意外な才能

 放課後の投票タイムを終えた後、いつもは教室から5人バラバラに別れるけど、3人を見送ると新森が俺の腕を掴んできた。


 反射的に手を払おうとするのを抑えながら、怪訝けげんな顔をして見ると、新森は何か真剣な表情をしている。


「何だ?もう帰りたいんだけど」


「帰るにはまだ早いんじゃあないかなぁ、円華っち」


「はぁ?」


「占い師探しだよ、占い探し!一緒に放課後しようって約束したでしょ?」


 覚えてないの?っと言うような不機嫌な表情をしてくる新森に、首を傾げて頭に『?』ばかりが浮かぶ。


 全然、そんなことを約束した記憶はないのだが、それは俺の記憶にないだけか?


 昼休みは新森と会話をしてないし、授業の合間の時間にも近づいてきてはいない。


 いや、昔姉さんに言われたことがある。


 俺は話すのが面倒だと感じると『そうか?』『そうだな』『そうかもしれない』と言う、『そう』の3段活用?で会話を成立させていることがあるらしい。


 今回もそれで新森の話を生返事してしまい、知らない間に約束をしていた可能性もあるな。その場合は、新森に申し訳がない。


 両腕を組んで溜め息をつくと、本当に気が進まねぇけど今後の注意する点を確認するために、聞かなければならないと決心を固めた。


「新森、その約束をするときに、俺は『そうか?』とか、『そうだな』『そうかもしれない』と言ってなかったか?」


「え~?何?その三段活用みたいなの。それって今重要~?」


「俺が今後の人生を生きて行くために、問題点を出しておいた方が良いかなって思ってさ」


「そ、そうなの~?う~ん…覚えてないけど、そうだったかにゃ~。そうだった様な気がするにゃ~」


「そうか、わかった。以後気をつけるぜ。ちなみに、その占い師を探しに行くって約束は何時いつしたんだっけ?」


「も~、円華っちは記憶力が無いにゃ~。朝の1限目の前に言ったでしょ~?」


「…は?」


 1限目の前?あの他愛ない話のどの場面でそんな約束をした?


 あの5分間のことは鮮明せんめいに覚えているつもりなのだが、記憶の扉は開かれない。


 不味い、俺はこの学園に転入してからストレスがかかり過ぎて、若年性の認知症になってしまっているのか?それだと今後の人生で大きな障害になってしまう。どうにかしねぇと……。


 俺が苦い表情をしていると、新森はやれやれと言った表情をして両手の人差し指を立てる。


「円華っち、ダメだぞ~?人の話は真面目に聞かないと。チャイムが鳴った時に、またあとでねって言ったじゃん!!」


「た、確かにそう言っていた…。うん、それは覚えている」


「その中に、(放課後に占い師探しをするからね、約束ね?)ってニュアンスを含ませてたのに、どうして気づいてくれないかにゃー!?」


「そんなの気づくわけねぇだろうが!?」


 自身の額に手を当てて深い溜め息をつくと、無垢な小動物のように大きな目をパチパチとまばたきしている新森を輝きが消えた目で見る。


 この新森久美はアホであると同時に、自己中な所もあるという、大変面倒な女であることがよくわかった。


 まず、落ち着こう、椿円華。こういう女は、正面から説教をしようとしても聞く耳を持たない。いろいろと失敗をさせ、世の中とは、自分の思い通りにはならないと言うことに自分から気づかせることから始めなければ、根本的な解決は望めない。

 

