受け継いだ能力

 狩原の異形な姿を見て、いつか姉さんが言っていた言葉を思い出した。


『意味もなく強さを追い求める者は、人間として壊れていく。強さを追い求めていき、見えないゴールを目指して力を欲っする中、自分が強いと自惚うぬぼれることがあるだろう。その頃にはただ力と共に変わっていった成れの果てに、身体も精神も力に飲まれていき、人間じゃ無くなる。ただの暴力の化身、あるいは化け物だ』


 その姿は、あの時の姉さんの言葉を体現していた。


 確かに、化け物と呼ぶに相応ふさわしい。


『このあふれてくる力が、俺をさらに高みに上げるぅ。圧倒的な強さで、思うがままに破壊する。それが、今の俺の生き甲斐がい!!それこそが真意!!誰も俺のことを止めることなんてできねぇ!!』


 狩原は雄叫おたけびをあげ、俺を目掛けて走りだして一瞬で黒い霧になるように消え、背後に出現した。


 そして、身体に鈍い衝撃が走る。


「……え?」


 恵美の拍子抜けた声が聞こえた頃には、背中から前にかけて、俺の身体を狩原の右腕が貫通していた。その腕には、俺の血がベットリとついていた。


「おせぇ……本気マジになったばかりなんだぜ?もっともっと楽しませてくれよ!!」


 恵美が狩原にレールガンを構える時には、もう奴は俺から腕を抜いて距離をとり、手についた血を舐める。


「この味……やっぱり最高だぜ!!殺し合いってのは、やっぱり血を出さねぇと盛り上がらねぇよなぁ!!」


 この瞬間移動みたいな動き、この前のジャックとの戦いを思い出す。


 あの時、俺は奴の動きについていけなかった。言いたくないが、狩原の言う『闇』を解放しなかったら死んでいた。


 しかし、今度ばかりはそれが出来ない。俺自身が何とかしないといけない。


 痛みはなく、傷口はすぐに塞がったが、狩原に対する攻略法が見えなければ意味がない。


 恵美を横目で見ると、首もとを触って不安そうな表情をしている。


 ヘッドフォンをしていないところから、能力は使えないのだろう。確かに、この状況なら恵美の心を声を聞く力は助けになる。


 だけど、今の状況ではヘッドフォンを作る時間も惜しい。それが隙を作るかもしれない。


 無い物ねだりはできないんだ。できることは、奴の動きを予測することだけ。


 狩原は骨剣を肩に背負い、俺と恵美を見てニヤァっと笑っている。


 どっちの獲物えものを先に食うかを迷っている獣のように見える。


 そして、また黒い霧を出して姿を消すと、次は恵美に迫って腹部に飛び蹴りを入れた。


「うぐっ!!」


「決~めた!!最初におまえを殺して、絶望した後のガキをいたぶってやるよ!!」


 氷柱まで飛ばすと、同時に走り出して恵美に近づけば、彼女の髪を掴み上げ、膝蹴ひざげりを何度もする。


 動きが速すぎる。俺が氷を使う前に、奴は先手を取っている。


 右腕の氷を伸ばして恵美から狩原を引き剥がそうとするが、氷の手は左手に持っていた大剣で弾かれた。


 力が通用しない。


 接近して右腕の氷の刃を振るうが、それは全て狩原がこちらを向かなくても防がれてしまう。


「おまえは後でうんざりするぐらい遊んでやるからよぉ。今は女が死ぬのを黙ってみてろや!!」


「っ……!!ぐぁあ!!」


 狩原が大きく大剣を振るえば、発生した風圧で飛ばされてしまう。


 何とか踏みとどまるが、力の差が埋まらない。力があっても、相手に届かなければ、歯が立たなければ無力なのと同じだ。


「っぐ!!あっ!!がはぁ!!」


「さぁさぁ、もっと痛がれ、もっと苦しめ!!その度に俺の目的は達成される!!」


 高揚感を感じながら、恵美に殴る蹴るを繰り返しながら俺を狂った笑みで見てくる。


 恵美の顔や殴られた箇所には、火傷やけどができている。おそらく、狩原の体はマイナスを大きく越えており、触れた部分を低温火傷ていおんやけどさせているんだ。


「俺が憎いだろ!?今すぐに殺したいだろ!?さぁ、もっと力を求めろ、強さを求めろ!!他者は全員、自分のための捨て駒だ!!繋がりを持たずに孤独になれ。そうすれば、おまえは俺のような強者になれる!!」


 本当にそうなのか?俺が狩原の能力を持っているということは、奴と同じと言うことなのか……?


