英雄の過去、始まり

 高太side



 30年前。


 ある人工島。後にデスゲーム『デリットアイランド』の会場となる場所に、100人くらいの幼児が集められた。最大で6歳、最年少で1歳の子供たちだった。


 拉致されたのではなく、集められたのだ。


 どうしてそうなったのかは、この10年後にわかることになるが今はやめておこう。


 周りは白い壁に囲まれた大きな部屋で、子供たちは白い病院服を着させられていた。


 誰もその部屋から出ようとは思わなかった。


 ただ、部屋の中に静止するように立ったり座ったりして何かを待っていた。


 今思えば、俺もそうだが、その部屋に居た子どもたちはどこか変だった。


 感情と言うものが無いようだ。


 俺たちは白衣を着た大人に『ここで待っていなさい』と言われ、それに反抗することもなく、ただ待っているだけだったんだ。


 何も知らない。


 恐いという感情がまだ芽生えているかもわからない年頃の子どもたちなのに、大人に歯向かうという選択肢が無かったのだ。


 そして、部屋の扉が開けば、黒い笑った仮面に白いシルクハットを被った白衣の者が、後ろに2人の研究者を引き連れて入ってきた。


「やぁ、みんな初めまして。僕はイイヤツと言うものだ。君たちを親から命の恩人と言っておこうか。よろしくね?」


 子どもたちに両手を振る不思議な仮面の者に、俺は何も感じなかった。


 話し方は友好的だった。声のトーンも高かった。プラスのイメージをさせるための要点を、見た目以外は押さえていた。


 しかし、イイヤツは何も俺に感じさせなかったのだ。


 そして、この笑顔の仮面をした悪魔によって、俺たちは地獄を見てしまうことに、この時の俺たち子ども……後に被験者番号001から100は、気づく余地も無かったのだ。



 ーーーーー



 イイヤツが本当の意味で良い奴であると思うほど、俺はその時素直な性格をしていなかった。


 その場に居た俺たち100人の子供は適当に10人で縦1列ずつに並べさせられ、1人に1つずつ左手にリストバンドをつけさせられた。


 それには001から100の数字が書かれており、俺の左手につけられたのは『066』と書かれていた。


「今から、君たちの名前はそのリストバンドにつけられた番号になるんだ。嫌いな親からつけられた名前なんて呼ばれたくないでしょ~?」


 イイヤツの言葉には反応せず、全員無表情のままだ。


 心がないという言葉が妥当だろうか。俺の場合は元からそうだが、他の子供はわからなかった。


 6つ上の兄は世間一般の普通の幼少期を送り、喜怒哀楽がはっきりしている子供だった。しかし、俺はそれと真逆な子供だ。


 何にも興味がなく、我が儘を言わない、言われたことしかしない子供。


 他者には何を考えているのかわからないと言われ、親からも気味悪がられたのが幼い心にも理解できた。


 それでも、悲しいとか怒りの感情を抱くことは全く無かった。


 そんな無感情な俺に、心があるわけがない。


 俺が自分の世界に入っている間も、イイヤツの台詞は続いていた。


「君たちにはこれから、番号順に10つの部屋に10人グループで別れてもらうよ?その部屋にはゲーム、お菓子、テレビ、玩具おもちゃなど、君たちが欲しい物は何でも置いてあるんだ。そして、部屋に入ってきたお兄さん、お姉さんたちに番号を呼ばれた子は、良い子に言うことを聞いてねぇ~」


 目の前に居る笑顔の仮面を着けた者が説明を終えると、俺たち子供は研究員についていき、そのまま案内された部屋に通された。


 そこは、大きな大きな真っ白い子供部屋。


 イイヤツが言っていた通り、玩具やゲームなどの子供への暇潰し道具はいろいろとそろっていた。


 10人のうち、俺以外の9人はすぐに興味のあるものの方に向かっていったが、俺はドアの付近の壁に背中を預けて腰をおろして目を閉じた。


 あのイイヤツと名乗った仮面の者は、子供たちのことを助け出したと言っていた。


 それはつまり、親たちは何か危険なことに手を出し、俺たちはそれに巻き込まれそうだったということで良いのだろうか?


