知らされざる過去

 恵美side



 お母さんと一緒に家に戻れば、まず最初に思ったのは、当然だけど全然変わってないってことだった。


 家は1階建てで、煉瓦れんがでできている洋風の家で、ほかの家よりも広く作られている。


 実質、お父さんがこの島のリーダーだから、そうなっているらしい。


 よく人が集まるしね。


 家の中に入れば、お母さんが唐突に溜め息をつき脱力して近くに在った椅子に座った。


「まさか、あの子がこの島に来ちゃうなんて……。高太の言う通りになったわね」


「連れてきたら、ダメだったの?」


「ううん、そう言うわけじゃないの。だけど……ちょっと、私たちにとっては、少し複雑な気持ちってだけ」


 本当は、嬉しいと思っているはずなのに、悲しそうな顔をするお母さん。


 その表情を見ると、胸が痛んだ。


「ごめん……なさい、私が勝手に連れてくるって言ったから……」


「だーいじょうぶ!ちょっと、お父さんに連絡するから、少し1人にさせてもらって良い?」


「う、うん……」


 お母さんは笑顔を向けてくれたけど、それが頑張っての作り笑いだってことはすぐにわかった。


 私は奥の方にある自分の部屋に入る。


 部屋の中は白い物で統一していて、必要最低限の物しか置かれていない。


 ベッドの上に大の字に寝転がれば、白イルカの抱き枕を抱きしめる。


 やっぱり、何かを抱きしめていると落ち着く。


 ヘッドフォンをして意識を集中すると、部屋の向こうに居るお母さんの声が聞こえてきた。


「もしもし、高太?私だけど……うん、あなたの予想通り、彼がこの島に来たわ。一体、どんな顔して会えば良いのかわからなかったけど……。あなたの言っていた通り、ヤナヤツに任せれば良いのよね?……わかった、ありがとう。ごめんね?忙しい時に。うん……もう、何言ってるの!?……私もよ、愛してる。じゃあね」


