原点回帰

 ずっと前に届いたメールを思い出した。


 菊地が殺されたこの真実を調べようとしていたことで、『UNKNOWN』と書かれたメールが届いていた。


 あれは住良木麗音からのメールかと思っていた。だけど、それならば疑問が残る。


 俺のメールアドレスは転入当初に登録してあるのだから、学園を支配している緋色の幻影が調べていないはずがない。


 ならば、どうして手紙なんて手段を使ってきたんだ?


 単純だし、抜けているとも思うが、可能性から考えれば、あのメールはジャックから送られたものだったからだ。


 それを誤魔化すために、ジャックは手紙を使った。


 こんな単純な可能性にどうして気づかなかったんだろうか。


 相手を知らなかったことで、深読みをし過ぎたんだ。


 こんなことをしてくるはずがないと。


 解法が閃けば、あとは簡単だ。


 レスタがすぐにアドレスの持ち主を割り出してくれた。


 予想通り、住良木麗音じゃなかった。


 1年のCクラス、金木廉太郎かなき れんたろう


 こいつがジャックの正体に近づくための手がかりになる。


 Cクラスのマンションの金木の部屋に向かえば、ドアが無用心にも開いていた。


 中に入れば、1LDKの部屋の中央に、気絶している男が椅子に縛りつけられていた。


 その隣には、パンプキンの被り物が置いてあった。


 額の部分には白いルーズリーフに貼り付けられており、こう書かれていた。


 ーーー


 親愛なる椿家の次期当主である、我が主へ


 お望みの者をたてまつります。有効に活用ください。


 シャドー


 ーーー


 また、シャドーか。俺の味方なんだろうけど、姿を現そうとしない謎が多い存在だ。


 つか、俺のことを主って……会ったこともないのに、そう呼ばれても困るんですけど。


 そんなことより、この季節外れの被り物からして、この金木という男がジャックオランタンだったことは間違いない。


 ならば、ジャックの部下である可能性が高い。


 そして、ベッドの上にはレザースーツを着た男が5、6人縛られて眠っているようだ。


「……やっと見つけた。これで、すべての条件はクリアした」


 目の前に居る哀れなパンプキンを見下ろし、ニヤッと悪い笑みをする。


 そして、ポケットからスマホを取り出し、BCに電話する。


「……もしもし、BC……ああ、準備は整った。3日後に、メールで送っておいた計画を決行してくれ」



 -----

 奏奈side



 可愛い弟のお願いを断ることができる姉が、この世に居るのだろうか。少なくとも、私は無理ね。


 円華が世界征服したいって言った時は、全世界を敵に回すことに全く抵抗はない。


 まぁ、生徒会長としての仕事として、生徒の安全を守るのも1つなのだし、弟の殺人ゲームを止める計画に利用されても、別に何とも思わないのだ。私って良いお姉ちゃんよね?


 それにしたって、私が生徒会長っていう立場を最大限利用してくれちゃったわ。おかげで、これまで以上に忙しかったわよ。


 円華の出してきた条件である3日後の朝、準備は何とか整え、放送部も巻き込み、体育館に学園に残っている1年生を全員集めた。そこには、撮影用カメラも設置してあり、私を映している。


 私は黒い壇上に立ち、マイクに顔を近づけた。


「お集まりのみなさ~ん、生徒会長の桜田奏奈で~す」


 いきなり私がニコッとした笑みをして挨拶したものだから、ざわざわとうるさくなる1年生の皆さん。


 さてさて、この中に緋色の幻影の関係者は何人居るのかしら?


 出来る限り、こういう俯瞰的ふかんてきに全体が見える所から目星を付けたいわよねぇ。


「はい、皆さん、1回お口をチャックしてね?今から、お姉さんが大事なお話をするからね~。みんなの命に関わることだよ?みんなは今、誰かこの学園の中に居る変人のせいで、何時死ぬかもわからないゲームに参加させられているわけよね?怖いわよねぇ。その気持ち、お察しするわ」


 強制ワードゲームの話になると、その場は一瞬で静かになった。


「生徒会では、この事態に対処するためにいろいろと動いているのだけれど、このゲームを始めた犯人は一向に見つからないわ。だけど、我々はこのゲームの攻略法を用意したわ。口にすれば、ポイントは入るけれど、人を殺すかもしれない。だけど、言わなければポイントは減るし、退学になる可能性もある。先生や私たちに訴えても、状況はその上をいっているので対処できない。そんな状況で、少しでも死のリスクを避けることができれば安心よね?」


 私の話に食いついたようで、1年生たちは自身の手首にしている腕輪と私を交互に見る。


 それは、誰も常人なら死にたいなんて思わないから当然よね。


 遠くでパソコンの前に居る真央に合図を送れば、私の背後に上からスクリーンが下りてくる。


「それじゃあ、死なないし退学にもならない、まさに一石二鳥のシンプルな答えを提示するわ。このゲームの攻略法は単純明快だったのよ。試されていたのは、精神力と思考力。人って、恐ろしい状況に身を投じると頭が正常に働かないわよね?まさに、そこが盲点もうてんだった。緊張状態だと、少しひねっただけの問題も解けなくなるのと同じ。学園のルールをはっきり理解していれば、誰も死ななかったのよ。ズバリ、答えはこうよ!!」


