使命か、命令か

 麗音side



 あたしが目覚めた時、そこは真っ白で四角に囲まれた部屋の中だった。


 この部屋がどこなのかは知っている。だから、身体中から汗が噴き出してきた。


 ここは、緋色の幻影の中でも上位を占めるポーカーズの1人、エースの拷問部屋だ。


 あたしの今の状態は、両手と首を上から垂れている鎖で繋がれていて、行動範囲が制限されている。脱出は不可能だわ。


 無駄に動かずに時間が経過すると、突然この部屋の扉が開いた。ここに入ってくる人なんて、1人しか居ない。


「目覚めたようだな、小娘……」


 ドクロマスクで顔を隠してはいるけど、その声は聞いたことがある。


「エース!?」


「それなりには衰弱すいじゃくしているようだな。やつれているのが顔から見てとれる。1日だけ飲み食いさせていないだけでは、それなりで十分か」


 エースはあたしに近づけば、予備動作なしで頬に平手打ちをしてきた。


「ぶふっ‼」


 倒れたあたしを見下ろし、シューズを履いた足で頭を踏みつけてくる。


「今から、貴様を処刑する。椿円華に我ら緋色の幻影と異能具の存在が知られてしまった罪は、死んでつぐなえ」


「……やっぱり、そう言うこと……」


 エースは、緋色の幻影のメンバーの処刑人。


 組織の裏切り者や重大な失態を犯した者を処分する役割を持っている。


 それが、エースの名を持つ者の使命。


「悪く思うな。呪うなら、貴様のその脆弱ぜいじゃくな能力を呪うんだな。全ては……我らが王のために」


 懐から三股の槍を取り出し、取っ手を長く伸ばす。


 エースの武器、トライデント。


 その槍の刃には、今までに何千何百という人間の血を吸わされている。


 エースは、あたしの目の前に槍を突き立てる。


「あたしを今殺したら、学園がまた混乱するよ?キングが黙ってないんじゃない?おもちゃ箱を必要以上に荒らされること、あの方は許さないでしょ」


「おまえの死は、学園の中にはびこる虫を排除するために利用する。おまえの死体は地下の路上に捨て、犯人は椿円華だと言うことにする。そうすれば、元から血に染められている奴の経歴から、それを疑う者は居ない。まずは、奴を孤立させる。そして、キングの邪魔になる奴を……殺処分する」


 顔は見えないけど、エースが本気だと言うことは伝わってくる。


 このまま無防備に、あたしは殺される。


 誰かが、どんな理由でも良いから助けてくれなければ。


 願ってもどうにもならない願いを祈っていると、いきなり拷問室の扉が開き、パンパンパンっと手を叩きながら、最悪な存在が入ってきた。


「これはこれは。間に合うとは思っていなかったが、この状況で間に合うことができたとは、私は幸運の持ち主と言えよう。ご機嫌麗きげんうるわしう、エース公」


 顔を黒いペストマスクで隠した者。


 振り返ると同時にエースは拳を握って怒気をはらんだ声を発する。


「何をしに来た……道化師ジョーカー!!」


 コードネームを呼ばれれば、ジョーカーはフフッと不敵な笑みを浮かべた。


 ジョーカーは後ろで手を組みながら歩み寄ってきた。


 エースが刺々しくも鋭いオーラを発するなら、ジョーカーは存在しているけど掴むことができない霧のよう。


 そして、掴もうとして失敗する者たちを嘲笑ちょうしょうしている趣味の悪い道化師だ。


「エース公、くだんの住良木麗音の失態を責めないで欲しい。敵が中の下の者であったのなら、彼女の罪はまぬがれないものであったであろうが、相手があの椿円華……いや、アイスクイーン?これも私には合致しない呼び名であるなぁ……」


「何が言いたい?確かに椿円華はキングの計画を邪魔しようとした椿涼華の弟にして、あの暗殺者『隻眼の赤雪姫アイスクイーン』だとしても、俺たちには雑魚ざこと同じだろ?」


 エースが円華くんを見下すようなことを口にすると、ジョーカーは肩を震わせて自身の仮面を右手で押さえる。


「……ッフ、クフフッ……クフフフっ!まことに貴公は、周りが見えていない。私は我が配下の狂犬きょうけん蘇生そせいさせ、の者の戦い方を傾聴けいちょうした。そして、わかったことがある……それが、戦うことしかできぬ単細胞の貴公に閃くかな?」


 挑発するようにもったいぶって聞けば、エースはヘルメットの下で歯軋はぎしりをする。


「俺は気が長い方じゃない。この槍に刺されたいのであれば、そう言えば良いだろ」


 あたしに向けていた槍をジョーカーに向けると、道化師は両手を挙げて降参の意志を示す。しかし、その口元は今の状況を面白がるように笑っている。


「これはあらぬ誤解を生んでしまったようだ。これは私が愚者ゆえのくせと言うもの。では、答え合わせといこうか」


 指を鳴らせば、腕を組んで話を始めた。


「貴公は知っているかな?約16年前、ある赤子がこの世界に生を受けた。その赤子の親は、経緯についての資料は残されてはいないが、『希望の血』と『絶望の涙』の双方の力をその身に宿していた。そして、その赤子も2つの力が宿していた。その能力は、2つとも前代未聞ぜんだいみもん、希望と絶望も飲み込み、超越ちょうえつしてしまうものだった。そんな『力』を持った子どもの存在を我々は知り、希望と絶望の2つが入り混じった者『カオス』と言うコードネームを付け、あらゆる方法で利用することを目的に回収しようとした……」


「その情報は組織の幹部なら知っていて当然のものだ。それがどうした?」


「椿円華……彼がカオスなのだよ。知らなかったのかい?」


 ジョーカーが首を傾げて聞けば、エースの手から槍が床に落ちた。それだけで、エースがどれだけの衝撃を受けたのかを客観的に理解できた。


「そんなバカな!!カオスはあの女では―――」


「やはり、貴公はあの男の手の上で踊らされていたようだ。……そうではないな、緋色の幻影でも一握りの者以外は彼の手の上で踊らされてしまい、時間稼ぎをさせられていたのだよ。私も狂犬から椿円華の左目が紅に染まっていたと言う報告が無ければ、この真実に気づきもしなかった」


 エースとジョーカーが、円華くんがカオスだと言うことを知らなかった?