 力を得るためにこれ以上の憎悪が必要なら、いくらでも壊れてやる。


 今、恵美を助けられるのなら、俺は―――。


『自己犠牲の上での救いは、ただの自己満足だよ』


 ここは俺の精神世界。なのに、現実世界と同じように頭の中に声が響いた。それは、前に1度聞いたことがあるものだった。


「何だ……この声?」


 周りを見ると、目の前に光の粒子が集まり、黒髪ストレートで白パーカーに青ジーンズ姿の青年が現れた。


『こんな形で君に会うことになるとは思わなかったな、椿円華くん』


 恵美にもその男の姿が見えているようで、目を見開いて驚く。


「お……父さん!?」


『ごめんな、恵美。遅くなった。辛い思いをさせてしまい、すまない』


 写真で1度見ただけだけど、わかる。


 この人が、20年前に前に緋色の幻影を崩壊させた英雄。


 最上高太だ。


 高太さんの声が耳に入れば、狩原も彼に気づいてこちらを向き、目を見開いて狂った笑みをする。


「最上……会いたかったぜぇ……最上ぃいい!!!」


 恵美を離し、狩原は高太さんに迫れば大剣を振るうが、それは彼の体をすり抜けた。


 高太さんは何でもないような、興味の無さそうな表情で狩原を見た。

 

『残念だが、今の俺に実体はない。俺は会いたくなかったよ。もう2度と会いたくなかったし、会うつもりもなかった。まさか、この世界に亡霊が残っていたとはな、破滅の残骸が』


「そうさ、俺という存在は消えない。おまえみたいな偽善者がいる限りなぁ。何だ?やっと俺と戦う気になったのかぁ!?」


『おまえと戦うつもりはない。この少年、椿円華くんにを与えに来ただけだ。彼が、彼自身の『力』でおまえから解放されるために』


「……何?」


 高太さんに注意が向いている間に、恵美にかけよって片手で守るように抱きしめ、あの人の言葉に狩原と同じで疑問を覚えた。


「高太…さん……俺の力は、狩原に通用しない。それに、俺の能力はあいつの能力じゃ……」


 下をうつむきながら左手に拳を握れば、高太さんは俺を見て微笑みながら頭を横に振るう。


『やっぱり、君は勘違いをしていたようだね。健人から聞いている。君は、自分は人を凍らせる力を持っていると思っている。……だけど、それは君のではないんだ。君の力は、俺たちを超えている』


 化け物の狩原と、英雄と呼ばれている高太さん自身よりも強い力を持ってるって?


 いやいや、実感ないんですけど。そんな力があったら、狩原に苦戦してねぇだろ。


 これは、ブラフか?いや、高太さんの目を見る感じ、嘘をついているとは思えない。


 なら、俺には何があるって言うんだよ……。


 狩原は俺と高太さんを見ると、グヒッと気持ち悪い笑みをし、大きく、うるさい笑い声をこの世界に響かせた。


「アァ~ハハハハっ!!最上ぃ……おまえがそんな面白くもねぇ冗談を言う奴だったかぁ?あのガキに、俺とおまえを越える力があるだと?ありえねぇだろ。現に、こいつは俺にかなわない!!やはり、俺と釣り合う敵はおまえだけなんだよぉ!!」


 あれ……?何だ、この感じ。狩原の言葉に、何か違和感が。


 高太さんは俺と恵美に向ける優しい目ではなく、哀れみを向ける冷たい目を狩原に向ける。


『もう1度だけ言う。俺がここに来た目的は子供たちの助けになるためだ。おまえと戦うためじゃない』


 あくまでも戦う姿勢を見せない高太さんに、血走らせながら目を見開き、歯ぎしりをして俺を見る。そして、良いことを思いついたと言うように悪い笑みをした。


「ならさぁ……今ここでガキどもを潰せば、おまえは俺と戦わざるおえないわけだよなぁああ!!」


 狩原の中で優先順位が変わった。


 骨剣を大きく振り回し、俺たちに急接近してきた。


 俺はすぐに恵美を離し、狩原の大剣を氷の刃で止める。


 動きは一瞬、力も人間をはるかに越えている。


 俺が本当に狩原に勝てるのか!?


 不可能だ。


 弱気になっていると、高太さんの姿が消えて頭の中に声が響いた。


『確かに、1つの能力だけではあの力には勝てないな』


 高太さん……!?


 狩原の骨剣を右腕の刃で受け止めてさばきながら、高太さんの声にも集中する。


『今の状況では君自身の能力の説明をするのは不可能だ。だから今回限り、俺が君のトリガーを解放する。右目を30秒閉じてくれ。そして、その短時間で君の苦しみのもとを断て』


 30秒……了解。


 狩原の攻撃を防ぎながら、右目を言われた通りに閉じる。


 正直、この化け物相手に30秒は困難だ。


 1秒が永久のように感じているくらいなのだから。


 だけど、それで狩原に勝てるのなら死ぬ気で耐えるしかねぇだろ。


 氷の刃と大きな鉄の刃が1秒間に何度もぶつかり合う。


 5秒経過。狩原の動きは1秒経つごとに早くなり、腕や脚に切り傷が。


 10秒経過。切りつけられた部分への修復が遅くなり、出血が多くなる。


 常に後手ごてに回ってしまう。


 狩原の動きは、もはや分身でもしてるんじゃないかって感じるほどに速く、一撃一撃が重い。


「無駄なんだよ、無駄無駄ぁ!!圧倒的な力の前に、おまえは俺にもてあそばれるしかない!!思うがままに力を振るい、思うがままに壊すのが強者の権利なんだよ!!」


 狩原の言葉を否定するために口を動かす余裕はない。


 いや、俺に否定できるのか?