 大前提として、俺はどういう風にしてここに来たのかを覚えていない。目が覚めた時、子供が集められたあの大部屋の床の上だった。その時には、もう50人くらいは子供が居たような気がする。


 そこから子供が大人に連れられてぞろぞろと入ってきて、イイヤツの場面に戻る。


 正直、目的がはっきりしない上に見知らぬ場所に居させられるなんて、不気味以外のなんでもない。


 俺が頭の中で独り言を言っていると、ガチャっとドアノブが回る音が聞こえ、白衣を着た大人の男が入ってきた。


「061番、付いてきなさい」


 部屋の様子も見ずに淡々と言った。


 すると、遊んでいた子供の1人が積み木を手から離して大人の方に無表情で歩いていった。


 言われたことは知らない人の言葉でも言うことを聞く。大人にとっては扱いやすい子供だ。


 そういう風に教育という名前の調教をされてきたんだろう。


 その後は15分ごとに呼び出されていき、この部屋に戻ってくる子供は居なかった。


 俺の番になると、呼び出しに来たのは黒髪ショートの若い白衣を着た女だった。そのだらけた態度から、一目でやる気が無いのが伝わってくる。


「えーっと、066番の子居る?」


 呼ばれたので立ち上がって女の元に行けば、そのまま部屋を出てついていく。


 女は俺の前を無言で歩き、顔の表情は読めない。だから、俺も何も話さずに口を閉じてしまう。


 5分くらい歩いていると1つの部屋の前で女が足を止め、ドアを押し開けて俺を見下ろす。


「中に入って。時計の針が今のところから1回まわるまでーー」


「今から1時間後って言いなよ。1時間は60分。60分は3600秒。基本でしょ?」


「……普通の教育は受けていないか、それともIQの問題かはわからないけど、ませたガキね」


 女が溜め息をつくのを無視して部屋の中に入れば、やはり白い壁の部屋で、中央に机と椅子が2つだけポツンと置かれているだけだった。


「今から1時間、あたしとお話をしましょう?」


「お話?ボクはあなたと話すことなんてありませんよ」


 そう言いながら俺が一応椅子に座れば、女も対面するように椅子に座った。


「親を信じるな。兄も信じるな。誰も信じるな。誰にも頼るな。全ての人間は自分のための道具でしかない。……だっけ?両親からずっとそう言われて、この6年間を生きてきたみたいね」


 当然と言えば当然だけど、こちらの情報はすでに掴まれているのか。


「実際、そうなんでしょ?この世界は利害関係でしか成立し得ない。愛だの勇気だので動くのは、ただの偽善者だ。ボクの父と母はそう言っていました」


「話し方が子供っぽくな~い。まぁ、環境によって人はどんな性格にも体質にもなるからねぇ。そうだな、君のために良いことを教えてあげるよ」


「……良いこと?」


 俺が食いつくと、女はフフっと笑った。


「誰かにとっての英雄は、誰かにとっての魔王になる。正しいと思っていても、他人には間違いだと思うこともある。桃太郎だって、人間側からしたら鬼を倒してお宝を取ってきた英雄でも、鬼の方からしたら盗賊であり大量殺人者でしかない。見方を変えれば、人間も鬼みたいなものなのさ」


「つまり、何が言いたいんですか?」


「1つの見方にこだわるなってことよ。世界は単純じゃない。万人に対する正義は存在しないし、万人に共通する悪もいない。もしも万人に共通したとしても、億人には否定されるかもしれない。見方を変えれば魔王だって英雄と言うことに、案外誰も気づかない。主観的になりすぎるのは、人間の最大の弱点の1つなのにねぇ……」


