月夜の湖

 それにしても、これはどういう光景だ?


 夕焼けがまだ顔を出している中、島中の子供たちを集めたのか、幼児から中学生くらいの子までの子供が、島の中央にある大きなテーブルが並んでいる広間に押し寄せて席につく。


 数で言うと、30人くらいか。


 最上に連れて来られ、『ここで待ってて』と言われたので俺が腕を組んで棒立ちになっていると、後ろから頭にチョップされ、最上かと思って半目で後ろを向けば、俺は思わず目の前に居た人を予期しなかったので「あっ」と思わず声を出してしまった。


 最上は最上でも、その母親である優理花さんの方だった。


「そこでただボーっとしていたって、ごはんはできないわよ。みんなの夕飯の準備、手伝ってくれない?」


「え……まぁ、俺で良ければ良いですけど。最上はどうなんですか?」


「メグは加島と一緒に島の反対の方に向かったわ。魚を取ってくるって言ってた」


「そうですか……」


 優理花さんの後ろをついていくと、広間の近くにある料理専用の家のような所に連れて来られた。


 中には、小学校の給食室にあるイメージが強い巨大な鍋と、巨大な飯盒はんごうがあり、食器や料理器具も豊富で一流料理店のキッチンを思わせる設備だった。


「すっげぇ……」


 思わず苦笑いをしながら基樹のような反応を見せてしまうと、優理花さんが手をパンパンっと叩いて大量の夕飯の材料を大きなテーブルの上に広げる。


 豚肉、じゃがいも、玉ねぎ……そして、ターメリックとかの香辛料こうしんりょう


「この材料って、カレーライス?」


「そう、子供たちが大好きなメニューなの。いつもは他の人が一緒に作ってくれるんだけど、手が足りなくてね。あなた、料理はできるってメグから聞いてるわよ?」


「まぁ、できないことはないですけど……。どうして、優理花さんが子供たちの夕飯を作ってるんですか?つか、あの人数分作るのって大変じゃないんですか?」


「ここの大人は島の外に出ることが多いから、自然と子供たちの保護者役が必要になるのよ。それが私ってこと。ここにいる子たちは、みんな分けへだてなく家族だから。あの子たちの嬉しそうな顔を見るためなら、大変なんて思っていられないからね」


 彼女の『家族』という言葉を聞いて、椿の家のことが脳裏を過ぎる。


 血は繋がっていなくても、俺を家族として受け入れてくれた大切な人たち。


「そうなんですか。……多分、俺の今の親も、優理花さんと同じような気持ちだったのかもしれませんね」


「え?」


 優理花さんが不思議そうな表情をするのも気にせず、俺はじゃがいものかわを包丁の刃できながら話す。


「……俺の今の家族、本当の家族じゃないんですよ。だけど、そんなの関係なく俺を育ててくれたんです。多分、愛情に、本当の家族からのものかどうかなんて関係ないんでしょうね」


