副作用の脅威

 地下の実験室にて、研究者の日記を読んでいると、無意識に右目を押さえてしまう。


 希望の血が目を紅く変化させるのなら、右目を蒼く染めたのは絶望の涙の効果ってことなんだろうな。


 記載者の名前は如月彩きさらぎ あや


 この人が、俺のもう1つの能力が生まれる原因を作った張本人。


 この人のおかげで俺は能力に恵まれたと感謝するべきか、自分自身のことで苦しんでいると恨むべきか。


 1つに感情を統一することができれば少しは楽になるのかもしれないが、それができない。


 ヤナヤツはしばらく静かにしてくれていたが、画面越しに咳払いをし、俺の意識を孤独な思考の世界から現実に戻してくれた。


『どうだい?何かわかったかな?』


「大体な。俺、右目の方の能力が無かったら、左目の方の能力に大切な何かを奪われていたのかもしれない。この人が絶望の涙を生み出してくれなかったらって思うけど……自分が突然、何かの拍子ひょうしに壊れるんじゃないかって言う恐怖に飲まれる原因でもあったんだなって」


『恵美ちゃんのように、君も能力の副作用があるのだろ?どのようなものか、教えてくれないか?』


「……悪い。それに関しては、俺もわからない。凍らせる『希望』の方の力を使い過ぎた時に1度だけ起きたんだけど、その時は姉さんが止めてくれたらしい。でも、何が起きて、どうやって止めてくれたのかは教えてくれなかったからな」


『そうなのかい?それはそれは困ったねぇ』


 ヤナヤツが少し声のトーンを下げて呟いた。


 画面の中で、仮面のあごの部分を親指と人差し指で触っている。


「困ったって、どういうことだ?」


『能力の副作用には様々な種類があってね、恵美ちゃんの副作用は急激な睡魔すいまに襲われるという軽度のものだが、他にも重度の作用が起こる者も居たらしい。もし、君の副作用が最悪なケースだった場合、君は予期せず、大切な人を傷つける。もっと酷ければ、殺してしまうかもしれないからねぇ』


 ヤナヤツの言うことは最もだ。


 俺はあの時、姉さんを殺していたかもしれないってことか。


 みんなを傷つけないためにも、俺は自分自身のことを知る必要があるんだな。


「一応、作用が起こる前兆として、頭痛が起こることがあった。その時は使わないようにしていたけど……」


『それが、君の中のストッパーになっていたわけだね。当時は、どうして副作用が起きてしまったのかな?』


「………覚えていない」


 嘘だ、本当は覚えている。


 あれは精神的に不安定だった時、俺が初めて椿家の仕事を姉さんと共に実行していた……。


 精神的なことが引き金になるのは、その時にわかった。


 殺したい、潰したいと言う負の感情がトリガーになるんだ…っと。


 実験室の中を探索していると、他にも希望の血の研究結果や先程とは別の観察日記が出てきた。


 そして、パラパラっとめくっていると、その日記の最後の方のページに恐ろしいことが書いてあった。


 ーーー


 実験は進んではいる。しかし、失敗作が多い。成功したのは一握り、それ以外は要らない。であるからして、私は本部から決断を強いられた。組織の実行部隊を使い、子供たちを皆殺しにする決断を。この研究は誰にも知られてはいけないもの。しかるに、このことに関わった者は組織の者以外は削除しなければならないのだ。


 ーーー


 この文章を読んで、俺が抱いた感情は怒りだった。


 勝手に子供たちを巻き込み、自分たちの都合のためにその命を奪った。


 この研究者は、人として間違っている。


 決行されたのかどうかはどの本にも書かれていなかったが、おそらく、組織の実行部隊が子供たちを殺したんだろう。


 待てよ。


 じゃあ、どうして高太さんは生きてるんだ?


 あの人も、この研究に関わっているはずだ。


 ……実験の成功した子供の1人だったのか?


 考え込みそうになる前に深呼吸して頭をリセットし、調べられることは全て調べ終わり、実験室を出るようとする。


「まさか、こんな所で能力の起源がわかるとは思わなかったぜ。だけど、俺自身の能力のことがわからない。……他人の記憶があるって言うのは、気持ちが悪いんだけどな。大量の情報が急に頭の中に流れてきて、それでも頭痛が起こる」


『他人の記憶?どういうものかを聞いても良いかい?』


「ああ。知らないはずの2人の男の記憶とか、それ以外にも感情とか。1人は高太さんの記憶なんだ。そう言えば、ここ……今さらだけど、記憶の中で見たことがある」


 この実験室の中で、高太さんの視点だった時の立ち位置に来ると、やっぱり風景に既視感がある。


 ドアが開いていて、部屋の前で服も下着も付けていない茶髪の女の人が、中学生ぐらいの少年に人質に取られ、ナイフを銃を顔の横に押し当てられている。


 この女の人……優理花さんだ。


 あの時、高太さんが怒りを覚えていたのが記憶から伝わった。


 当時の高太さんの位置に立ってみるとわかる。あの状況から、遠い距離で人質になっている優理花さんを助けるなんて、不可能に近い。


 それこそ、俺と同じように能力がないと。


「ヤナヤツ、質問がある」


『何かな?』


「高太さんの能力って、どういうものなんだ?最上と同じように、人の心の声が聞こえるとかか?」


『残念ながら不正解だ。君たちの持つ能力は、遺伝子の塩基配列の並びによって、薬の作用が子供に伝わることはあるが、全く同じ能力を受け継ぐことはない。そうだね、高太くんの能力を簡単に言い表すとすれば、思考の同調と言うべきかな』