 相変わらず、電話の最後はイチャイチャしてる。


 いつまで経っても、ラブラブ夫婦なんだから。


 目の前でやられると、見てる方が恥ずかしくなるレベルで。


 それにしても……。


 私は、お母さんとお父さんが円華に対して抱いている複雑で大きな感情がどういうものかを知っている。


 愛に近いけど、罪悪感も感じている。


 2人に触れてはある程度の過去は視てきたけど、私の出生に関することと円華やもう1人の大切な子、アラタに関することはほとんど視ることができない。


 本人が思い出さないようにしている記憶や拒絶する記憶は、能力を使っても視れないから。


 でも、円華とアラタに関することで唯一視ることができたものがあった。



 -----



 これは、多分私が生まれてすぐのことだと思う。


 視点はお母さんで、両手に髪まで白いバスタオルで包まれた赤ちゃんをいている。


 この赤ちゃんは私だと思う。


 その日は島が激しい豪雨ごううにあっていて、お母さんは家の中な居た。


 外から強い風の音や、雨の音が聞こえてくるなか、急にガチャンっ!と鍵が開く音が聞こえ、外から2人の男の人が家に雨にびしょ濡れで入ってきた。


 1人は肩まで長い黒髪をした男と、白髪で片目に包帯を巻いている男の人。


 お父さんと、健人さんだ。


 お母さんはすぐに2人に駆け寄れば、2人がそれぞれ黒い布でくるまれた何かを大事そうに抱えているのがわかった。


『高太に健人さん、どうしたの!?こんな雨の日に……戻ってくるのは、あと2、3日かかるって。それに、その抱えているのは……』


 お父さんは疲れた表情を隠さず、壁にもたれかかれば、片手に拳を握って壁を強く殴った。


 すると、布が少しズレて、そこから赤ちゃんの顔が見えてくる。


『予定を早めて……救いだしてきた。それでも、手遅れだったんだ。この2人しか、助けられなかった』


『じゃあ、その子たちが……』


『ああ……奴らの被験体となった、サンプルベビーだ。この子たちの中にはすでに、希望も絶望も……』


『そんな…… 』


 ここまでで、記憶の映像は終わり。


 そう、この赤ちゃんが円華とアラタ。


 だけど、この後のことはわからない。


 2人がどうしてこの島から出ることになったのかは、私にも視えなかった。



-----

 円華side



 この島、自然豊かとか言うプラスの表現をしたけど前言撤回だ。


 点滅している場所への道のりに樹海があり、俺を邪魔するように歩けば樹木が立ちふさがる。


 まるで、この自然が俺を拒絶しているようだ。


 東吾さんがどんどん前に進み、それについていくので精一杯。


 体力とか身体的な問題の前に、この樹海の大きく凸凹でこぼこした地形は慣れていない者には歩くだけで辛い。


 この自然の中……師匠と修行した森の中と似たような環境だ。あの地獄のような環境で、人の暖かさを知った日々が懐かしい。


 ……そう言えば、椿の家の者以外で初めて信頼できるようになったのって師匠だったな。


 最初は恐い人だとしか思えなかったけど、本当に俺のことを強くしようとしてくれた。


 そして、力の意味とその使い方を教えてくれた。


 あの人が師匠で良かったと思うし、俺の人生に関わってきてくれた大人の中で最も尊敬している。


 谷本師匠のことを思い出していると、東吾さんが遠くから俺のことを呼んでいた。


 気づけば、樹海の中を大分進んだようだ。


 東吾さんの近くに、大きな屋敷が見える。


 近づいてみると、その大きさ圧倒されそうになった。


「東吾さん、ここは?」


「20年前に俺たちが使っていた住み家だ。今じゃ、みんなそれぞれに生活ができたから、ここはもう……俺たちをいましめるだけの場所になっちまった」


「戒める……?」


 復唱して聞き返すと、東吾さんの表情が曇る。


「まっ、それについては追々な。今は、おまえ自身の問題を解決するのが先だろ」


「そう……ですね」


 その屋敷の中に入るのかと思って扉の前に行こうとすると、東吾さんが「何してんだ?」と不思議そうな目をして聞いたきた。


「え?だって……点滅している場所ってここじゃないんですか?」


 黒いスマホを確認すれば、画面の地図はこの地点を指していると思ったけだ、東吾さんの顔を見る限り違うらしい。


 じゃあ、俺たちが向かってる所は……。


 東吾さんが屋敷の後ろの方に行くのをついていくと、そこには大きな石が存在を強調するように置かれていた。


「円華、これを動かすのをちょいと手伝ってくれ」


「えっ……あ、はい」


 言われた通りに石を動かすと、その下には想像していなかったものがあった。


 階段だった、その奥は暗闇だ。


「ここを降りるぞ。多分、ヤナヤツはこの下にあるものを見てほしいんだと思うぜ」


「この下にあるもの?……と言うか、地下が存在することに軽く驚いてるんですけど……。緋色の幻影って、地下を作るのが好きな組織なんですかね」


