最悪な再会

 円華side



 麗音の話をまずは何の疑いも持たずに、終始、時々首を縦に振りながら聞いた。


 エースの方は、どういう人物かの想像はついてきた。


 簡単に言えば、昔の俺だ。


 姉さんが俺の存在の全てだったように、エースにとっての存在理由はキングだけなんだろうな。


 ならば、思考は読みやすい……いや、思考と言うものも無いんだろうな。


 問題はジョーカーだ。


 話を聞いていても、どういう奴なのか、立ち位置すらもわからない。


 キングのことを友と呼んでいたと言うことは対等な存在なのか?


 でも、エースはジョーカーに対して不信感があるようだ。


 もしかして、ポーカーズは一枚岩ではないのかもしれないな。


 ポーカーズ2人の情報もそうだが、話の中に出てきた黒くて丸い装置。それも重要な気がする。


「結局、ジョーカーの研究って何なんだよ?それとリンカーの鎧が関係しているのか?」


 俺の問いに、麗音は表情を曇らせる。


「その研究の説明をする前に、リンカーって何の略称で名付けられたか予想できる?」


「リンカーは略称だったのか。……そうだな、思いつく候補も浮かばないが……それは重要なのか?」


 麗音は頷き、目付きが真剣なものに変わる。


「リンカーネーションって知ってる?それを短くして、ジョーカーはリンカーと名付けた。この名前であの人が何をしようとしているか、わからない?」


 リンカーネーション。確か、意味は再生、転生。


 なら、漫画やアニメの見すぎと思うかもしれないが、答えは1つに絞られてくる。


「死者を再生させる……って、ことか?」


「はい、残念。意味はそうでも、現代の科学力で死んだ人を生き返らせることなんて不可能でしょ。常識的に考えなさいよ」


 俺に1度負けた女にバカにされた。何だろう、若干イラッときた。


「じゃあ、何だよ?名前から考えろって言ったのはおまえだぞ」


 半目で言えば、麗音は可笑しそうにクスクスっと笑う。


「ごめんごめん、ちょっとだけ意地悪したかったの。それじゃ、ジョーカーの恐ろしい研究について説明しましょうか。まず初めに言っておくわ。これは現代の科学で、円華くんの言った再生に限り無く近いことなの」


 麗音は一旦言葉を区切り、頭をトントンと人差し指で叩く。


「簡単に言えば、人の体に他人の思考をアップロードする研究。それも死者の思考をね。あの黒い装置の中央には、人間の脳が水槽の中でケーブルに繋がれた状態で設置されていた。リンカーの鎧を着けさせられると、その脳の思考が流れてくる。そして、その思考によって戦い方や身体能力を鎧が外的に調整する。まさに、死者の操り人形の完成よ」


 信じられない研究だった。


 転生や再生と言うよりは憑依ひょういに近いかもしれない。


 それにしても、鎧を装着させれば、人の思考を死者の思考にできることなんてどうしたら可能にできるんだ?その基本となる人間の思考をどのような基準で選んでいる?


 改めて思うが、緋色の幻影とはとんでもない組織だ。


 そして、人間の尊厳を愚弄ぐろうしている。


 話を終えると、麗音の間に沈黙が流れる。


 と言うよりも、俺が彼女の話を聞いて情報を頭の中で整理し、考え込んでいるのを邪魔しないように黙っていてくれているところか。


 リンカーの秘密は少しだけ理解できた。


 しかし、謎は深まるし、新たな脅威も感じている。麗音の話の中に、黒だけでなく白、紫の兜があるとあった。


 つまり、リンカーは1つではないと言うことだ。あんな鎧の化け物とまた戦う可能性があると考えると、心が追い込まれそうだ。


 それに、その装置に繋がれている脳……何かが引っかかる。


 脳の思考を通じて麗音を操作しているとして、鎧越しの戦いだったが、強すぎる戦士だった。


 正直、圧倒された。能力が無ければ、確実に勝つことはなかった。


「死者の思考をアップロードする研究……。それに、リンカーの鎧は1つだけじゃない……多分、まだ増えている可能性があるよな。ジョーカーは何で、わざわざそんな研究を……」


 ジョーカーの目的が見えない。


 ゾンビ軍団でも作るつもりか?


