強制ワードゲーム

 おかしいとは、思っていた。


 あの学園が、普通の夏休みを俺たちに過ごさせるつもりはない。


 だから、ずっと頭の片隅で何かが起きるのではないかと警戒はしていた。


 しかし、まさか、こんな形でくるとは。


 白い腕輪の画面の文字の羅列られつは続く。


『強制ワードゲームのルールはいたって簡単!みんながている腕輪に流れてくるワードを制限時間以内に誰かに言ってね。口に出した場合は能力点のポイントが与えられて、言わなかった場合は手持ちのポイントが減りま~す。たったそれだけのシンプルなルールです。ちなみに、画面は他人に見せないでね?見せたら、それだけでマイナスだからね~。だから、本心の言葉も命令されたワードだからって言い訳に使えるよ~?やだ、きも~いって言葉やタヒねって言っても大丈夫!』


 何が目的だ?これって、別に言わなくてもマイナスになるだけだったら、最悪の場合は最下層のFクラスに落ちるだけじゃ……。


『あ、最後に重大なことを一言。倫理的とかの問題で言いたくないってことなら本人の自由なので言わなくても良い。だけど、このゲームの期間中に能力点のポイントが0を切った場合、問答無用で容赦ようしゃなく退学だから、よろしくねぇ~。それじゃあ、これからそれぞれにワードを送るから、頑張ってね。健闘を祈る!』


 その文を最後に、プチンッと画面が切れた。


 言うかどうかは本人の自由?退学をちらつかせておいてよく言うな。


 舌打ちをついて黒くなった画面を睨み付ければ、またすぐに勝手に画面が光り、そこにワードが着た。


『人間のクズ limit 5minutes』


 これは、完全に人間関係をこじらせようとしているよな。


 近くに居る成瀬を見ると、彼女もワードが通知されたようで、画面を見て頭を押さえる。


「人間としてのレベルを落とすような言葉ね。これを口にすることを、はばかられるわ」


「おまえの方はそう言うレベルか。いや、口に出すことに関しては、人それぞれに限界があるよな。御嬢様って存在が現代人が使う汚い言葉を口にすることを嫌がるのは人前を気にしたら大抵たいていはあると思うし、男がギャルが使うようなワードを言うってなったら抵抗があるだろうしな。……これは、言う方も言われる方も精神的にくるゲームだな」


 成瀬と同時に溜め息をつけば、どちらからともなく思ったことを言った。


「なぁ、『人間のグズ』って言われたらどう思う?どうしたい?」


「精神的に限界まで追い詰めて、もう2度と私に余計な口を開かせないように恐怖を与えるわ」


「……ですよねー、わかります」


 地味にワードを混ぜて話し、チラッと腕輪の画面とスマホの画面を見るが、特に変化は無かった。


 会話の中に地味にふくませるのはダメみたいだ。


「なぁ、成瀬。おまえに着た通知ワードを俺に言ってみてくれね?」


「それは、私に喧嘩を売っているのかしら?言いたくないって遠回しに言ったつもりなのだけれど」


「言わなかったらポイントが減るぞ?100かもしれないし、1000かもしれない。どっちにしても、マイナスポイントは最悪を想定し、極力はワードを言った方が良いんじゃないか?それに、精神的に傷つくのは俺だけなんだから気にするな。安心しろ、今回だけは怨み辛みは一切ない。感情はリセットできるように特訓している」


 もうすでに感情をリセットして無表情になれば、成瀬は俺の顔を見て深い溜め息をつき、腕輪の画面をもう1度見た。


「本当に良いのね?あとで、私の頬をひっぱたかないでよ?」


「俺が手を出す女は、敵とビッチ以外には無いから大丈夫だ」


「なら、安心だわ。私は今のところ円華くんの敵ではないし、ビッチになれるほどの男性経験はないから。……じゃあ、言うわよ?」


「ああ、心の準備はできてるから、いつでもこい」


 成瀬は俺の顔を見れば、目を半開きにしてこう言ってきた。


「ゴミが私の道を塞がないでくれるかしら。最近のゴミは再利用ができるようだけど、あなたは再利用する価値も無さそうよね。誰からも必要とされない人生を生きていて楽しいの?」


