。私、帰ってきたよ」
茜が突然そう言う。
声音は実に静かで、段ボールだらけの部屋に転がっていく。
「あぁ」
「私、約束を果たすために帰ってきたよ」
「……うん」
「約束、覚えてる?」
「当たり前だろ? 俺が忘れるわけが――」
言葉を言おうとしたとき、茜に後ろから抱き着かれた。
あくまでも寝転がったまま、顔を俺の背中で埋めるように。
「大きくなったら、結婚する。私たち、もう大きくなったよね」
「……」
もしかして茜は、寂しかったんじゃないか?
そう思うほどに、今の茜は俺に甘えていた。
「お前、寂しかったのか?」
「……うん。でも連絡は取らなかった。だってこれも……私たちがした約束だもんね」
あの日交わしたもう一つの約束。
茜がモデルとして成功するまで。
そして俺は、全国トップクラスの学力まで連絡を取らない。
そんな約束。
だけど俺たちは努力を重ね、茜は若者の間で大人気のモデルになり。
俺は全国模試で一桁常連になった。
だからもう、俺たちを隔てる壁はない。
「だけどやっぱり、寂しかったよ」
「……俺もだ」
本心がこぼれる。
俺だって、寂しかったのだ。
周りが恋人を作って幸せな時間を過ごす中、ひたすら約束を信じて前に進んできた。
周りが羨ましいと思ったことは、正直何度もある。
けど今この瞬間を、今の俺が迎えられたのだからもうどうでもいいと思った。
「ここからさ、二人の約束を果たしていこうね」
「あぁ、そうだな」
その後、しばらくの間茜は俺の背中に抱きついていた。
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