 いや、そもそもリンカーはゾンビのカテゴリーに入るのか?意識は鎧にあるわけだし。


 わからない、わからないことだらけだ。


 ……って、そんなことはどうでもいいか。


「この研究、ジョーカーはキングに頼まれてしていたらしいわ。そして、2人しか知らない極秘のものだった。ジョーカーうんぬんって言うよりは、キングの考えがわからないのよね」


「キング……」


 最重要ターゲット、キング。


 おそらく姐さんと何か関係があった人物にして、死なせるきっかけを作った張本人。


 姐さんの残した資料には、ポーカーズのリーダーだと書いてあった。


 彼は自分の生きている世界をゲームと捉える考え方をしており、人の裏を読むことに長けていて他を引き付けるカリスマ性を持っているらしい。


「これから、どうするかな。夏休みに入ったばかりだし、また学園側……組織がまたどんなデスゲームを出すかもわからない。手を出そうにも、こっちの情報元は何もない。どうしても、後手ごてになってしまう。攻めに回ることができない」


「言っておくけど、あたしに緋色の幻影に戻って情報をあんたに横流ししろって言っても無理な話よ?戻ろうとした瞬間に、絶対に処分される」


「……そうなるよな、今度ばかりは殺される可能性がある。麗音、おまえはこれからどうするつもりだ?」


 何気なく聞いてみると、麗音の表情が暗くなる。


「さぁ、逆に聞くけどどうしたら良いの?誰かさんのせいでまた失敗したんだから、もう組織に戻ることなんてできない。天涯孤独てんがいこどくとまではいかないけど、家に戻ることもできない。学園に戻ることもできない。……何もできないのよ、あたしは」


 住良木麗音の本音なのか、また俺を騙そうとしているのかを判断するのは難しい。


 しかし、家に戻ることができないと言うことから、おそらく緋色の幻影が麗音の親を監視してるんだろうな。戻る場所がないってことか。


 同情はしないが、いい気分ではないな。


 俺が「あの……」と言って何か声をかけようとした瞬間、部屋のドアが勢いよくバンっ!と開いた。


「円華、大丈夫!?」


 入ってきたのは恵美で、麗音を見るなりすぐにレールガンを彼女に向けて睨み付ける。


「どういうこと?円華には近づかないって言ってたよね?信じてはいなかったけど、1日で言ったことを破るなんて思わなかった」


「あたしの意志じゃないんだから仕方ないでしょ?あの片目の人、恐かったんだから」


 恵美に鋭い目付きで見下ろされ、麗音も不機嫌そうな表情で見上げる。


 あれ?何、この空気……険悪過ぎるんですけど。


 そう言えば、この2人の相性は最悪だ。


 恵美は元から麗音に対して敵意を持っており、緋色の幻影の関係者と言うところから完全に敵と認識している。


 そして、麗音も恵美に対して憎悪があり、高太さんの娘と言う立場からも敵になる。


 これ、最悪の再会って言うんじゃねぇの?


 いやいやいや、2人の背後に龍と虎が見えるんだけど。


 これ、1つでも行動とか言葉を間違えたら、一触即発しそうな雰囲気なんですけど。


 俺……今身動き一切取れないんですけど!?


「お、おい、おまえら……ここは穏便にーー」


「「はぁ?」」


 苦笑いしながら声をかければ、恵美も麗音も俺にその鋭くて恐い目を移してきた。


「円華、何を考えてるの?この女は敵なんだよ?鼻の下を伸ばして心許さないでよ」


「あんたみたいな根暗女と一緒に居て、円華くんも欲求不満なんじゃないの?女としての魅力ないもんねぇ」


 麗音の挑発に、恵美の表情がさらに険しくなる。


「意味わからないし。無駄にキャラ作ってた女に魅力云々について言われたくないんだけど。キャラ作りすぎて、今のキャラぶれっぶれなんじゃない?キャラを統一してから再登場しなよ」


「あんたはキャラが変わりすぎて変化についていけてないんですけどー。最初のころの誰も近づかないでって感じの勘違い中2キャラはどこにいったのかしらぁ?すっかり饒舌じょうぜつになっちゃって、自分のキャラを忘れてない?」


「別にキャラなんて決めた覚えない。勝手に決めないで」


 あれぇ?話が変な方向に行っているような気がする。


 ドアの向こうに師匠が見え、俺と目が合うと視線をそらしてそのまま部屋から離れていってしまいました。


 師匠!?この状況で愛する弟子を見捨てるか、普通!?