「さぁな。あんな奴らの考えることなんて、何もわかんねぇよ。……わかるとしたら、ヤナヤツと最上、そして谷本ぐらいだな」


「……え?」


 今、俺は聞き間違いをしたんじゃないかと思った。なぜなら、今……聞こえるはずのない人の名前が聞こえてきたから。


 しかし、確認せずにはいられなかった。


 俺の耳が正常だったなら、今一瞬してしまった予想が真実かもしれない。


「谷本って……もしかして、谷本健人さんじゃ……ないですよね?」


 ためらいながら聞いてしまうと、東吾さんは一瞬何かしてはならないことをしてしまったような苦い表情をし、深い溜め息をついて頭を荒くかいた。


「はぁああ……ヤバい、口が滑っちまった……」


「それ、どういう意味ですか?東吾さん!!谷本師匠は、高太さんを知っている……いや、その前に……デスゲームの生存者だったってことですか!?」


 東吾さんは答えずに、沈黙する。


 でも、それは肯定の意味だと受け取った。


 今思い返せば、俺が才王学園に転校することを決めた時、そして谷本師匠に復讐のことを話した時。


 2つとも、どこか複雑な表情をしていたことを覚えている。


 あれは、緋色の幻影のことを知っていたからだ。


 どれだけ危険な組織なのかを師匠は知っていたんだ。


 俺だけが何も知らなかったんだ。


 気持ちが乱れて目がうずきそうになれば、深呼吸して気持ちを落ち着ける。


 今は師匠のことを考えても仕方がない。


 しかし、冷静に考えれば、この島のデスゲームの生存者なら、高太さんの娘である最上のことを知っているはずだ。


 どうして、あの時はお互いに初対面のふりをしたんだ?


 どうして、俺に関係を隠していたんだ?


 俺に知られたくない何かが、2人にはあるんだろうか。


 東吾さんの顔を見れば、聴いても答えてくれそうにない。


「……わかりました。話せないんですよね?なら、今は何も聞かないことにします」


「悪いな……本当に」


 疑問を頭の片隅に置きながら、俺は地下への階段を見る。


 今は知らなければならないことを知ることが最優先だ。



 ーーーーー



 地下への階段は思ったよりも短く、すぐに床に着いた。


 しかし、地上からの日光が少し届いてはいるが、当然ながら奥の方は見えない。


 スマホのライトで前を照らそうとすれば、画面にいきなり『ドーンっ!』と大声を出してヤナヤツが現れた。


 何の反応もせずに無言で半目を向ければ、ヤナヤツは溜め息をついた。


『面白みが無いな~。高太くんも似たようなものだったけどね』


「どうして、そこで高太さんが出てくるんだよ?……そう言えば、どうして東吾さんは上で待たせて、俺を1人でここに来させたんだ?」


 今この地下には、俺が1人だけ。


 東吾さんはヤナヤツからの突然のメールで、もしもの時のために上に残ってもらっている。


「もしもの時のためって書いてあったらしいけど、それってどういうことなんだ?」


『あれはあながち嘘ではないのだけれども、君と2人だけになりたかった口実だよ。東吾くんは優秀ではあるが、今から話すこと、見るものの真意は君にしかわからないからね』


「それは……」


『歩きながら話すよ。まずは、私が止まれと言うまで前に進んでくれたまえ』


 俺が歩き始めれば、ヤナヤツは順を追って説明を始めた。


『君はこの島は何時からあると推測する?』


「デスゲームが2年に1回のペースで、10回で20年、そして、そのゲームが終わってから高太さんたちが住み始めて20年だから、40年前なんじゃないか?」


『惜しいね。正確には、37年前だ。ちなみに、デスゲームは名前や形、場所、首謀者を変え、あらゆる場所で行われた。デリットアイランドだけではなかったのだよ』


「人工島以外で?例えば?」


 ヤナヤツは、俺の今の質問を待っていたかのように、フフっと笑う。


『誰も住んでいない地下街さ。地下と言うのは都合が良い場所だからね。かつてのぼう核実験禁止条約でも、地上、海、空などでの実験は禁止したが、地下については盲点だったようだ。いや、わざと記載きさいしなかった可能性もあるね。地下には、地上のルールは通用しないからねぇ』


「なるほど、今でもそれは変わってないからな。地下で何が起きても、地上の法律からは隔離かくりされてるから何をしても良いって、誰かが言っていたのを思い出すぜ」


『まぁ、あの学園の場合は緋色の幻影が運営しているからねぇ。地上だろうと地下だろうと、何が起きてもみ消されるのさ』


 緋色の幻影と言うワードが出ると、俺はこの際だから、何でも知っているらしいヤナヤツさんに、疑問に思ったことを聞いてみようと決めた。


「……その緋色の幻影について、質問がある」


『何かな?』


「学園長から聞いたことと最上が言ってくれたことに、俺はある違和感を感じている。高太さんは1度、組織を潰したんだよな?」


『うん。犠牲を出しながらも、彼は運営側である緋色の幻影の首脳たちを表舞台からも裏の舞台からも下ろさせた。これは、組織を潰したと言えるだろう。それがどうしたのかな?』


