リンカーの素顔
目が覚めた時、俺の視界に最初に入ってきたのは白い天井だった。
どこかはわからない、誰かの家だろう。
身体を起こそうとするが、手にも足にも腰にも力が入らない。
脱力感と言うか、身体が重力に押し付けられているような感覚だ。
こんな経験、人生で初めてかもしれない。
自分の体の状況を理解したは良いがどうしたものか。何もできない。
仕方ないので目を閉じて二度寝に入ろうとすると、部屋のドアが開く音が聞こえた。
「失礼する。円華、起きてるか?」
その声に反応して首だけ動かせば、左目と首に包帯を巻いている白髪の男が見えて複雑な心境になる。
「谷本……師匠」
「まだ、俺を師匠と呼んでくれるのか。嬉しいな」
師匠は近くにあった椅子に腰をかければ、腕を組んで俺を見る。
「俺のこと、恨んでるか?」
「……何で恨むことになるんですか。別に、今となってはなんとも思っていないですよ」
確かに、師匠がデリットアイランドに関わっていたことを知った時は驚いたし、どうして教えてくれなかったんだって思った。
だけど、その時はそれほど大きな感情の歪みは無かった。
「でも、あの時は……いろんな怒りが俺を飲み込んだ。自分で自分が制御できなかった。その首……多分、俺がやったんですよね?」
師匠は俺から隠すように右手で首元を触れば、顔をそむける。
そうするときの師匠は、いつも何かを隠そうとしているので図星だとわかった。
「……そうですか、やっぱり。すいません、何も覚えてなくて」
「謝るな。おまえの場合は、自分の能力を使った後の副作用を知らなかったんだから仕方がない。知らないことを未然に防ぐことは、人間には不可能だからな」
その慰めが俺の罪悪感を募らせる。
師匠はいつも、そうだ。
俺が謝ると、いつも俺が悪くないように言う。……と言うよりは、直感だけど、悪いのは自分だと責めているように見える。
それが逆に、辛い。
空気が重くなる前に、師匠は咳払いをして話を変えた。
「俺に何か聞きたいことはないのか?今なら、可能な範囲で何でも話せるが?」
「えっ……いや、まぁ……そんな急に言われても……すぐには思い付かないって言うか、色々ありすぎて、どれから先に聞いた方が効率が良いかを考えてしまうと言うか……」
俺が眉をひそめて本気で悩んでいると、師匠は溜め息をついて右目を半目にした。
「それなら、俺が一方的に情報を提供しよう。まず第一に、おまえは2日間眠っていた。その間、朝……最上優理花がおまえの看病をしていた。後で礼を言っておくんだな」
「優理花さんが……。そうですか、わかりました。必ず礼を言います」
道理で体が動かないくらいに重いわけだ。2日間も寝ていたら、運動機能は少しは低下する。
師匠は話を進める。
「おまえが寝ている間に調べられるだけのことは調べたが、わかったことはおまえの想像を絶するものだった。俺がこのタイミングで島に居ることは、信じたくはないが神が仕組んだ筋書きなのかもしれないな」
珍しく自嘲するように冗談を言った後、師匠は少しの沈黙の後に俺の顔をじっと見る。
「いや、違うか。おまえがこの島に居ることが、運命の
「……それ、どういうことですか?」
俺の質問には答えず、師匠は話を続けた。
「わかったことは2つだ。1つは見ればわかること。もう1つは聞けばわかることだ。前者は、現実を見れば受け入れることざできるだろうが、後者は聞いても受け入れることはできないかもしれない。そして、奴等への怒りが増す可能性がある。……どっちから先に確認するかは、おまえが決めろ」
言い終わると同時に、師匠は視線をそらした。
多分、師匠自身もその現実を知って
「そうですね、多分、受け入れられる現実から見た方が頭の整理がつきやすいと思います。俺は何を見れば良いんですか?」
「聞いて驚け、あの漆黒の騎士の中身だ。場所を移動しなくてはいけないが、動けるか?」
「……すいません、今動けるのは首だけですね」
「なら、ベッドを移動させよう。偶然にも、このベッドは病院に置いてあるものと同じでタイヤが付いている。俺が運んでやろう」
「やめて!!絶っっっ対に師匠の手なんて借りたくない!!」
声をあらげて拒否すると、師匠はチッと露骨に舌打ちした。
「体が治れば、俺がおまえを運んだ時間を分単位で100倍した回数の筋トレをさせるつもりだったんだがな。残念だ」
「だから嫌だって言ったんすよ、この鬼師匠!!」
昔からそうだが、師匠の手を借りると言うことはそれ以上の負担を被るということなんだ。
俺は過去、それで何度か死にかけている。
師匠は溜め息をつくとやる気のない顔をして椅子から腰を上げた。
「なら、あっちから来てもらうしかないな。少し待ってろ」
「あっちから……?人なんですか?」
「見ればわかる。とりあえず、連れてくるから待ってろ」
部屋から出ようとする師匠に、俺はある疑問に急に気づいて「あのっ!」と呼び止める。
「その……恵美は、大丈夫なんですか?俺が2日も寝てたんなら、あいつもそれなりに……」
「心配ない。恵美はおまえと違い、一昨日の内に目を覚ましている。おまえは女の心配をせずに自分の心配をしていろ。今から精神的負担がかかるからな」
師匠が部屋を出れば、改めて手と足に力を入れて軽くリハビリをする。
師匠が今から連れてくるのは漆黒の騎士リンカーだった者。
あの身体能力と身のこなしは、師匠に近いポテンシャルだった。
俺の思う最強の戦士と言ったら、谷本師匠と涼華姉さんだけだった
しかし、それは人間だったらの話だ。
リンカーの強さは、スキル面やパワー面で普通の人間の領域を越えていた。
あれは鎧の能力なのか?
