奪い合い

 部屋のドアが開く音で目が覚めると、1人の大人が台に乗せてある食事を持ってきたのが見えた。


 そのメニューはハンバーグとかチキンライスが白いプレートに盛られているお子さまランチ。


 だけど、それには違和感があった。


 部屋に居るのは10人。それに対して、台の上にあるお子さまランチの数は5つ。


 まるで、2人で1つを分けて食べろとでも言うように。


「これは1人1つの皿を食べるように。決して、分け合って食べたりしたらいけない。そこのカメラで見ているから、そんな子が居たら今度はその2人の分の食事はないと思うように」


 そう言って、大人は部屋の隅の上にある監視カメラを指差し、台を置いて部屋を出た。


 これが意味するものは何か。考えるまでもない。今出ていった男は、10人で5つしかない食事を奪い合えと言っているのだ。


 男が出ていった後、最初は誰も動かなかった。


 しかし、1人の少年が実験の影響で尋常ならざる疲労感を感じているだろうにも関わらず立ち上がり、ドアの隣に置いてある台に近づいていく。


 それはもはや、あの実験に耐えれた者だけが食事を取ることができた勝者であり、耐えることができずに動けなくなった者は食べることすら許されない敗者に分かれている。


 俺も動けるうちに食べようと思い、台に向かっていきお子さまランチを取る。すると、後ろから強く感情のこもった視線を感じた。


 その視線の主を後ろを振り向いて確認する勇気は、その時の俺には無かった。


 すぐに察したからだ。


 この視線は、この部屋に居る食事を持っていない子供全員からのもの。


 襲いかかる体力が無いものは、こうして威圧感を出してくる。


『よこせ』『食べさせろ』『ひもじい』。


 そんな声が口を開かなくても発せられているような錯覚を覚える。これは耳を塞いでも意味はない。


 その視線に耐えて気づかないふりをしながら定位置に戻り、スプーンでチキンライスをすくって食べ初める。


 口に含んでも、喉を通らないが無理矢理噛んで飲み込む。


 空腹ではあるが、体が威圧感に負けてしまう。


 俺と同じ状況で平然と食事ができているように見えたのは、ここに来る前から顔が傷だらけでボロボロだった、肩まで少し赤い黒髪を伸ばしていた少年だった。


 その子からは何があっても、泥水や床に落ちた残飯ざんぱんを食べてでも生きるという覚悟を感じた。


 それを見て、少しだけ気が楽になった。


 彼がそう覚悟したということは、そう言う状況にあると言うことだ。だから、これは仕方がないことなんだ。


 俺が他の子に食料を分けられないのは、そう言う状況にあるからだ。俺はそれに巻き込まれたんだ。だから、俺は悪くない。


 自分をそう正当化しながら食べるお子さまランチは、何の味もしなかった。



 1時間後に大人が台を回収していき、しばらくして部屋を消灯した。


 つまり、もう寝る時間だと言うことだろう。


 俺は目を閉じ、そのまま眠りについた。


 これで、この部屋での初日は終了。


 2日目に目が覚めた時、俺は最悪な状況になっていることに気づかずにいた。



 ーーーーー



 研究施設での2日目。


 目が覚めると、俺は身動きが取れない状況になっていた。


 手を後ろで何かにしばられており、立つことができない。


「起きたか?寝坊助ねぼすけ


 後ろから声が聞こえてくれば、頭を動かして見ようとする。俺の後ろに居たのは、昨日見ていた柄が悪そうな少年だった。


「これ、どういう状況かな?」


「俺たちは今、ドアから最も遠い場所で腕を服の袖を使ってしばられている。そして、明かりがついたと言うことは、いつかはめしの時間になるだろ。つまり……」


「昨日、真っ先にご飯を食べたボクらにご飯を食べさせないようにしたってことだね。少しでも競争相手を減らすために、こんなことを」


 この部屋に居る子供はバカではないらしい。


 極限状態での10人くらいのサバイバル小説を読んだことがあるが、似たような状況があった気がする。


 食料が少なくなっていき、それを2、3人で独占するために他の生存者を身動き取れないようにする。


 確か、あの小説の中では刃物で手や足を切りつけていたような気がする。そして、最終的には疑心暗鬼におちいった生存者は全員…。


 俺と少年以外の8人は、俺たちを居ないもの扱いするように、空腹をまぎらわせるように遊んでいる。


 それを見て、ある違和感を覚えた。


「えっ……8人?」


「どうした?」


「あ、いや……その……。どうして、ボクら2人だけが縛られたのかと思ったんだ。昨日用意された食事は5人分。他にも3人食べているはずなのに、どうして他の子は何もされていないのかなって……」


