苦しみからの解放

 倒れている狩原の身体と首が、粒子になって消えていく。


 これで、本当に俺の苦しみは終わったのだろうか。


 いや、終止符しゅうしふを打ったのは過去の呪縛じゅばくだ。


 俺の戦いは終わっていない。姉さんを殺した犯人、ポーカーズへの復讐は終わってないのだから。


 それでも、内なる恐怖が1つ消えたことは喜ばしいことだ。


 狩原の顔が笑ったまま真っ二つになっている。まるで、これで終わりじゃないとでも言うような目だ。


『これは過去の狩原浩樹の残骸だ。彼の力は本当に脅威であり、敵に回したら面倒この上ない相手だった。彼が死神と呼ばれる由縁は、どれだけ死にそうな状況になってもそれを覆し、自身の獲物を喰らおうとする所からだ』


 高太さんが隣に姿を現し、狩原の目と視線を合わせる。


 俺も30秒が経過して能力が切れたのか、人狼の鎧が砕け散っては粒子化して消えていく。


「死神と言うよりは、不死者ふじしゃですね。そして、その力が俺の中に……。狩原だけじゃない。高太さん、俺が受け継いだもう1つの能力は、あなたのじゃないんですか?」


 問い詰めるつもりで聞いたわけじゃないが、聞き方と声音がそうなってしまった。


 俺が見たのは狩原と高太さんの記憶。


 それで、狩原と同じような能力を持っているということは、必然的に高太さんから受け継いだ力ということになるはずだ。


『……その通りだ。けど、それは俺の能力じゃない。君の能力だ』


「それって、どういう意味ですか?」


 受け継いだのは事実だけど、俺の能力?


 何かのトンチなのか?


『詳しい話をするには、ここでは時間が足りないな。氷柱を見てくれ、粒子になってきている。君の意識が目を覚まそうとしている』


 高太さんに言われて氷柱を見ると、確かに多くの氷柱が粒子になって消えていっている。


 俺自身の体も薄くなってきている。


『君の意識が戻る前に、メグを元の体に戻さないといけないな』


 高太さんの体も薄れながら、恵美に近づく。すると、恵美は体を起こして父を見る。


「お父さん……」


「頑張ったな、メグ。遅くなってすまなかった」


「来てくれただけで嬉しかった。……今、どこに居るの?健人さんと一緒に来たわけじゃないんでしょ?」


「……本当にすまない、その通りだ。優理花にも、まだ帰れないと伝えておいてくれ。やらなければならないことが残ってるんだ」


「だと思った、わかったよ。……けど、私、来ることはできたけど、戻り方がわからない」


 頬をかいて苦笑いする娘を見て、高太さんも釣られて笑う。


『そうだったのか。余計に俺が来て良かった。彼の意識が戻ってからもこの世界に留まっていたら、リンクしたまま閉じ込められてしまうから』


「嘘……!?」


『いや、本当。それほどまでに危険なんだ、このリンクの力はな。……目を閉じて、リンク・オフと言えば、元の体に意識が戻れる。まぁ、慣れてくれば念じるだけで戻れるけど。……じゃあ、俺は先に戻るから。……残り少ないけど、彼との2人の時間を大切にしなさい』


 高太さんが何故かウインクをすると、恵美は急に顔を真っ赤にして俯く。


 その姿を見て声を殺してと笑いながら、俺を見て微笑んで高太さんの姿は消えた。


 これで、本当にあの人の意識はこの世界から消えたのだろう。


 そして、この世界が薄れていく中、俺と恵美は残される。


 俺の体は薄れているが、恵美の体はそのまま。


 タイムリミットはあるのに、この時間が永遠に感じる。


 いや、永遠であってほしいと思ってる自分がいる。


 とりあえず恵美に近づこうとすれば、サッと手を前に出され、止められた。


「ど、どうしたんだよ?」


「どうしたじゃない、私の格好、考慮こうりょしろ」


「何故に川柳せんりゅうみたいに言った?」


「とりあえず、あんまり見んな、この変態!!」


 恵美は必死にパーカーを下に向かって引っ張り、頬を赤くして俺を横目でみる。


 そうだった、こいつの今の格好って……裸エプロンとか、裸Y-シャツならぬ裸パーカーだった。


 えっ、何だろう、隠すことで全裸よりもきわどくなってる気がする。


「つか、何でおまえ、裸なんだよ?」


「円華が変態だから、それが反映されたんじゃないの?凄く迷惑……。そう、円華よりも、私の方が凄く迷惑!!」


 いきなりムスッとした顔をして大声を出す恵美に驚き、身を引いてしまう。


「な、何だよ、そんなに大声出して……」


「忘れたとは言わせない!さっき、私の裸を見て、迷惑だって言った。別に私、好きで裸だった訳じゃないんだから!!」


「あぁ〜、そうだったか?あの状況だぜ?そんな何を言ったとか、一々覚えてねぇよ。まぁ、でも……悪かったな」


 なんとなく会話が終わってしまうと、唐突に恵美が俺の首の下に自身の額を当ててきた。


「円華……」


「ん?」


「私……円華の役にたてた?」


「……ああ、まぁな。おまえが居てくれなかったら、俺は狩原の狂気に飲まれていたかもしれねぇ。おまえの言葉が無かったら、俺は何もできなかったと思う」


「……そっか」


 俺は恵美の頭の後ろに手を回し、それとなく抱き寄せる。


「本当にありがとな。いつも、助けられてる」


「……そう思っているなら、1つ聞いてほしいお願いがある」


「お願い?……別に良いけど。俺にできる範囲のことで頼むぜ?」


 恵美は頬を赤くしたまま、俺の顔を見上げてくる。


 視線が合い、若干緊張する。


「私のこと……ずっと、名前で呼んで」


「……は?」


 名前で呼んで、ならわかる。けど、ずっとってどういうことだ?


「円華は絶対、ここでいくら私のことを恵美って名前で呼んでくれても、ここから出たらまた、最上って呼ぶに決まってる。……もう、嫌。胸がモヤモヤする。壁を作られてるみたいで……苦しいよ」


 恵美の目の端に涙が溜まっているのが見える。


 そうか、何でもないような顔をして、何も感じていないわけがなかったんだ。


 俺、本当にバカだな……。


「そんなことぐらい、すぐに言えよ。逆に何を遠慮してたのか、意味わかんねぇし。いつも強引なくせに、何をうじうじしてんだよ?」


 頭の後ろをかきながら減らず口をたたいてしまうと、恵美が俺の両頬に両手を当ててくくる。


「許さない……まだ、許さないから」


「はぁ?じゃあ……どうしたら、許してもら――んっ!?」


 言葉の途中で、俺は恵美に口をふさがれた。それも、恵美自身の口で。要は、キスされたということだ。


 そして、口を離されると、恵美は俯いて顔を隠す。


「特別に……これで、許してあげる。………うぅぅ、リンク・オフ!!」


「えっ……おい!?」


 一瞬反応が遅れてしまい、恵美が例のワードを言えば、すぐに恵美の姿は消えた。


 俺の体はもう影がなく、氷柱ももうほとんど残っていない。


 唇に触ると、何故か口元が笑ってしまった。


「この前の仕返し……にしては、やり過ぎだよな」


 そう呟き、俺の意識は精神世界から現実世界に戻っていった。

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