間接的なデスゲーム

 最上からあの夜の学園での騒動の後に少しだけ、ヤナヤツについて聞いた。


 その時の最上の顔はどこか聞かれても困るというか、あいつ自身もそんなには知らないような感じだった。


 黒いシルクハットと白い笑顔のマスクをしていて、人の気分を逆撫さかなでするような口調が特徴的らしく、あまり話さないんだという。


 しかし、高太さんたちに協力的であり、情報網じょうほうもうの分野で支援してくれるようだ。


 文字通りヤナヤツなんだろうと思ったが、頼りにはなるようだ。


 俺自身、ヤナヤツのおかげで復讐するきっかけをもらったようなものだからな。


 だから、多分だけど高太さんや俺にとっては、ヤナヤツは少なくとも味方だと思う。


 しかし、レスタの言うイイヤツは確実に、俺たちの敵だと直感した。


 そのことの重大さに気づいたのは、緋色の幻影のことを知っている俺と最上だけだった。


「レスタ、もしかして今行われているゲームは、おまえの管理権限が剥奪されてから始まったんじゃないか?」


『はい、そうです、そうなんですよ~。もう、何がなんだかさっぱりわからないんですよ~。それでお兄ちゃんはすんなりとあんな得たいの知れないものを受け入れちゃってますから、もうプンプンに怒って、椿さんの所に着ちゃいました!』


「じゃあ、今は誰がそのイイヤツって……多分、AIだよな?そいつは誰が管理してるんだ?」


 俺が勝手な仮定で話を進めようとしていると、スマホの画面の中のレスタが首を横に振る。


『わかりません。自立思考型AIらしくて、情報がほとんど入ってこないんですぅ。あっ、イイヤツさんの写真のデータが1枚だけあるので、お見せしますね』


 レスタが画面の中で何かを引っ張り出すような動作をすれば、横から勝手にアルバムが表示され、そこに白いシルクハットで黒い笑顔のマスクをした者が映っていた。


 それを見ると、最上がボソッと「ヤナヤツに似てる……」と呟いたのに俺だけが気づいた。


 そして、レスタから出来る限りイイヤツの情報を聞こうとすれば、昨日の夜と同様に白い腕輪がピピピっと鳴った。


 ワードの通知が届いたようだ。それはその場にいた5人全員に着たようで、それぞれワードの確認を取る。


『飛び降り自殺しろ limit 2minutes』

 

 言うもので、これを面と向かって言うのはやはりはばかられる。


 と言うか、当然と言うべきか、昨日のワードと同等かそれ以上にひどいな。


 他の4人の表情を見るに、やはり口にはできない内容のワードなんだろう。


 基樹がゴクンっと息を飲み、そのまま俺たちの顔を見渡す。


「それで、どうする?おまえら、言うか?」


「うちは言えないよ。だって、言うかどうかは自由なんでしょ?」


「言わないとポイントが減るし、0になれば退学よ?私は言うべきだと思うわ」


「でもでも!うちはこんな酷いことを友達に言えないよぉ……」


「俺も、これは流石さすがにな……」


 3人で言うか言わないかを言い合っている間に、最上が俺の耳を急に引っ張り、耳元にこう呟いてきた。


「3回回ってワンって言いなよ、駄犬だけん


「それ、素で言ってないよな?そうだった場合は、おまえの頬を加減なく両端に引っ張るからな?こら」


「私が円華にこんな生易なまやさしいワードを自分から言うはずがない。安心して、これはワード」


 無表情で言ってくる辺り、多分本当だろう。


 いや、判断基準に関しては別に定めていないが、こいつは嘘をつくことがないし、言いたくない場合は『言う気はない』と言うから問題はないだろう。


 そして、3人の中でもワードを言うかどうかが決まったようで、今のところ1番ポイントが低い久実がワードを言うらしい。


 久実は前もって「ごめん」と謝り、その言葉を口にした。


「使えない男は、左腕を折って」


 地味に心にくるな。左腕を折れって具体的なのがまた……。


 久実は言った後にまたみんなに、特に俺と基樹に謝り、俺たちは苦笑いをする。


「まったく、こんなことを言って何になるんだよって思わね?誰がそんなことを言われて、はいそうですかって従うかよ……って、あれ?」


 基樹のスマホから急に着うたが流れ、彼は電話に出る。


「もしもし?どったの、佐伯さえき…………はぁ?いや、言ってる意味がわからないだけど?…………は?そんなこと……いや、ありえないだろ!?何をバカ言ってるんだよ、冗談だろ!?」


 基樹の表情が急に青くなり、スマホを切れば、目を見開いて俺たちを見る。


 多分、佐伯って同じクラスの佐伯勉さえき つとむのことだよな。


「…今、佐伯って奴から電話があったんだけどさ…。今の、ワードあったじゃん?それで……そのワードがただ一言『マジで死ねよ』って内容なんだけど…。それを佐伯が別のクラスのダチに言ったら……急に、手に近くにあったコンパスを持ってさ。自分の首に刺したって………!!もう……血が多く流れて…………顔が……白いって!!」


 その言葉が嘘ではないことは、基樹の表情からして確かだと思う。


 なら、この強制ワードゲームのワードに従い…………誰かが死のうとしたのか?