 少年は急に黙り混み、舌打ちをした。


「これは、俺たちはグループを作るための材料にされたみたいだな。その3人のうちの誰か、それか3人全員によぉ……」


「グループ……そうか、そう言うことか」


 その誰か、もしくは3人はこの部屋のリーダーになるつもりだ。


 幼稚園児や保育園児でもわかること。


 それは、こいつに逆らったらダメだと言う者には大人しく従った方が良いと言うこと。


 リーダーとなるつもりの人物の目的は、この部屋に補給される5人分の食料の1つを、常に安全に争うことなく確保することだと思う。


 だから、そいつが動くとすれば、それは研究員が食事を運んでくる時だ。


 おそらく、作戦はこうだ。


 身動きが取れない俺と後ろの彼が確保できるはずだった食料を昨日何も食べれなかった5人の中から2人を選んで与えること。そして、文字通りのえさを与えられた者は与えた者の下僕げぼくにならざるおえない。


 次の食事の時間にも食料を確保したいからだ。


 それを数回繰り返せば、必然と部屋の中で絶対の存在となり、リーダーという地位が完成する。


 そうなれば、グループに属さない俺たちに食事が与えられることはもう……。


「そう言えば、名前言ってなかったな。オレは鳳凰院北斗ほうおういん ほくとだ。おまえは?」


「この状況で自己紹介?まぁ、別に良いけど。ボクは最上高太」


「わかった、高太な。はぐされ者同士、仲良くしようぜ?」


「仲良くって言ったって何もできないけどね、鳳凰院くん」


 鳳凰院に苦笑いをすれば、どうやってこの状況を打破するかを考える。


 まずは腕の拘束を解いて……いや、両方の袖を縛られているだけだから、ほどく必要はないのか。


 しかし、様子を見るためにも今は大人しくしておこう。


「高太、おまえは好きなものは先に食べる派か?それとも、最後に残す派?」


「状況によるよ。食に関しては関心がないんだ。それに、選べるような環境になかったから。前菜、汁物、主菜、肉や魚、最後にデザートを出されただけだからね」


うらやましいなぁ、そういうの。俺はおまえとは逆に食い物を与えられたことはなくてよ。自分で用意してきた物ばかりだよ。だから、俺は好きなものから食っていく。いつ食えなくなるかはわからないからなぁ」


