師からの命令

 その日の夜、俺たちは親父やおふくろと夕飯を食べていた。


 若者に合わせた料理にしようとしたのだろうが、メニューがお子さまランチじゃないかとツッコみを入れたくなるようなものだった。


 皿の上にはハンバーグとエビフライ、小さなスパゲッティが盛られており、茶碗ちゃわんにはチキンライス、汁物はコンソメスープ。ガキ扱いしすぎだろ、おふくろ。


「さぁさぁ、遠慮しないで食べなさい。おかわりはいっぱいあるからね!」


 笑顔が恐いんだよ、笑顔が。


 親父もガキと同じ扱いをされてお子さまランチを目の前に出されて気まずい様子。


 正直、ざまぁみろと思っている俺は異常ではないと思う。


 つか、俺が肉がそんなに好きじゃないってことを知ってるだろうに、おふくろは。いじめ?これって母親からのいじめ?ちょっと泣けてきたんだけど。


 このように心の中で嘆いているわけだが、俺は死んだ魚のような目をしながら無表情でお子さまランチを食べ続ける。


 文句なんて言ってみろ、殺されるのが落ちだ。


 そして、俺たちが無言で食べている中、親父が言葉を発した。


「そう言えば、円華。あとで谷本殿が修練場しゅうれんじょうに来るように言っていた。おまえが戻ってくるとは予想はしていなかったようだが、何やら重要な話があるのだそうだ」


「師匠が?……わかった」


 俺の師匠と言う言葉に反応したのか、基樹が「ん?師匠って誰?」と聞いてきた。


 説明するのが面倒だったからスルーした。


 親父は俺たちを見ると、テーブルに頬杖をついて左から右に視線を軽く流す。


「それにしても、おまえの連れは静かだなぁ。空気が重い」


 それは、親父とおふくろが恐いからだよ。……とは、本人の前では言えない。


「緊張しているだけだ。2、3日すれば、ここの奴らと一緒でうるさくなるさ」


「私はうるさくした覚えは1度もない。少し訂正して」


「ちなみに、私もうるさくした覚えはないわ」


「べっつに最上と成瀬のことなんて言ってねぇだろぉが」


「じゃあ、俺のことかぁ?」


「うちのことかにゃあ?」


 中央に座っているからか、4人からの半目の視線を一点に受けると肩身かたみが狭くなった。


「いやー、やっぱりおふくろの飯は美味いなー」


 苦笑いをしながら棒読みで言うが、おふくろからは自分の言葉の責任は自分でとれと言う様に目を細められた。


 親父に助けを求めようとすれば、顔をそらされた。


 ダメだ、解決策が思い浮かばない。


 今ここで「いやー、冗談だよ、冗談」と言ったら、俺は精神的に負けたことになる。


 俺の行動はただ1つに絞られた。


 一気に腹の中にお子さまランチを口から全部胃袋に入れて、さっさとそこから離れたのだった。


 背後から『逃げたな』と言う言葉が乗った視線を集中して浴びたが、それには全力で気づかないふりをした。



 -----

 


 家の隣にある道場に入れば、そこにはすでに師匠が中央で座っていた。


 俺も道場に入って、師匠の前に正座で座る。


「ここで剣の修行をしたのが懐かしいですね、師匠」


「そうだな。修行もそうだが、おまえが俺に初めて挑んだ場所もここだった。あの時は周りが見えていない生意気なガキだと思っていたが、今はその時の面影は少しもない」


「そ、それは師匠にいろいろと鍛えられましたからね。……あと、姉さんにも」


 俺は一瞬表情が曇りそうになったがすぐに無表情に戻し、師匠は真剣な表情になった。


 空気が重くなり、息が苦しくなる。威圧されているように感じる。いや、実際されているんだ。


 師匠が俺に圧をかけるなんて、ただ事じゃない。


「才王学園に入ったと聞いた。俺は止めろと忠告したはずだが?」


「俺はあの学園で、果たさなければならない目的があるんです。だから……忠告を守ることはできませんでした。すいません」


 頭を下げて謝罪すれば、師匠は腕を組んで俺を見る。


「まさか、おまえが俺の言うことを聞かないとは想定していなかった。それほどまでに、おまえを突き動かす目的とは何だ?」


「姉さんを殺した犯人への復讐。姉さんは自殺ではなく、殺されたんですよ。そして、その犯人は学園の中に居る。なら、俺はどんな手を使おうとどんなに傷つこうと、姉さんのかたきを地獄に落としてみせる」


 俺の言葉を聞いて、師匠の目が鋭くなる。


「それは間違った選択だ。おまえは過去に囚われている」


「これは俺が前に進むための復讐です。姉さんのためでもありますけど、これは俺自身の中で終止符を打つための復讐でもある。過去に囚われているわけじゃなくて、過去に区切りをつけるための復讐なんです」


「それで死んだら元も子もないだろう。今、おまえの心がボロボロなのが見てとれる。円華、おまえの行動は矛盾している」


「っ……」


 言い返せなかった。


 圧に押されていたのもあるが、やはり師匠は凄い。


 誰も気づいていないだろう俺の今の精神状態を見抜いている。


 いや、多分、最上にも見透かされてるんだろうな。


 確かに今の俺の心はボロボロの壊れかけだ。去年から変わらない。


 姉さんを失った俺は、ある意味では自暴自棄になっている自覚はあった。


 痛みは身体を凍らせれば感じないから。


 だけど、心の傷だけは凍らせても意味がなかった。


 どれだけ心を凍らせようとも、どれだけ無心を装うとも、時間が経つにつれて少しずつ広がっていく癒えない傷。


 この傷を意識しないためにも、俺は復讐の道を選んだのかもしれない。


 しばらく無音の空間が続けば、師匠は俺の目を見てこう言った。


「才王学園を辞めろ、円華。これは師としての命令だ」


 師匠の今の一言は、俺の聞き間違いか?