 じゃあ……どうして、キングはその事を知っていたの?


 あたしは当時、学園内に学生として生活している監視の予備要員だった。そんな中4月の末の中間試験の前にある1通のメールが着た。


『次の中間試験の後、Fクラスに移動しろ。5月に転入生が入る。そいつの監視を命令する。

 なお質問は1つ、返信でのみ受け入れる。


 このメールは、15分以内に削除するように』


 キングからのメールだった。


 今更だけど、あたしはキングのこまだった。だけど、あの人の素顔を見たことはない。


 弱味を握られたことをメールで通達され、それを公表されないためにメールからの命令に従っている。


 その転入生がどういった存在なのかを返信で聞いてみると、椿円華と言う名前、軍人経験があること、そして、緋色の幻影が血眼になって捜している存在『カオス』であることだけが伝えられた。


 あたしが円華くんがカオスであることを知っていたのは、このためである。


「カオス……話には聞いていたが、奴が本当に存在するのであれば、キングにとって最悪な敵になる。石ころかと思っていたら、怪物だったとはな。……それで、この女に何の使いようがある?貴様が誰かを殺すのを止める理由はそれしかあるまい」


「いやはや、話が早くて助かる。何、私が進めている今の兵器開発のために模擬実験をしたくてねぇ。我が友からの頼みでな、協力して欲しい」


「……俺に使命を放棄しろと言うのか?」


「重要なことを見定めるべきだ。これは我が友の力となるために必要不可欠なこと。天秤てんびんにかけずとも、どちらに重きがあるかはわかるだろぉ?」


 2人の間に一瞬沈黙が流れると、エースが槍をしまい、拷問室を出ていく。


「俺の全てはキングにささげている。俺は、キングの決定に従うだけだ。好きにしろ」


「では、好きにさせていただこう」


 エースが出ていくのを見送れば、ジョーカーは私に体を向けて優雅にお辞儀をする。


「Ms麗音、ご無事で何よりだったねぇ。そなたが生きたいと願うのであれば、無条件で我が研究のいしずえと成っていただこうか?」


 不敵な笑みを向けてくるジョーカーに、あたしが拒否するという選択肢は存在しなかった。



 ーーーーー



 手と首の鎖を外されれば、ジョーカーの後ろについていく。


 ジョーカーが何も言わずに歩いていると、あたしも無言になる。


 目の前の道化師に対し、エースのように言葉を交わすことはあたしにはできない。


 一言でも話すと心の底まで見透かされそうな恐ろしさがあり、その恐怖を利用されるかもしれない。


 ポーカーズの中でも、キングは正当な目に見える恐怖で支配し、ジョーカーは陰気な恐怖で人の心を支配しているように見える。


 ジョーカーは足を止め、隣にある黒い扉を片手で押し開けてあたしを見る。


「ここが私の研究室だ。入りたまえ」


 促されるままに部屋に通されれば、そこには様々な機械や赤い液体と青い液体が入った小瓶こびんたなに何十本も置いてあった。あれは、例の2つの薬だと思う。


 そして、それよりも気になったものがあった。


 大きなガラス窓の向こうにある大きく黒い丸井装置と、それを囲むように黒や白、赤紫の鎧が置いてあり、かぶとがチューブで機械と繋がっている。


 そして、その機械の中央には……。


「あれは……一体、何……!?」


「貴公が知るべきことではない。それとも、知って恐怖しながら私の研究に耐えるのかな?私はそれでも良いがね」


「……下の下のメンバーに教えても良いことなの?」


「問題はない。しかし、そなたの心の問題ではある。知るという行為には自然と変化が生まれる。無知であれば何も感じずとも、知った後ではどのようなものでも感情に変化が生まれる。それは成長とも取れ、怠惰たいだになる恐れも秘めている。そう、知ること以外でも、変化するということには覚悟が必要なのだよ。そなたにその覚悟があるのかねぇ?」


 口元をニヤッと笑みを浮かべたジョーカーに、心の中でバカにされたような気がした。


 この時のあたしは、ジョーカーが挑発していることに気づかなかった。


 今思えば、あたしが知ることで恐怖する顔を見たくて、わざと聞き出させようとするような言い方をしたのだと思う。


 そんなことを知らず、言ってしまった。


「良いわよ、聞いてやろうじゃない。話してみなさいよ」


「そうかそうか、そなたは覚悟のある女らしい。住良木麗音、私はそなたに敬意を表する。では、説明しよう。人間が、肉体や精神と言う鎖から解き放たれるための研究の全貌ぜんぼうをーー」


 あたしは、ジョーカーから研究のすべてを聞かされた。


 そして、その研究の礎……いいえ、生け贄となることに、全身が震えるほどの恐怖を覚えた。


 逃げようとするが、ジョーカーの背後から感じる黒いオーラがそれを許さなかった。


 体が動かなかった。


 気づけば、あたしは自分から漆黒の兜を被り、意識が深層心理の奥まで沈んでいった。

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