影の糸

 右手の痛みを訴え、すぐに自殺をした。そして、そいつは自分に何が起きたのかもわからないようだった。


 そこから導き出される結論は、本人は自殺する気が無かったのに自殺をしたということ。


 つまり、身体が勝手に動いて自分を殺したと解釈できるだろう。


 しかし、最上たちは痛みを訴えても何の変化も無かったし、俺は最上の口にしたワードを聞いてもそれを実行しようとはしなかった。


 いや、俺の場合は例外か。なんせ、赤眼にしていたわけでもないのに右手の痛みなんて全く感じなかったからな。


 じゃあ、どういう生徒にどういう基準で実行させられるんだ?


 死に関するワードだけに反応するって可能性もある。


「あぁ、何だろう、この……問題の答えがあと少しで導きだせそうなのにひらめかない感じ。凄く気持ち悪い!!」


 校庭のベンチでイライラして頭をかくと、カルシウムを摂取せっしゅしようとイチゴ牛乳をイッキ飲みする。


 しかし、そんなことをしても何も解決はしない。


 後は和泉が持ってきてくれるはずの情報を待つだけなんだけどなぁ……。


 そんなことを思って空を見上げると、上から誰かが「うわっ!」と驚かしてきたが、俺は真顔になってしまった。


 姉さんに言われたことがある。俺は考え事をしていると、驚かそうとしても無反応なので面白くないらしい。


 そして、日のかげで顔が見えない女?は俺に顔を近づけてきた。


「無表情だと、ちょっと傷つくなぁ」


「えーっと……その声からして、和泉か?」


「正解!」


 薄い赤毛の女子が、顔を離すとニコっと笑う。そして、俺の隣に座ってきた。


「私のつてを使って、より多くの状況捜査をしたけど、聞く?」


「聞く。わざわざ、すまなかったな」


 和泉は首を横に振れば、スマホを取り出して画面を見せてくる。


 そこには、被害者それぞれの場所や当時の状況、そして凶器を持っていた手など、1つの項目も漏らさずに記してあった。


「これは凄いな。ここまでまとめてくれるとは思ってなかったから、少し驚いた」


「そう言ってくれるなら、ちょっとは頑張った甲斐かいがあったね。それでね?ここの所なんだけどぉ……」


 和泉は急に俺との距離を詰めると、左手に持ってるスマホを2人で見れるように俺の方に向けてくれるのは良いが、一緒に見ようと彼女が覗き込んでくると、俺の左腕にその……女子特有の柔らかい部位が当たってきて……。


 本人は気にせずに説明しているが、この最上と同等に無防備な女の胸が当たっているのが気になって集中できない。


 いや、誤解しないように弁解させてくれ。


 これは俺が欲情しているわけではなく、今まさに来るのではないかと思うあの男を警戒してのことなんだ。


 この状況、あの頭の固いアホが見たらどうなると思う?


 問答無用で汚物おぶつを見る目を向けられて、あとは面倒なことになるに決まっている。


 違うことに思考を集中させていると、和泉が俺の顔をぐいっと覗き込んできて、さらに胸を押し当てられてくる。


「ねぇ、ちゃんと話聞いてる?集中しないとダメでしょ?」


「あ、ああ!聞いてる聞いてる、大丈夫だ。それにしても、和泉には恐れ入る。この1番重要なことを調べてくれたのは大きい。こればっかりは、俺が調べるわけにはいかなかったから」


「椿くんなら、自分で調べることもできたよね?どうして、私にやってほしかったの?」


 首を傾げて聞かれ、俺は視線をそらして頬をかく。


「どうやら、俺は学園側から注意人物として警戒されているみたいだから、行動は最小限に留めておかないといけないんだ。だから、協力してくれたことには本当に感謝してる。……本当にありがとな、和泉」


 薄く微笑んで礼を言えば、和泉は突然俺から身体を離し、咳払いをして顔を背ける。


「お、お礼は良いから、ちゃんとゲームを止める方法考えてよ?君が言い出したことなんだからね?」


「わかってる。和泉のおかげで攻略法は見えてきた。……こんな馬鹿げたクソゲーでも、学園の根本的なシステムは変わっていないってわかったからな。それだけわかれば十分だ」