「俺は学園長から、高太さんが潰した権力者は、この世界の半分を支配していた奴らだって聞かされた。それって、完全に崩壊したってことにはならないんじゃないか?現に、ポーカーズがトップに居るんだからな」


『いいや、緋色の幻影は実質崩壊していたのだよ。そのもう半分の権力者たちも、頭が居なくなったとなれば、自分の身可愛さに隠居いんきょした。そして、もう彼らは裏にも手を出していない』


「えっ……じゃあ、誰が組織を復活させたんだよ?と言うか、そもそもどうして緋色の幻影を復活させることができたんだ?実質的に崩壊したなら、建て直すのは普通不可能じゃねぇのか」


『そうだよね~~。私も復活したと知った時は驚いたよ。ただ権力を持っていたとしても、無能ではそこまでできない。今の敵の頭はすさまじい才能の持ち主だよ。それは間違いない』


「凄まじい才能……か」


 姿の見えない大きな力に少しだけ恐怖を感じていると、ヤナヤツに『そこで止まってくれ』と言われたので止まれば、左隣にドアがある。


「ここは……」


『君にとっては重要な場所だ。ドアを開けて入りたまえ』


 言われてドアを開ければ、そこは電気が既についていて、全体が白で統一されていた。


 ビーカーやメスフラスコが棚に収納されていて、本棚もあり、分厚い本やファイルがぎっしりと隙間すきまなく入っている。


 そして、何よりも目を引いたのは、中央に設置してある鉄の椅子いすだった。肘おきや足首が来る当たりに拘束具がついていて、赤黒くなっている。


 この小さな椅子の背丈せたけから考えると、幼少期の子供を座らせていたってことか?


『この部屋は実験室だ。元はね、この島はある研究をするために作られたんだ。まだ未発達の幼児をさらい、非人道的な人体実験をし、ある薬を作るためだけにね』


「その薬って……」


『hope of blood (希望の血)。しかし、希望と言いながら、その薬の作用は人知を越えた『力』を与えはしたが、初期は人の身体を壊す程のものだった。接種せっしゅすれば、五感、感情、記憶のどれか、もしくはその中の複数の作用を失うものも居た。だから、研究者の1人がひそかに、薬の反作用を中和し、被験者たちが自身を守るための『力』を与える薬を研究した。そして、それは成功し、ある男の子に接種した。それが……』


「……もしかして、高太さんなのか?」


『察しが良いね。どうしてわかったんだい?』


「ある女に、俺はある死神の『希望』と、英雄の『絶望』を宿していると言われた。今の話から、『絶望』の持ち主は1人しか居ない。なら、その英雄って言うのは高太さんで、俺はあの人から『希望』と対をなす力、『絶望』をもらったんだなって思っただけだ」


『頭の回転が速いようだ。話が早くて助かるよ。では、その本棚の中から紫色の本が見えるかい?その本を手に取り、開いてみてくれ』


 ヤナヤツの言う通りに、上の方に在った分厚い紫色の本を取り出して開けば、それは人体実験の観察の様子が書かれていた。


 子供たちの様子、薬の副作用などを見て、ほかの研究者の目を盗みながら、子供たちを救うためにもう1つの薬を作り出すために奮闘ふんとうしていたのが伝わってくる。


 そして、その薬の名前、俺の中のもう1つの方の力の根源こんげんがわかったんだ。


 俺は無意識に、その文章を読み上げる。


「人知を越えた能力を人間に与える代わりに、代償として何かを奪う薬、『希望の血』。奴らの下らない希望を壊すために、私はあえて、この薬の対となる薬にこう名付けようと思う。誰かにとっての希望は、誰かにとっての絶望になる。ならば、誰かにとっての絶望が、誰かの希望になるはずだ。だから、これが奴らの絶望になり、子供たちの希望になることを願う。この、tear of despair (絶望の涙)に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る