無許可の企画

 奏奈side



 生徒会長という仕事は、どうしてこうも忙しいのだろう。


 思えば、生徒会長になりたいと思ってなったわけではないのだ。


 桜田の人間であることと、ただ単に学年の中で1番ポイントを所持していたからという理由だけで、自動的に職についてしまっただけ。


 じゃないと、こんな面倒なのになるわけないじゃない。


 空気的に拒否権はないみたいな感じだったし、スクールパワハラよ、これは。


 夏休みだと言うのに、本家から戻ったと同時に生徒会室で机の上にある書類に目を通して判子はんこを押すという退屈な作業を繰り返す日々。


 すると、ある資料が目に入り、副会長である眼鏡男子、森村を呼んだ。


「どうされましたか、会長」


「どうされましたかっじゃないわ。私、こんなゲームを許可した覚えはないわよ?どうなっているの?」


 その資料は現在進行形で行われている『強制ワードゲーム』についてのものだった。


 普通は、こういうポイントの増減に関わる企画は生徒会長である私の許可が必要のはず。


 しかし、こんな資料に目を通した覚えはないし、私の判子も押されていない。


 誰のサインも許可印きょかいんもないのに、夏休みの初日である昨日からゲームが始まっている。こんなこと、今までに無かったことだ。


 森野は聞かれている意味がわからないという表情をし、聞き返してくる。


「許可されていないんですか?でも、通してあるってことは……あれ?でも、理事長の許可は出ているって言っていたような……」


「誰がそんなことを言ったの?この約一週間、理事長は私と共に桜田家に行っていたし、何の連絡も着ていないわ。校長がこんな企画を通すとは思えないし……。企画の提出日は私が学園を出た次の日になっているわね。その日、あなたはどうしていたの?」


「会長のご命令通り、各部活ごとの申請案をまとめていました。承認の判子には一切触ってはいません」


「判子は関係ないわよ。問題は、何の許可印もないのにこのふざけたゲームが進行していること。こんなこと、私の世代では前代未聞ぜんだいみもんよ?誰がおこなっているの?生徒会の人間ではないわよね?」


 嫌な予感がしながらも聞いてみると、森野は何かを思い出そうと左上に目を動かす。


「それが……わからないんです。このゲームが進行する前に、生徒会の誰がこんな危険な企画を提出したのか、そして許可したのかを話し合ったのですが、答えは出ませんでした。でも、学園の方はゲームに協力的で……」


「……わかったわ。なら、すぐに全部の監視カメラの映像を見せて。特にここと学園長室、そして万が一の可能性だけど校長室のものを多く持ってきて。もしかしたら、怪しい人物の姿が映っているかもしれないわ」


「は、はい!ただ今!!」


 学園側が協力的?生徒会をスルーして通された企画、もう既に起きているゲーム。おそらく、言ってはみたけれどもそんな人物が映っている可能性は0。


 ならば、可能性は1つにしぼられてくる。


 この企画を通したのは、緋色の幻影の誰か。それなら、組織がお飾りのような生徒会長の権限をスルーして押し通すのも納得がいく。


 だけど……。


 この強制ワードゲームっていうのは、対象は1年だけ。そして、知らない内に全校生徒に配布された白い腕輪。


 普通、こんなゲームなら、スマホに音声認識式のアプリをダウンロードさせれば済む。


 わざわざこんな危険なものを用意することができるのは、この学園では組織の力が働かなければ無理だわ。


 私はもう1度ゲームの資料を読み、一番下のらんを見て舌打ちをする。


「下手したら死人が出るわ、これ……。気づきなさいよ、円華」


 今の私にできることは、このゲームに強制参加している円華の力を信頼することだけ。


 それが凄く、歯がゆい。



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 円華side



 標的の名前はわかった。


 緋色の幻影の核となる存在、ポーカーズ。


 その中でも、キングは姉さんが死ぬ原因と繋がっているかもしれない最重要人物だ。


 しかし、どうやって捜しだす?