「?どういう意味?」


「すまない、今はまだ言えない。だけど、明後日あさってにはわかるようにするさ。……ほら、あそこで側近がお待ちかねだ。戻ってやれよ」


 話を切ろうと、遠くで和泉のことを捜しているのだろう雨水を見つければ指をさせば、彼女も自分の執事しつじのことを見つけ、ベンチから立ち上がって向かっていく。


 しかし、何かを思い出したようにすぐに俺に振り向いた。


「椿くん、このお返しは後で必ず請求するからね?」


「ま、マジかぁ……そうだよな、タダ働きは流石にないか。ポイントだったら、今はそんなに……金ならまだ……」


「ううん、ポイントもお金も関係ないよ?詳細は追って伝えるから、楽しみにしててね!」


 そう言って、和泉は太陽のようなまぶしい笑顔で手を振りながら行ってしまった。


 和泉を見送り、俺は脱力してベンチに身体を預けて空を見る。


 和泉要……使える人材ではあるんだが、関わると疲れるなぁ……。


 黒い部分の塊のような俺が、あの眩しさに浄化されていくのを感じる。


 末恐すえおそろしい女だ。


 しかし、それを抜きにしても、和泉が掴んでくれたこの情報は大きい。


 これで、努力やそれぞれの協力次第で誰も死なずに済む。


 単純過ぎる攻略法だが、これで強制ワードゲームは攻略だと思う。


 あとは、ジャックをらえる方法を考えるだけだ。



 -----


 全く、これは運営からのいじめじゃないだろうか。


 昨日1日、ずっと白い腕輪に注意していたが、あの変な通知音が鳴ることは無かったので怪しいとは思っていたが、今日腕輪の画面を確認するとその謎はすぐに解消された。


 俺が寝ている午後10時から午前5時の間に、ワード通知が着ていた。


 これ、露骨に俺のポイントを削ろうとしているよな。


 今の能力点は25256ポイント。


 この3日間で少ししか減っていない。


 おそらく、俺以上にポイントが減った人や、俺よりもポイントの減りが少ない人も居る。


 その差が何なのか。仮説を立てるだけなら、もしもの可能性で数十通りは思いつくが、確証がなければ無駄な想像だ。


 決定的な一手が欲しい。このゲームで誰も死なせない方法を見つければ、ジャックに近づくことができるはずなんだ。


 朝、そんなことを自室で思っていると、メールの着信音が鳴り、それを確認する。


 基樹からだ。


 昨日頼んでおいたことを、やっと報告してきてくれたのか。


 ーーー


 佐伯から詳しい状況を聞き出したぜ。

 自殺した時の状況は、本当に佐伯の友達は急にそうしたらしい。つか、変なことが起きたってさ。

 右手で机の上にあったコンパスを掴んで、自分の首に刺したんだけどさ、その時にそいつ、『え……?』って何か自分で自分のことがわかっていないみたいだったってさ。

 あと、気になることを言っててさ。

 最初は死ぬ気はないよって笑ってなんだけどさ、右手が痛みだしたら、急にコンパスを手に取ったんだってさ。

 これって、凄く重要じゃね?俺、同じ経験してるからマジで怖いんですけど!?