 1度目を閉じて深呼吸をすれば、冷静になる。


 とりあえず、預言者は捜しておいてそんはない。新森と一緒に行動するのは気が引けるけど、ここはしたがっておくか。


「それで?最初は一体、何からするんだ?」


「う~んっとね~……わかんにゃい!」


「言っただけかよ!?何のプランも無いのか!?」


「うん、ないね!」


 新森は何の悪意もなさそうな笑顔でキッパリと言いやがった。


 たまらず壁に頭突きして無理矢理頭を冷静にさせれば、近くの席に座り、鞄からルーズリーフとシャーペンを取り出す。


 こうなったら、俺がいろいろと考えるしかないか。


「新森、クラスの奴らの聴取はどこまで終わったんだ?」


「全部終わってるよ~?スマホ見る?」


「アホ、人狼ゲーム期間中は自身のスマホ以外のスマホを見るのは禁止だって言われてるだろ?紙に結果を全部書き写せ」


「は~い、ちょっと待っててね~」


 紙とペンを渡すと、新森は黙々と書き始めた。


 その間、俺は何もすることがないので頬杖をつきながら新森のことを風景のようにボーっと見ている。


 すると、ある違和感に気づく。


 新森はスマホを見ずに、紙にクラスメイトの名前と役職をスマホのメモと同じ間隔かんかくで書いているのだ。


「おい、確認しながら書かかないで大丈夫なのかよ?」


「ん~?うん、うちって昔からそうなんだけど、1度見たものはすぐに覚えられるんだよ~。1日は忘れないね」


「それって、カメラアイってことか?」


 カメラアイ。


 簡単に説明すると『カメラのように、見たものを画像そのものとして覚えることができる』能力のことだ。


 人の脳は右脳と左脳で分かれており、左の脳は言語などを記憶しており、右脳は絵や風景、音などを記憶している。


 そして、右脳の記憶力は左脳の10倍であり、記憶は長くどどまっている。


 カメラアイでは、例えば小説の1ページ1ページを1つの絵として右脳の中に保存し、必要なときに左脳で言語解釈をしているのだ。


 まさか、新森がカメラアイを持っているとは、天才は紙一重と言うが、とんでもない才能だな。


 当の新森本人は、カメラアイと言う能力名にちんぷんかんぷんだと言うような表情を示しており、向かく考えさせずに作業に集中させる。


 5分後に書き終れば「はい、円華っち!」っと言って紙とシャーペンを俺に返してきた。


 それに目を通すと、スマホの画面と同じ配列と間隔だ。


 そして、占い師の候補者がしぼれたので、その名前の下にシャーペンで線を引いていく。


「新森、この5人に再度聞き込みに行くぞ?」


「…お?お~、了解であります!警部!!」


「誰が警部だ、誰が」


 敬礼しながら言ってくるアホ、痛くない程度にチョップをすれば、鞄を持って教室を出る。


 そして、後ろから「ま、円華っち!置いてかないでよ~!!」と新森がついてきた。



 -----


 新森と共に尞に戻り、すぐに△の付いていた占い師の疑いがある候補者の部屋を1つ1つ回って行く。


 最初は、クラスの中でもワースト3位に入るほど成績が悪い入江からだ。


 俺はクラスメイトから、元軍人と言うこともあって恐れられているので、男女分け隔てなく接することができる新森に会話は任せることにしよう。


 ドアをノックすれば、すぐに開いて入江が出てきた。


 入江は俺のことを見ると、目を見開いて驚きと恐怖が入り混じったような声で「ひぇー!?」と叫んだが、新森がいつも通りに「チャーッス!訪問に来たぞー!!」と手を挙げて言えば、彼女の存在に気づいて安堵の息をつく。