「それはそれで自由が合って良いと思うよ、ボクは」


「ハッ、言ってろよ」


 鳳凰院と他愛ない話をしていると、しばらくして例のことが起こた。


 部屋に研究員が入ってきたのだ。


 それも昨日と同じで食事の置いてある台を持ってきてだ。


 しかし、違いはあった。


 そして、その違いはリーダーになろうとしている者の計算を大きく狂わせたことだろう。


 メニューは一緒だ、プレートの上の量も変わっていないように見える。


 その違いとは、5人分だった食料が3人分になっていることだった。


 これでは、グループを作るどころか食料の争奪戦を促進させるだけだ。


 安全も、確実性もない。


 周りを見ると、1人の少年がほかの7人以上に目を見開いて驚いており、それを見て研究員は口の端をつり上げて悪い笑みをしていた。


 後出しじゃんけんになるが、この結果を俺は予測できていた。


 簡単な話だ。


 この部屋には監視カメラが存在し、大人たちはこちらの状況をいつでも確認できる立場にある。ならば、行動すれば思考は推測でも読まれてしまう。


 つまり、時間と体力の無駄と言うことだ。


 それにしても、どうして3食分にしたのかがわからない。


 カメラの映像を見てのペナルティならば、0になってもおかしくはないはずだ。


 初犯だから減らしただけなのか。それとも、ほかに判断基準があるのか……。


 俺が考え込みそうになると、天井からスクリーンが下りてくる。


 そして、画面に映ったシルクハットと黒い仮面を被った見覚えのある人物が映った。


『やぁ、おはよう、060ナンバーの諸君。イイヤツだよ~?今日はみんなに大事な注意をしに来たんだ』


 黒い手袋をしている手を振ってくるイイヤツ。


 それを見て不気味だと思ったのは俺だけではないと信じたい。あの仮面に危険を感じる子供が、俺以外にも存在すると。


「このタイミングで奴が出てくるなんてな。嫌な予感しかしない……」


「……同感だよ、鳳凰院くん」


 俺は鳳凰院と共にイイヤツの映像を見れば、椅子に座って手を組んで膝の上に置いている仮面の紳士は話を始める。


『君たちに、昨日伝え忘れていたことを伝えるよ?本当は君たちが確認すればすぐに済む事なんだけど、わざわざ説明する僕に感謝してね』


 勿体もったいぶりながら皮肉を言っては感謝を要求するイイヤツに、流石の俺でも気分を害される。


『君たちは大きな勘違いをしているようだから、大切なことを教えるよ?僕らは君たちに食事を与えたけど、それは全員にでは無かった。でもね、その部屋以外のある部屋では全員に食事は行き渡っていたんだ』


 全員に食事が行き渡った部屋がある?


 この部屋で10人中5人だったのに対して、全員に。


 何か条件があるとしか思えない。


 条件にそえば、無駄に警戒せずに食事を確保できる。


 しかし、それは一体……。


『その説明をする前に、僕から君たちに質問だ。君たちは、疲れはてて使い物にならない不良品の馬と、疲れてはいるけれどまだ動ける馬、どちらに餌を与えるかな?』


 いきなりのこの質問で、俺は全てを一瞬で察した。


 この研究施設の仮面のリーダーは、合理性を追求する物らしい。


 イイヤツは返答を待たずにすぐに言葉を続ける。


「僕だったら、動けない馬よりも動けてまだ働けそうな可能性がある方に餌を与える。それが比較と言う行為の上に成り立つ差別だ。そう、僕は君たちを差別化したんだ。そして、食事を与える子供と与えない子供に分けた。プレートの後ろを確認することをすすめるよ、全ての答えはそこに書かれている」


 昨日食事ができた3人のうちで、1人の気弱そうな少年が台の上に置かれているプレートを持ち上げ、裏を確認する。


「あおやま……ゆうと……ぼくの名前……!?」


 他の2人もプレートを確認すれば、それぞれに名前が書いてあったみたいだ。


 これで、どうして今回は3人分だったのかの謎は解けた。


『そう、その食事ができる者は既に決まっていたのだよ。君たちが昨日受けた僕らの実験の結果次第でね。ちなみに、最上くんと鳳凰院くんの食事を用意しなかったのは、今の君たちでは食べることができないと判断したからだ。無駄なことはしたくないからねぇ』


 ここまでの話で、俺はイイヤツと言う善人者の皮を被ったゲス野郎への嫌悪以外には何も感じはしなかった。


 この部屋に、いや、この施設に平等は存在しない。


 今の話を聞き、強い衝撃を受けたのは食事ができなかった方の5人の方だ。


 前もって食事を与えるべき者が決まっていたのであれば、それに選ばれなかった者はずっと、今後食事ができないと思ったのだろう、絶望の表情をしている。


『ボクは無価値な子供に用は無いんだ。ボクが使えると思った子には優しくするけど、使えないと思えば切り捨てる。それが今の社会の状態だからね。だから、君たちが今後、僕らに優しくしてもらえるようにするには、実験に耐えて結果を残すしかない。まぁ、せいぜい頑張ってくれたまえ。……期待しているよ?』


 イイヤツは最後に、画面越しに俺を見たような気がした。それが俺の勘違いなのかどうかはわからない。


 しかし、改めてあの仮面のリーダーが恐ろしく思えた。


 昨日、俺を含めた子供たちは何をしたら良いのかわからずに実験を受けた。


 人間を越えるという漠然とした説明以外は何もわからない実験。


 その苦しみはすさまじく、2度と受けたくないと思った者はほとんどだろう。


 しかし、結果を残せばご飯が食べられるという条件をつけることで、その意識は改善される。


 実験に積極的に参加するようになるだろう。


 つまり、イイヤツやここの研究員は子供たちの心を掌握しょうあくしたということだ。


 少なくとも、俺以外の子供の心を。

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