 俺自身がえさになって存在を引き出そうとしても、刺客しかくを出してくるだけだった。


 一々差し向けてくる奴らを相手にしていたら、ポーカーズの誰かが3年だった場合には時間が足りない。


 卒業と同時に逃げ切られてしまう。


 何か手は無いのか?ポーカーズ、特にキングを引きずり出す方法は。


 もう1度、あの本を読み返すか。今のところ、手がかりはあの手帳しかないわけだからな。


 全員で朝食を食べ終えると、俺の部屋に集まって今後のことを話し合う。


「結局、夜にワードを出されることはなかったわ。だから、就寝時間しゅうしんじかんは考慮されているようね」


「それは助かったと言いたいけど、もしかして成瀬はずっと起きていたのか?」


「ええ、もしものためにね。だから、今は人生初の夜更よふかしをして凄く眠いわ」


 成瀬が小さな口を少し開けて欠伸あくびをするのを見て、何も考えずに寝てしまったので目を伏せる。


 やはり、この女は勝ちへのこだわりが半端ない。


「瑠璃っち、寝た方がいいんじゃない?」


「寝ている間にワードが着たらどうするのよ?時間切れでもしポイントが多く減らされたら、自分が許せないわ」


「ああ、でも時間切れになったら嫌でも起きるよ?うち、昨日は一瞬で眠たかった目が覚めるほどだったし」


「……おい、久実。それって何の話だ?確かに腕輪から音は鳴っていたけど、そんなに大きな音じゃなかっただろ?」


 久実の言いぐさでは、時間切れになったら何かが起きた風に聞こえるが、俺は特に何の変化も感じなかった。


 腕輪によって何かが違うのか?


 久実は首をかしげ、右腕にしている白い腕輪を指す。


「あれ?円華っちは何も無かったの?時間切れでポイント減ったんだよね?基樹っちも恵美っちも、右手にチクッ、ビリっとしたんだぞ?」


「チクッ……ビリっ?いやいや、俺はそんなの全然……」


「えっ、マジかよ!?それ、病院入った方がいいんじゃないか?神経外科しんけいげかとか」


 病院……行ったら、絶対に知られたくないことが知られる、人体実験の被験者になってしまう可能性が高い……なんて、思っていた時期もあったなぁ。


 目の色さえ変わらなければ、見た目はごく普通の男子高校生だけど。


 しかし、この減点ポイントをつけられた者の中で、俺だけが何の違和感も感じなかった。


 それが地味に気持ち悪い。


『ほーほー、それは不可解ですね、椿さん』


 それは最近全く聞かなかった声であり、最初は誰の声かを判断するのに時間がかかった。


 しかし、自然と自分の普段使っている方のスマホを取り出し、恐る恐る画面を見ると、そこには緑色のバイザーをした本物の電波少女が映っていた。


 彼女を見ると珍しくも素で苦笑いしてしまった。


「えーっと、レスタ……だよな?」


『はい!お久しぶりです、椿さん!お邪魔しております!』


 ビシッと敬礼してくるレスタに、もう目が死んでしまった。


 周りにいる奴らは、後ろからスマホを覗いてくる。


「どうして、俺のスマホに?」


『ご、ご迷惑でしたか……?』


 涙目の上目遣いで言われれば、反射で首を横に振る。


「いや、迷惑ってわけじゃねぇよ。だけど、理由は教えてもらわないと……」


『あっ、それもそうですよね、ごめんなさい。凄くプンスカしてたので、忘れていました!』


「プ……プンスカ?」


『はい!私、お兄ちゃんのスマホから家出してきたんです!!プンプンっ!!』


 お兄ちゃん……岸野先生のことか。何をしたんだ?あの人。


「もしかして、学園で何かあったのか?」


『はいぃ……聞いてくださいよ!!ポイントの管理権限かんりけんげんは私にあったのに、その権利が剥奪はくだつされたんです!!』


「剥奪?一体誰に?」


『それが……妙な名前の人?なんです』


 能力点アビリティポイントの管理者権限を奪うほどの力を持っている者なんて存在するのか?いや、存在するからこそ、レスタは今こういう状況になっているんだ。


 俺たちが息を殺して空気が重たくなっている中、レスタはその名前を口にした。


『新しい管理者の名前は、イイヤツって言うらしいです。変な名前ですよねぇ?』


 俺は無意識に隣に居た最上の表情を見ようとすると、あいつもこっちを見てくる。


 最上は目を見開いて信じられないという表情をしていて、彼女の瞳に映る俺も同じ表情をしていた。


 今の名前だけで、俺たちは互いに今の学園の状況を理解した。


 緋色の幻影が、本格的に動き出したんだ。

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