 才王学園を、やめろって……?どうしてだよ、俺はまだ、姉さんの仇をとってないのに。


 待て、今ここで露骨に何も考えずに反論しても駄目だ。


 師匠は自分が納得するまで、絶対に考えを変えない。


 考えろ、ここで俺の意志を伝えることと、学園に居なきゃいけない理由を提示するんだ。


「師匠、言っている意味がわからないです。どうして、俺が学園を辞めないといけないんですか?」


「今のおまえでは、復讐をしたとしてもその先が見えていない」


「復讐した後のことは、その時になって考えれば良い。そのために、俺は前に進むための復讐を選んだんです」


「言葉で目的を飾り立てるのはやめろ。その前に見える景色も頭の中にイメージとしてないのに、そんなことを言っても意味はない。おまえが今、本当に前に進もうとしているのであれば、その前に未来をイメージしろ。足を進めているだけじゃダメなんだよ。その行き先が具体的に見えていなければ、その先にあるのは……破滅はめつだ」


 師匠の言うことを否定するつもりはない。


 わかってる。師匠は俺の身を案じて止めてくれているんだ。


 俺が復讐の鬼になる前に、楔を打とうとしている。


 だけど、もう……違うんだ。


 守ると決めたから。


 もう失いたくないと思ったから。


 だから、俺はアイスクイーンに戻る覚悟ができたんだ。


 いや、アイスクイーンを越える覚悟が。


 もう、姉さんを失った悲しみだけじゃないんだ。

 

「俺は、過去に囚われた復讐をするつもりはないと思っていたんです。だけど、気づいていなかっただけで、姉さんのための復讐心は環境によって薄れかけていた。その思いと意志を思い出させてくれたのは、最上だった。最上は俺の味方で居てくれた。俺の隣に居てくれた」


 そうだ。復讐心だけだったら、俺の心はすさみきり、何もできずにいたと思う。


 だけど、今の俺の内にあるのは……。


「あいつは自分の身も顧みずに、俺のことを助けてくれたんだ。俺は……あいつの力になりたい。もう姉さんのための復讐だけじゃない。姉さんを殺した奴らは、最上のことも殺すかもしれない。あいつだけじゃない、基樹や成瀬、久実のことも……。だから、そうなる前に俺が復讐を果たす。いくら師匠の命令でも、俺は目的を果たすまで才王学園を去る気はない!」


 真剣に、俺の覚悟を言葉に乗せれば、師匠は目を見開いて沈黙が流れる。


 そして、師匠はいきなりフッと薄く微笑んだ。


「……女…もしくは、仲間のため……か。おまえにしては珍しい行動原理ではあるが、悪くはないな。おまえの中に、復讐以外の確固かっこたる目的があるのであれば、俺が止める必要はない」


「じゃあ……俺は才王学園に残っても良い…んですか?」


「そう言っている。おまえのやりたいようにすれば良い。……それにしても、おまえがあいつと同じことを…」


 師匠は後半、どこか嬉しいような悲しいような顔をして何かを呟いた。


「……師匠?」


「いや、こっちの話だ、気にするな。おまえは、自分の意志で選択した道を進めば良い。おまえが道を間違えたのなら、俺がおまえを殺してでも止めてやるから安心しろ」


 師匠が腕を組んで平然と言ってきたことに、俺は頬をかいて苦笑いをする。


「できれば、殺さない方向でお願いしたいんですけどね……」


「それもそうだな。では、言葉での語り合いはここまでにして、今度は剣で語り合うとするか?」


 道場のすみに置いてある木刀ぼくとうを取り、俺に向けてくる師匠。


「か、勘弁してくださいよぉ…!!」


 結局、俺の声は届かずに1時間くらい、久しぶりに剣の稽古けいこをつけられた。


 最強の暗殺者と呼ばれたアイスクイーンでも、最強の剣士である谷本健人にはかなわなかった。


 身体中が痛くなった。



 -----

 健人side



 稽古を終えて円華を見送れば、懐から黒いスマホを取り出してある者に電話をかける。


「もしもし、俺だ。やはり、俺が言っても止まらなかった。当然と言えば当然だが、あいつの予想通りだったな」


『そうか……わかった。なら、俺たちは俺たちで、ガキどものサポートをするだけだ。緋色の幻影の力がこれ以上増す前に、やれることはしなきゃな。……あんな、殺し合いで苦しむのは、俺たちだけで十分だ。最上には俺から言っておく。当分のガキどものお守りは頼んだぜ?』


「貴様に言われずともわかっているが、俺の弟子はおりを必要とするような柔な鍛え方はしていない。あいつはあいつでどうにかするはずだ。俺は俺の仕事に専念するだけだ。筋肉バカは何も考えずに島の周囲を警戒していろ。切るぞ」


『って、ちょっと待て、ちょっと待てって、谷本!!ヤナヤツからの伝言があるんだ。……円華には、『能力』のことを気づかれないようにしておけだとよ』


「……言わずもがなだ。それが、俺と最上との約束だからな」


 電話を切れば、スマホを懐にしまって溜め息をついた。


 ここからは俺も身体を張らなければいけない。


 悲劇は、もう繰り返さない。

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