緋色の幻影なら、異能具なんて物を作ってるんだから、身につければ強くなるって言う漫画のような装備も作れるかもしれない。
しかし、それにはきっと反動もあるんだろうけど……。
なら、そんな鎧に耐えれる人間なんて、
考えてもいまいちピンと来ないでいると、ドアがコンコンっと叩かれ、師匠が入ってきた。
「待たせたな……と言っても、5分かそこらだが。さっき言った奴を連れてきたぞ?」
師匠がドアの向こうにいる人に「ほら、入れ」と言えば、その人物は部屋に入ってきたのが見えた。
その時、俺は目の前に映るその者の姿が信じられず、目を見開いてしまった。
「う……そ……だろ?どうして、おまえが……!?」
いや、『どうして、おまえがここに居るんだ?』って問いなら、答えは既に出ている。
こいつが、リンカー本人だったからだ。
俺のどうしてと言う言葉の意味は、『
そいつは、肩でそろえられている白髪に黒いカチューシャをしており、白のY-シャツ姿に黒のスカート姿で、両手に手錠をかけられている女だった。
もう、死んでいると思った女だった。
「
麗音は俺に名前を呼ばれれば、控えぎみに薄く微笑んできた。
「久しぶりだね、円華くん」
俺の元クラスメイトであり、
そして、俺が恵美と会う前に心を開きかけたた女だ。
クラスメイトである菊地が殺されたあの事件は、学園で麗音のデータを全て消去することで現実的に無かったことになった。存在を初めから居なかったものとして。
俺はその前日に、麗音のことを捕らえることに成功し、緋色の幻影のことを聞き出そうとしていた。
しかし、途中で気絶してしまった後、共に居た恵美曰く、ガスマスクを着けた組織の者に取られてしまったらしい。
あの後、麗音は俺に組織の関係者であることと異能具の存在を知られてしまったことが原因で、殺処分にされたものだとずっと思っていた。
だけど、彼女は今俺の目の前に立っている。いや、それも驚きだが、確認しなければならないことがある。
「麗音……おまえ……」
「
麗音はクスクス笑って椅子に座れば、俺と視線を合わせてくる。
「何から聞きたいの?今のあたしなら、何でも答えられるよ?」
あの戦いでの感情の起伏の激しさが嘘のようだ。
こいつが冷静だと、俺が逆に気を使うと言うか……頭が追い付かない。
ドアに背を預けていた師匠は俺と麗音に
多分、今の麗音に危険や敵意を感じなかったからだろう。
俺も今の彼女からは敵対心を感じない。
自由に身動きがとれない俺と、両手だけを拘束されている麗音だけになってしまうと、何を話せば良いのか、何を聞けば良いのかがわからなくなる。
恵美の時と言い、麗音の時と言い、俺は女と2人だけの空間だと無口になるらしい。姉さんとはこんなことは無かったんだけどな。
「何でも……か。とりあえず、無事ってわけじゃねぇと思うけど、生きててくれて良かった」
「へぇ、そう言ってくれるとは思わなかった。てっきり、もう2度と会いたくなかったって言うかなって」
「俺は物事を考えるときに、感情が先走ることはあまりねぇよ。例え心底嫌いな相手でも、すぐに牙を向こうとはしない」
「利口だね。じゃあ、あたしの今までの話をする前に、ちょっと質問してもいい?」
声が少し低くなり、真剣なことだと言うことはなんとなくわかった。
「何でも聞けってさっき言われたばかりだよな。それで、すぐに俺に質問良いかって?言葉が繋がってねぇぜ」
「そう言う人の揚げ足を取るのはいいから。聞いても良いの?ダメなの?」
「別にダメって言ってねぇだろ。何でも聞けよ」
麗音は息を深く吐いて目付きが鋭くなる。
「円華くんは、集団の中で大失態を
いきなり裏社会的な質問をされたよ。
まぁ、そういうのには詳しいけどさ。
「……そうだな、その失敗の仕方にもよるけど殺しない。殺したところで、その分の穴埋めを別の誰かが引き受けなければならないなら、その集団のバランスが崩れるからな。それに殺したりしたら、もしもの時のための捨て
「最後の一言はともかく、それが普通の思考だよね。でも、あたしの命はその円華くんの思考に近いもので一応は奪われずに済んだわ。でも、それは自由になったことにはならなかった」
空気が重くなる。ここから先、重要な内容が絡んでくるのが直感できた。
「リンカーの中身がおまえだった。だけど、おまえ自身にあんな戦い方ができるとはどうしても思えねぇ。あの黒い鎧は、一体何なんだ?」
麗音はすぐには答えず、一呼吸を置いた。
「良いの?あたしが言うこと、信じられる?仮にも、緋色の幻影のメンバーなんだよ?」
「敵の言うことは信用できないって言うほど幼稚じゃねぇよ。時には必死に言葉を並べてくる味方よりも、冷静な敵の一言の方に信憑性を感じるときもある。信じるかどうかは抜きにしても、判断材料は多い方が良いだろ」
麗音は目をそらして右手で頬をかき、やりにくいと言う表情をする。
「はぁ~あ、円華くんの瞳を見てたら、もうあんたの心をかき乱すこともできないってわかるな。……わかったよ、わかりましたよ。あたしの身に起こったことを話すわ。覚悟してね?この情報の中には、あんたの知りたいポーカーズのことも入ってるんだから」
住良木麗音は、事の
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