 どういうことだよ、それ。 


 人間が期せずして自殺するような光景を見たとき、しかも、それが自身の発した言葉によって死んだのだとしたら、どういう現象が起きるのだろうか。


 おそらく、最初に始めるのは現実逃避げんじつとうひだろう。


 自分が悪いんじゃない。あいつが勝手に自殺したんだ。言っただけだし、本当にするなんて思わない。


 そんなことを言ったところで、起きてしまった事実は変わらない。それに、その言葉が原因で死んだのなら、それは発言者はつげんしゃによる殺人と言えないか?


 イジメられ、心ないクズの一言一言で苦しんだ結果として、イジメ被害者が自殺したのなら、それも殺人だ。


 相手の精神を追い詰めていき、自分の手を下さずに行う間接的な殺人でだ。


 凶器は、言葉ワードという刃物はもの


 今の世の中、その刃物を危険と知らずに振り回す者たちであふれている。


 だけど、言わなければいけないと強制され、言わなければ自分にばつが下る。


 しかし、退学=死の状況にある俺たちにとって、ポイントをけずられるのは危険だ。


 そのことを知らないやつでも、退学になんて誰もなりたくないだろう。


 要するに、俺たちは究極の2択を迫られているんだ。


 自分の身を守るために誰かを間接的に殺すか。それとも、誰も殺さないために退学になるかもしれないリスクをおかすか。


 これはもはや、何かの『力』を試すためのゲームなんかじゃない。


 しかし、あえて試されているのであれば、それはやはり精神力と判断力だ。


 誰かが死んでしまったと聞かされた状況の中で、俺でも少しは頭が正常に働かなかった中で、最上がふと呟いた。


「どっちの手で、どんな表情で自殺したんだろうね……その人」


「・・・は?」


「それによって、このゲームの趣旨しゅしが違ってくるよね。今ので、私の中の疑問は半分だけ解消できた」


「……結局、最上の疑問って何だったんだ?」


「もう聞かなくてもわかるでしょ?」


 こいつは極力答えを言おうとはしない。


 そして、今の会話の中で最上が俺の方に顔を向けることは無かった。


 あれ?これってまた初期に戻ったのか?俺、何かしたっけ?。


 まぁ、そんなどうでも良いことは置いておいて、この異常な状況の整理をしないとな。


 まず、考えろ。


 自殺した者は、『マジで死ね』と言われただけでコンパスの針を首に刺したらしい。


 これだけだと、何も考えられないな。


 最上が言っていたことは重要かもしれない。


 右手か、左手か、その時の表情。


 俺としては、それ以外にも判断材料として何度目のワード通知なのかも重要だと思う。あと、残りのポイントとか。


 ……ポイント……?そうか、いや、でも……これはあくまで仮定だ。


 佐伯って奴に詳しい状況を聞かないことには、どうとも……。


「基樹、佐伯は今どこに居るのかわかるか?」


「え?ああ、確か学園に残ってたんじゃないかな。……だったら、また学園で人が……。畜生ちくしょう!こんなことをして、誰が楽しいんだよ!!」


 彼の言葉に、俺は心の中で『腐った人間のクズだよ』と呟く。


「これはもう、殺人なんてレベルじゃない。仕掛けはまだわかっていないけど、間接的な虐殺ぎゃくさつだ。それも、胸糞悪むなくそわるい!!」


 怒りを隠そうともせず壁を殴って、俺は近くにあったリュックサックを背負う。


「1度、俺は学園に戻る。基樹、一緒に来てくれ」


「うぉ!?ま、まぁ、別に良いけどよぉ。おまえ、顔恐いぜ……」


 少し苦い表情で言われれば、俺は片手で顔をおおい、深呼吸して感情をリセットし、平然とした表情に戻す。


「悪い、もう冷静になった。とにかく急ごう。最上と成瀬、久実はうちに残ってくれ」


「待って、私も円華と一緒に―――」


「最上はいい。つか、来るな。人が多くても足手まといなんだよ。俺と基樹だけで良い」


 半目で有無を言わせないというオーラを出し、最上が首にかけているヘッドフォンを片方耳に当てさせて言えば、彼女は頬を膨らませて不機嫌な表情をしたが、それを無視して軽くしてリュックサックを肩にかついだ。


「おいおい、もう行くのかよ?早くね?」


「何事も早めにやっておいた方が良い。つか、おまえも早く準備しろよ。また何時いつワードの通知がくるかわかんねぇしな。成瀬、親父とおふくろには、すぐに帰るって言っておいてくれ」


「え、ええ。それは別に構わないわ。だけど、珍しいわね。あなた、どこか焦っているように見えるわ」


「それは焦るだろ。こんなゲームで死ぬ気はないからな」


「そういう焦りじゃなくて……って、ちょっと!人の話は最後まで聞きなさい!」


 もう聞く耳を持たずに部屋を出ようとすれば、成瀬に怒鳴どなられるが、半目で「時間がないんだよ、説教なら戻ってからにしてくれ」と返し、そのまま部屋を出た。


 帰郷してすぐに、くだらないクソゲーのせいでもう1度学園に戻ることになるなんて、思いもしなかったぜ。

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