 その後は、優理花さんが「そう……」と言って急に黙りこみ、俺も口を閉じてしまう。


 この人、俺のことを避けたそうな印象があったけど、だったら、ここで俺とカレー作ったりしないよな。


 娘がそうだと、母もそうなのか、全く読めない人だ。


 話の題材を探していると、調度良いテーマを思い出した。


 最上だったら『言えない』の一点張りだったけど、この人の方があの人のことをよく知ってるんだろうしな。


「あの……聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」


「聞きたいこと?別に良いけど、私で良いの?」


「あ、はい……高太さんって、どんな人かを知りたいんです。あの人は俺のことを知っているけど、俺はあの人のことを知らないんです。だから、できる限りのことを知りたい」


 じゃがいもの次にニンジンを切りながら言えば、優理花さんはお米をとぎながら少しの間だけうつむき、そして溜め息をついてこう聞いてきた。


「主人のこと、メグには聞いたの?」


「聞きましたけど、言えないって言われたので追及はしてません。無理強むりじいって、俺が1番嫌いな手段なんですよ」


「じゃあ、私もあの子と同じ返答をするとは考えなかったの?」


 優理花さんの問いに少し手が止まったが、すぐに作業を続行した。


 あれ?変だな。


 どうして、この人なら話してくれると思ったんだろう。


「そうですね、考えてなかったです。あなたなら、聞いたら教えてくれると思ったんですよね、無意識に」


「あなた、変な子ね」


「よく言われます」


 薄く微笑めば、優理花さんは顔をそらして深い溜め息をついた。


「主人は……最上高太って人は、一言で表したら頑張り過ぎるバカ…かな」


「えっ……バカぁ!?」


 まさかの言葉に驚いていると、優理花さんはフフっと笑う。


「本当にバカな人よ。独りで悩んだり考え込むことが多くて、誰かに頼ることが苦手なの。だから、私が常に目を光らせておかないと、勝手に1人で突き進んじゃう」


「そう……なんですか」


「だから、私たちは高太を支えることを決めたの。彼のおかげで、私たちは今も生きることができるから」


 ……そうか、この人たちは20年前のデスゲームを高太さんたちと生き残ってきた人たちなんだ。


 きっと、辛いことも、苦しいことも、あの人と一緒に乗り越えてきたんだ。


 そして、その中で彼の側に居たのは、優理花さんだったんだろうな。


「高太さんは、強い人……だったんですよね」


「力はね。だけど、心は何度折れかけてたかわかったもんじゃないわ。折れそうな所を踏ん張って、いつも私たちを引っ張ってくれた」


 ごはんをき始めては、優理花さんは俺に横目を向ける。


「力が強いだけじゃ、人を惹き付けることなんてできないのよ。特に女の子はね」


「っ!?……べ、勉強になります」


 その含みのある笑みが、俺の心を見透かしたような気がした。


「そう言えば、主人の小さい時の話で、あなたが知りたいかもしれないことを聴いたことがあるんだけど、聴きたい?」


「高太さんの過去で…?それは、一体……」


「あの人が受けた、人体実験の話よ」


 それは、地下で見た実験ファイルで目を通した。


 確かに、あの話には気になる部分が多い。


 俺は真剣な表情で頷けば、優理花さんは「わかったわ」と言って了承してくれた。


「話しても良いけど、今は無理。明日、時間をつくるからそれで許して」


「わかりました。ありがとうございます、優理花さん」


 約束をした後、俺は優理花さんとカレーライス作りを続けた。


 どうしてかはわからないけど、優理花さんと一緒に居ると最上と一緒に居る時と同等に、ホッと気持ちが安らぐような思いがあったんだ。


 まるで、この人と居ることが当たり前みたいな不思議な感覚だった。



 ーーーーー



 作り終えたカレーライスを子供たちから離れて食べていた時である。


 近くにあった木の下で立ちながら皿を持って食べ、もうそろそろで食べ終わると言うときに、不意に服のすそを誰かに引っ張られた。


 後ろを向いても誰も居らず、視線を下に向けると赤みがかった茶髪の幼女がぼんやりとした表情で俺の顔を見上げている。


「お兄さんはぼっちなの?」


「いきなり失礼だな、おい。状況証拠だけで人を判断するのは危険極まりないぞ?」


「じょうきょうしょうこ?きわまり?」


「あぁ……えーっと、人を見たままでわかったように思っていると良くないって話だ。わかるか?」


「そういうことなの。お兄さんって簡単なことを難しく言う、面倒くさい人みたいなの」


「悪かったな。それで?その面倒くさいお兄さんに何か用か?」


 幼女に容赦なく半目を向けると、ぼんやりとした顔を変えずに俺の服を引っ張ってくる。


「おい、口がついてるなら、ちゃんと言いたいことをはっきりと言えっての」


「……?優理花ママと同じ言い方するの」


「え?」


「優理花ママも、よく『っての』って言うの。言い方がお兄さんとそっくりなの」


 指摘してきされるまで気づかなかった。


 俺ってそんな語尾ごびがあったんだな。


「そうなのか。……そーれーでー、一体俺をどこに連れていくつもりだ?」


 カレーを食べ終わったので食器を近くのテーブルに置き、幼女に引っ張られるままに歩く。


「優理花ママに、ノワールのお世話を頼まれたの。お手伝いして欲しいの」


「ノワールの?あぁ、そう言えば、最上が連れてきてたな」


 下から最上の両腕に、上から大きな胸に挟まれていた黒猫を思い出した。


 そう言えば、この島に来てから見てなかったな。


 てっきり最上に引っ付いてるのかと思っていた。