 この女の言っていることを、俺はこの時に少しだけしか理解できなかった。でも、今の言葉が今後の人生で俺の教訓となった。


「そう言えば、あなたの名前を聞いていませんでしたね。聞いても良いですか?」


 名前なんて聞く気は最初は毛頭無かったが、この女に興味が出てきた。


 女は首から下げている名札を俺に見せた。


如月彩きさらぎ あやよ。今日からあなたの担当研究員になるわ。よろしく、最上高太くん」


 如月彩と言う女を見た感想は、異質な人間。


 今までに見てきた人の中でも、俺が関わったことのない人種だった。


 この後、彼女と1時間近く話してみてわかったこと。


 この女は俺の言葉を否定しようとはしないし、自分の思考を押し付けようとはしてこない。


 今まで親や兄以外で関わってきた人間は俺の考えを否定し、世間の倫理観を押し付けるような言い方しかしてこなかった。


 俺が幼稚園で同い年の愚かなガキに事実を述べただけで喧嘩けんかになると、俺が悪いと言うように先生は責めてきたこともあったし、見つけた雀蜂すずめばちを石で潰して殺した時もひどく怒られた。


 生き物の命を簡単に奪ってはいけないと言われたが、自身に危険が迫っている時は正当防衛せいとうぼうえいと言うものがあると聞いたことがあるから、俺の行為は正当化されるのではないだろうか。


 この時、大人をバカだと思った。


 世間に共通の価値観を幼児に植え付けるのが先生という職業の役割なんだな、哀れだ……っと。


 しかし、この目の前に居る如月彩と言う女は俺の言葉を否定せずに1度は受け入れてから自分の意見を述べている。


 初めて、親や兄以外と言葉が交わせていると実感した。


「高太は、人間に一番重要なことは何だと思う?」


「その質問は漠然としすぎて返答に困ります。ボクはまだ4歳ですよ?わかるわけがないじゃないですか」


「そう?じゃあ、質問を変えるわ。高太のご両親は、何が重要だって言っているの?」


 親の意見を聞かれると、俺は少しだけ言葉が出なくなってしまったが、すぐにフッと笑って答えた。


「どこでどう調べたのかはわかりませんけど、さっき彩さんが言っていたセリフを思い出してもらえればわかると思います。人を利用することしか考えていないんですよ、基本的に。だから、あの人たちにとって必要なことは、何もないんじゃないかな。すでにそろっているとか言いそうだし」


「なら、それをあなたはどう思う?」


「否定する材料もないし、今の人生経験では否定するだけの確固たる理念も概念もボクにはありません。だから、何とも思いません」


「そういうわりには、顔が複雑そうな表情をしているわよ?」


「……そうですか」


 俺に何か違和感を覚えたのか、彩さんは右手で頬杖をついて目を細めた。


「他人事……」


「はい?」


「高太は全てが他人事ね。他の人のことは当然だけど、自分のことも客観視している。まるで、自分に固執こしつしていないって感じかしら」


「……否定はしません。環境が環境だけに、自分自身のことも利用対象になっている可能性はあります」

「悲しい可能性ね。でも、それはそれで良いのかもしれないわね」


 彩さんが言葉を続けようとすると、携帯電話が鳴り、それを切ると立ち上がった。


「1時間経ってしまったみたいね」


 彼女の表情は一瞬暗くなったが、すぐに平静を装って俺を見る。


「1時間話すってことでしたが、この後は何をするんですか?」


「新しい薬があってね、それを体内に入れてもらうわ。そして、その後に検査よ」


「その薬とは?」


「人が限界を超えるための薬……とだけ言っておくわ」


 人の限界を超える……か。言葉の意味はあらゆる風にとれ、想像することは難しい。


 考えるだけ無駄。大人しく同行すればわかることか。


 部屋を出て彩さんの後ろをついて行けば、前から近づいてくる研究員1人と子供1人とすれ違う。


 その時の子供の表情は酷くやつれていて、気力を感じなかった。


 白い扉の前で止まると、彩さんは扉を押し開けて俺に入るように手招きする。


 それに従って入れば、部屋の中には中央に鉄の椅子が置いてあり、その隣に置いてある台の上には1本の紅い液体が入った注射器。


 椅子を囲むように白衣を着た研究員が十数人。


 その中にイイヤツの姿はない。


 あの注射器の中に、さっき言っていた薬が……?