 この男の言っていることは、俺が今身をもって体験していることそのままじゃないか。


 狩原の言っていることが真実なら、俺は弱いからこいつに……。


「……取ったぁ!!」


 29秒。俺は一瞬思考が停止し、その瞬間に狩原によって右斜めに大剣で胴体を深く切りこまれてしまった。


 痛みは無かった。


 しかし、身体のバランスを崩してしまい、そのまま後ろに倒れそうになった所を狩原が左手を突き通そうとする。


 回避不可能、氷を生成する時間もない。


 狩原の左手が俺の胴体を貫通しそうになった瞬間、奴の動きが止まった。


「ぐぅ!!……これは!?」


 狩原の視線が横に動いた先には、倒れている恵美がレールガンを左手で構えていた。


 そして、俺たちの視線が合い、恵美は頷いてくれた。


 それだけで、頭をリセットするには十分だった。


 相手が誰であろうと関係ない。


 俺は守ると決めたんだ。


 そのためだったら、いくらでも限界なんて越えてやる。


『30秒経過。反撃開始だ』


 狩原は俺よりも先に恵美に向かっていく。


 高太さんの合図を受けて右目を開けた瞬間、紅の氷が俺の全身に広がっていった。


「邪魔するなら、やっぱりおまえから先に消すだけだぜ!!小むすーーぶへぇあ!!」


 狂った化け物が恵美に迫ろうとした時、俺は立ちどころに奴を氷刃でなぎ払い、彼女から離す。


「何だ……?今のは、一体!?」


 狩原は目を見開き、俺を見上げる。


「おまえ……その姿は!?」


 冷静に狩原を見下ろし、口から冷たい息を吐く。


 今はさっきとは違う意味で時間が無限に感じる。


 不思議だ。


 身体が軽い。力が湧き上がってる。


 全ての動きがスローモーションに見え、狩原の前に残像が続いている。


 目の前に居る見た目だけの化け物が、ちっぽけな存在に思える。


 恵美の前に立てば、俺を見上げてあいつは「円華……なの?」と聞いてくる。


 まぁ……そう聞きたくなるのも無理はねぇよな。


「ああ、何か……すげぇことになってるけどな」


 近くに在る氷柱を見れば、そこに映るのは全身を紅の氷でおおった人狼。顔は狼のマスクで隠され、両目は左右で蒼紅に染まってる。


 人狼の姿をした、紅氷ぐひょうの鎧。


 化け物が大剣を振るおうとすれば、俺はその動きの『先』が視え、容赦なく奴の大剣を持つ右腕を斬り飛ばした。


「て……てめぇええ!!何だ、その力は!?認めねぇぞ……てめぇが俺よりも強いなんて認めねぇ!!玩具が主人に―――」


「玩具だと思ってた奴が、自分より弱いなんて誰が決めた?」


 怒っているのか?ふざけるな。


 俺の怒りは、こんなものじゃ治まらねぇんだよ。


 回避パターンを見通して狩原の動きを先回りし、白華の連撃を食らわせる。


燕返つばめがえし‼」


「ぎひぃ‼」


 白華を下から切り上げては空中に浮かせ、下から跳躍すると同時に刃を突き出す。


瞬突しゅんとつ‼」


「がぶふっ‼」


 さらに上に突き上げた後、そこから空中で回転して白華を振り下ろす。


回天かいてん‼」

 

「ぐぁがぁ‼」


 そして、最後に上空から縦に回転し、その勢いを乗せて紅の氷刃を狩原の胴体に押し付けてはそのまま地面に落下した。


天落てんらくぅううう‼」


「あがふぁあああああああ‼‼‼」


 椿流剣術の連撃を喰らおうとも、狩原はまだ持ちこたえる。


 上等だ、まだ戦える。


「俺は自分が傷つくだけなら、それで良かった。おまえに苦しめられていた12年間を返せとは言わない。だけど……恵美を殺そうとしたこと、傷つけたことだけは絶対に許さない!!」


 奴は異形の鎧が剥がれ、生身の身体に戻る。


 俺に見下ろされながらも、狩原はその獣の狂気を宿した目を向けてくる。


 その目から恐怖を感じない。


「これで勝ったつもりか?甘いんだよぉ。おまえの中に闇がある限り、それがおまえを苦しめる。俺が消えようと、変わりしねぇ」


「……それでも、俺は今、あんたを斬ることで過去を清算する」


 俺はアイスクイーンではなく椿円華として、容赦なく無慈悲に、人間の皮を被った化け物の首を氷刃で跳ね、そのまま宙で縦に頭を2つに裂いた。


「椿流剣術……十紋刃じゅうもんじん


 12年間の苦しみからの解放感に浸る前に、30秒は経過した。


 相手の未来の動きが視える能力。


 そして、2つの目の力を解放することで現れる、人狼の鎧。


 それが、俺の受け継いだ力だったんだ。


 体中の氷を消して標準状態に戻り、狩原の残骸ざんがいを無感情で見下ろす。


「……あんたから受け継いだ力は、俺の目的ゆめのために利用させてもらう」

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