 この言い合い、もしかして俺が止めなくちゃいけないのか?考えないといけないことがたくさんあるって言うのに……。


 少し深呼吸をすれば、少し不機嫌を装って声を出した。


「おい、おまえらいい加減にーー」


「「円華は黙ってて!!」」


「は、はい!?」


 ヤバい、女2人の怒気にされてしまい、思わず返事をしてしまった。こんなこと、姉さん以来のことだぞ……。


 俺は深い溜め息をつき、恵美と麗音の口喧嘩が終わるまで、窓の外で自由に飛び回っている小鳥を見て、こんなことを思っていた。


 もしも俺に翼が在ったなら、今すぐにここから全速力で空に逃げられるのになぁ……。



 ーーーーー



 3時間くらい口喧嘩を聞いていて、もう耳が限界だ。


 恵美と麗音は水分補給もせずに、よくもこんなに悪口?を言い続けられるな。女って生き物は恐ろしい。


 俺は何とか上半身を起こせるほどになってきたので、枕から頭を離して起き上がる。


「あーっと、もう3時間経ってるんですけど?いつまで人の寝てる部屋で言い争うつもりだ?」


 頭をかきながら今度は呆れた目で2人を見れば、流石にもう口を閉じてくれた。


 怒りよりも、呆れた言い方をした方が相手を冷静にさせる効果はある。


「ご、ごめん、円華」


「あたしも悪かったわ。特に、そこの銀髪女がうるさいばっかりに……」


「ちょっと、意味わかんないんだけど?言っておくけど、音量で言ったら私よりもあんたの方が大きかったから」


「ヘッドフォンのし過ぎで聴力弱くなってるんじゃないの?あんたの声の方が円華くんに迷惑かけてるって、バーカ」


「バカって言った方がバカだもん、バーカ!私は大人だから、小学生の喧嘩をする気はないんだけどね!」


 いや、さっきまで3時間も子供のような口喧嘩をしていたような気がするんですけど。


「おまえらなぁ、これ以上言い合いを続けるなら、外でやれよ。いい加減、キャパオーバーだ」


 俺の一声で再度2人は静かになるが、お互いに視線が火花散ってる。


 もう止める気力もありはしない。


 心の底から、言葉にせずに助けを心の中だけで求める。


 すると、部屋の外から開いているドアをコンコンっとノックする音が聞こえてきた。


「あなたたち、ここで何を言い合ってるの?大きな声が外まで響いてるんだけど」


 その声の主を見ると、恵美はビクッと肩を震わせて恐る恐る後ろを向いた。


「おっ……母さん……!?」


 優理花さんは恵美と麗音を見れば、親指を立てて自身の後ろを指差す。


「円華くんは絶対安静なんだけど?言い合うなら外にしろっての」


「わ、私は悪くないもん。そこの猫被り女がーー」


「恵美、言い訳は後で聞いてあげるから、部屋を出なさい。麗音ちゃんもお願い。今から、円華くんと2人にさせて?」


 笑顔で言っているが、そのオーラは拒否を許さない覇気があった。流石は英雄の妻と言うべきか。


 恵美と麗音はしぶしぶ共に部屋を出て、俺と優理花さんだけになる。


 この人と一緒に居ると安心感を覚えると同時に、胸ではなく腹が締め付けられるような緊張感を覚える。


 優理花さんはさっきまで麗音が座っていた椅子に座る。


「健人さんからあなたの意識が戻ったって聞いたから、約束通り主人のことを話に来たんだけど、体は大丈夫?」


「はい、おかげさまで。俺が気を失ってる間、優理花さんが看病してくれていたと師匠から聞きました。本当にありがとうございました」


 頭を下げると、優理花さんは頭を横に振った。


「大丈夫よ、無茶して体を壊しちゃう男はあなただけじゃないから。そういう男の世話をするのは慣れてるわ」


「そ、そうなんですか……」


 優理花さんの言っている男が高太さんだと言うことは、考えるまでもない。


 それにしても、精神世界で2回しか会ったことないけど、高太さんって無茶する人だったんだな。


 勝手な想像だけど、いつも知的でクールな人だと思ってた。


 前に聴いた優理花さんの話と、ギャップがあるんだよな。


「高太のこと、ちょっと意外って思った?」


「えっ……どうして、俺が高太さんのことを考えてたってわかったんですか?」


 もしかして、恵美の聞く方の能力は優理花さんからの遺伝なのか?


「あなた、考え事してると顔に出てるわ。そういう人の特徴は、生きた見本が居るからすぐにわかるのよ。高太も、あなたと同じで考え込んだら手で口を隠すから」


 指をさされて言われて気づけば、すぐに口から左手を離す。


 完全に無意識だった。俺って考える時にそんな癖があったんだな。


 優理花さんは俺を見て少し笑うと、ふぅっと一息つき、手を軽く組んで膝の上に置く。


 空気が一瞬で変わり、シリアスになる。


「確認するわね。あなたにこれから話すのは、主人の過去のこと。希望と絶望の力の基になる話……で、良いわね?」


「……はい。希望の血とか、絶望の涙とか、能力を生み出す薬、今はそれについて聞きたいんです」


 質問の内容を伝えると、優理花さんの表情が急に険しくなった。


「そう……あの薬についても知っているのね、わかったわ。あなたが知りたいことに適した話をしましょうか。ついでになるけど、この罪島が殺し合いゲームの舞台となる前の話も」


 俺はこれから、優理花さんから20年前よりも前の話を聞くことになる。


 それは今は英雄と呼ばれた男が、逃れられない罪を背負うことになる物語だった。

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