帰省と共に始まる断罪

夏休みの始まり

 夏の日差しが強い日。


 4日前から、約1か月半の夏季休暇が始まった。


 学園を出てから30分歩いた先にある大きな駅から新幹線に乗り、俺は今、外の風景をイヤホンを耳にしながら頬杖をついて眺めている。


 好きなバンドの曲を聴きながら、青い空、白い雲、視界に入る風景が新幹線の速さで瞬時に変わって静かな……。


「あ、基樹っち、ポテチ取って!」


 静かな……。


「え~?そんなに食べたらすぐに無くなるぜぇ?久実ちゃん」


 静……かな……。


「最上さん、猫を連れてきたのね。バッグの中から顔を出してるわよ?」


 静……かぁ……なぁ……。


「うん……ノワールを置いていくわけにはいかなーー」


「うるっせぇなぁ、おい‼」


 俺はついに堪忍袋の尾が切れたので、隣と向こうの席に居る4人に怒鳴るように叫んだ。


 すると、隣に座っている最上が「円華の方が100倍、うるさい」と言って半目で睨んできた。


 最上だけでなく、成瀬や基樹、久実を連れての里帰り。


 どうしてこうなった。


 時間は夏休み初日にさかのぼる。



 ーーーーー



 3日前、夏休み初日。


 親への連絡をして里帰りへの荷造りを終えた時、タイミングよく基樹から電話が来た。


『ヤッホーっす、円華ー。あのさ、今から遊びに行かね?』


「何で俺なんだよ?おまえが大好きな女子を数人誘って、ハーレム作ってれば良いんじゃねぇの?」


『ハハハー、俺にそんな度胸あるわけねぇじゃーん。地味に酷ーい』


 電話越しにわざとらしい嘘泣きが聞こえて黙ると、『まぁ、冗談はさておき』と話を変えられる。


『俺もそうなんだけどさー、瑠璃ちゃんも久実ちゃんも夏休み暇らしいからさ~。いっちょ、いつメンでどっか行こうぜ‼って言う提案がしたいわけですよ。それでぇ、恵美ちゃんも交えて、どこに行くかの相談をさせて―――』


「俺、3日後に里帰りだから、3人でよろしくやってくれ」


 そう言って電話を切ろうとすれば、その前に『ちょっと待ってくださいよ~‼』とテンションの高いツッコミが入る。


『え?里帰り?1人で?』


「1人のつもりだったけど、最上と2人で行くことになった」


『じゃあさ、俺らも行きたい‼』


「ざけんな」


 今度こそ電話を切って深い溜め息をつけば、しばらくして一気に疲れが襲い、ベッドに横になろうとする。


 しかし、その次の瞬間にピンポーンっとインターホンが鳴った。


 ったく、誰だよ……この疲れてる時に……。


 ドアを開けてみれば、そこに居たメンバーを見て、開けたことを後悔した。


 満面の笑みを浮かべている基樹と久実……と、その横で腕を掴まれて渋々ついてきたのだろう最上と成瀬が立っていた。


「よっ!遊びに行く計画建てようぜ‼」


「……最っっっ悪‼」


 目をキラキラさせながらの基樹の圧に押され、部屋にあげてしまった。


 その後、基樹と久実を中心とした圧に押され、もう1度実家に電話して5人で帰るという連絡をした。


 今度からは、絶対に先の予定は基樹に話さないと心に誓った瞬間だった。



 ーーーーー


 頬杖をついて右手の手首を見ると、白い腕輪が視界に入る。


 学園を出る時に、校門で付けているように言われたものだ。


 肌身離さず持っていないといけないらしい。


 特に何かの規制があるわけではないが、どうしてつけなければならないのかがわからない中で、この腕輪をただ肌身離さず付けていろと言う命令だけでは、気も落ち着かないか。


 腕を組んで目を閉じると、今更ながら聞かなければならないことを思い出した。


「そう言えば、おまえらって帰らなかったら親が心配するんじゃねぇの?」


「大丈夫よ、私の方は親の顔なんて見たくもないのだから」


「卒業するまで返ってくるなって言われたからにゃー」


「俺は特になぁ。男だし」


 ダメだ、もう完全にこれは親を見られるルートだ。


 頭の中で、腕組みをしているヤクザ顔の親父と、着物を着ている若作りをしているおばさんが出てくる。(おばさんなんて本人には言えない)