「な、何だ…新森さんも居たのか。てっきり、俺…椿の気に障ったことをしてボコられるのかと…」


 おい、何気に失礼じゃないか、こいつ。


 これでも温厚な性格をしていると自負しているのに、それは伝わっていないらしい。


 印象って大事だなぁ…。


 隣でニャハハっと笑っている新森に若干フラストレーションが溜まったので軽く睨むと、全然悪いと思っていない表情で「ごめんごめん」と言って入江を見る。


翔太しょうたっち、今って時間ある?」


「ああ、うん。…どした?」


「あのね~?うちら、人狼を捜す前に占い師を捜してるのだよ~。翔太っちは占い師?それとも村人?」


「えっ…俺は村人だよ。というか、この場合って、例えそうだったとしても、認める奴は居ないだろ?占い師なんて捜してると、逆に人狼じゃないかって怪しまれるだけじゃん」


 ワースト3のくせに、そう言うことには気づくんだな。


 いや、そこは誰でも気づくか。


 当然、新森はどうなのかは知らねぇけど、俺は疑われる可能性は考えていた。大抵の奴は誰でもそうだろう。


 だから、疑いを晴らす方法は考えてある。


 軽く手を挙げて発言権を得ようとすると、新森が「はい、円華っち、どうぞ」と許可してくれたので咳払いをし、威圧的にならない様に好意的な笑みをして入江を見る。


「俺たちのことを疑うのはわかるぜ。それは別に悪いことじゃない。人狼ゲームなんだから当然だ。だから、もしも入江が占い師なら、俺と新森を占ってみてくれ。正直、俺もこいつのことは人狼なんじゃないかって疑ってる。お互い、少しでも容疑者を減らして楽になってこうぜ?」


 新森の頭の上に手を置いて言えば、彼女は「んな!?」っと何か文句を言いそうだったが、そこは笑顔で威圧して黙らせた。


「あ、ああ…。でも、マジにごめんな?俺じゃないんだよ」


 本当に残念そうな表情をして、入江は部屋のドアを閉めた。


 残りの4人、遠藤、上野、坂木、所田も同じような反応を見せていた。


 つまり、自分から「はい、そうです」と占い師を名乗り出る奴は居なかったと言うことだ。


 幼少期に名作童話の『赤ずきんちゃん』とか『狼と7匹の子山羊こやぎ』を読んでいれば、簡単に人の言っていることを信じられなくもなるか。


 4人にも入江と同じようなことを言ったので、今日の調査は終了となるわけだが、新森が麗音以上に、露骨に頬をプクッと膨らませて不機嫌な表情をしている。


「おい、そんなに怒るなよ?ああでも言って空気をなごませないと、あいつら実行しようとしないだろ?」


「ふんっ!…円華っちは、うちのことを疑ってるんですか、そうですか!」


「はぁ…だから、あれは場を和ますためのジョークだって。アメリカに住んでいると、話す人1人にはジョークを言うくせがつくんだ」


「ジョークでも、人を傷つけるジョークは言っちゃ駄目だと思います!!久実ちゃんはプンプンだぞ~!!」


 自分のことを名前呼びする奴も、怒っているときに『プンプン』と言う女も人生で初めて見た気がする。


 高校生にもなって、ガキかこいつは!!


 面倒だが、どうしたら機嫌を直してもらえるのだろうか…。


 2人で並んで歩いていると、向こうの方から面倒くさい女がもう1人近づいてきた。


 住良木麗音である。


「あれ?椿くんと久実ちゃん。2人が一緒に居るなんて珍しいね?どうしかたの?」


「あぁ、人狼が全く見当つかないから、占い師を捜していたんだ。それで、俺のジョークが失敗して、ただ今、現在進行形で新森が不機嫌になっております」


「途中から訳がわからないんだけど?椿くん、どんなジョークを言ったの?」


 呆れた表情で言われれば、新森が俺を指さして「円華っちには、仲間意識が欠片かけらもないってことがよーくわかりました!!ふんっ!!」とまた理解不能にさせることを言う。


 頭が結構疲れる。


 麗音に助けを求める視線を送れば、新森の扱いに慣れているのか、笑顔で久実にペットのように手招きをする。


 新森は麗音の方に歩いていき、彼女が何かを耳打ちされると、そのまま2人で女子部屋のエリアに行ってしまった。


 今日の結論、新森久美はアホで自己中な上にガキである。


 時計を見るとまだ雑貨屋が開いている時間なので、寮を出て1人で街に行き、必要なものを買いに出かけた。

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