 今更だけど、あのやる気の無さそうな黒猫って謎なんだよな。


 最上の飼い猫だけどほっとんど放し飼いだし、気づいたら居ないし、気づいたら居るって感じだし。


 でも、この前の夏祭りの時は最上を助けるために役に立ったしな。


「ノワールって、いつからこの島で飼われてるんだ?」


「恵美お姉ちゃんに聞いたことないからわからないの」


「そうなのか……。本当に、最上の周りは謎ばかりだな」


 最上自身と言うよりはその周りが俺と関わりがありそうなのに、肝心かんじんな所がわからない。


 高太さんのことや、優理花さんのこと、ヤナヤツのこともそうだ。あと……名前しか知らないけど、狩原って人のことも。


 あの人たちは、俺の知らないことを知っているはずなんだ。それも、重要なことを。


 鶏舎小屋まで連れて来られると、そこには当然のことながらにわとりしか居なかった。


 そんな小屋を見て、幼女は目を見開いた。


「またノワールが居なくなってるの!……どうしよう、ちゃんと鍵閉めてたのに」


「あの黒猫、本当に実体じったいあるよな?幻覚とかじゃないよな?幽霊じゃないよな?」


「幽霊以外は何言ってるかわからないけど、大変なことになってるの!探さなきゃいけないの!!」


 幼女がピョンピョン跳びながら言えば、俺は頬をかいて視線をそらすがすぐに溜め息をつく。


「俺はノワールを探すから、おまえは戻って他の人に協力を求めてくれ」


「わ、わかったの!」


 幼女がすぐにスタスタと走っていけば、俺はその場に残る。


 闇雲やみくもに捜すよりも、作戦を立てた方が見つかる確率は高い。


 そして、考えていると、核心的な解決を思いついた。


 最上に頼れば良いのではないだろうか。


 最初にあいつに会ったとき、ノワールの声が聞こえた的なことを言っていたのを思い出した。


 飼い主なんだし、消えたと言ったら捜すだろう。


 早速、優理花さんが言っていた島の反対側に向かおうとした瞬間、その声は聞こえてきた。


 ミャ~オ。


 このやる気の無さそうな声、聞き覚えがある。


 後ろを向くと、そこにはあの黒猫がふてぶてしく眠そうな顔で鶏舎小屋の前で座っていた。


「おまえなぁ、勝手に消えるなよな」


 呆れて近づこうとすれば、黒猫は急に立ち上がり、俺の前をすぐに横切っていった。


「おい、こら、逃げるな!!」


 ノワールの後を追うがあの黒猫、やる気無さそうなくせに足が速い!


 あっという間に森の中に入られてしまった。


 もうそろそろで夜になる。


 暗闇の中だと、あの黒猫を見つけにくくなってしまう。


 そう思って走ること、30分。


 俺の運が悪いように働き、すぐに夜になってしまった。


 そして、あの黒猫を見失ってしまった。


「マジかよ……人工島とはいえ、日本列島とは違って日が落ちるのが早いな」


 闇雲に探すつもりはなかったが、結果的にそうなってしまっている。いやだねぇ、本当に。


 暗闇と言うことは、わずかな光でも猫の目は光るはずだ。


 その性質を見つければ……。


 辺りを見渡せば、小さな2つの光が見え、その方向に近づいてみると、その先には透き通るほどに綺麗きれいな湖があった。


 しかし、ノワールは見当たらず、またかれてしまったようだ。


「はぁ……あの猫、今度見たら絶対に逃がさねぇ」


 走り続けていたせいか、体は汗だくになっていて湖で顔だけでも洗おうとしゃがむ。


 両手で水をすくいあげれば、顔を数回洗う。


「この島では、本当に驚くことばかりだな……」


 ヤナヤツの件や、地下でのこと、高太さんの過去、俺が捜していた壁紙の女の人。


 この島に来てから、知りたかったことの多くを今日1日で知ることができた。


 都合が良すぎて恐いくらいに。


 この先、俺は何を知りどんな風に思うんだろう。


 知ることが恐いわけじゃない。だけど、それで今までの俺の何かが変わってしまうんじゃないかとは思う。


 良い変化だったら良いんだ。


 悪い変化だったら、俺は俺を保てなくなるかもしれない。


 知ることは、前の自分から少しでも変わるということだ。


 良い風にも、悪い風にもな。


 そんなことを思って湖を眺めていると、ズバーンッ!と水しぶきをあげて湖から何かが出てくるのが見えた。


 湖の主でも出てきたのかと思ったがそれが何なのかがわかると、俺は思わず目を見開いてしまって「マジかよ……」と呟いてしまった。


 湖の高さは腰ぐらいで、月明かりに照らされて見えるのは上半身の白に近い肌と、特徴的な胸まで伸びている銀髪、そして存在を主張している豊満な胸。


 俺の見間違いでなければ、今、湖から最上が裸で出てきた。


 まるで、金の斧と銀の斧の聖霊?のように。


 最上はすぐには俺に気づかなかったが、目が合ってしまい、あっちも「えっ……」と言って目を見開き、身体が固まってしまっていた。


 お互いに目が合うこと10秒。


 最上は顔を真っ赤にし、胸を両腕で隠した。


「ど、どど、どうして!円華がここに!?」


「あーっと、いや……これは、本当に事故って言うか!あの……だから……でも……悪い」


「と、とりあえず!こっち見るな!恥ずかしい!!」


「ですよね!本当にすいません!!」


 俺はすぐに後ろを向き、最上の裸を見ないようにする。


 脳裏に今の光景が焼き付いてしまい、心臓の鼓動が今まで以上に速くなる。


 魚を取るって、まさかの全裸でかよ!?


 俺は何故かわからないが、あの黒猫野郎があのやる気の無い顔から憎たらしく笑っている顔になっているのではないかと思った。

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