 あの2人を4人に見られるのか……。


 まぁ、見た目以外は恥ずかしくない人たちだから、第一印象さえ乗り切れば……。


 俺は数時間後に精神的に疲れることを予測し、最上と成瀬に「着いたら起こしてくれ」と言ってから目を閉じて後ろに身体を預けて眠りについた。


 体力は温存しておくか。


 この夏休みの期間。


 椿の実家から予想外の連鎖の引き金が引かれ、その波に翻弄ほんろうされていくことになることを、俺はこの時はまだ気づかずにいた。



 -----



 駅に着けば、俺は最上に左耳を引っ張られ、成瀬に右頬を引っ張られて起こされた。


「円華、起きて。もう着いたよ?」


「起きなかった場合、あなたの間抜けな寝顔をネットにアップして白日の下にさらすわよ?」


 失敗した。この2人に起こすように頼んだ俺がアホだった。起こし方を注文しておけばよかった。


 俺は欠伸をして立てば、上に置いておいたリュックを背負って新幹線を出る。


 そして、駅を出て街の中を見ると、3ヶ月しか経っていないのに妙に懐かしく感じた。


「帰って来たか……椿川村」


「ド田舎だね」


「そんなこと言ったら駄目だよ、恵美っちぃ。でも、本当に田舎だよねぇ。遊べる場所とかあるのぉ?」


「あなたもあなたで失礼だと思うわよ?まぁ、私は静かそうでいいと思うけど」


 椿川村。自然豊かな山岳地帯に面した地域だ。


 俺はここで、椿円華として生活していた。


 特に友達は居なかったから、主に姉さんとの思い出しかない。


 戻ってきたぜ、姉さん……。


 しみじみ感慨に浸っていると、最上が服の袖を引っ張ってきた。


「ねぇ、あの2人を止めなくていいの?」


「あ?」


 最上が指さした先を見れば、ガキ2人がはしゃいでいました。


「うわぁ、山がでかーい‼」


「なぁ、なぁ、あそこに野生の鹿居るんだけど!?写真撮って良い!?」


 俺は深い溜め息をつきながら基樹と久実に近づけば、首根っこを掴んで落ち着かせる。


 そして、低い声でこう言った。


「おまえら、勝手についてきておいて、迷惑をかけるんだったら、問答無用でしばくからな?」


「「ごめんなさい‼」」


 2人を黙らせてからバス停に向かってバスに乗り、そのまま1時間。


 バスを降りてから、俺たちは森林の中にある道路の坂道を上った。


「森林がある場所を初めて見たわ。コンクリートジャングルとは逆に緑があるから目に優しいわね」


「その代わり、野生の獰猛どうもうな動物が居るから危険なんだけどな。俺にとっては、庭みたいな場所だ」


うらやましいわね。木のぼりとかして、さぞ楽しかったんでしょう」


「……木登りに関しては思い出したくもねぇな。林冠りんかんに到達するまで絶対に家には帰さないって言われて……死ぬかもしれなかったな、あれ。絶対に5歳ですることじゃなかった」


「木登り……私も昔は地元でやったなぁ」


「最上が?意外だな」


「ゲームとか無かったからね。それに、お母さんが身体を動かせってうるさかったから」


 最上と成瀬が左右に居て、並んで話していると、後ろで息切れしている久実を基樹が引っ張る光景が見えた。


「もうダメェ。無理~~」


「ほら、久実ちゃん頑張って!……円華ー!あとどれくらいだ!?もう久実ちゃんが限界来てるんだけどー‼」


「もう少しだ……。あっ、屋根が見えてきたぞ?目と鼻の先だ」


 古き良き和風のかわらが横に長く並んでいるのを見つけると、そのまま白い壁で囲まれた大きな家が見えてきた。


 そして、門の前には着物を着た藍色の長い髪を左に流している女性がりんとして立っていた。


 俺は女性を見て驚き、走って近づいた。


 すると、女性は不機嫌な表情になった。


「おい、おふくろ!?どうしーー」


「どうしてじゃねぇんだよ、このバカ息子がぁあ‼」


 目の前に立つと、女性は俺の首に右腕を押し当てて、そのまま地面に俺の身体を埋めた。


「1ヶ月に1度は連絡しろって言ったでしょ?もう3ヶ月経っているんだけど。どういうことけ?忘れてたなんて言わせんよぉ?」


「ご……ごめんなさい……。その……いろいろと……」


「いろいろじゃわからん!!ちゃんと説明しなさい!!」


「……その前に、あっちを見てください、あっちを」


 むなぐらを掴まれて前後にさぶられると目が回る。


 その中で、俺が最上たち4人を指させば、女性は目を一瞬見開いて、すぐにニコッと笑って何事も無かったかのようにオホホホホって笑って、少し引いているみんなを見る。


「どうもどうもぉ、いらっしゃいませぇ。息子がお世話になってますぅ。椿円華の母の、静菜しずなと申しますわ」


 そう、この人が俺の今の母親である椿静菜つばき しずな


 俺が絶対にこの世で逆らうことができない女であり、怒らせたら問答無用でラリアットをしてくる。そのラリアットの速さと言ったら、もう常人では目で追えないレベルだ。


 ちなみに、親父のことを尻に引いている強い女でもある。


 そして、俺の中では恐怖の象徴だ。


「お待ちしておりましたぁ。円華から話は聴いておりますので、ゆっくりなさってくださいね」


 4人の顔を見ると、最上は無表情だが汗が額からダラダラ流れながら、成瀬は無意識に視線を逸らしながら、基樹と久実は震えながら挨拶した。


「「お、お世話になりまーす」」

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