「同調……か」


 言われて納得と言えば、納得した。


 あの白い空間で、高太さんは俺にリンクできる回路を作ったと言っていた。


 その回路が何なのかはわからないけど、同調と言う能力なら、意識だけの世界で繋がっていても変じゃないよな。


 やっぱり、あれは夢じゃなかったんだな。


 ヤナヤツが腕時計を見ると、『もうこんな時間か』と言った。


『時間が、もう4時を回っているようだ。昼食も抜きにして、長い時間ここに居たようだね。今日はここまでにして、地上に戻ろうか』


「あ、ああ……そうだな。付き合わせてしまって悪いな。ありがとう、ヤナヤツ」


『気にしないでくれたまえ。私は高太くんの頼みを聞いただけなのだから』


「……そうか。それなら最後に1つだけ、どうしても知りたいことがある」


 この空間には、俺とヤナヤツしか居ない。


 聞き出すなら、今しかない。


「ヤナヤツ……。あんたは、どうして、姉さんが死んだ本当の理由を俺に教えてくれたんだ?」


 俺が才王学園に行くきっかけを作ったのは、この笑顔の仮面を付けたAIだ。


 あの白い騎士の写真を送りつけてきたのも、この仮面の紳士。


 その正体は知らなかったのか、あえて教えなかったのか。


 それによって、俺のヤナヤツへの態度が変わってくる。


 ヤナヤツは『ふむぅ……』と呟いて間を置き、腕を組む。


『私としても、あれは想定外の悲劇だった。君のお姉さん、椿涼華くんの死はとても残念だったと思っているよ』


「あんたの感傷に付き合う気はない。聞いたことに答えてくれよ」


黄昏たそがれる余裕も与えてくれないんだね。君はお姉さんの話になると、途端に怖い顔になるみたいだ。それでは、君の知りたい情報を提供しよう……』


 ヤナヤツは少し間を置き、少し低い声音で答えた。


『彼女は死に際に、私に通信してきたのだよ。緋色の幻影について、掴んだ情報を伝えるために。その時、君に送った証拠の写真を撮ったのも、私だ』


「……どうして、助けてくれなかったんだよ。写真なんて撮ってる余裕があるなら、姉さんを助けてくれたって…‼」


『電子生命体の私には、どうすることもできなかったのだよ。私にできることは、彼女の得た情報を確実に持ち帰ることだけだった。君たちに向けての最後の言葉、それも預かっている。遺言と言っても良い』


「遺言……?それは一体っ…!!」


『今の君に言っても、それは意味のないことさ。涼華くんの最後の意志を尊重するためにも、伝えることは控えさせて欲しい』


 姉さんが死の直前に通信したってことは、最後にヤナヤツに何かを託したってことなのか。


 どうして、姉さんはヤナヤツに……。


「あんた、言う気が無いのにほのめかすなんて相当悪い奴だな」


『それはそうさ、私はヤナヤツだからね。しかし、君たちの敵ではないよ。私は高太くんの協力者なのだから』


「高太さんの協力者……ね」


 ヤナヤツが姉さんの死の真相を知っていた理由は大体わかった。


 だけど、姉さんの遺言って一体なんなんだ?


 それに、今の俺に言っても意味が無いって……。


「あの白い騎士は、ポーカーズと関係があるんだよな?」


『その通り。涼華くんは、ポーカーズの手がかりを掴んだが、それによって命を狙われ……そして、その君の言う白い騎士に殺された』


「じゃあ、そいつは誰なんだよ……一体、誰が…‼姉さんを…!?」


『そこまでは、私にもわからないよ。ポーカーズの謎は、私たちでも全ては解明できていない』


 新たな謎を抱えながら実験室を出て、地下から地上に上がれば、そこには困ったような表情をする東吾さんだけでなく最上も居て、頬を膨らませてムスッとした表情で近づいてきた。


「どうして、最ーー」


「遅い!!昼になっても連絡ないし、電話をかけても繋がらないし、報連相ほうれんそうって知らないの!?島中を捜し回ったのに、まさか、ここに居たなんて……」


 コツンっと俺の首から下に、最上が額をつけてきた。


「バカ。心配……したんだからね」


 表情は見えないけど、身体が少し震えているのがわかる。


 最近気づいたけど、こいつ、俺に触れてくる回数が多くなってきている気がする。


 それは彼女が俺に気を許してくれているってことを表しているのかもしれない。

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