 ーーー


 2重の意味で驚いた。


 まさか、基樹がこんなに詳しく書いてくるとは思っていなかった。


 だから、保険とした和泉にも同じ事を頼んでいたんだけどな。


 それにしても、俺は狩野基樹という男を少し低く見積もっていたのかもしれない。


 頼んでいた以上の情報を入手してくれていた。このメール、後半の内容の方が最も重要だった。


 ペナルティとして受けるらしい腕輪からの刺すような痛み。

 それが一番重要だったんだ。


 だけど、事実に気づいたとしても、まだ誰も死なせないという攻略法までには届かない。


 ワードを言えば、実行してしまうかもしれない。


 しかし、言わなければ、自分が『死』に関するワードを言われて死ぬかもしれない。


 みんなからこの恐怖を除去する……いや、少なくとも減らすことができれば良いんだ。それだけで、ジャックを見つけ出すための時間稼ぎにはなるんだけどなぁ。


 昨夜ずっと見ていた資料を取り出し、ジャックに関するデータを見返す。


 姉さんは緋色の幻影とポーカーズに関する資料を小さなことでも書き留めてくれていた。


 そのポーカーズの情報の中でも、1番多いのはジャックに関するものだ。


 ーーー


 ジャック。

 ポーカーズの中でもキングの側近と呼ぶに匹敵ひってきする。

 ほかの者はあまり行動を起こさないが、ジャックは殺人をすることにも、させることにも興奮する残虐的な性癖せいへきがあるがために、4人に比べて積極的だ。


 ジャックの特徴を以下に記す。


・衝動的かと思えば、合理的。殺人するときも、決して自分の足がつかないようにするのは当然だが、言葉や物を使って他人にミスリードをさせる。


・プライドが高いように思われる。上下関係は意識するが、自分より下だと思った者に対しては、侮辱ぶじょくされただけでも憤慨ふんがいする。


・主要武器は、三日月みかづきのようなおの接近戦せっきんせんを得意とするようだ。そして、部下には全員、黒いヘルメットで顔を隠させている。


 ちなみに、私が正体を突き止めようとしても、その全てが影武者だった。どうやら、ジャック自身には優秀な部下が居るようだ。


 ーーー


 これで、ジャックに関する記録は終わりだ。


 だけど、これが本当だったなら……。


 ジャックという狂人は、用心深いようだ。


 学園の中にジャックの部下がどれだけ潜んでいるのかもわからないし、その分だけ影武者は居るだろう。


 だったら、やっぱりこのゲームを利用するしかないな。



 ーーーーー

 ジャックオランタンは、西洋の伝説で火を扱う妖精だったか悪魔だと言われているらしい。


 しかし、成仏できない現世に残る魂とも言われており、いわく幽霊のようなものだ。


 え?勝手にジャックオランタンの説明なんて始めてどうしたかって?


 要するのに、幽霊だろうと何だろうと、捕まえて俺の知りたいことを洗いざらい吐かせるってことだ。


 このくだらないゲームの攻略法は見えてきた。


 あとは、予定通りにあいつらに動いてもらえば良い。


 ここからは、俺自身の問題。


 警告してきてたにも関わらず、ゲームの邪魔をしようとしている俺のことを、ジャックが放置するはずがない。


 また、何かしらの接触をしてくるはずだ。


 それを待ってるわけなんですけどねぇ……。


えさが人気のない所に1人で居るっていうのに……全然引っ掛からないなぁ。警戒されてるのか?」


 地下街の路地裏ろじうらで、1人寂しく『七人の侍』を読んでいること2時間経つのだが、何の変化もない。


 どうすれば良い?俺、恥ずかしいことにあっち側から動いてくれないと何もできないんだけど。


 メールを送ってくるか、また手紙を使った接触でも何でも良いんだけどなぁ。


「……あれ?メール?……手紙……そうか、そうだったのか!?俺はもう……奴らの手がかりは持ってるんだ!!」


 急いで路地裏を出て、アパートの自分の部屋に向かう。


 何で、このことを俺はずっと忘れてたんだ?