「066番、その椅子に座りなさい」


 機械のように淡々と言われれば、逆らっても意味がないので椅子に座った。すると、研究員の男1人が俺の前にしゃがみ、肘おきと足首に当たる部分にある手錠を俺の手首と足首にかける。


 袖をまくられて左腕を出されると、アルコールの染みたコットンで血管の見える所を拭かれる。


 そして、研究員はその右手に注射器を手にし、中の空気を出すために少しだけ液を出し、俺の左手に近づける。


「君は今から人間を超える。その過程で苦痛を味わうとしても、栄光ある人生の一瞬に過ぎない。だから、これから起こることも受け入れなさい」


 俺の返事も聞かず、研究員は左腕に注射器の針を通した。


 少しチクッとした痛みは感じるが、すぐに体内に入ってくる冷たい液体に意識が持っていかれる。


 当たり前だが、すぐに何かの表情が出てくることはない。短くても1分かその10秒前ーー。


 ドクンッ!!


 身体の中心が大きく脈打った。


 液体が全身に回った証拠だろうか。身体が急に冷たくなり、両腕と両足が勝手に大きく震えだす。


 そして、目の前の風景が……赤いシートを通して見るように紅く染まった。


 その場に居た全員が、赤い世界では目や鼻、口から血を流し、こちらに憎悪を向けてくるような視線を向けているように感じた。


「うぁあああああああああああ!!!!!」


 それを一言で表すなら、地獄。


 この紅い世界が現実なのか幻覚なのかはわからない。


 どっちにしても、これが見えてしまっていることが俺にとっては問題なのだ。


 身体がこの風景を見ることを拒絶し、吐き気が出てきた。


 気持ち悪い。


 俺の目や口からも血が流れているのではないかと勘違いしそうだ。


 目の前の紅が薄くなって消えていくと、俺は一気に脱力感に襲われた。


「066番、気分は大丈夫ですか?」


 声を出すのも辛かったので、首を横に振るだけしかできなかった。


 研究員が俺の手や足から手錠を外せば、近くに居た彩さんが俺の手を引いて立ち上がらせて支えてくれた。


「凄い汗ね。意識はあるみたいで……嘘、これって……!?」


 彩さんは俺の目をみれば、自身の目を見開く。


 彼女の反応を見て、1人の研究員が近づいてくる。


「如月先生、どうかされましたか?」


「……何でもないわ。この子、疲れているみたいだから部屋に戻してくるから」


 彩さんの手に引かれ、俺はその実験室を出る。その時、彼女は俺の手を少し強く握り、早足だったような気がする。


 廊下を歩いていると、誰も通らないような暗い道にそれ、彩さんは俺の両肩を掴んでしゃがみ、もう1度両目を見る。


「やっぱり、うっすらとだけど瞳の色が変わっているわね……」


 どこか深刻そうな表情を一瞬したが、すぐに真剣な顔に変わる。


「高太、今度から私以外の大人が会いに来たときは絶対に目を見られないようにしなさい」


「えっ……どうしてですか?」


「でないと、あなたは今以上に辛いことをされるわ。今日のなんて比でないほどのね」


 彩さんの声音から、冗談ではないことは伝わった。


 俺は黙って頷き、そのまま廊下を歩いて元居た大きな部屋に戻された。


 部屋の中に居た子供たちは、床に寝転がっており、疲れきった表情で眠っていた。


 あの幻覚はそれほどまでに体力を消耗するほどのものだったから、納得はいく。


 俺も先程の定位置に戻り、疲れたので目を閉じる。すると、羊を数えるまでもなくすぐに眠りについた。

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