姉の手帳

 恵美side



 椿家で朝を迎え、和室で川の時の左端に寝ていたので、ふすまを開けて洗面所に顔を洗いに行けば、視界に入った1人の男性を見て一気に目が覚めた。


 そして、その人に向かって少し睨むような上目遣いをした。


「相変わらず、朝が早いですね。……健人さん」


 名前を呼ばれれば、片眼を閉じている白髪の人は、濡れている顔をタオルで拭いてから、開いている右目で私を見た。


 谷本健人だ。


 円華には黙っていたけど、私はこの男のことを彼よりもよく知っている。


「まさか、おまえが俺に話しかけてくるとは思わなかった。おはよう、メグ」


「気安くそっちの名前で呼ばないでください。お父さんとお母さん以外に呼ばれると、不快ふかいですから」


「それは悪かったな。……それで、奴等は何か動きを見せーー」


 私は谷本の言葉を遮るように、スマホのメモに素早く文を書いて目の前に突きつけた。


 谷本はスマホを手に取って見る。


『私が今している腕輪に盗聴とうちょう機能があると思います』


 そして、谷本は一行開けてからメモに文字を入力して、私に見せてきた。


『悪い、注意が足りなかった。それで?動きはあったのか?』


 私はスマホを受け取って文字をもう一度入力し、また見せる。


 それを、交互にしばらく繰り返す。


『昨日から変なゲームが始まった。強制ワードゲームっていうんだけど、それでちょっと気になることがある』


『何だ?言ってみろ』


『時間以内に命令されたワードを、言ったらプラスポイントが追加されて、言わなかったらポイントはマイナス。だけど、それだけじゃないような気がする。タイムオーバーになった時からだったと思うけど、一瞬だけ地味に右手に痛みを感じた』


『そうか。それで、何か違和感はあるのか?』


『今のところは特に。腕輪を外そうとしたけど外れないし、ほかのみんなを見て何か変なことが起きたら、私の仮説は当たったということになる』


『充分に注意しろよ?おまえに何かあったなら、俺は最上に顔向けできん』


『死ぬ気はない。円華を支えなきゃいけないから』


『それは使命感か?』


『ううん、私がそうしたいって思ったから、そうするだけ』


純情じゅんじょうだな』


『何のこと?』


『円華のこと、好きなんだろ?』


 その前まではリズミカルな会話になっていたのに、すぐには返せなくなり、顔が急に熱くなってきた。


 そして、何とか理性を保って文字を入力した。


 本当だったら、谷本の顔面にスマホを投げつけたかったけど、耐えた。


 私、えらい。


『違うから、何言ってるの、気持ち悪い』


『どうして川柳せんりゅうみたいに区切った?』


 私はもうこれ以上は頭が働かなくなり、谷本をむぅぅっと頬を膨らませて上目遣いで睨んでから、急いで顔を洗ってその場を離れた。


 やっぱり、あの人は嫌い……!!



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 円華side



 目が覚めて最初にすることは、いつもなら早朝ランニングなのだが、今日は引き寄せられるように、無意識に隣の誰も居ない姉さんの部屋に足が進んだ。


 姉さんの部屋は多きな本棚ほんだなが3個ほどあり、本がぎっしり詰まっていた。


 日本のもの以外にも、西洋のものもあり、英語や中国語、フランス語などの本もある。


 どうして他の国の本もあるのかを聞いたら、姉さんは『文化とか風潮とか、そう言うのは国によってそれぞれだ。それを理解するために1番良いのは現地に行くことだが、それに次いで、尚且なおかつ手っ取り早いのが、本で知識を吸収ことだ』と言っていた。


 好奇心旺盛こうきしんおうせいと言う言葉があるが、あの人に似合う言葉は知欲旺盛ちよくおうせいだ。


 そして、いい意味でお節介をかく人だった。


 並べられている本の背表紙せびょうしを人差し指でなぞった。


「本当に、あんたは落ち着きがなくて……何がしたいのかがわからない人だったよ。俺のことを散々振り回して、滅茶苦茶だと思っていたら打算的で……俺から見ても、あんたはいろんな意味で天才だった。……あれ?」


 本をなぞっていると、ツルツルとした表紙がずっと続いていたが、ある一冊の本だけがザラっとしていることに気づいた。


 それに違和感を覚え、その分厚い青い表紙の本を取り出してめくれば、それは本ではなく手帳だとわかり、パソコン入力された調査状況が詳しく書いてあった。


「何だよ、これ……!!」


 椅子に座って読み進めていると、そこに書いてあることは、俺が知りたかったことの核心を突いていた。


 これは、姉さんが書いたものだ。


 才王学園に赴任ふにんした時期から始まり、緋色の幻影のことや、20年前のデスゲームのこと、俺がこれまで辿り着いた情報が多く書かれてあったが、その中でもある記述きじゅつに特に存在感があった。


『復活した緋色の幻影の目的は未だに不明。しかし、組織が最重要視している5人の存在がいるらしい。その者たちはポーカーズと呼ばれ、それぞれジャック、クイーン、キング、エース、ジョーカーというコードネームを持っている。この5人に目をつけられれば、あの学園の中では生きていられないだろう。おそらく、私はキングと思われる者に警戒されている。消されるのは、時間の問題だ』


 ポーカーズ。


 緋色の幻影の中でもトップの位置にいるのだろう。


 最上から聞いた、幻影に隠れる5本の柱ってまさか…‼


 だけど、関係あるか。やっと……やっと、標的への手がかりが掴めた。


 姉さんは、ポーカーズを突き止めようとして殺されたのか。


 そして、そのページに挟まれていた、1枚のピントがズレた写真。


 そこに映っている、エメラルドグリーンのラインが入った白い鎧に見覚えがあり、怒りが込み上げる。


「こいつは……まさか!?」


 騎士は最上に言った、仇を討ちたければ、5本の柱を断罪しろと。


 その中の1人として、自分は待っていると。


 姉さんが追っていた存在、ポーカーズ。


 キング、クイーン、エース、ジャック、ジョーカー。


 必ず見つけ出す、どんな手段を使おうと。


 姉さんのやり残りしたことは、弟である俺が遂行する。


 そして、必ず……あの騎士を追いつめてやる…‼


 俺は、改めて決意を固めて、手帳を読み続けた。

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