 スクリーンに映し出された文に、1年生はほとんどが目を見開いた。


 書いてあるのはこうだ。そう、たったこれだけのことだったのだ。


 実にバカらしい。


『能力点500ポイントを以上で保てば良い。自身の力を示して、ポイントを稼げ!!』


 スクリーンに出された攻略法を見て、1年生たちは意味がわからないというようにまたザワザワとし始める。


 当然よね。私だって、円華に言われた時には簡単には理解できなかったんだもの。


 学園のルールをただ純粋じゅんすいに守ってさえいれば、死にはしなかったなんて、そんな単純な話があるはずがないと、誰もが思うはず。


 ならば、ろんより証拠という言葉に従い、計画通りに進めますか。


 『勝手なこと言うなー!!』や『そんなことあるかよ、バカにすんなー!!』とガヤガヤうるさいギャラリーを無視し、真央に合図をすると、スクリーンの画面を変える。


 すると、スクリーンに私の愛すべき弟が映る。


「え~っとですね?ただ今、今回のゲームの攻略法を見つけたくれた立役者たてやくしゃ、椿円華くんと中継が繋がってまーす。聞こえてますか~、椿く~ん?」


 耳に付けているマイクフォンの位置を確認し、スクリーンの中の円華が頷いた。


『椿円華です。あーっと、今からみなさんが、強制ワードゲームで生き残るために必要なことを証明していきたいと思います。……死にたくなければ、何が映っても目をらさないことをお勧めします』


 スクリーンの中で、円華がどこかの部屋の奥に進むと、そこには左手と両足を椅子に縛り付けられ、両目を白い布で隠されているスポーツ刈りの男子生徒が映る。


「椿く~ん?その生徒は誰なんですか~?」


『彼、このゲームを開いた者と関係している人物だけど、みんなが彼を虐殺ぎゃくさつしないように、安全のために身元は隠しておきます。仮に彼のことはJくんと呼ぼう』


「ふむふむ、それで?今から何をしてくれるのかな~?」


 円華は自身の右腕の白い腕輪を見せる。


『今から、俺の元に着たワードをこのJくんに言います。タイミングの良いことに、みんなが怖がっている死に関するワードだ。言われた後に、彼がどういう行動をするかに注目してほしいです』


 そう言って、円華はJくんの前に立ち、見下ろして『死ねよ、おまえ』と言う。


 体育館の中にいる者は、この先に起こるだろう惨劇さんげきを予想しながら見ている。


 スクリーンの中ではJくんが急にうめき声をあげ、縛られていない右手がタコのような動きをしながらうねり、そのまま自身の首を掴む。


 そして、そのまま力を入れて絞(し)めていく。


『がっ!……ががぁ!!』


 苦しんでいるJくんの隠されている両目の下からは涙が出てきており、口から唾液だえきが垂(た)れてくる。


 その見るに耐えない姿に、体育館の中では辛そうな表情をしている人や、口を押さえて嘔吐おうとしそうになっている人も居る。


 私も同じ気持ちではあるが、それよりも大きな負の感情がある。


 哀しい。


 Jくんよりも、円華を見てその感情が芽生える。


 見下ろしている円華の目は、数々の死を見てきた経験から慣れているように見える。


 無表情のままで、絶対零度に近いほどに冷たい眼差し。


 それは、円華の目なのか、それともアイスクイーンの目なのかは私にもわからない。


 だけど、スクリーンの中でJくんが声にならない声で『だ……ずげ……で…!!』と口にすると、円華はハッと目が覚めたような反応をし、すぐに彼の右手を掴んだ首から離して腹部を殴って気絶させた。


『見ての通り……いや、ほとんどの者が知っているように、言われた本人は自殺なんてしたくはないのに、勝手に身体が自分を殺そうとしてくる。それを止める方法は、死ぬ前に気絶させるか。もう1つは、ポイントを高い水準で保つことだ』


 着た、ここからが重要。


 私も集中しなければならない。


「ポイントを高い水準に……その根拠は?」


『自殺してしまった人たちには、全員に共通点があった。ポイントが全員、500ポイント以下だった。つまり、ボーダーラインは500なんだ。そして、みんなが心配していることがもう1つあると思う。1人1人によって、ポイントの増減量が異なることだ』


「もしかして、そっちの方もわかったの?」


『これには、ある法則がある。それは、所持しているポイントが多ければ、減るポイントは少なく、ポイントが少ないほど、多くポイントは減っていく』


 円華はスマホを取り出し、自身のポイントを示す。


『その証拠に俺の持っている2万5000ポイントは、ゲームが始まった5日前から、ワードを1度も言っていないにも関わらず、5000近くしか減っていない。日に日に、減っていく量は少しずつ増えているけど、それでもこの程度で済んでいる。そのことが、ポイントが高いことが生存できる確率に繋がっていることを表している。現に、俺はみんながワードを言わなかったがために受けている、ペナルティである右手の痛みがないからな。おそらく、その痛みは催眠作用のある毒針が刺さったものだと思う』


 円華の説明には説得力があり、その場に居る者たちから恐怖が少しずつ抜けていくのを感じる。


『もう1度言うけど、ポイントを高く維持しなければ死ぬ。あとの行動は、みんなに任せる。……これで良いか?生徒会長』


「はいは~い、あとはこっちで承るわ。それじゃ、攻略法はわかったところで、これで解散よ。みなさん、ご清聴をありがとうございました~」


 私が帰った帰ったと言いながら体育館から早々1年生を追い出せば、真央を呼ぶ。


「真央、遠くで見ていて、それらしい反応を見せた子は居たかしら?」


「はい、会長。……今のところ、椿さんの予定通りに事は進んでますね。大分驚いています。彼は、どこまで先が見えているのでしょうか」


 真央が苦笑いしながら呟けば、私はクスクスっと笑う。


「あの子は特別なんだもの。言ったでしょ?あの子のことを常識で考えちゃダメだって。椿円華は、私の弟なんだから」

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