 不味い、いろいろなことがあって優先順位を下に置きすぎていた。


 やっぱり、後回しっていうのは良くないな。


 重要なことを忘れがちだ。


 着ているジャケットのポケットからスマホを取り出せば、画面のレスタを見る。


「レスタ、起きてるか?」


『はい、さっきからずっと起きてます。椿さん、どうなさいました?』


「至急、あるメールのアドレスを調べてくれ。重要なんだ」


 スマホの受信ボックスのメールを出せば、レスタはそれを確認し、俺の方を向いてビシッと敬礼する。


『了解しました!椿さんのお役にたてるのならば、人肌脱ぎます!』


「いや……脱がなくて良いから……」


 少し苦笑いしながら言い、走りながら溜め息をついた。



 -----

 シャドーside



「や、やめろ!!追ってくるなぁ‼」


 路地裏の狭い道を走り、出口に向かおうとしているパンプキンの被り物をしている者が居る。


 この前見たときも思ったが、ハロウィンでもないのに変な被り物するなと思うのは自分だけではないと思う。


 しかし、おろかなパンプキンだ。


 自分に偶然にも見つかった時点で、もう逃げ場など存在しないと言うのに、ずっと逃げようとしている。


 蜘蛛くもの巣に引っかかれば、暴れれば暴れるだけ、糸がからまると言うのに。


 逃げるジャックオランタンの後ろ姿を見れば、グローブをしている右手で後ろに引っ張るような動作をする。


 すると、ジャックオランタンの動きが急に止まった。


「な、何だよ……!?何なんだよ、おまえ!?おまえもあの人の部下なのか?待ってくれ!殺さないでくれ!!俺はまだ……まだ何もへまはしてねぇよ!!」


 今の自分の姿を見れば、誰もがこの愚かなパンプキンと同じように恐怖するだろう。


 黒いコートに身を包み、フードを深く被り、その顔の上半分には左半分に紫の蜘蛛の紋様が入った白い仮面をしている自分は、不審者と同じだろう。


 しかし、これが自分の礼装れいそうなので仕方がない。


「勘違いをしていらっしゃる。自分はあなたの主とは無関係な人間です。ですが、あなたは我が主にとって邪魔な存在には違いない。よって、少し大人しくしていただきます」


「お、おまえの主……?知らねぇよ、そんなの!!俺はただ、この格好をして椿円華の前に出ろって言われただけだ!」


「……誰に?」


 自分が一歩近づいてジャックオランタンの前に立てば、彼は悲鳴をあげて身体が震え出す。


「そ、そんなの……言えるわけ無いだろ!?言ったら、殺される!!」


「言わなければ、今ここであなたが死ぬことになりますよ?究極の選択ですね。どうします?」


 自分が口の両端を上げておどせば、ジャックオランタンは更に震えが増す。


「わ……わかった……言う……。言うから、殺さないで!!」


「そうですか、それは助かります。では、教えてください?あなたに我が主の邪魔をさせようとしたのは、どこの……どなたですか?」


 ジャックオランタンが何かを言おうとした瞬間、自分の後ろからバキューンッという音が響き、被り物の額に直撃ーーしようとした瞬間に、弾道がれた。


「邪魔が入るだろうことはわかっていました。あの用心深いジャックが、こんな雑魚1人を刺客しかくにしようとしませんもんね?」


 後ろを振り返えれば、自分の目の前に黒いヘルメットをしてレザースーツを着た男たちが殺気を放ちながらこちらを向いていた。


 その手には、銃やナイフが握られている。


 緋色の幻影からの本当の刺客だろう。


 しかし、この者たちは自分のことを知らないのだろうか。


 1人のヘルメットが自分に銃を向ける。


「貴様……何者だ?今の弾道を反らしたのは、貴様だろ?」


「その通りだが、種明かしをするのは好きでは無くてね。身を持って味わい、考えてみればどうだ?」


 言い終わると同時に、今度は右手と同じ手袋をしている左手を1度上げて下に勢いよく下ろせば、ヘルメットたちの凶器を持っている手が急に上がる。


「んな!?」


「あなたたちは自分のことを見た瞬間に、気づかれないうちに去るべきだった。……あなたたちは、もうすでに蜘蛛の糸に捕らえられている。あとは、自分にもてあそばれるのみ……」


 コートをひるがえせば、腰の後ろの方にある四角い箱から鉄の糸が出ており、変幻自在に操作できる。


 目に見えない鋼鉄のような強度の高い糸を出し、ワイヤーナイフにも網にもなる。耐熱性や耐重性に優れており、糸先は何にでもくっ付き、一定時間が経たなければ離れない。


 この路地裏で椿円華に接触しようとしていたジャックオランタンを見つけてから、ずっと糸を張り巡らせていた。


 このヘルメットの集団もジャックオランタンも、自分に近づいてきた時点で糸が身体に付き、操り人形に成っていたのだ。


 そして、糸を操っていると、フードが少しだけずれてしまい、自分の髪が少し出てしまう。


 すると、ジャックオランタンが信じられないと言うような声を出す。


「おまえ……その金ぱーー」


「うるっさいなぁ……それ以上言ったら、口をい付けるぜ?」


 愚かなパンプキンに素の反応で返してしまい、すぐに咳払いしてヘルメットたちを指さす。


「さぁ……面白くもない人形劇の始まりだ」

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