 ……これ、毒舌キャラだと知っていたとしても、感情をリセットしていなかったらイラッとくるな。


 このゲームの狙いがわかったような気がする。


 そして、成瀬のスマホのバイブルが鳴り、彼女がそれを確認すると俺に見せてくる。


「+100ポイントだそうよ。……そして、調度5分が経ったわね」


「あっ、マジか……」


 能力点のポイントをスマホで確認すれば、元の25638ポイントが25637ポイントになっていた。


 あれ?1ポイントしか減ってない。最低でも100は減らされると思っていたんだけどな。


 人狼ゲームの時と同じで謎は多いが、この5分間で今回のゲームで何の力が試されているのかがわかった。


 簡潔に言えば、精神力だな。



 -----



 夜、寝る前に俺は他の3人を部屋に集め、ワード通知はどうなったのかを確認しあった。


 どうやら、最上たちも口にするのがはばかられるワードが着たらしく、それを無視していたらポイントが減ったようだ。


 最上、久実、基樹はそれぞれ、2、25、43ポイント減ったらしい。


 どういうことだ?俺が一番減りが少ない。


 久実や基樹との差を感じるけど、何かの基準があるのか。


 人によって減点ポイントが違う理由……1学期の態度に問題がある者は厳しくしているとか。


 少し下を向いて考えていると、不意に最上が顔を覗き込んできたので、とっさに「うぉ!?」と声が出てしまった。


 俺の反応には無関心で、無表情なまま首を傾げる。


「何を考えてたの?」


「ああ、ちょっと減点ポイントについて考えていた。減点する場合、何の評価が作用しているのかってさ」


「そうだね、気になるね。じゃあ、そっちについては円華が考えておいて」


 関心が無いかのように、聞いてきた割にはさらっと返してきた。


「……は?そっちについてって、おまえはどうするんだよ?一緒に考えてくれないのか?」


 俺が少し信じられないと言うような表情をしてしまうと、最上は溜め息をついて目を細めて見下ろしてくる。


「依存されるのは嫌い。私に早速知恵を借りようもするなんて、円華もまだまだだね」


 いきなり上から目線でバカにされた。


 若干苛ついたけど、今は耐える。


「それに、全員で同じ問題に当たってたら時間がもったいないでしょ?私は私で気になったことがあったから、それを自分で試行錯誤しこうさくごするよ」


「そうか。それなら、こっちはこっちで自分でやるさ。だけど、最低限おまえが何をするのかは聞かせてくれねぇの?」


「な・い・しょ」


 言い終わると同時に人差し指を自分の唇に当て、先に部屋を出ていった。


 うわぁ、腹立つ~~。


 その後、すぐに成瀬が深い溜め息をついた。


「本当に、最上さんが団体行動ができないのは全然変わっていないわね」


「安心しろよ、成瀬。最上は普段ボーッとしているけど、あれでやる時はやるし、人並み以上に勘は鋭い。放っておいても大丈夫なんだよ、あいつは」


 一応最上のフォローをすれば、基樹がヘラヘラした顔で馴れ馴れしく肩を組んできた。


「へぇ、円華が人を褒めるなんて珍しいこともあるんだな。……もしかしてぇ、気があるのかぁ?」


「ちょっと基樹っち、それは不謹慎ふきんしんだぞぉ?」


 からからかうような口調になってきて、久実が止めようとする。


 俺は苦笑いしながらスルーしたかったが、基樹はグイグイとくる。


「いやいや、俺はお似合いだと思いまっせぇ?旦那。だって、恵美ちゃんと1番距離が近いのは、男女合わせても円華とだけだしな」


「それ、成瀬にも似たようなことを言われたけど、俺は全然仲がいいなんて思ってないからな?」


はたから見たら、あんたらはカップルみたいなもんでっせ?」


「やめてくれ。背筋が凍る」


 半目になって言えば、基樹がブーブーとうるさくなる。


 いい加減うっとうしくなってきたので、俺は深呼吸をして目付きを変える。


「……悪いけど俺は、もう誰も好きになれねぇんだよ。期待するのは勝手だけど、それが現実になる可能性は無いから。俺の恋は、初恋で終わっているからさ」


「お?初恋!?円華っちが初恋!?」


「ああ。結局、1度も叶わなかったし、もう叶うこともないものだから。それで誰かを愛することに疲れた。俺が恋愛することは、もう無いんだよ……」


 窓の外の月を見ながら呟けば、基樹も久実も黙り混み、成瀬が少し顔をせる。


 おそらく、誰のことを言っているのかがわかったのだろう。


 そして、パンパンっと手を叩き、成瀬は基樹と久実の浴衣の後ろをまんで立たせ「もう寝ましょう。寝れるときに寝ておいた方が良いわ」と言って、2人を外に押し出してくれた。


 最後に成瀬が出るときに、俺のことを見て、哀しそうな目を向けてきた。


「何か辛いことがあったら相談して。話くらいは、聞いてあげるわ」


「……ああ、ありがとな。その時が来たら、そうするさ」


 部屋が俺1人になれば、そのまま少しの時間月をぼんやりと眺める。


 昔の平安貴族は、月を眺めて想い人について考えていたらしいが、俺の場合はもう考えることもできない。


 姉さんを失った時、自分の中の何かにこう言われたことを覚えている。


『おまえは孤独だ。これから先も、おまえの周りには誰も居ない』


 それが幻聴だったのかどうかはいまだにわからない。

 

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