隻眼の師

 実家に入れば、俺たちはすぐにおふくろを先頭せんとうにして居間いままで通された。


 廊下で会う黒服とか半裸で刺青いれずみの入ったハゲなどに「おかえりなさいませ、円華坊ちゃん」と挨拶されるのを、全部「ああ」の一言で終わらせた。


 本当は坊ちゃんと呼ばれるのは好きではないが、いくらやめろと言ってもやめないし、言った時のあいつらの困った表情を見ると、こっちも気まずくなった過去があるのであえて受け入れている。


 姉さんは涼華お嬢様と呼ばれて得意そうな表情をしていた。まぁ、実子じっしだったからな。


 実子じゃない俺が坊ちゃんと呼ばれても、心がざわつくだけだ。


 広い畳の部屋に着けば、おふくろが笑顔で俺たちに入るようにうながす。


 逆らえば俺の二の舞になると思ったのか、無言で中に入って行く4人。


 あいつらの前で、おふくろに倒されてしまったことに罪悪感を覚える。


 部屋の中には横に長い足の低いテーブルが置いてあり、俺はそれの前に胡坐あぐらをかいて座った。


 そして、俺の隣に座った最上とその後ろに居る3人を見て一応の忠告をする。


「今から凄くいかつい顔をしたオッサンが来ると思うけど、顔以外は真面まともな人だから。そこんところは勘違いしないようにな?外見はヤクザの総長だけど……うん、安心しろ」


「今の間は何!?安心できないんですけど!?」


 うるさい基樹は無視して前を向けば、ふすまが開き、左目の目蓋まぶたに深い傷跡きずあとがある、黒い浴衣を着たオッサンがおふくろと一緒に入ってきた。


 オッサンは俺を見ると、ハンッと鼻を鳴らして対面するように座って肘掛ひじかけに頬杖をついた。


「久しぶりだな、クソガキ」


「ああ、久しぶり、クソ親父。元気してたか?」


「ガキに心配されるほど、落ちぶれちゃいねぇよ。それで、急に帰ってくるたぁどう言った用件だぁ?」


「まるで俺が、何か用件が無かったら帰ってこないような言いぐさだな。何もなくても帰っては来るさ、ここは俺の家なんだから。それとも、帰ってきてほしくなかったのか?」


「ったく、てめぇって奴は口が減らないのは変わんねぇな。……それに、クソガキが連れと一緒に来るなんて初めてのことじゃねぇか?どういう風の吹き回しだ」


 親父が4人、特に俺の隣に居る最上を見ると、厳つい顔が下品な笑みに一瞬で変わった。


「まさか、色気づくとは思わなかったなぁ。おまえもやっと男に成ったか」


「おい、何の話をしてんだよ。意味わかんねぇんだけど?」


 俺が半目で呆れながら言えば、おふくろが咳払いをして親父を肘で小突いてにらめば、親父は血相を変えて黙り込んだ。


 念のためにもう1度言おう。


 椿家の現当主は奥さんの尻に引かれています。


 亭主関白ていしゅかんぱくではなく、かかあ天下なんです。


貴方あなた、円華ももう高校生なんですから女の子に興味を持つのは当たり前でしょう。それに、女の子の前でそう言う発言はやめてくださいな。……締め上げますよ?」


「ごめんなさい!!」


 背筋を伸ばして謝れば、今度は親父が咳払いする。


「まぁ、円華の連れなら歓迎かんげいするぜ。男女で部屋を用意するから、自分の家だと思ってくつろいでくれや。困ったことがあったら、近くに居る内の若い奴らに言ってくれ。がらは悪いが、根は良い奴らだ」


 俺が4人を見ると、絶対に頼らないと固く決意した表情をしていた。



 ーーーーー



 居間を出て、それぞれの部屋に通されれば、俺は2階に上がって自分の部屋に久しぶりに戻った。


 中は前と何も変わっておらず、机の上や棚にほこりがかかっていないことから、おくろか誰か下の奴らが掃除をしていてくれたんだろう。


 机に置いてある写真立てを見ると、幼少の頃の俺と姉さんが写っている。


「帰ってきたよ……姉さん。本当はまだ心の区切りができてなかったから、当分は帰る気は無かったんだけどな」


 少し感慨に浸ろうとすると、コンコンっとドアを叩かれる。


 後ろを見ると、そこには親父の部下の黒服が立っていた。


「円華坊ちゃん、少しお時間よろしいでしょうか?」


「別に良いけど、何かあったのか?……もしかして、あいつらが早速何かをやらかしたんじゃ……」


「あ、いいえ、坊ちゃんのご学友は関係ねぇんです。本当に偶然なんですが、今玄関に谷本さんがお見えになられましたので、当主に呼んでくるようにと」


「えっ……師匠が!?」


 俺は急いで部屋を出れば、すぐに玄関に向かった。


 そこには白髪で左目を白い包帯を巻いて隠している男性が居て、俺を見つけると薄く微笑んだ。


「久しぶりだな、円華。元気にしていたか?」


「は、はい、師匠!お久しぶりです。今日はどうして、ここに……」


「当主と仕事の話があってな。それで立ち寄らせてもらった」


 この人が俺の師匠、谷本健斗たにもと けんと


 椿家に来た俺に時々会いに来てくれた剣の先生で、戦闘面で優れた才能を持っている。


 俺が昔から憧れている、最も尊敬している人だ。


 この人には、自然と減らず口を叩かずに敬語になってしまう。


 ちなみに、師匠には戦闘もそうだがそれ以外の面でも勝ったことはない。


 俺は姉さんから生きていく上で大切なことを学び、師匠から命掛けの戦いのいろはを教わったんだ。


 隣に居た親父が溜め息をつき、俺と師匠を交互に見る。


「ったく、おまえは俺には敬語で喋ることねぇくせに、な~にが『お久しぶりです』っだよ」


「うるせぇ、一旦黙ってろ、親父」


「おい、何だその言い方は!!俺はおまえの父親だぞ!?」


 うるさい親父は置いておいて、師匠に上がってもらった。


 すると、玄関が少し騒がしかったのか、最上が部屋から出てきてしまった。


「……お客さん?」


「あ、ああ。俺が昔からお世話になっている師匠だ。師匠、紹介します。こいつは俺のクラスメイトで、最上って言います」


 師匠が最上を見ると、一瞬少しだけ目を細めたように見えたが、すぐに普段の表情に戻った。


「……初めましてだな、谷本だ。円華のこと、よろしくしてやってくれ」


「は……はい、どうも……」


 最上が目を逸らしながら言い、そのまま俺の後ろに隠れる。


 そう言えば、こいつは人見知りだったな。


 ……と言うか、少し震えていないか?こいつがこんな風になるのなんて、珍しいな。


 師匠の独特な雰囲気に押されたのか?


 そして、最上は師匠が居間に入るまで俺の服の袖を握ったままでいて、見えなくなると離した。


「どうしたんだよ?師匠はそんなに恐かったか?」


「そうじゃない!!……円華には、関係ないから……」


 否定するときは俺の目を見て言っていたのに、後半は目を逸らされて俯きながら呟いていた。


 その時の最上の表情は、今までとは違う心の壁を作っているようだった。 

 

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